学位論文要旨



No 214808
著者(漢字) 岡,昭宏
著者(英字)
著者(カナ) オカ,アキヒロ
標題(和) 斜方晶無双晶Nd1+xBa2-xCu3O7±δ(x〜0)単結晶の作製と臨界電流密度 : 磁場特性のピーク効果
標題(洋)
報告番号 214808
報告番号 乙14808
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14808号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 助教授 幾原,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 酸化物超電導体単結晶の応用の一つとして、超電導デバイス用グランドプレーンへの適用が期待されている。Nd1+xBa2-xCu3O7±δ(Nd123)単結晶は、臨界温度(Tc)が高いこと(96K)、より大型の単結晶の作製が可能であること、平坦性が優れていること(〜10Å(単位胞))等の理由により、グランドプレーン用材料として特に有望である。グランドプレーンに超電導特性を発現させるためには、酸素熱処理が必要である。しかし、酸素熱処理中の正方晶から斜方晶への構造相転移に伴って双晶構造が形成される。この双晶構造は双晶構造を形成しないグランドプレーン上の絶縁層との間に格子不整合を生み、素子特性が阻害される要因となる。そこで、酸素熱処理後も単一の分域構造を有する斜方晶の無双晶Nd123単結晶の作製が強く望まれている。無双晶YBa2Cu3O7-δ(Y123)単結晶の作製プロセスについては、既に多くの研究がされている。これまでのプロセスは、Y123単結晶の有する強弾性としての性質を利用して、双晶を形成している単結晶を[100]あるいは[010]方向に面で一軸加圧することによって、一軸加圧の方向がb軸方向と一致している分域で、a軸とb軸を反転させて除双晶するものである。しかし、このプロセスでは、双晶境界の一部が残存したり、あるいは面の加工精度に依存して試料中の応力分布が変化して除双晶されない領域が存在するという問題が生じていた。ここで、Y123単結晶では、陰イオンにのみ不定比性を有し、熱処理中には酸素原子のみが大きく拡散する。一方、Nd123単結晶では、陽イオンと陰イオンが共に不定比性を有し、熱処理中にはNd/Baと酸素原子が共に大きく拡散する。そこで、本研究では、酸素熱処理後も双晶の残存がない新規の無双晶単結晶作製プロセスを提案し、Nd123単結晶に対する作製プロセス条件を検討した。さらに、Nd123単結晶は、臨界電流密度-磁場(Jc-B)特性にピーク効果を示すという特徴を有している。そして、Nd123単結晶のピーク効果に対するピンニングセンターは、酸素熱処理中のNdとBaの組成変動の進行によって生じるNd-rich相であることが報告されている。ここで、Y123単結晶の場合には、一軸加圧下での酸素熱処理によってCu-O面の酸素配置が一次元配列することが報告されている。Nd123単結晶の場合には、酸素熱処理中にNd/Baと酸素原子が相互に影響を及ぼし合いながら配置が変化する可能性がある。そこで、本研究では、高磁場側での応用に対して有望であるNd123バルク体に対する熱処理条件の指針を与えるために、一軸加圧下での酸素熱処理によるJc-B特性のピーク効果の変化についても検討した。

(1) 無双晶Nd123単結晶の作製

 図1に、新規の無双晶単結晶の作製プロセスの概念図を示す。本作製プロセスは、二つの特徴を有する。一つは、正方晶の単結晶を[100]あるいは[010]方向に直接一軸加圧することにより、酸素熱処理中に双晶形成の履歴を有しないことである。もう一つは、試料の角から点で一軸加圧することによりプロセス因子として加工精度を含まないことである。最適なプロセス条件は、荷重点に1.4×10-3程度のせん断歪みγxy(x、y軸は[100]あるいは[010]方向と一致)をかけた状態で、100%酸素ガスフロー中、正方晶領域(700℃)から斜方晶領域(300℃)まで徐冷(200h)することであった。また、本作製プロセスを用いた時、同一の一軸荷重をかけた時のせん断歪みγxyは、試料の寸法に拘わらず同じであった。このことから、より大型の試料に対しても、同一の一軸荷重によって無双晶化ができると考えられた。図2に、寸法の異なる2×2×0.5mm3、4×4×0.5mm3のY123単結晶試料について、無双晶化のための臨界の同一の一軸荷重(400gf)をかけて酸素熱処理を行った後の偏光顕微鏡写真を示す。試料の大きさに拘わらず、酸素熱処理後には双晶のない斜方晶単結晶を作製することが可能であることを確認した。これらのことから、本研究で提案した新規の無双晶単結晶の作製プロセスは、無双晶化に有利なだけでなく、より大型の無双晶単結晶を作製するためにも有利なプロセスであると言うことができる。

