学位論文要旨



No 214807
著者(漢字) 藤原,博
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,ヒロシ
標題(和) 鋼橋塗膜の劣化度評価と寿命予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 214807
報告番号 乙14807
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14807号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 篠原,正
内容要旨 要旨を表示する

 塗装は鋼橋(鋼道路橋)の防食方法として一般的に用いられているが,防食性能を保持するためには定期的な塗装の塗り替えが必要となる。我が国における鋼橋の塗装面積はおよそ4千万m2(平成8年3月末現在)であり,このうち毎年300万m2程度の塗り替えを行っているが,鋼橋の塗り替え面積と塗り替えに要する費用は年々増加を続けている。本研究の基本的立場は,年々増加する鋼橋塗装の塗り替えを計画的かつ効率的に実施するためには,塗り替え時期すなわち塗膜の寿命予測が重要であるとの考えにある。しかし現在,塗膜寿命を予測するために行われている目視観察主体の塗膜調査は,調査員の個人差による調査データのバラツキを免れることが困難であり,寿命予測の精度を高めるためには科学的手法による塗膜劣化度の定量的評価が必要不可欠となっている。そこで,塗膜の実態調査や塗装試験板の暴露試験を行い,それらから得られたデータを基に,塗膜劣化度の定量的評価を可能とするシステムの構築と,寿命予測のための統計的手法を見出すための検討を行った。

 日本道路公団(JH)が管理する全国の鋼橋の中から経年データが整備されている624橋(約75000データ)を対象に塗膜調査を行った結果,一般的な腐食環境を対象としたA塗装系塗膜(鉛系さび止めペイント/フタル酸樹脂塗料の組み合わせ)の経年劣化は,環境別に見ると河川環境の進行が最も大きく,交差道路・側道隣接環境,田園・山間・住宅地環境の順となっており,いずれの環境でも鋲桁構造よりも箱桁構造の方が,また,鉛直部材よりも主として水平部材として使用されている部材の方が塗膜の劣化速度が速いことが明らかになった。なお,鋼橋の塗り替えは約10年程度で行われていることが分かった。

 塗膜劣化度の定量的評価では,画像処理によって塗膜劣化の特徴量を定量化するために,既存の画像処理手法の中から濃淡モフォロジィ処理を選び,鋼橋の塗膜写真を対象に抽出試験を行い実用性の検討を行った結果,屋外における鋼橋塗膜の撮影画像のように濃度平均値が変化する画像でも塗膜劣化部を精度良く定量的に抽出できることが分かった。また,画像処理によって定量化した塗膜劣化の特徴量を本検討で得られた評価基準に当てはめて評価を行った結果と,塗膜調査の専門家の目視観察による評価結果とは概ね良く一致することが分かった。なお,塗膜劣化度の定量的評価を自動的に行う「塗膜劣化度診断システム(特許)」を開発し,塗膜調査のエキスパートシステムとしての実用性も実証した。

 「塗膜劣化度診断システム」によって得られた塗膜の顕在劣化から塗膜下腐食を推定するために,鋼橋の塗膜表面に存在している劣化現象(顕在劣化)と,その塗膜の下で生じている鋼材腐食(塗膜下腐食)との関係について調査し,そのデータについて統計的手法により検討を行った結果,鋼橋の設置環境によって塗膜下腐食の腐食形態に違いのあることを実証し,飛来塩分量が多く厳しい腐食環境では比較的深い孔食が多く発生しており,田園地域のような穏やかな腐食環境では,粒径が小さく,深さの浅い腐食が多く生じていることが分かった。また,塗膜表面に存在している塗膜劣化の占める面積率とその塗膜下に生じている鋼材の腐食面積率とは,腐食環境によって若干の違いはあるものの非常に良い相関関係にあることが分かった。

 塗膜の実態調査データや塗装試験板の暴露試験データから,塗膜劣化度診断システムを用いて定量的に求めた塗膜の経年劣化度を,統計処理的に劣化傾向特性を類似する理論的傾向曲線に近似させ,それを塗膜寿命曲線とする検討を行った結果,塗り替え時期を判断する10〜20年程度の実用的な範囲であれば二次曲線によって塗膜劣化曲線すなわち塗膜寿命予測曲線を表すことが可能なことが分かった。こうして得られた塗膜寿命予測曲線はマイルド環境,塩分飛来環境及び高温多湿環境の3本に分けることができ,各環境別にそれぞれの塗膜寿命予測曲線によって塗膜寿命を予測することが可能となった。(図1参照)また,鋼橋の塗膜下腐食の調査によって求められた最大腐食深さについて極値統計を行い最大腐食深さの分布と最大腐食深さの予測図(図2参照)を求めた結果,最大腐食深さは0.02mm/年で直線的に増加し,A塗装系の塗り替え周期である10年時点における最大腐食深さは0.20mm程度になり,そのときの顕在劣化面積率は3%であることが分かった。顕在劣化面積率3%に達した時点すなわち腐食深さ0.20mmに達した時点を塗膜寿命(塗り替え時期)として定義し,図1に示す塗膜寿命予測曲線によって各環境における塗膜寿命を推定すると,A塗装系の塗膜寿命はマイルド環境で15年,塩分飛来環境で4年,高温多湿環境で6年であることが分かった。

