学位論文要旨



No 214800
著者(漢字) 長谷川,晴弘
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,ハルヒロ
標題(和) 酸化物超電導量子磁束パラメトロン素子の研究
標題(洋)
報告番号 214800
報告番号 乙14800
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14800号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨 要旨を表示する

 1986年に高い超電導臨界温度を有する酸化物超電導体が発見されて以来,酸化物超電導体を電力やエレクトロニクス分野等,種々の分野へ応用する研究が進められている。本研究はこの中,エレクトロニクス分野への応用を目指して,酸化物超電導体からなるデジタル論理回路を開発することを目的としたものである。

 超電導デジタル論理回路は高速・低消費電力動作を特徴とする。ジョセフソン接合からなる論理回路では,論理方式はフラクソイド型論理と電圧型論理に大別される。前者はジョセフソン接合とインダクタからなる超電導閉ループを構成要素とし,閉ループに蓄えられた磁束の有無を論理値の1,0に対応させる。後者はジョセフソン接合の電圧の有無を論理値の1,0に対応させる。フラクソイド型は素子動作が一つの磁束量子を移送することにより実行される場合,特に単一磁束量子型と呼ばれ,量子磁束パラメトロン(Quantum Flux Parametron:QFP)素子やRSFQ(Rapid Single Flux Quantum)が例として知られている。フラクソイド型はパンチスルーの問題がなく,クロック10GHz以上の高速動作が可能であるという特徴を有する一方,論理動作のためには,ジョセフソン接合の超電導臨界電流と超電導閉ループのループインダクタンスの積を概ね磁束量子以下に設定しなければならず,回路素子パラメータを正確に見積もる必要がある。また酸化物超電導体は従来のNb系超電導体に比べてキャリア濃度が小さい,異方性がある等固有の性質を有する。従って,微細な素子の作製や高温動作に際してはこれらの性質に起因した特性を正しく評価することが必要である。本論文は酸化物超電導体からなるQFPを作製することを目的に,特に,QFPを構成する主要な回路素子であるジョセフソン接合,インダクタに関し考察したものである。

1 QFPの特性

 QFPは2つのrf SQUID(Superconducting Quantum Interference Device)が1つのインダクタを共有した構成である。このインダクタに微小な信号電流を入力した後,2つのrf SQUIDに適当な外部磁束を印加すると,一方のrf SQUIDには1つの磁束量子が蓄えられ,他方のrf SQUIDには磁束量子が蓄えられないという状態が実現する。入力電流の向きにより,いずれのrf SQIDに磁束量子が蓄えられるかが決まり,これが論理値の1,0に対応する。この時,2つのrf SQUIDに共有されたインダクタ,すなわち負荷インダクタに流れる電流が出力電流となり,その電流の向きが論理値に対応することになる。QFP動作のためにはQFPのループインダクタンスと接合の臨界電流の積を磁束量子(Φ0=2.07fWb)の1/2以下に小さくする必要があり,また臨界電流は熱雑音の影響を受けない程度(>0.05mA)に大きくする必要がある。このため一般にループインダクタンスは20pH以下の小さい値に抑えなければならないことになる。さらに出力電流を大きくするためには負荷インダクタンスを低減し,出力電流を読み出すために適当な信号読み出し素子が必要である。従って,QFPを作製するためには,適当な大きさの臨界電流を有するジョセフソン接合,小さい値のインダクタ,信号読み出し素子を開発しなければならない。

2 ジョセフソン接合

 酸化物超電導体からなるジョセフソン接合は,粒界型とS/N/S(Superconductor/Normal metal/Superconductor)型に大別される。粒界型は酸化物超電導体に人工的に結晶粒界を形成し,これを接合として用いるものである。S/N/Sに比べて良好なジョセフソン特性が得やすい,作製工程が簡便である等の長所を有するが,一方,レイアウト設計の制約が大きい,臨界電流を所望の値に設定することが難しい等の短所を有する。本研究では,粒界型を取り挙げ,ステップエッジ型とバイクリスタル型の粒界接合を作製した。電気特性測定よりいずれの接合も電流―電圧特性はRSJ(Resistively Shunted Junction)モデルに従うこと,ステップエッジ型は断面TEM観察より結晶粒界が形成されていることを確認し,良好な接合特性を得た[1,2,4]。

3 インダクタ

 単一磁束量子素子の設計に際しては,超電導線路のインダクタンスを正しく評価することが重要である。本研究では,YBa2Cu3O71層構成の直接結合型dc SQUIDを作製し,SQUID電圧―制御電流特性から,インダクタンスを測定し,これより正方形状のdc SQUIDのループインダクタンスの温度依存性と形状依存性[2],ストリップ線路のインダクタンスの線幅依存性を求めた[3]。またインダクタンスをマグネティックインダクタンスとカイネティックインダクタンスの各成分に分けて計算し,測定結果と計算結果を比較した。その結果,測定値はマグネティックインダクタンスとカイネティックインダクタンスの和として求めた計算値にほぼ一致することを確認した。従って,温度上昇または細線化によりカイネティック成分の寄与が増大し,磁気結合型のread SQUIDの感度やグランドプレーンのインダクタンス低減効果は減少することになり,これより素子の高温動作や微細な素子作製のための設計指針を得た。

4 信号読み出し素子

 QFPの出力は負荷インダクタに流れる電流の向きで表されるため,出力電流を読み出すために適当な信号読み出し素子が必要である。本研究では信号読み出し素子として,磁気結合型SQUIDとサンプリング接合を検討した[1]。磁気結合型SQUIDに関しては,制御線とSQUIDループとの相互インダクタンスを種々の線間隔について求め,読み出し素子としての性能を評価した。磁気結合型SQUIDは入出力分離が良いという特徴を有する一方,信号電流の検出感度が低いという欠点を有する。そこで磁気結合型SQUIDに代わり直接結合型SQUIDも用いられるが,本研究ではこれ以外の方法としてサンプリング接合を検討した。サンプリング接合は信号電流を接合に注入するため,感度良く信号電流を検出できるが,一方,入出力分離が不十分であり素子動作が影響を受けるという間題を有する。本研究ではサンプリング接合を付加した素子について動作モードを計算し,素子動作に適当なパラメータ条件を求めた。

5 QFPの基本動作

 上記のように特性を評価した回路素子を用いてQFP単体を作製した。層構成,接合,読み出し素子により3種類のQFPを作製した。第1はYBa2Cu3O71層構成,ステップエッジ型接合,磁気結合型read SQUIDを用いたもの[2],第2はAu/SrTiO3/YBa2Cu3O7構成,バイクリスタル型接合,磁気結合型read SQUIDを用いたもの[4],第3はAu/SrTiO3/YBa2Cu307構成,バイクリスタル型接合,サンプリング接合を用いたもの[5]である。それぞれ設計値を用いて計算機シミュレーションを行い,素子動作を評価した。測定の結果,いずれについてもクロック信号によって入力信号に応じた出力信号を得るという基本動作を確認すると共に,シミュレーション結果に対応した動作波形を得た。

6 MUXの作製

 複数のQFPからなる論理ゲートの一例として,2つのQFPとサンプリング接合からなる2:1MUX(multiplexer)を作製した[5]。Au/SrTiO3/YBa2Cu3O7構成とし,バイクリスタル型接合を用いた。回路規模を大きくするためには,複数のQFPを縦列に接続する必要がある。本研究では,負荷インダクタをQFPループの外側に取り出しながら,出力電流を大きくできるように負荷インダクタンスの小さい素子構成を検討した。測定の結果,選択信号により2つのQFPに入力した2つの入力信号のいずれか一方を選んで出力できることを確認し,これより温度6.5KにおけるMUXの基本動作を確認した。

文献

1) H. Hasegawa, Y. Tarutani, T. Fukazawa, U. Kabasawa,and K. Takagi, Appl. Phys. Lett. 67,3177(1995).

2) H. Hasegawa, Y. Tarutani, U. Kabasawa, N. Sugii, T. Fukazawa, and K Takagi,IEEE Trans.Appl. Supercoduct. 7,3446(1997).

3) H. Hasegawa,Y. Tarutani,T. Fukazawa, and K. Takagi,IEEE Trans.Appl. Superconduct. 8,26(1998).

4) H. Hasegawa, Y. Tarutani, T. Fukazawa, and K. Takagi, in Advances in Superconductivity X, edited by K. Osamura and I. Hirabayashi (Springer-Verlag, Tokyo,1998), p.1197, (Proceedings of the 10th International Symposium on Superconductivity(ISS'97), October 27-30,1997,Gifu, Japan).

5) H. Hasegawa, Y. Tarutani, T. Fukazawa, andK. Takagi, IEEE Trans. Appl. Superconduct. 2, 4087(1999).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「酸化物超電導量子磁束パラメトロン素子の研究」と題し、酸化物超電導体を用いて論理素子を作製して酸化物超電導体を超電導エレクトロニクス分野へ応用することを目指して行った研究をまとめたものである。論理素子動作のために必要な回路素子のパラメータ条件をシミュレーションより求めると共に、ジョセフソン接合、インダクタ等の回路素子を作製して特性を評価し、その結果に基づき論理素子を設計、作製し、基本動作を確認することを試みたもので、8章により構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の概要について述べている。

 第2章は「量子磁束パラメトロン(QFP)素子」と題し、本研究で検討する論理素子であるQFP(Quantum Flux Parametron)の動作原理、素子動作のために必要な回路素子のパラメータ件をまとめ・特にQFPループインダクタンスLとジョセフソン接合の臨界電流Icの積であるLIc積をΦ0/2(Φ0:磁束量子)以下に設定しなければならないことを示している。さらに、他の超電導素子や半導体素子と特徴を比較し、QFPに固有の問題点を挙げると共に、QFPを用いて論理積、論理和等の論理ゲートを構成する方法について述べている。

 第3章は「ジョセフソン接合」と題し、ステップエッジ型接合とバイクリスタル型接合を取り挙げ、作製法と特性の評価結果について述べている。ステップエッジ型接合では、ジョセフソン特性を得るために急峻なステップを形成しなければならないことを示し、このためにレジスト/Siの二層マスク法を用いて、実際に角度60°の急峻なステップを形成している。さらに、断面TEM観察からYBaCuO膜に粒界が形成されていることを確認し、電気特性の測定からRSJモデルに従う電流電圧特性、シャピロステップ、磁場変調特性を得、ジョセフソン接合が形成されていることを確認している。同様に、バイクリスタル型接合についてもジョセフソン接合が形成されていることを確認している。また、これよりQFPの設計に必要となるジョセフソン接合のパラメータを得ている。

 第4章は「インダクタ」と題し、超電導線路のインダクタンスを実験及び計算から評価している。YBaCuO一層構成の直接結合型dc-SQUIDを作製し、SQUID電圧-制御電流特性からインダクタンスを測定し、インダクタンスの温度依存性と線幅依存性を求め、これよりQFPの設計に必要となるインダクタンスを得ている。またインダクタンスをマグネティックインダクタンスとカイネティックインダクタンスの各成分に分けて計算し、測定結果と計算結果を比較することにより、測定値はマグネティックインダクタンスとカイネティックインダクタンスの和として求めた計算値にほぼ一致することを示している。また、これより温度上昇または細線化によりカイネティック成分の寄与が増大すること、磁気結合型の読み出しSQUIDの感度やグランドプレーンのインダクタンス低減効果は減少することを指摘し、素子の高温動作や微細な素子作製に必要な設計指針を得ている。

 第5章は「信号読み出し素子」と題し、磁気結合型SQUIDを取り挙げている。制御線とSQUIDループとの相互インダクタンスを種々の線間隔について求め、読み出し素子としての性能を評価し、QFPの設計に必要な条件を得ている。

 第6章は「QFPの基本動作」と題し、上記のように特性を評価した回路素子を用い、層構成、接合、読み出し素子により三種類のQFPを作製している。第一はYBaCuO一層構成、ステップエッジ型接合、磁気結合型読み出しSQUIDを用いたもの、第二はAu/SrTiO/YBaCuO構成、バイクリスタル型接合、磁気結合型読み出しSQUIDを用いたもの、第三はAu/SrTiO/YBaCuO構成、バイクリスタル型接合、サンプリング接合を用いたものである。磁気結合型SQUIDは入出力分離が良いという特徴を有する一方、信号電流の検出感度が低いという欠点を有することを示し、磁気結合型SQUID以外の方法としてサンプリング接合を検討している。サンプリング接合は信号電流を接合に注入するため、感度良く信号電流を検出できるが、一方、入出力分離が不十分であり素子動作が影響を受けるという問題を指摘し、サンプリング接合を付加したQFPについて動作モードを計算し、QFP動作に必要なパラメータ条件を求めている。第一、第二、第三いずれのQFPについてもクロック信号によって入力信号に応じた出力信号を得るという基本動作を確認すると共に、シミュレーション結果に対応した動作波形を得ている。

 第7章は「MUXの作製」と題し、複数のQFPからなる論理ゲートの一例として、二つのQFPとサンプリング接合からなる2:1 MUX(multiplexer)を作製している。回路規模を大きくするためには、複数のQFPを縦列に接続しなければならないことを示し、このため、負荷インダクタをQFPループの外側に取り出しながら、出力電流を大きくできるように負荷インダクタンスの小さい素子構成を検討している。測定の結果、選択信号により二つのQFPに入力した二つの入カ信号のいずれか一方を選んで出力できることを確認し、これより温度6.5KにおけるMUXの基本動作を確認している。

 第8章は「結論」であり、本研究の成果を要約して述べている。

 以上を要するに本論文は酸化物超電導体を用いて、回路素子であるジョセフソン接合、インダクタ、信号読み出し素子を作製し、特性を評価すると共に、その結果に基づき論理素子である量子磁束パラメトロン(QFP)素子を作製し、基本動作を確認したものであり、超電導エレクトロニクスの分野へ貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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