学位論文要旨



No 214795
著者(漢字) 梅津,章子
著者(英字)
著者(カナ) ウメヅ,アキコ
標題(和) メインストリート・プログラムにみるアメリカの歴史的環境保全についての研究
標題(洋)
報告番号 214795
報告番号 乙14795
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14795号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西付,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 藤井,恵介
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、アメリカにおける歴史的環境楳全活動の流れのなかで、メインストリート・プログラムの意義について明らかにする事を目的としている。

 メインストリート・プログラムとは、全米で唯一、全米規模の歴史的環境保全活動を実施している非営利団体、全米歴史保全基金(National Trust for Historic Preservation:NTHP)の一事業として展開しているプログラムであり、“歴史的環境保全(histodc preservation)”と“経済再活性化(economic restructuring)”によって、コミュニティの保全を目的としたプログラムである。

 アメリカの歴史的環境保全活動の中で、「コミュニティ保全」という概念が見られるようになったのは比較的最近の事であり、コミュニティつまり地域社会の保全を理由として歴史的遺産が保全されるようになっている。この「コミュニティ保全上とは、本来社会学の分野で議論されてきた言葉であり、歴史的環境保全においては議論されるものではなかった。しかし、本論文の主題であるメインストリート・プログラムにおいて積極的に「コミュニティ保全」が重視されるようになり、その結果、歴史的環境保全も様々な社会的問題について取り組まざるを得なくなっていった。そうした流れのなかで、歴史的遺産を保全することの意義が次第に変貌してきている。

 本論文は第9章から構成されている(図-1.)

 第1章ではMSプログラムの対象となる小都市の史的変遷とその再生事業について概略し、第2章では歴史的環境保全という概念が、歴史遺産を保護するという直接的な目的から、次第に歴史遺産に携わるコミュニティの保全、あるいは歴史的環境を保全することによってコミュニティの環境の質を高めるためといった理念が拡大をみせるが、具体的にメインストリート・プログラムの中でどのように変化していったかを概略する。第1章、第2章を受けて、第3章以降でメインストリート・プログラムの実際について分析する。まず第3章で、メインストリート・プログラムの歴史的変遷を含んだ概略(NTHPの役割)、第4章では具体的にプログラムを管轄する組織について、州レベルと市レベルでの役割それぞれの役割について、第5,6,7,8章においては、5章で分類分けされた各分野で活発にプログラムが推進されている州・市を取り上げ、州レベルでの活動、市の役割、コミュニティの活動事例を紹介しながら、プログラムの全体を把握する。結章として第9章では、メインストリート・プログラムの特徴を明らかにし、更に歴史的環境保全活動からみたプログラムの意義をまとめる。日本におけるプログラムの有効性について提言する。

 メインストリート・プログラムを特徴づけているのは、NTHPの掲げるコミュニティ再生の為の、4ポイント・アプローチと呼称される基本的な戦略 1)組織運営(Organization)、2)賑わい創出の為のプロモーション活動(Promotion)、3)既存の経済遺産を活かしながらの経済再活性化(Economic Restructuring)、4)質の高いデザイン(Design)という4分野を包括した総合的戦略である。実践の場としては、かつてコミュニティの生活の中心の場であった既成市街地(ダウンタウン)の再生事業に見られる。プログラムの考える理想的都市空間とは、19世紀から20世紀にかけて地方都市が最も栄えた時代の商業、業務、行政、そして娯楽としての中心地である。現在の車依存型の社会ではなく、ヒューマン・スケールの街路空問のアクティビティが見られた時代を追求している。そうしたヒューマン・スケールの安全な街づくりには、絶えず人の流れがあるような空間が必要であり、そういった意味で多種多様な小売業(retailing)が必要とされ、ダウンタウンの主要な要となっていると捉えられている。実際、事業としては、商業集積地のみを集中的に展開しているように見えるが、事業決定には事業主のみならず、住民を代表とする人々の合意の上で成り立っている。つまり住民もダウンタウン全体の利害関係者であり、その中での小売店を中心とした商業施設の重要性を充分に認識しているために、様々な業種の人々が事業に参加している。こうした人々を統括するためにコミュニティ主体で組織化された団体をメインストリート組織と呼称される。

 このようなコミュニティ主体の組織を支援するために、ナショナル・レベルから、州レベル、地方自治体レベル、そして地域レベルで様々な支援プログラムが組まれている(図-2)。

 まずナショナル・レベルでは、NTHP内にメインストリート・プログラムのオフィスNMSCが設置されているが、NMSCは全米から集められたデータをもとに情報発信としての役割を担っている。さらに連邦政府レベルでは、コミュニティ再生の為の様々な方策が取り組まれているが、そうしたコミュニティ開発施策は州あるいは地方自治体を通してメインストリート・コミュニティに投資されている。

 メインストリート・プログラムで重要な役割を担っているのは、州政府である。なぜなら具体的にメインストリート・プログラムを展開するため調整を行っているのは州レベル、基本的には州政府内に設置されたオフィスであり、全体を管轄している。州に設置されたオフィスで各地区の課題等を吸い上げ、そうした課題を対処するためにNMSCを始めたとした専門的解決を要請するための調整を行う。またメインストリート・プログラムに関わる法制度を整備したり、初動基金として補助金をだしているのも州政府である。またNMSC等への要請も州政府が依頼し州オフィスで負担している。そのため、メインストリート・コミュニティは基本的にそうした専門的支援を無償でうけることができる。全米で38州で現在、州レベルでメインストリート・プログラムを管轄している。しかし、メインストリート・プログラム期問終了後も継続して再生事業が行うためには、市政府の支援は非常に重要であるら実際にプログラム活動を財政的に支援しているのは市政府であり、全MSコミュニティのなかで平均して7割ほどが何らかの市政府による財政的支援を受けている。

