学位論文要旨



No 214797
著者(漢字) 寺本,進
著者(英字) Teramoto,Susumu
著者(カナ) テラモト,ススム
標題(和) 遷音速域における再突入カプセルの動的不安定現象に関する数値解析
標題(洋) Computational Study on the Dynamic Stability of a Blunt Reentry Capsule at Transonic Speeds
報告番号 214797
報告番号 乙14797
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14797号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

 先端半径が大きく全長の短い、平たい再突入カプセルは弾道係数が小さくなるため、突入時の最大加熱率を低く抑えることができる。宇宙研Muses-C計画のようなサンプルリターンミッションでは、衛星の重量を抑えるために惑星間軌道から高速のまま直接大気圏に突入するので、最大加熱率を抑えるために鈍頭の平たいカプセルが採用されることが多い。このようなカプセルは熱的に有利な反面、遷音速域でピッチ方向が動的に不安定になる傾向があり、大振幅の自励振動に入ることがある。カプセルの姿勢が不安定になると突入軌道の推定誤差が大きくなり、また最悪の場合減速用パラシュートの開傘ができなくなることもあるので、振動の抑制は工学的に重要な課題となっている。一方、この振動は無次元振動数がO(0.01)と非常に低く、マッハ1前後の遷音速域でのみ観察されるなど流体力学としても興味深い現象である。この動的不安定現象自体は1960年代から知られており、これまで実験的に研究がされてきたが動的不安定に至るメカニズムは未だ解明されていない。

 本論文は、鈍頭再突入カプセルの遷音速域における動的不安定現象を数値解析によって解明することを目的とする。無次元振動数が低いことから長い実時間にわたって非定常シミュレーションを行なうので、大量の流れ場データが得られる。本研究ではカーブフィットや周波数フィルタを用いることで、膨大なデータの中から必要な情報を抽出する工夫をしている。

 まず、カプセルをピッチ方向に強制振動させたシミュレーションより、カプセル背圧は迎角が正のとき頭下げモーメントを発生し、また背圧はカプセルのピッチ角変化よりも遅れて変動することがわかった。背圧の遅れによってカプセルに働く空力モーメントにヒステリシスが生じ、カプセル振動を動的に不安定にしている。

 図1にマッハ1.3におけるカプセル周りの密度勾配分布を示す。カプセル前方に弓状衝撃波、下流には後流が観察される。後流は下流に行くにしたがって集束し、再圧縮衝撃波を生じる。再圧縮衝撃波の根本はネック・ポイントと呼ばれる。カプセルがピッチング振動したときの流れ場各部の変動を観察した結果、再圧縮衝撃波および再圧縮衝撃波下流の後流といったネック・ポイント近傍の流れ場が、背圧と同位相で変動している事が明らかになった。ネック・ポイントが上方へ変移するのと同期してカプセル背面上部の圧力が上昇し、背圧が頭下げモーメントを発生する。2つの変動が同期していることから、両者の間には何らかの関連があるものと考えられる。

 ピッチング振動するカプセル周りとピッチ角を固定したカプセル周りの流れ場を比較した結果、カプセルが振動する場合も流れ場の基本的な構造に変化は無く、ピッチ角固定時の流れ場が時間遅れを持って変動するという単純な「時間遅れモデル」でピッチング振動時の流れ場を表現できることが分かった。このモデルに基づいてピッチ角を固定したカプセル周りの流れ場を詳細に観察することで、動的不安定のメカニズムについて考察した。

 図2にカプセル周りの速度ベクトル図を示す。カプセル背後には強い逆流域が存在している。この逆流域は背面に衝突して背圧の高い領域をつくり出す。したがって、逆流がカプセル背面に衝突する位置で背圧分布が決まる。逆流域の位置はカプセル背後の循環流領域内の渦構造と密接な関連がある。図3にカプセル背後の渦中心の軌跡を示す。カプセル背後の渦は、歪んだリング渦と下流に伸びる縦渦対から構成され、両者はネック・ポイント付近で干渉している。リング渦はカプセル背後の逆流に対応し、逆流域の位置はリング渦の形状と関連している。下流の縦渦対は迎角正のとき前視右側で時計周り、左側で反時計周りであり、2本の縦渦の間では吹き上げ速度を誘起する。吹き上げはリング渦の下半分を強め、リング渦を変形させる。これらから、リング渦と縦渦対の干渉によってカプセル背後の渦構造が支配されていることが分かる。

 カプセル背後の剪断層内の流れ場を観察すると、迎角が正の時に剪断層内には周方向の速度成分が生じ、流線が下方を向いている(図4)。流線は下流に行くにしたがって集束し、ネック・ポイントで巻き上がる。この巻き上がりがネック・ポイント下流に縦渦対を誘起し、上流側のリング渦を変形させる。カプセル下流の剪断層は実質的な物体形状として外部流に作用するので、外部流と剪断層内の流れ場は直接影響を及ぼし合っていると考えられる。

 剪断層内の流れは後流外部の流れ場の影響を直接受けているので、カプセル迎角が変化したとき、剪断層内には直ちに周方向の速度成分が発生する。しかし、周方向の速度成分が下流に伝播するのに時間を要するため、ネック・ポイントでの巻き上がりはカプセル迎角の変化から遅れる。カプセル背圧はネック・ポイントでの巻き上がりの影響を受けるので、背圧もカプセル迎角の変化から遅れることになる。図5の模式図に示す縦渦対がカプセルからネック・ポイントまで伝播する時間が、背圧の遅れの原因となっている。