(2) 一軸加圧下での酸素熱処理によるNd123単結晶のJc-B特性のピーク効果の変化

 一軸加圧下での酸素熱処理については、二通りの熱処理プロセスを用いた。一つは、従来の無双晶単結晶の作製プロセスである双晶を形成しているNd123単結晶を除双晶するプロセスである。もう一つは、前節で検討した新規の無双晶単結晶の作製プロセスである。各プロセスで熱処理を行ったNd123試料を、それぞれDetwinned試料、Twin-free試料と称す。Detwinned試料では、あらかじめせん断歪みγxyをかけない状態で、100%酸素ガスフロー中、500℃で200hの熱処理を行って試料に双晶を形成させた。その後、荷重点から[100]あるいは[010]方向に400gfの一軸荷重をかけながら、100%酸素ガスフロー中、500℃で100hの熱処理を行い、さらには300℃で200hの熱処理を行って除双晶を行った。また、DetWinned試料、TWin-free試料とJ、c-B特性を比較するために、一軸加圧をかけない状態で、各々と同じ加熱条件で双晶試料を作製した。これらのNd123試料を、各々Twinned試料1、Twinned試料2と称す。

 図3に、Detwinned試料、Twin-free試料のc軸に平行に磁場をかけた時の77KでのJc-B特性を、Twinned試料1、Twinned試料2と比較して示す。Detwinned試料とTwinned試料1のJc-B特性には大きな違いはなかった。一方、Twin-free試料とTwinned試料2のJc-B特性では、ピーク磁場に大きな違いはなかったものの、ピーク効果の大きさはTwin-free試料の方が大きかった。これらのことから、一軸加圧下での酸素熱処理後のJc-B特性のピーク効果にはプロセス依存性があって、新規の無双晶単結晶作製プロセスを用いれば、高磁場側でより大きなピーク効果を有する試料を作製することが可能であることがわかった。

 Twin-free試料でピーク効果が増大することについては、Twin-free試料のみが酸素熱処理の初期から一軸加圧下でNdとBaの組成変動が進行するためと考えた。これまでに、NdとBaの組成変動の進行の機構については、スピノーダル分解による可能性があることが報告されている。そこで、一軸加圧下での酸素熱処理がNdとBaのスピノーダル分解に与える影響について考察した。NdとBaの組成変動の差が小さいスピノーダル分解の初期では、Nd-rich相とマトリックスとの格子定数の差がゼロに近いために、二相界面における弾性歪みエネルギーもゼロに近い。一方、試料中には、一軸加圧によって1×10-3J/mol程度の弾性歪みエネルギーが付加される。スピノーダル分解機構では、弾性歪みエネルギーは組成変動の波長や分解進行の時間依存性に影響を与える。これらのことから、スピノーダル分解の初期に、一軸加圧による弾性歪みエネルギーによって組成変動の波長や分解進行の時間依存性が変化し、その影響が酸素熱処理後まで残っている可能性があると考えた。

図1 新規のNd123単結晶の作製プロセスの概念図

図2 寸法の異なった試料の角から同一の一軸荷重400gfをかけて酸素熱処理を行った後のY123単結晶試料の偏光顕微鏡写真

図3 Detwinned試料、Twin-free試料、Twinned試料1、2のJc-B特性の比較

審査要旨 要旨を表示する

 Nd123単結晶は,超電導デバイスのグランドプレーン用材料として極めて有望な材料である.しかし,この材料は酸素熱処理に伴って双晶が形成され,素子特性を阻害する.従って,酸素熱処理後も単一の分域構造を有する斜方晶の無双晶Nd123単結晶の作製に期待がかけられている.さらに,Nd123単結晶の臨界電流密度一磁場(Jc-B)特性のピーク効果を利用することにより,この超電導体の高磁場側での応用が有望となる.本論文は,一軸加圧下での酸素熱処理プロセスにより斜方晶の無双晶Nd123単結晶を作製するとともに,一軸加圧によるピーク効果の変化を詳細に検討してNd123単結晶の酸素熱処理条件の最適化のための指針を与えることを目的としたものであり,全6章より成る.

 第1章は序論であり,Nd123単結晶の構造や物性の特徴を述べた後,既往の単結晶作製プロセスの概要を述べた.また,この超電導体の構造相転移と双晶形成,Jc-B特性のピーク効果など,本研究の背景となるこれまでの研究の進展を要約するとともに本研究の目的について述べている.

 第2章では,高温偏光顕微鏡を用いた双晶形成のその場観察によるNd123単結晶の正方晶-斜方晶構造相転移温度の測定,結晶中の平衡酸素量の測定および酸素の化学拡散係数の評価を行った結果を述べている.Nd123単結晶の正方晶-斜方晶の構造相転移温度や酸素の化学拡散係数に対してはNdとBaの不定比性やNdとBaの組成変動が無視できることを明らかにしている.また,Nd123単結晶の酸素の化学拡散係数は,正方晶や斜方晶の結晶構造に依存しないことを示している.この酸素の化学拡散係数の酸素濃度依存性は小さく,活性化エネルギーも他の酸化物と比較して小さいことを見出し,これらの結果から,Nd123単結晶では,平衡状態でCu-O面の酸素空孔濃度が極めて高いことについて考察している.

 第3章では,高温偏光顕微鏡付き一軸加圧装置を用いて,斜方晶の無双晶Nd123単結晶の作製プロセス条件を検討した結果を述べている.その結果,as-grownのNd123単結晶試料に100%酸素ガスフロー中,正方晶の温度領域(700℃)であらかじめ平衡酸素量まで酸素を導入した後,試料の隅から[100]あるいは[010]方向に一軸圧縮荷重をかけて,荷重点に1.4×10-3程度のせん断歪みが生じる状態で,斜方晶の温度領域(300℃)まで結晶中の酸素濃度勾配ができるだけ小さくなるように徐冷するプロセスが最適であることを見出している.このプロセス条件を用いて,4×4×0.5mm3の寸法の無双晶単結晶を作製することに成功している.このような大型のNd123単結晶の作製は,この新しいプロセスによって初めて可能となったものであり,超電導デバイスのグランドブレーン材料への応用に向けて大きな寄与をしたものである.

 第4章は,Y123単結晶のJc-B特性のピーク効果について調べて結果である.無双晶Y123単結晶のJc-B特性は,双晶を含む単結晶に比べてピーク効果が現れる温度が低温度側にシフトし,ピーク磁場が高磁場側に大きくシフトすることを見出している.また,これらのピーク効果の変化は,双晶を含む単結晶を徐双晶する場合と無双晶単結晶のいずれにおいても同じであり,無双晶化プロセスに依存しないことを明らかにしている.ピーク効果の変化の結果から,ピンニングセンターはCu-O面の酸素欠損部分であると結論している.また,一軸加圧下での酸素熱処理によって酸素欠損部分の酸素欠損量や大きさ,数が変化することを指摘し,EXAFS測定によるCu-O面の酸素配置評価の結果から,これらの変化は,一軸加圧中に単一ドメイン内でCu-O面の酸素原子がb軸サイトに一次元的に配列されるためであると解釈している.

 第5章では,Nd123単結晶について,一軸加圧下での酸素熱処理によるJc-B特性のピーク効果の変化の検討を行った結果を述べている.第4章と同一の二通りのプロセスで作製した無双晶Nd123単結晶のJc-B特性に現れるピーク効果が,プロセスに依存することを見出している.正方晶単結晶から直接無双晶単結晶を作製するプロセスで作製されたNd123単結晶では,徐双晶した単結晶に比べて,ピーク効果が大きくなることを明らかにしている.そして,このピーク効果がNdとBaの組成変動に起因すること,またピンニングセンターがTcの低いNd置換量の多い領域であると説明している.EXAFS測定によるNdとBaの組成変動の評価,TEM観察明視野像のコントラストや電子線回折図形の解析結果から,正方晶単結晶から直接無双晶単結晶を作製する場合には,徐承晶した単結晶に比べてNd置換量の多い領域の寸法がより小さく,かつ数がより多くなることを確認している.NdとBaの組成変動が生じている時に一軸加圧下で酸素熱処理を行うと,Nd置換量の変動が小さいスピノーダル分解の早期段階で,一軸加圧による弾性歪みエネルギーによってNdとBaの組成変動の周期や時間依存性が変化し,その影響が酸素熱処理後まで残っている可能性があると結論している.

 第6章は本論文の総括である.

 以上要するに,本論文は,新規の斜方晶無双晶Nd123単結晶の作製プロセスを確立するとともに,本プロセスで作製されたNd123単結晶のJc-B特性のピーク効果を明らかにしたもので,超電導工学の進展に寄与するところが大きい.よって,本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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