 このようにしてメインストリート・プログラムとは様々な社会システムに支えられ事業展開している。こうして従来の独立した歴史的遺産保護施策から、実際の社会システムの中で議論されるようになるにつれて、歴史的遺産を保護するこどの意義について変貌していっている。

 その意義については従来の(1)「建築的・歴史的価値」の保存(従来の保全理念)から、(2)新しい魅力ある空間創出のために「歴史」が不動産の価値を高めるという「経済的価値」がうまれ、(3)更に公民権運動に刺激されたマイノリティあるいは低所得者の意識改革によって「歴史」とはコミュニティのアイデンティティの構築に寄与し、歴史的多様性を確保するという「社会的価値」が生まれた。さらに(4)様々な価値を有するものとして、コミュニティの抱く歴史的遺産の「質的・美的価値」が認められるようになっている。つまりメインストリート・プログラムにおける歴史的環境保全の意義とは「環境の質」を高めるものにまで、その意味を拡大している。

 既成市街地の活性化が叫ばれて久しい日本において、メインストリート・プログラムから得られる示唆とは、いくつかの点があげられる。まずメインストリート・プログラムが成功した要因の一つとして、既述したようにダウンタウン再生あるいはコミュニティ再生に対して様々な分野からの支援体制が確立していることである。特に財政的支援については、事業に対してではなく、組織運営に充てるように規定している所がほとんどである。つまりコミュニティ主体の組織運営が確立して初めてコミュニティ主体の街づくりが実践されているのである。このようにコミュニティ活動を支援する体制を構築する必要性があると考える。さらに、全米レベルでのネットワークを構築して、中立的な立場で技術支援や情報提供のできるNTHPの存在は重要である。

 メインストリート・プログラムはアメリカだけでなく、カナダ、オーストラリア等の各地で導入されており、各地区の特色に適応したプログラムが実践されている。もし日本での導入を考えるにあたり、障害となるのはやはり組織運営であると考える。自助努力によって組織運営を展開してきたアメリカでは、他の事業と同じく扱うことができるが、日本において自助努力による街づくりの土壌のない日本においては、組織づくりを、ファンドレイジング活動などの財政機関と、対外的にボランティアを開拓する機関との分離が適切であると考える。

図-1 論文の構成

図-2 メインストリート組織を支える社会システム

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アメリカの民間非営利団体であるナシヨナル・トラストによる歴史的環境保全による地方中心市街地の活性化事業であるメインストリート・プログラムに関して、その運営主体別のプログラムについてそれぞれ実態調査を実施し、その仕組みと成果、特色等を詳細に明らかにすることを目的としている。

 論文は序章の他に計9章から成っている。

 第1章は、全体の導入部としてアメリカにおける地方都市の現状と小規模事業促進政策の概要を明らかにしている。地方都市の中心市街地の再生にあたっては、ダウンタウン全体の小規模事業を総合的に計画し、かつ地域固有の特色を強化することによって郊外型商業施設に対する競争力を保持することが重要であるという認識に至る過程を概説し、メインストリート・プログラムの確立の背景を明らかにしている。

 第1章が商業政策としてのダウンタウン施策を述べているのに対して、第2章では、都市施策から見た歴史的環境保全施策の一環としてのメインストリート・プログラムの位置づけを行っている。このなかで、地域社会にとって重要な地区固有の遺産を公共財として地域経済に寄与するものとして積極的に活用するに至る今日の歴史的環境保全の状況が明らかにされている。

 第3章においては、メインストリート・プログラムめ概要が明らかにされる。そのなかで、デザイン・組織作り・プロモーション・経済再活性化の4点に力点を置く、プログラム特有のアプローチの考え方を詳述している。また、メインストリート・プログラムの史的変遷を試験的事業期・各州実地事業期・大都市圏実験的事業期・地方及び小都市期・市プログラム期の相互に重なり合う5つのフェーズに分類することによって構造的理解が容易になることを明らかにしていう。

 続く第4章では、メインストリート・プログラムの管轄主体別に、州プログラムと市プログラムに分け、経済活性化関連部局が中心となる場合とコミュニティ開発関連部局が中心となる場合とに関して、プログラムの目的や手法の異同を詳述している。

 第3、4章の概説を受けて、第5章から第8章にかけて、積極的に地方の小都市においてメインストリート・プログラ,ムを展開する典型的な州プログラムとしてアイオワ州(第5章)、州副知事直轄のダウンタウン再生事業として実施手いるイリノイ州(第6章)、歴史的環境保全局が管轄している州の典型例としてテキサス・フロリダ両州(第7章)、市プログラムの先駆的事例としてボストン市(第8章)の事例を実態調査をもとに詳紬に紹介している。

 最後に第9章において、総括をおこない、メインストリート・プログラムの特色として、固有の支援プログラムを確立していくなかで、歴史的環境の経済的価値や社会的価値、さらには美的価値の再認識に大きく寄与していることが示されている。

 メインストリート・プログラムは管轄主体の違いによって地域4のアプローチの仕方が多様であり、これまで総合的な理解が困難であるという状況が続いていたが、本研究によって、その全体像があきらかになり、いくつかに分類することによって明快な理解が可能であることが示された。また、そのアプローチがこれまで多くの実績を積んでいることを実証的に明らかにし、中心市街地再生のためのひとつの有力な手法を提起するにいたっている。

 本研究はアメリカを対象として限定したものではあるが、その示唆するところはわが国において現在緊急の課題として各地で取り組まれている中心市街地活性化の諸事業についてもおおいに有益であるといえる。

 以上の点において本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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