 カプセル背圧分布と背圧の遅れ、どちらもカプセル下流の縦渦対と密接な関連があり、縦渦対の挙動によって動的不安定のメカニズムを説明出来ることが分かった。数値解析より導いた一連の動的不安定のメカニズムは、過去の実験で観察されている現象の特徴を矛盾無く説明することができる。

図1: 密度勾配分布

図2: 速度ベクトル図

図3: 渦中心

図4: 剪断層内流線

図5: 縦渦対(模式図)

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)寺本進提出の論文は、“Computational Study on the Dynamic Stability of a Blunt Reentry Capsule at Transonic Speeds”(邦題:「遷音速域における再突入カプセルの動的不安定現象に関する数値解析」)と題し、8章で構成されている。

 現在、小惑星のサンプルを地上に持ち帰るなどのいわゆるサンプルリターンミッションが各国の研究機関で進められている。このようなミッションなどでは再突入速度が高速になるため、対流加熱を抑えることを目的として鈍頭で平たいカプセル形状が選択されるが、このようなカプセルは熱的に有利な反面、遷音速域で動的に不安定になり大振幅の自励振動に入ることがあり、動的安定性の確保はカプセル設計上重要な課題になっている。これまでは風洞やバリスティック・レンジを用いた試験によって動的安定性を複数のカプセル候補形状に対して比較し形状を決定するなど、試行錯誤的な研究による経験的な設計指針に頼っており、動的不安定性のメカニズムに着目した研究は少なかった。最近になって風洞試験で自励振動のメカニズムが調べられるようになったが、カプセル背圧が動的不安定を引き起こしていることが明らかになっただけで、詳細なメカニズムは理解されていない。このような観点から、本論文は鈍頭カプセルまわりの流れを数値シミュレーションにより解析し、カプセルが動的に不安定になるメカニズムを明らかにすることを目的としたものである。

 第1章の概要では研究の背景について述べ,過去の研究についてまとめている。これらによって,研究の対象とするカプセル振動現象の特徴や,現象について既に分かっている部分・未知の部分が明らかになり,研究の着目点および意義が明確にされている。

 第2章では流れ場のモデル化について述べている。本論文ではカプセルの運動をピッチ方向の1自由度のみで議論している。この章ではこのようなモデル化が研究の対象となっているカプセル運動を反映した妥当な近似であることを説明している。

 第3章では,まず数値シミュレーションに用いた手法やモデルを説明し,これらの手法によって振動するカプセルまわりの非定常な流れ場を議論することが十分可能であることを示している。また,非定常シミュレーションの結果得られる大量の流れ場データからカーブフィットや周波数フィルタを用いて必要とする情報を抽出し,流れ場を把握する手法についても述べている。

 第4章ではカプセルをピッチ方向に強制振動させたシミュレーション結果について考察している。カプセル背圧は迎角が正のとき頭下げモーメントを発生するが,背圧はピッチ角変化よりも遅れて変動している。カプセルが振動するとき,背圧の遅れによってカプセルに働く空力モーメントにヒステリシスが生じ,これがカプセルの動的不安定を誘起している。背圧はカプセル下流の再圧縮衝撃波の根元付近(ネックポイント)の流れ場と同期して変動していることから再圧縮衝撃波の根元付近の流れ場と背圧との関連を調べることが,動的不安定のメカニズム解明の鍵であることを示している。

 第5章では,ピッチ角を固定したカプセルに働く空気力と,強制振動するカプセルに働く空気力を比較している。両者の変動は基本的に同じであり,強制振動するカプセルに働く空気力は,ピッチ角固定時と同じ空気力が一定時間遅れてカプセル背面に作用すると仮定した「時間遅れモデル」で表現できることが示されている。さらに,この「時間遅れモデル」を利用することで強制振動するカプセルまわりの流れ場よりも解析しやすいピッチ角固定の流れ場を議論することで動的安定性の議論ができることを示し,これ以降の章ではピッチ角固定の流れ場について主に議論を行うことが述べられている。

 第6章では,ピッチ角を固定したカプセルまわりの流れについて,流れ場と背圧の関連について考察している。カプセル背後には強い渦構造が存在し,それによって作られる逆流域がカプセル背面に衝突する位置で背圧分布が決まる。カプセル背後の渦は,変形したリング状の渦と下流に伸びる縦渦対から構成されており,両者が干渉することでリング渦が変形しカプセル背圧の分布を変えていることが明らかにされている。

 第7章では,前章までの結果を踏まえ,動的不安定の原因である背圧遅れのメカニズムについて考察している。カプセルピッチ角が変化したとき,背圧は直ちに変化するわけではなく,まず縦渦対が変化し,縦渦対の変化が下流のネックポイント付近の流れ場まで伝播してリング渦と干渉し,さらにカプセル背後の流れ場が変化して初めて背圧が変化する。この一連の伝播に要する時間分,背圧の変動が遅れることを示した。さらに,このメカニズムを検証する数値実験を行い,このメカニズムが正しいことを確認している。

 第8章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに,本論文では従来明らかにされていなかった鈍頭再突入カプセルの遷音速域における動的不安定のメカニズムを数値シミュレーションによって解明している。これは,カプセル背後の遷音速流れの基本的な構造を明らかにすると同時に,カプセルを設計する上で有用な知見を与えるものであり,航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/38117