No | 214810 | |
著者(漢字) | 中村,雅之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,マサユキ | |
標題(和) | 植物培養細胞を用いた2次代謝物の生産性向上に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the enhancement of secondary metabolite production by plant cultured cells | |
報告番号 | 214810 | |
報告番号 | 乙14810 | |
学位授与日 | 2000.09.21 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第14810号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物由来の二次代謝物は、古来より薬品、染料、香料などに利用されてきた。植物培養細胞技術の発展に伴い、これら植物由来の有用物を、植物培養細胞を用いて生産することが期待されている。しかし、植物培養細胞の持つ様々な性質が、工業的な応用を阻んできた。特に、植物培養細胞における、二次代謝産物含有量の低さが問題とされてきた。 本論文では、主に3つの観点から植物培養細胞における二次代謝物の生産性向上を検討した。 (1)酸素や二酸化炭素などのガス成分の制御による二次代謝物の生産性向上 (2)細胞増殖抑制による二次代謝物の生産性向上 (3)変異株細胞選抜や遺伝子導入などの細胞改変を通じた二次代謝物の生産性向上 二次代謝生産のモデル系として、イチゴ培養細胞によるアントシアニン生産系を主に用いた。アントシアニンは花の色を決定する天然色素で、水酸化やメチル化の度合いにより色調が赤、紫、青に変化する。水溶性かつ毒性の低さから、食品添加剤として利用されている。近年はアントシアニンの医薬的効果も注目されている。植物培養細胞では、液胞内に蓄積される。 以下に本論文の章立て及び主だった内容を要約する。 第一章 Introduction 植物培養細胞を用いた物質生産に関する既往の研究のまとめと、本論文の研究目的を示した。 第二章 Evaluation of suitability of gas environment in flask batch culture 植物培養細胞のフラスコバッチ培養における、酸素や二酸化炭素などのガス環境を検討した。特に、フラスコ栓のガス移動容量係数と、気液界面でのガス移動容量係の値に基づき、ガス移動の物質収支如きをたてた。最終的に、フラスコバッチ培養における植物培養細胞の臨界酸素取り込み速度(COUR)を定義し、これを酸素供給の新たな評価基準として用いることを提案した。さらに、酸素と二酸化炭素の培地中およびフラスコ気相中の経時的濃度変化のシミュレーションを行った。イチゴ培養細胞を用いての実験結果はシミュレーション値とよい一致を示した。 第三章 Effect of oxygen and ethylene on anthocyanin production 二次代謝物生産に対するガス環境の影響を検討するため、ガス濃度ならびに、光照射条件を制御する新規なフラスコ培養装置を作成した。フラスコ間での光照射量のばらつきは2%程度におさえられた。イチゴ培養細胞を用いて、酸素濃度やエチレン濃度のアントシアニン生産への影響を検討した。細胞増殖よりもアントシアニン生産に対して、低酸素濃度での阻害が大きいことが明らかになった。 第四章 Effect of growth limitation on anthocyanin Production 植物ホルモン、およびリン酸の濃度を減少させることにより、二次代謝物の生産性向上を試みた。植物ホルモンの1つであるオーキシン(2,4-D)の濃度低下により、アントシアニン比生産速度は約2倍に向上した(図1)。リン酸の濃度低下実験においても、同様の傾向(細胞増殖卸制ならびにアントシアニン含量の向上)が観察された。さらに、細胞増殖抑制がアントシアニンの組成に及ぼす影響も検討した。イチゴ培養細胞では、明るい赤の色調をもつシアニジン-3-グルコシドと、それがメチル化された暗い赤の色調をもつペオニジン-3-グルコシドの2つのアントシアニンが同時に生産されている。細胞増殖抑制下において、ペオニジン-3-グルコシドの比率の増加(アントシアニンのメチル化促進)を初めて明らかにした(図2)。 第五章 Effect of precursor feeding on anthocyanin production 培地に、アントシアニンの前駆体を添加することによる二次代謝物の生産性向上を検討した。低濃度(1-10mg/L)でフェニルアランニン、または桂皮酸を添加することにより、アントシアニン生産を最高1.5倍まで向上させることができた。一方、高濃度(50-1000mg/L)の添加が細胞増殖、アントシアニン生産ともに阻害的に働くことが明らかになった。 第六章 Isolation and characterization of anthocyanin-high-producing mutant sells アントシアニンの生産性が非常に高いイチゴ培養細胞の変異株(FAR)の取得、並びに元来の細胞株(FAW)との比較を行った。自発的に変異のおこった細胞を選択的に培養することにより、新たな株(FAR)を樹立した。FAWとの比較において、増殖速度は多少低い(最大比増殖速度;FAR:2.3(d-1)、FAW:3.3(d-1))ものの。アントシアニン生産性が飛躍的に向上していることが明らかになった(図3)。また、FARは暗所においても20mg/g-dcwの高含有量を示した。フェノール性化合物の生産性も向上していることより、FARではアントシアニン合成系を含むフェニルプロパノイド系全体が大幅に活性化していることが示唆された。暗所でのアントシアニン高生産能を持つFAR細胞は、工業的にも利用が期待できる。 第七章 Effect of defense signal compound on pigment production 植物の防御シグナル物質の1つであるジャスモン酸メチルを用いて、イチゴ培養細胞によるアントシアニン生産、およびヨウシュヤマゴボウによるベタシアニン生産の生産性向上を検討した。双方において、ジャスモン酸メチルの色素生産への促進的効果が確認された。 第八章 Transformation of cultured plant cells イチゴ培養細胞に遺伝子導入することにより、アントシアニン生産の向上を試みた。導入はアグロバクテリウムを介したT-DNA法によって行った。マーカーであるGUS遺伝子の導入を酵素活性により確認した。 第九章 Strategy for the magnetic separation of plant cultured cells 細胞選抜の新規な手法として、マグネットを用いた細胞分離技術の植物培養細胞への適用を試みた。直径100nm前後の微小のマグネットビーズと、フロースルー型の分離装置を用いることにより、抗原発現量の度合いによって細胞を分離する方法を提案した。そして、分離条件の決定に必要である、磁化された細胞の磁場内での速度分布を測定する装置(Cell Tracking Velocimetry, CTV)の開発を行った。CTVでは、磁場強度の勾配を一定になるよう設計することにより、磁場内での細胞の移動速度が一定となることが特徴である。また、画像処理およびトラッキングアルゴリズムを用いることで、速度測定を自動化し、多量のサンプルを測定することができる。マグネットを添加した擬似細胞ビーズを用いて、CTVの測定能力を評価し、10-6から10-2(mm3/T-A-s)の広い範囲での速度測定を実現した。CTVの開発により、植物培養細胞のマグネッティク分離の可能性が大きく広がった。 第十章 Conclusions 本論文を通じて得られた成果のまとめ、ならびに将来の展望を示した。 図1 オーキシン初期濃度の比アントシアニン生産速度に対する影響 図2 イチゴ培養細胞の生産するアントシアニンにおける、ペオニジンー3−グルコシドの占める割合の経時変化 図3 通常株(FAW)と変異株(FAR)との比較。(A)細胞増殖、(B)アントシアニン含有量、(C)アントシアニン総生産量。 | |
審査要旨 | 本論文は,植物培養細胞における二次代謝物の生産性を向上させる手法として,通気ガスや培地成分等の環境因子の影響に関する検討ならびに変異株や高生産株の取得と選抜方法に関する検討を行い,各手法の二次代謝物生産性向上に対する有効性を明らかにすることを目的としたもので,全10章から構成されている。 第1章では,本論文の意義を明確にするために,植物培養細胞を用いた物質生産に関する既往の研究のまとめ,および本論文の研究目的を示した。 第2章では,植物培養細胞のフラスコバッチ培養における,酸素や二酸化炭素などのガス環境の影響について検討した。特に,フラスコ栓のガス移動を容量係数として定義し,この値と気液界面でのガス移動容量係数の値に基づきガス移動の物質収支式を立て,これに基づいてフラスコバッチ培養における植物培養細胞の臨界酸素取り込み速度(COUR)を新たに定義した。そして,このCOURを酸素供給の評価基準として用いることを提案した。