学位論文要旨



No 214809
著者(漢字) 泉,順
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,ジュン
標題(和) ゼオライト系酸素吸着剤を用いた空気分離の研究
標題(洋)
報告番号 214809
報告番号 乙14809
学位授与日 2000.09.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14809号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,基之
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 大久保,達也
内容要旨 要旨を表示する

第1章においてまず酸素の使用量と酸素濃度に分けて酸素のニーズの調査を行い、産業上の基礎物質の一つである酸素の安価な製造は、産業構造の改善に直接影響を与えるほど重要であることを確認した。これにつづいて現在の各種酸素製造技術について調査を行い、主要製造プロセスであるa)深冷分離装置、b)PSA-酸素(窒素吸着剤使用)、c)膜分離について製品酸素濃度と電力原単位(1m3Nの酸素製造に要する消費電力(kwh/m3NO-2))を評価項目として性能の比較を行った。現在全低圧式深冷分離装置(低濃度酸素製造用)の電力原単位が最も小さい。(0.32kwh/m3N-O2)ただ深冷法は技術的に飽和点に近く今後の大幅な電力原単位の低減は予想されておらず、他も技術的な観点から深冷法の性能を凌ぐことは予想しがたい。このような中で酸素選択型吸着剤を使用したPSAでは酸素分離係数をパラメータとして電力原単位を予想したところ酸素分離係数の高い吸着剤を使用すれば、0.2kwh/m3N-O2台の高効率な酸素製造が期待された。筆者等はNa-A型ゼオライトペレット(Na-A)が例外的に酸素を選択的に吸着することを既に見いだしていたため、第2章において先ず217〜298Kの低温条件下での酸素―窒素2成分系における酸素吸着量と酸素選択性の評価を行ない、温度の低下とともに酸素吸着量、酸素選択性が増大すること、吸着時間の減少とともに酸素選択性が増大することから速度分離型の吸着であることを確認した。(吸着温度213K、吸着時間30秒での酸素分離係数αo23.2)同じく温度の低下に伴い窒素の平衡吸着量も低下し210K以下では平衡条件においても酸素選択性を示すことが判った。この現象はパウダー状のNa-Aでは見られぬペレット特有のものでありペレット成型工程に起因することが推定され特に(1)高温、水蒸気雰囲気での熱処理、(2)ペレット中のKと酸素選択性の間に強い相関が認められた。このため923Kで1時間熱処理して成型したペレットに水分を吸着して2回目の熱処理をしたところ水分吸着量15w%、熱処理温度993Kのペレット(Calcined Na-A)でNa-Aを上回る強い酸素選択性が確認された。Calcined Na-Aにおいても吸着温度の低下とともに酸素吸着量、酸素選択性とも増大し、その値はNa-Aを上回った。(吸着温度213K吸着時間30秒での酸素分離係数αo26.5)また酸素、窒素の平衡吸着量が同一となる温度はNa-Aの210Kから240Kへと高温にシフトした。次にNaの一部をKに交換したNa-Aをペレット成型した後高温で熱処理をしたところK交換率7mol%、熱処理温度993Kのペレット(Na-K-A)でNa-A、Calcined Na-Aを上回る酸素選択性が確認された。(吸着温度213K、吸着時間30秒での酸素分離係数αo28)また酸素、窒素の平衡吸着量が同一となる温度は250Kと更に高温にシフトした。試作したCalcined Na-A、Na-K-Aが強い酸素選択性を示したため第3章において酸素選択性の発現機構の解明を試みた。まずCharnell法で調製した結晶型70μのNa-Aに熱処理、Kイオン交換をほどこした後、単結晶X線回折(SCXD)で結晶を構成するNa、K、Si、Al、Oの原子位置を決定した。この測定結果によると分子ふるい作用を決定する窓を構成する酸素8員環サイトには本来はいるべきKはなくこれは6員環サイトを占有していた。これは熱処理により移動したものと思われた。もしKが8員環サイトを占有すると窓は3Åに縮小して酸素も窒素も吸着しなくなることとなりNa-K-Aの酸素選択性の発現は説明できなくなるところだったがKの6員環サイトへの移動が確認されたことで3Åへの閉塞の可能性は否定された。また8員環にはなんらのカチオンも見いだされなかったが、これは熱処理により窓部のNaの存在位置が不規則となりSCXDの計測下限界を下回りたためと思われた。次に固体NMRにより熱処理温度の違うNa-A及びNa-K-Aの23Na、27Si、29Siを計測したが熱処理温度の上昇に伴い8員環サイトのNaの対象性が失われていることが確認された。Veeman等のin-situ高温計測によりNa-A、Na-K-Aの8員環サイトのNaの対象性が温度の上昇とともに失われることは確認されているが、降温とともに可逆的に対象性が発現すると報告されている。一方本研究では高温で熱処理したNa-A、Na-K-Aを室温で計測しても過酷な熱処理により8員環サイトのNaは非対称なまま凍結されたことが確認された。これらの計測から窓部Naの不規則な位置の占有が酸素選択性の発現と関連しているものと推定された。これを確認するためSCXDで得られたNa-A、Na-K-Aの構成原子位置を入力条件として分子動力学シミュレーション(MD)により高温での構成原子のトラジェクトリーを計算したところKの部分交換によりNa-Aの4、6、8員環サイトのNaの熱振動が低下しKイオン交換によるNa-Aの耐熱性の向上が再確認された。次に低温条件でのNa-A、Na-K-Aの結晶内の酸素、窒素移動性を推算したが、温度の低下とともに窒素の結晶内移動量が低下ししかもNa-K-Aにおいてより顕著であり酸素一窒素2成分系吸着実験の結果とも一致した。第4章においてNa-K-Aを酸素吸着剤として酸素富化空気ベンチスケール試験装置(酸素吸着剤充填量1kg/塔、2塔式、入口空気量 16 1N/batch Max、吸着温度-60℃Min)により操作条件(吸着圧力、再生圧力等)を変更し酸素富化空気製造の性能(回収酸素濃度、吸着剤使用量、電力原単位(2,000m3N-O2/h級換算))との関係を把握した。低温、大気圧吸着―真空再生操作において回収酸素濃度52vol%、吸着剤使用量40m3N-O2/h/ton、電力原単位0.25kWh/m3N-02と深冷法を下回る低電力原単位の酸素富化空気製造の能なことが予想された。第5章においては吸着塔内での動的な酸素吸着挙動の詳細な理解に有効な手法である吸着平衡定数、吸着速度定数を入力条件とした酸素吸着剤による酸素富化空気製造シミュレーションを実施した。所定の操作条件(吸着圧力、再生圧力等)における回収酸素濃度、吸着剤使用量を推算しベンチスケール試験との良好な一致を確認した。第6章ではPSA―酸素富化空気製造(酸素吸着剤)の実用化への課題を抽出した。本吸着剤は窒素同様にArを殆ど吸着しないため、酸素富化空気にArが殆ど含まれておらずPSA-酸素富化空気製造の後段にPSA.酸素(窒素吸着剤)を追設することで高濃度酸素製造が可能である。本研究では小規模試験を実施し酸素濃度99.2vol%以上、酸素製造量4m3N-O2の性能を確認した。以上本研究で検討した酸素吸着剤を使用した酸素富化空気製造、PSA-酸素(窒素吸着剤)を追設した高純度酸素製造(99vol%)において現行深冷法を凌ぐ高効率な酸素製造の創出が期待された。

審査要旨 要旨を表示する

空気からの酸素製造は産業における根幹要素の一つであり、酸素製造における効率の改善は種々の面へ大きな波及効果を有している。近年、主として小型の酸素製造においては吸着分離プロセスが主流となり、徐々に大型プロセスにおいてもその占める比重は大きくなってきている。この原因は吸着剤の吸着特性の改善、プロセスの運転方式の改良などによるところが大きい。本論文は、圧力スイング吸着(PSA)において用いられるゼオライト系の吸着剤に関して、その酸素吸着特性を著しく改善する手法について新しい知見を見出し、この吸着剤を用いる酸素製造プロセスについて検討を加えた研究をまとめたものであり、6章より構成される。

先ず、第1章では酸素の産業面における需要の調査を行い、つづいて酸素製造プロセスとしてa)深冷分離、b)PSA-酸素(窒素吸着剤使用)、c)膜分離の性能比較を行っている。現状では全低圧式深冷分離装置の電力原単位(0.32kWh/m3N-O2)が最小であるが、高性能な酸素吸着剤を使用したPSAでは、0.2kWh/m3N-O2台の高効率な酸素製造が期待されることを示している。

第2章においては、先ず従来型のNa-A型ゼオライトペレット(Na-A)吸着剤の酸素吸着性について評価を行い、低温領域で酸素吸着量、酸素選択性が増大し、これは速度分離型吸着が支配となることを確認している。このNa-Aを高温で熱処理した後、水分を吸着させてさらに熱処理を行って得た熱処理Na-AはNa-Aを上回る強い酸素選択性を示した。さらにNaの一部をKに交換した後高温で熱処理をしたNa-k-Aは上記のNa-A、熱処理Na-Aを一層上回る酸素選択性を有することが示され、酸素製造プロセスへの適用の有効性が確認されている。因みに酸素分離係数αo2はNa-Aが3.2、熱処理Na-Aは6.5であるのに比して熱処理Na-K-Aは8を与えている。

第3章では熱処理Na-K-Aが強い酸素選択性を与える理由について検討を行っている。まず単結晶X線回折(SCXD)で熱処理Na-A、Na-K-A結晶の構成原子位置を決定した。次に固体NMRによりNa-A及びNa-K-Aの23Na等を計測したが、A型ゼオライトの有するケージ間の8員環部に交換されているNaは熱処理により非対称なまま固定化されていることが確認された。次にNa-A、Na-K-Aの構成原子位置を用いて分子動力学シミュレーション計算を実施し、(1)Kイオン交換によるNa-Aの耐熱性の向上、(2)温度の低下による窒素の結晶内移動量の低下が確認され、この為に結果として熱処理Na-K-Aが酸素を選択的に透過する性能を有することを示唆している。

第4章においては、熱処理Na-K-Aを酸素吸着剤として用いた酸素富化空気製造ベンチスケール試験装置(酸素吸着剤充填量1kg/塔×2塔)の運転により、回収酸素濃度52vol%、電力原単位0.25kWh/m3N-O2と深冷法を超える低電力原単位での酸素富化空気製造の可能なことを示している。

第5章においてはこの熱処理Na-K-Aの酸素、窒素吸着平衡定数、吸着速度定数を入力条件とした酸素富化空気製造シミュレーション計算を実施し、ベンチスケール試験との良好な一致を確認している。

第6章は本論文のまとめであり、PSA-酸素富化空気製造(酸素吸着剤使用)の実用化への課題を抽出している。PSA-酸素富化空気製造の後段に従来型のPSA-酸素(窒素吸着剤使用)を追設することで高純度酸素(99.2vol%以上)製造の可能なことを確認している。以上要するに、本論文は新しい酸素吸着剤として、熱処理をしたNa-K-Aゼオライトが有効であることを見出し、この新規吸着剤の酸素吸着特性に関して吸着剤の結晶ミクロ構造から説明を行い、またこの吸着剤の酸素製造プロセスでの利用の可能性を提示しており、工学的な価値の極めて高いものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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