 東京,北陸及び沖縄の各暴露場で行った塗装試験板の屋外暴露試験結果と各種の促進サイクル腐食試験結果とを比較検討した結果,東京のようなマイルド環境での促進試験条件としてS6(通産省の委託研究により開発された試験条件),北陸と沖縄海岸では海水NS(日産自動車の社内規格試験),沖縄内陸ではASTM(D2933-74)がそれぞれで最も再現性のある試験条件であることが分かった。(表1参照)同時にこれらの各促進腐食試験結果から得られた促進倍率(表2参照)により,S6で6か月間の促進腐食試験を行うと,北陸のように多量の海塩粒子が飛来する腐食環境において5〜6年,東京のようにマイルドな腐食環境において11年程度の屋外暴露結果がそれぞれ推定できた。また,ASTMで6か月間の促進腐食試験を行うと,沖縄のように高温多湿で海塩粒子の飛来の影響を受ける腐食環境において14〜15年程度の屋外暴露結果が推定できることが分かり,新設塗膜の寿命予測が可能であることを示した。

 このほか,塗装試験板の屋外暴露試験結果から,ジンクリッチペイントを下塗りに用いた塗装系の防食性の優秀性を明らかにするとともに,その防食効果は有機ジンクリッチペイントよりも無機ジンクリッチペイントの方が高いことを示した。また,ジンクリッチペイントを下塗りに用いたふっ素樹脂塗膜は,耐候性のみならず防食性にも優れていることを明らかにするとともに,水洗いは塗膜の防食性に大きな効果があり,特に,飛来塩分量の多い個所におけるフタル酸系塗膜ではその効果は大きいことを明らかにするなど,環境と塗装系の違いによる塗膜劣化現象と原因を明らかにした。

図1 塗膜寿命予測曲線

図2 最大腐食深さの予測図

表1 相関係数と順位相関係数の平均値

表2 各暴露地と促進腐食試験間の促進倍率

審査要旨 要旨を表示する

 日本道路公団では鋼橋の防食を主に塗装によっている。総塗装面積約2千万m2の8%を毎年塗り替え、その費用約70億円(平成9年度)は道路維持管理費の7%にあたり、今後さらに増え続ける。本論文は、塗膜劣化の実態調査からはじめて、診断のための新手法の開発と経時劣化の定量化とに基づいて、適切な塗り替え時期の決定及び新規塗装の長期性能評価のための促進試験法の選定、に取り組んだ結果をまとめたもので、全7章からなる。

 第1章「序論」では、わが国と道路公団における鋼橋事情、同公団における塗装仕様と補修事情をのべ、塗装劣化の客観的・定量的評価方法確立の重要性を指摘した。

 第2章「鋼橋の塗膜劣化傾向の統計的一考察」では、624橋約75000件の塗装箇所について劣化の実態調査を実施し、最も一般的なA塗装系(フタル酸樹脂系,63000件)を対象として、劣化度・塗り替え周期と橋梁の型式・部位・設置環境との関係を統計的に考察した。また、さび・はがれ・ひびわれ等の劣化現象における劣化度評価点が外観目視による劣化面積率と高い相関関係をもつことを見出した。

 第3章「画像処理による鋼橋塗膜の劣化度判定法」では、塗膜表面に現われた劣化現象面積の定量評価を従来の目視にかえて、汎用手段で撮影された写真・画像の処理を経て劣化度を抽出する方式を開発した。画像処理手法、撮影方法、異色の塗膜への対応などに工夫をこらした結果、塗膜調査専門家による目視評価と同等以上の性能をもち、定量性・実用性に優れるシステムに到達している。

 第4章「鋼橋の塗膜劣化と塗膜下腐食との相関性」では、経過年数(5〜30年)・設置環境を異にする6橋を選び、1橋当り10箇所の部位を対象として、前章の画像処理システムによる外観(顕在)劣化の評価に合わせて、塗膜下地鋼材表面の侵食深さの三次元分布を実測した。両者の相関を解析し、従来の塗り替え目安とされてきた塗膜(顕在)劣化面積率3%以下は下地鋼の腐食深さ0.20mm以下に対応することを明らかにした。

 第5章「鋼橋塗膜の寿命予測」では、従前評価による624橋(経年1〜18年)、新規画像処理システムによる21橋(経年4〜15年)および試験板暴露(東京・北陸・沖縄,経年1〜6年)において調べた塗膜劣化面積率(Y)と経年(X)との関係を設置環境・部位に依存する定数を用いて Y=aX2+bXで回帰し、Y=3%に達するまでの塗膜寿命(たとえば、一般のマイルド環境で15年、北陸で4年)、の予測を可能とした。あわせて求めた塗膜下地鋼材の侵食速度(最大でおよそ0.02mm/y)値も断面欠損にもとづく鋼橋寿命の推定に有効である。

 第6章「屋外暴露試験と促進腐食試験による長期防食性能の評価」では6箇所での屋外暴露試験(2年間)と7種類の促進腐食試験(2ヶ月間)との相関と促進倍率を調査した。これは新たに開発される塗膜仕様の性能を適切な促進腐食試験によって促進倍率に反比例する短期間で予測しうる方法を提案したものである。

 第7章は総括である。

 以上のように本論文は、社会資本を構成する鋼構造物としての橋梁の耐久性をになう塗膜の経年劣化について、膨大な調査と劣化度の定量的・客観的な評価システムの開発・実用化にもとづいて、経年劣化式を確立し、塗膜の塗り替え時期・新塗装仕様の予測手法を提示した。これらの成果は材料環境工学の発展に寄与するところが大きしい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク