学位論文要旨



No 214803
著者(漢字) 坂本,直人
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,ナオト
標題(和) 気液界面に形成される2次元分子集合体の相転移と臨界現象
標題(洋)
報告番号 214803
報告番号 乙14803
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14803号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,堅志郎
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 助教授 志村,努
 東京大学 助教授 酒井,啓司
内容要旨 要旨を表示する

 気体/液体界面(フリーサーフィス)に形成される、分子の長さ程度の厚みしかない膜を研究対象とする。これらの膜では、膜の平均密度や温度がある条件にあるとき、ヨコ方向には疎密の分布、タテ方向には層の積み重なりなど、さまざまな構造が生じる。本研究では、2つの手法、リプロン光散乱法と角度走査リフレクトメトリを用いて、各種の膜を観察し、上記の構造を相転移と臨界現象という視点から考察した。また、フリーサーフィス観察にあたっての両手法の有効性についても検討を行った。

 以下では、測定手法を説明した後、4つの実験すなわち、ラングミュア膜の気液相転移と臨界現象、液晶ラングミュア膜の単層膜多層膜転移、リプロンスペクトルと液面反射率の同時測定によるラングミュア膜の構造の観察、等方相における液晶のフリーサーフィスの構造、について述べる。

 リプロン光散乱法は、液面のさざなみ(リプロン)が光を散乱する現象を利用したものである。リプロンの分散関係を得ることができる。この分散関係は、表面張力の大小や膜の有無によって異なってくる。本研究ではこの手法を、主に膜の2次元的弾性率を求めるために用いている。リフレクトメトリは、液面にレーザ光を収束させつつ入射し、反射光断面の強度分布を測定する。膜の屈折率と厚さに関する情報を得ることができる。

 ひとつめの実験は、ラングミュア膜の気液相転移と臨界現象に関するものである。L膜の気液共存領域から一様領域への転移の過程で現れる臨界現象について、従来のΠ-A測定とは異なるアプローチを提案する。すなわち、リプロン光散乱法による表面弾性率εの温度依存性測定(図1)から臨界点に迫る試みである。

 ミリスチン酸L膜について、実験結果にファンデルワールスの状態方程式

をフィッティングすることにより、臨界温度を85℃と推定した。

 ふたつめの実験は、液晶ラングミュア膜の単層膜多層膜転移に関するものである。液晶性分子8CBは、空気/水 界面で単層膜3層膜転移を起こすといわれている。この様子を、リプロン光散乱法とリフレクトメトリで調べる。

 いずれの手法でも、2相共存状態が観察できた。

 リプロン光散乱法により3層膜と単層膜の表面弾性率を得た(図2)。両者の比は、それぞれの膜をバネにたとえるシンプルなモデルと矛盾しない。Π-A曲線の測定結果とも整合する。

 リフレクトメトリによる反射率測定(図3)の結果から、3層膜と単層膜の厚さの比が2.0であることが分かった。

みっつめの実験は、リプロンスペクトルと液面反射率の同時測定によるラングミュア膜の構造の観察に関するものである。前述のふたつの実験ではいずれも、2相がそれぞれどの程度のサイズをなして液面を占めているのか、また、2相の境界の移動速度はいかほどか、ということが問題になった。そこで、リプロン光散乱法とリフレクトメトリを、空間および時間分解能を考慮しつつ、効果的に組み合わせることを試みる。両手法の液面照射点を一致させた測定装置(図4)によりステアリン酸L膜の気液共存状態を観察し、両手法の測定結果が矛盾しないことを確認した。また、両手法をより直接的に組み合わせる、ブリュースター角入射リプロン光散乱法を試みた。

よっつめの実験は、等方相における液晶のフリーサーフィスの構造に関するものである。液晶性分子12CBの等方相のフリーサーフィスにおける臨界的な積層過程を、リフレクトメトリで観察する。

 リフレクトメトリは、多く用いられている反射型エリプソメトリに比べてシンプルな機構であるが、積層転移を観察するには十分な感度があることが分かった。

 1軸性の膜に関する反射率比の式

に実験結果(図5)をあてはめ、1層あたりの厚さを3.42nmと見積もることができた。

図1

図2

図3

図4

図5

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、気体・液体間の界面(フリーサーフィス)に形成される、分子の長さ程度の厚みしかない膜を研究対象としている。これらの膜では、膜の平均密度や温度がある条件にあるとき、横方向には疎密の分布、縦方向には層の積み重なりなど、さまざまな構造が生じる。本研究では、2つの手法、リプロン光散乱法と角度走査リフレクトメトリを用いて、各種の膜を観察し、上記の構造を相転移と臨界現象という視点から考察した。また、フリーサーフィス観察にあたっての両手法の有効性についても検討を行った。

 論文は、7つの章から構成されている。第1章「序論」では、研究の契機、興味の対象、論文の構成について述べる。

 第2章「測定手法」では、本研究の実験技法の柱となる2つの手法について、装置の組み立て方から調整の仕方に渡り説明し、さらに、実験結果の解析に直接必要となる理論について述べる。本研究では、気体・液体界面を探る手法として、リプロン光散乱法とリフレクトメトリを用いている。いずれもレーザ光をプローブとする、非破壊・非接触の測定法である。リプロン光散乱法は、液面のさざなみ(リプロン)が光を散乱する現象を利用したもので、リプロンの分散関係を得ることができる。この分散関係は、表面張力の大小や膜の有無によって異なってくる。本研究ではこの手法を、主に膜の2次元的弾性率を求めるために用いている。

 リフレクトメトリは、p偏光のレーザ光を、ブリュースター角近傍の入射角にて液面に収束させつつ入射し、反射光断面の強度分布を測定する。膜の屈折率と厚さに関する情報を得ることができる。

 第3章「L膜の気液相転移と臨界現象」では、気体・液体界面に形成される単分子膜(L膜)における、気体相と液体相の間の相転移現象と臨界現象に関する実験について述べる。

 L膜の気液共存領域から一様領域への転移の過程で現れる臨界現象について、従来のΠ-A測定とは異なるアプローチを提案する。すなわち、リプロン光散乱法の局所的2次元弾性率測定能力を生かして、2相共存条件を保証しつつ臨界点に迫る試みである。気相と液相の共存状態下で各相の表面弾性率εの温度依存性測定を行った。試料はミリスチン酸L膜である。実験結果に対して、2次元系のために書き直したファンデルワールスの状態方程式をフィッティングすることにより、臨界温度を85℃と推定した。

 第4章「液晶ラングミュア膜の単層膜多層膜転移」では、液晶性分子が空気・水界面で成すといわれる、単層膜と3層膜の共存状態について調べた実験について述べる。液晶性分子8CBは、空気・水界面で単層膜を形成する。膜密度を増加させると3層膜構造に転移するといわれている。この転移の様子を、リプロン光散乱法とフレクトメトリにより観察した結果いずれの手法でも、2相共存状態が観察できた。

 リプロン光散乱法により「かたい」膜と「やわらかい」膜の両方を見つけることができた。そして前者を3層膜、後者を単層膜と対応つけることができた。Π-A曲線の測定結果との整合性も確認した。リフレクトメトリによる反射率測定の結果から、3層膜と単層膜の厚さの比は2.0であることが分かった。3層膜においては、上の2層と下の1層とでかなり構造が異なっていることを示唆する結果である。

 第5章「リプロンスペクトルと液面反射率の同時測定によるラングミュア膜の構造の観察」では、リプロン光散乱法とリフレクトメトリの効果的な組み合わせ方を探る実験について述べる。

 リプロン光散乱法とリフレクトメトリの液面照射点を一致させた測定装置によりステアリン酸L膜の気液共存状態を観察し、両手法の測定結果が矛盾しないことを確認した。リフレクトメトリの産する信号を参照することにより、リプロン光散乱法の測定時間帯を選択すれば、やや細かい構造でもリプロンパワースペクトルを正しく測定できることが分かった。また、両手法をより直接的に組み合わせる、ブリュースター角入射リプロン光散乱法を試みた。

 第6章「等方相における液晶のフリーサーフィスの構造」では、液体と空気の界面近傍において液体分子がバルク中とは異なる配向秩序をなすことにより生じた層状の構造を調べた実験について述べる。

 液晶性分子12CBの等方相のフリーサーフィスでは、温度を変化させることにより臨界的な積層が起こるといわれている。この過程を、リフレクトメトリで観察した。リフレクトメトリは、多く用いられている反射型エリプソメトリに比べてシンプルな機構であるが、積層転移を観察するには十分な感度があることが分かった。1軸性の膜に関する反射率比の式に実験結果をあてはめ、1層あたりの厚さを3.42nmと見積もることができた。

 第7章「結語」では、本研究全体を総括する。

 以上を要するに本研究で得られた成果は、物理工学上非常に重要なものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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