学位論文要旨



No 214812
著者(漢字) 宮本,英昭
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ヒデアキ
標題(和) 流体流動を伴う地球型惑星表層地形の形成
標題(洋) Fluid-related Processes and Landforms on Terrestrial Planets
報告番号 214812
報告番号 乙14812
学位授与日 2000.09.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14812号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,晶
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京大学 助教授 永原,裕子
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 教授 鳥海,光弘
内容要旨 要旨を表示する

惑星表層に見られる地形を調べることは、惑星の進化を考える上で重要な役割を果たすと考えられるので、惑星の地質学的な研究、特に地形区分や相対的な年代などが活発に調べられている。これらの研究は、惑星表層進化の仮説を立てて定性的に議論をする場合に非常に有効であるが、多数の論争を引き起こし、それが決着を見ない場合も多い。これは、従来からの地質学的手法が定量的な議論には不向きであって、具体的・定量的に地形や地質を評価する事が難しいという事実に起因している。それにもかかわらず、地形や地形形成を定量的に取り扱う研究はそれほど行われていない。むしろ、地形自体を取り扱うことは空間的に非常に複雑であるから、そのような手法を開発する事は難しいとされてきた。しかし複雑さという点を考えると、数値モデリングは一つの解決策となりうる。数値モデルは多くのパラメータを同時に、しかも値の時間的・空間的な変化も考慮することができるからである。また近年の惑星探査による高度データの取得や、計算機処理能力の向上は、このようなアプローチを可能にしていると言える。

本研究は、惑星表層に見られる様々な地形へ数値的にアプローチしたものである。金星や火星の画像データを見ると、流体流動を伴って形成された地形が著しく多い。そこで特に流体流動に焦点をあてた研究を行い、4つの主な流体(溶岩流、クレーターアウトフロー、洪水流およびマントルの流れ)を研究対象とした。主な成果は次の3つが挙げられる。

(1) 地球型惑星上を流れる粘性流体の挙動を計算できる3種類の数値コードの開発に成功した。1つは、層流で地表を流れる粘性流体の計算コードである。これは熱移動のモデルを組み込むことで、物性の変化も考慮したコードであり、複雑に入り組んだ地表を流れる溶岩流の計算を意図して開発した。他にも泥流や氷床流れ、一部の火砕流などに適用する事も可能と考えられる。次に河川水理学の手法を用いて地表を流る乱流の計算コードを開発した。これは、火星や地球で見られる大規模洪水の計算を行う事ができる。最後に移動境界を持つ粘性流体の計算コードを開発した。地表地殻のマントル流れにより地表面がどのように影響されるかを、このコードで調べることができる。

(2) 地球型惑星上を流れる流体の幅は、その流体の流出率を大まかに示す尺度と考えられることを示した。この結論は広く粘性流体に応用できる重要な指摘である。例えば洪水型溶岩流がsimple flowと呼ばれる流動形態で流出し幅が100km程度の場合、物性や気温などの条件に関わらず107m3/s程度の噴出率が必要である事を示した。また火星に見られる長い溶岩流は、従来言われたような大規模な噴出率では形成されない事も明らかにした。さらに、金星上のクレーターアウトフローも幅の点で形成過程を分類する事ができ、カタストロフィックなイジェクタの流動によるもの(流出率>109m3/s、形成のタイムスケール〜10-100秒)と、2次的にゆるやかにメルトが流れたもの(流出率〜104m3/s、形成のタイムスケール〜105秒)がある事を示した。クレーターアウトフローの形成には、従来指摘されたような特別に流れやすいマグマ(カーボナタイトなど)は必ずしも必要なく、観測に調和的な玄武岩地殻のインパクトメルトで形成可能であることも示した。さらに、地球最大の洪水跡(チャネルドスケアブランド)の洪水流解析を行い、流出率は107m3/s以上、流量は7000km3以上必要である事を示した。この地域では、流出の回数に関して長年にわたり論争が繰り広げられてきたが、本研究は、複数回を示す証拠のある地域が、全て幅の狭い小規模の洪水で被覆可能であること、逆に洪水流の地質学的証拠は幅の大きい大規模な洪水でないと完全には被覆できない事を示し、この論争は多数の小規模の洪水と、1つの大規模な洪水の双方が存在する事で調停できることを明らかにした。

(3) 内部のマントル流動に伴う地表付近の動きやストレス場は、表層の状態にとても敏感に反応することを示した。従来広く用いられてきた薄板近似(thin sheet approximation)は、マントル流動に伴う地形形成を考えるには誤差が大きく、地形を2倍程度まで多く見積もってしまう。これはマントル流動に伴って生じる地形自体の粘性緩和の効果が無視できない事を示唆している。そこで金星・地球で多くみられるプリューム上昇に伴う地形変化を移動境界で計算した。プリュームの上昇に伴って、はじめにドーム型の地形の盛り上がりがあり、続いて高地状の地形へと変化していく事、ジオイドと高度の比(GTRs)はドーム状の時に高く、高地状になる時は低くなるように進化する事を明らかにした。これは金星上に見られるプリューム地形の進化と調和的である。

本研究は定性的な研究によって引き起こされた多くの論争が、その現象の大きさや形成に要する時間、形成に関わった流体の特徴などを定量的に求める事で、解決可能であることを幾つかの例と共に示した。本研究の最も重要な成果は、数値モデリングによる惑星地形へのアプローチが、現象の観察とその物理とを結ぶ有効な手法であると示した点にある。これは惑星地質学の新たな手法となることが期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は全8章からなる。第1章はイントロダクション、第2章は地形の上を流れる粘性流体の数値モデル、第3章は溶岩流の数値計算で求まる溶岩流地形をコントロールする要素、第4章は金星のクレーターアウトフローの計算、第5章は乱流流れの数値計算モデル、第6章は洪水流の数値計算によるChanneled Scablandの生成、第7章は境界要素法・有限要素法の計算による火山体の地形の盛り上がりの計算、第8章は結論とまとめ、である。

 地球だけではなく、金星や火星の画像データを見ると、流体流動を伴って形成された地形が著しく多い。これまで、惑星表面の流体運動を伴う地形については、単純化したモデルによる計算が主体で、実際の地形形成を定量的に扱うことはほとんど行われていなかった。数値モデルは多くのパラメータを同時に、しかも値の時間的・空間的な変化も考慮することができる。論文申請者は自ら新しい数値計算コードを開発して、流体流動に焦点をあてた研究を行い、4つの流体(溶岩流、クレーターアウトフロー、洪水流およびマントルの流れ)の計算を行った。

 特に論文申請者は、溶岩流や洪水流を任意の地形上で計算できる、数値計算コードの開発に成功した。層流で地表を流れる粘性流体の計算コードは熱移動のモデルを組み込むことで、物性の変化も考慮したコードであり、複雑に入り組んだ地表を流れる溶岩流の計算を意図して開発した。この中で、溶岩流の表面層やその冷却の効果などについてのパラメーター化など、細かな点も丁寧に考慮している点は評価された。他にも泥流や氷床流れ、一部の火砕流などに適用する事も可能と考えられる。河川水理学の手法を用いて開発した地表を流れる乱流の計算コードは、火星や地球で見られる大規模洪水の計算を行う事ができる。

 結果として溶岩流や洪水流などの、地球型惑星上を流れる流体の幅は、その流体の流出率を大まかに示す尺度と考えられることを示した。この結論は広く粘性流体に応用できる重要な指摘である。また火星に見られる長い溶岩流は、従来言われたような大規模な噴出率では形成されない事も明らかにした。さらに、金星上のクレーターアウトフローも幅を使うことで形成過程を分類する事ができ、カタストロフィックなイジェクタの流動によるものと、2次的にゆるやかにメルトが流れたものがある事を示した。クレーターアウトフローの形成には、玄武岩地殻のインパクトメルトで形成可能であることも示した。さらに、地球最大の洪水跡(チャネルドスケアブランド)の洪水流解析を行い、流出率は107m3/s以上、流量は7000km3以上必要である事を示した。これは、従来考えられていた湖の崩壊だけでは足りない水量である。この地域では、流出の回数に関して長年にわたり論争が繰り広げられてきたが、本研究は、複数回を示す証拠のある地域が、全て幅の狭い小規模の洪水で被覆可能であること、逆に洪水流の地質学的証拠は幅の大きい大規模な洪水でないと完全には被覆できない事を示し、この論争は多数の小規模の洪水と、1つの大規模な洪水の双方が存在する事で調停できることを明らかにした。以上が第6章までで行ったことであり、新しい成果を出している。

 第7章では、移動境界を持つ粘性流体の計算コードを開発した。地表地殻のマントル流れにより地表面がどのように影響されるかを、このコードで調べることができる。内部のマントル流動に伴う地表付近の動きやストレス場は、表層の状態とくに地形にとても敏感であることを示した。従来広く用いられてきた薄板近似は、マントル流動に伴う地形形成を考えるには誤差が大きく、地形変化を2倍程度まで多く見積もってしまう。そこで金星・地球で多くみられるプリューム上昇に伴う地形変化を移動境界で計算した。プリュームの上昇に伴って、はじめにドーム型の地形の盛り上がりがあり、続いて高地状の地形へと変化していく事、ジオイドと高度の比(GTRs)はドーム状の時に高く、高地状になる時は低くなるように進化する事を明らかにした。これは金星上に見られるプリューム地形の進化と調和的である。審査員の中には、この新しい計算の試みを高く評価する者もいた。

 なお、本論文第2章、第3章、第4章は、佐々木晶氏との共同研究、第6章は小松吾郎、伊藤一誠、登坂博行、徳永明祥氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計算・解析・検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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