その結果,これまで比較的問題とされて来なかった植物細胞フラスコ培養系の通気の重要性を定量的に明らかにしている。さらに,イチゴ培養細胞を用いて,酸素と二酸化炭素の培地中およびフラスコ気相中の経時的濃度変化のシミュレーションを行い,実験結果とよい一致を示すことにより,モデルの有効性を確認した。 第3章では,二次代謝物生産に対するガス環境の影響を検討するため,ガス濃度ならびに,光照射条件を制御する新規なフラスコ培養装置を作成した。イチゴ培養細胞を用いて,酸素濃度やエチレン濃度のアントシアニン生産への影響を検討した。細胞増殖よりもアントシアニン生産に対して,低酸素濃度での阻害が大きいことが明らかになった。 第4章では,培地成分としての植物ホルモンおよびリン酸の濃度を減少させることによる,二次代謝物の生産性向上を検討した。植物ホルモンの1つであるオーキシン(2,4-D)の濃度低下により,アントシアニン比生産速度は約2倍に向上した。リン酸の濃度低下実験においても,同様の傾向(細胞増殖抑制ならびにアントシアニン含量の向上)が観察された。さらに,細胞増殖抑制がアントシアニン類の組成に及ぼす影響も検討した。イチゴ培養細胞では,明赤色のシアニジン-3-グルコシドと,それがメチル化された暗赤色のペオニジン-3-グルコシドの2つのアントシアニンが同時に生産されているが,細胞増殖抑制下において,ペオニジン-3-グルコシドの比率の増加(アントシアニンのメチル化促進)を起こることを初めて明らかにした。 第5章では,培地にアントシアニンの前駆体を添加することによる二次代謝物の生産性向上を検討した。低濃度(1-10mg/L)のフェニルアラニン,または桂皮酸を添加することにより,アントシアニン生産を最高1.5倍まで向上させることができた。一方,高濃度(50-1000mg/L)の添加が,細胞増殖およびアントシアニン生産に阻害的に働くことを明らかにした。 第6章では,植物の防御シグナル物質の1つであるジャスモン酸メチルを用いて,イチゴ培養細胞によるアントシアニン生およびヨウシュヤマゴボウによるベタシアニンの生産性向上を検討した。双方において,ジャスモン酸メチルの色素生産への促進的効果が確認された。 第7章では,アントシアニンの生産性が非常に高いイチゴ培養細胞の変異株(FAR)の取得し,親株(FAW)との比較を行った。自発的に変異の生じた細胞を長期間に渡って選抜を繰り返しながら培養することにより,新たな株(FAR)を樹立した。FAWとの比較において,増殖速度は幾分低い(最大比増殖速度;FAR:2.3(d-1),FAW:3.3(d-1))ものの,アントシアニン生産性が飛躍的に向上していることが明らかとなった。また,FARは暗所においても20mg/g-dcwの高含有量を示した。フェノール性化合物の生産性も向上していることより,FARではアントシアニン合成系を含むフェニルプロパノイド系全体が大幅に活性化していることが示唆された。暗所でのアントシアニン高生産能を有するFAR株は工業的な利用が強く期待される。 第8章では,イチゴ培養細胞に遺伝子導入することにより,アントシアニン生産の向上を試みた。導入はアグロバクテリウムを介したT-DNA法によって行った。マーカーであるGUS遺伝子の導入を酵素活性により確認したが,安定な細胞株を樹立するには至らなかった。 第9章では,細胞選抜の新規な手法として,マグネットを用いた細胞分離技術の植物培養細胞への適用を試みた。直径100nm前後の微小なマグネットピーズと,フロースルー型の分離装置を用いることにより,細胞表面のリガンド量の相違によって細胞を磁気分離する方法を提案した。特に,分離条件の決定に必要な,磁化細胞の磁場内での速度分布を測定する装置(Cell Tracking Velocimetry, CTV)の開発を行った。CTVでは,磁場強度の勾配を一定になるよう設計することにより,磁場内での細胞の移動速度が一定となることが特徴である。また,画像処理およびトラッキングアルゴリズムを用いることで,速度測定を自動化し.多量のサンプルを測定することが可能となった。マグネットを添加した擬似細胞ビーズを用いて,CTVの測定能力を評価し,10-6から10-2(mm3/T・A・s)の広い範囲での速度測定を実現した。CTVの開発により,植物培養細胞の磁気分離の可能性が大きく広がった。 第10章では,本研究を総括し,今後の展望を述べている。 以上述べてきたように,本論文は,植物培養細胞の二次代謝物生産性を向上させる様々な手法を詳細に検討しその有効性を評価したもので,植物培養細胞を用いた工業的物質生産に貢献するものと期待される。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |