学位論文要旨



No 214815
著者(漢字) 久保寺,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) クボテラ,ヒデオ
標題(和) 九州の火山灰土壌地帯に見られる硬盤層の特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214815
報告番号 乙14815
学位授与日 2000.10.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14815号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

 黒ボク土は九州の主要な農耕地土壌の一つであり,その物理性は一般に優れている。しかし九州の黒ボク土の一部には,熊本県の阿蘇山西方に分布している埋没火山灰土壌(通称「ニガ土」)をはじめ,著しい硬化により農業上の問題が生じる幾つかの土壌(硬盤層)が存在する。ニガ土の諸性質については幾つかの研究事例があるが,硬化機構,土壌生成,土壌分類上の位置づけ等についての踏み込んだ考察が未だ行われていない。また九州の火山灰土壌に分布するニガ土以外の硬盤層(雲仙火山周辺の「かしの実層」,阿蘇外輪山北東部の「バンバン」,九重火山周辺の「花牟礼層」,開聞火山周辺の「コラ」等)についても,個々の研究事例は幾つか見られるが,総括的な研究による類型化や,土壌生成および土壌分類学的な考察は行われていない。これらは,土壌生成学や土壌物理学の視点から興味深い問題であり,同時に,硬盤層に対する土壌管理を行う上で重要な基礎的知見を与える研究課題である。

 このような背景に基づき,本研究ではまずニガ土の基本断面各層の諸性質を明らかにして,硬化に関与する要因について検討を行った。さらに,ニガ土以外の硬盤層についても同様の検討を行い,それに基づいて硬盤層を2つのタイプに類型化して,各タイプについて土壌生成,硬化機構および土壌分類の面から考察を行った。

 本研究を行う上で,土壌の硬化度合いの評価が非常に重要であるので,簡単な整形方法(2cm×2cm×5cmの角柱に削る)で作成した土塊試料を用いた一軸圧縮試験により,硬化強度を迅速簡易かつ高精度に測定する方法を確立した。この方法で測定した硬化強度と,硬盤層の物理性,化学性,鉱物学的性質,微細形態等との関係を解析することが,本研究の主要な方法論である。

 ニガ土の基本断面として,阿蘇外輪山西麓に位置する大津町高尾野の露頭を選定した。基本断面は深さ410cmで,14の黒〜褐色の土層が互層をなし,いずれの層も土壌化が進んでいた。物理性分析の結果,すべての層で土性はHCないしLiC,固相率は13.4〜18.8%,仮比重は0.41〜0.53Mgm-3の範囲にあった。水分保持能は全体的に大きかったが,各マトリックポテンシャルでの含水比は3kPa(pF1.5)で1.33〜1.86kgkg-1,1.5MPa(pF4.2)で1.08〜1.59kgkg-1と幅があった。化学性はpH(H2O)が5.5〜5.9,全炭素量が30〜127gkg-1,CECは19.8〜49.0cmol(+)kg-1,交換性塩基は,カルシウムは第1層を除き1.7〜5.8cmol(+)kg-1,マグネシウム,カリウムおよびナトリウムは2.1cmol(+)kg-1以下,リン酸吸収係数は22.8P2O5gkg-1以上であった。元素組成は,ケイ素含量が41.1〜54.1%(酸化物態の,主要10元素中に占める割合)の範囲にあり,カリウムおよびナトリウム含量との間に正の,アルミニウム,鉄,チタンおよびマンガン各含量との間に負の相関が見られた。一次鉱物組成は,重鉱物含量は8〜50%,重鉱物組成はほとんどの層でシソ輝石>強磁性鉱物>普通輝石の順であった。軽鉱物は無色火山ガラスと斜長石が主体であった。一次鉱物組成から推定される各層の母材の岩質は,安山岩質〜流紋岩質と広い範囲にあった。粘土鉱物は全ての層でアロフェン・イモゴライトを主体とした。

 これらの性質を,日本各地の火山灰土壌の埋没A層,B層及び埋没B層(Kurobokudo Co-operative Research Group(1986))と比較すると,水分保持能が大きいという特徴はあるが,特異な点は見られない。

 土塊の一軸圧縮強度は,生土ではいずれの層でも0.41MPa以下であった。風乾過程における一軸圧縮強度の変化および土塊の収縮度合いは層によって異なり,風乾に伴い一軸圧縮強度が著しく増大する“ニガ土”,風乾に伴う一軸圧縮強度増大の度合いが小さい,“非ニガ土に近い層”および一軸圧縮強度増大が見られない“非ニガ土”分けられた(図1)。風乾に伴いニガ土の土塊は生土時の体積の58%以下まで収縮したが,ニガ土以外は収縮度合いが大きい試料と小さい試料があった。また,土塊に風乾-水漬の処理を繰り返すと,ニガ土はほとんど細土化しないが,非ニガ土はほぼ全量が細土化した。

 以上からニガ土は,(1)風乾時の硬化強度の大きさ(一軸圧縮強度が1MPa以上),(2)収縮(生土体積の60%以下),(3)水漬時の非崩壊,の性質を合わせ持つ土壌である。硬化強度は,粒径組成,固相率および水分保持能といった物理性との間に関係がみられ,特に粘土含量との間に密接な正の相関があったが,化学性,一次鉱物組成,選択溶解試験結果および元素組成との間には関係がなかった。また微細形態的には,ニガ土はバグ状構造等の固相が連続して孔隙が少ない微細構造を持つのに対し,ニガ土以外の試料は軟粒状構造や海綿状構造等の孔隙の多い微細構造を持っていた。

 阿蘇周辺の各地点におけるニガ土の分布を調査すると,阿蘇中岳火口から北北東33kmの飯田高原では鬼界アカホヤ火山灰下の埋没黒色土層が,阿蘇外輪山上,火口から北14kmの地点では表層直下から黒色土層の下端までがニガ土であった。阿蘇中岳から西32kmの菊池台地の断面ではニガ土の性質は弱かった。何れの地点でも,硬化強度と収縮は,粘土含量と概ね正の関係にあった。

 風乾したニガ土の土塊を各種の試薬で処理すると,1M塩酸で処理した場合に土塊が著しく崩壊し,ケイ素,アルミニウムおよび鉄が多量に溶出した。この処理は非晶質粘土を溶解していることから,ニガ土の硬化に粘土が重要な役割を果たしていることがこの試験でも示された。

 以上の試験を,ニガ土以外の硬盤層(かしの実層,バンバン,花牟礼層およびコラ)についても行い,各硬盤層の諸性質を比較した。その結果,硬盤層は2つのタイプに大別できた。一つはニガ土とかしの実層のグループで,粘土含量が40%以上,仮比重が0.7Mgm-3以下と通常の火山灰土壌と同様のものであり,仮にタイプ1と呼ぶ。もう一つはバンバン,花牟礼層およびコラのグループで,粘土含量が10%以下,仮比重が1.1Mgm-3以上と,通常の火山灰土壌と異なるものであり,仮にタイプ2と呼ぶ。化学性の面では,タイプ1は炭素含量が30 g kg-1以上と,タイプ2(4 g kg-1以下)に比べて大きいことが特徴で,これはタイプ1が土壌生成作用の影響を受けているのに対し,タイプ2は土壌生成作用の影響はなく,母材が埋没状態で風化したためと考えられた。元素組成や一次鉱物組成は両タイプとも特定の傾向は示さず,粘土鉱物は全ての試料でアロフェン質であった。一次鉱物組成は,火山学的に知られている各硬盤層の母材の岩質と良く整合していた。一次鉱物組成および岩質(玄武岩質〜デイサイト質)が多様であることから,硬盤層の硬化は母材の性質に起因するものではない。

 土塊の含水比と,収縮および一軸圧縮強度の関係は,図2に示したように,タイプ1では生土状態の含水比が0.7kg kg-1以上と大きく,風乾に伴って土塊が収縮し一軸圧縮強度が増大するのに対し,タイプ2では生土の含水比が0.4kgkg-1以下と小さく,風乾に伴う一軸圧縮強度の増大および収縮は見られなかった。また,タイプ1の土塊は1M塩酸処理により崩壊するが,タイプ2は崩壊しなかった。風乾土塊の水漬に伴う細土化は,全ての試料でほとんど見られなかった。

 風乾時の一軸圧縮強度は,ニガ土,かしの実層およびバンバンは0.8MPa以上,花牟礼層およびコラは0.4MPa以下であった。一軸圧縮強度と微細形態の間には関係があり,強度の大きい試料はバグ状〜壁状,小さい試料は架橋粒子状の微細構造型であった。なお,九州に分布する非火山灰土壌のうち,南西諸島のジャーガル,島尻マージおよび国頭マージや,細粒質の低地水田土も風乾により著しく硬化するが,これらの土壌は風乾に伴う収縮が少ない点と水漬により崩壊する点で,火山灰土壌の硬盤層と異なっている。

 タイプ1,タイプ2とも,現行の国際土壌分類体系において定義されている硬化層(duripan等)の何れにも該当せず,タイプ1は単なる埋没土層と見なされ,タイプ2はlithic contact(Soil Taxonomyの場合)等,土壌以外のものと扱われる。また,硬化機構についても,火山灰土壌の硬盤層と国際土壌分類上の硬化層は異なっている。タイプ1はマトリックポテンシャル1.5MPa以上の水分を多量に保持していることと,風乾過程でこの水分が失われる際に正規収縮が風乾状態まで継続することが硬化の原因と推測され,この性質は母材の堆積後,長期間に亘る土壌生成作用の影響下で生じたものと考えられる。タイプ2は母材の堆積時またはその直後に地質的作用(熔結等)により硬化したものと考えられる。

 土壌管理については,タイプ1は埋没状態では硬化していないが,地表に露出すると硬化し作物生育を著しく阻害するため,タイプ1が露出する場合は表土扱いまたは露出直後の徹底的な砕土が必要である。また,通常の火山灰土壌と同様の化学性改善(リン酸多投等)が必要であり,特にニガ土はリン酸固定能が極めて大きい点に留意するべきである。タイプ2は埋没した状態でも硬いので,機械力を用いた徹底的な破砕と排除,ならびに養分の補給が必要である。

図1 風乾に伴う収縮及び一軸圧縮強度*生土時の体積を100%とする

図2各硬盤層の風乾過程における一軸圧縮強度の変化

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,阿蘇周辺地域に分布する通称「ニガ土」をはじめ,九州の火山灰土壌地帯に見られる硬化土壌について,硬化特性と硬化に関係する因子を解明し,土壌生成分類学的な考察を行ったもので,以下の8章より成る。

 第I章では,日本および世界各地の火山灰土壌地帯に見られる種々の硬化土壌(本研究では「硬盤層」と総称している)の農業上での問題性を述べ,それらの土壌に関する既往の研究のレビューを行い,本論文の位置づけと構成について述べている。

 第II章では,本研究で用いた土壌の分析および試験の方法を述べており,特に,本研究の軸である土塊の硬化強度評価方法について詳述している。硬化強度は土質工学で用いられる一軸圧縮試験により,高精度の評価を行うことができるが,この試験に通常用いられるJISの試料整形方法を硬盤層に用いた場合,装置の容量や試料整形作業効率などの面で問題が生じる。そのため,より小さいサイズの試料を用いた一軸圧縮試験により,JIS法の試料と同様の測定値を得る方法を検討し,これを確立した。

 第III章では,ニガ土の代表断面の選定と断面調査ならびに土壌分析を行っている。代表断面は黒〜褐色の14の土層からなり,どの層も土壌化が進んでいた。各層とも土性はHC〜LiC,仮比重は0.4〜0.5,水分保持能はマトリックポテンシャル3kPaの含水比が1.33〜1.86kgkg-1であった。炭素含量は30gkg-1以上,交換性塩基は全般に少なかった。一次鉱物組成は,重鉱物は両輝石と磁鉄鉱を,軽鉱物は無色火山ガラスと斜長石を主体とし,母材の岩質は安山岩と推定された。粘土鉱物はアロフェン質であった。これらの結果から,ニガ土は水分保持能が著しく大きいという特徴はあるものの,基本的には日本各地の火山灰土壌と同様の性質を持つことが明らかになった。

 第IV章では,ニガ土代表断面各層の試料について,風乾に伴う硬化強度および収縮と,水漬に伴う砕易化の度合いを定量した。そして各層を,硬化強度と風乾に伴う収縮に基づいて「ニガ土」「非ニガ土に近い層」「非ニガ土」に区分した。この区分によると,ニガ土は風乾時の一軸圧縮強度が1MPa以上,風乾した土塊の体積が生土時の60%以下,風乾土塊を水漬した時に土塊の崩壊・細土化が見られない,の3条件を満たす土壌である。この指標に基づき,阿蘇周辺の他地点におけるニガ土の分布を調査した。その結果,ニガ土の生成年代は断面ごとに異なることが,鍵テフラ(年代既知の火山砕屑物)を用いた層位学的手法により明らかになった。

 第V章では,第III章および第IV章で得た結果を基に,ニガ土各層の硬化強度と土壌理化学性等との関係を解析して,硬化に関与している要因の絞り込みを行った。その結果,硬化強度は粒径組成特に粘土含量,および土壌微細形態と密接に関係するが,化学性や鉱物学的性質とは関係しないことが明らかになった。

 第VI章では,研究対象をニガ土に加えて九州各地の火山灰土壌に見られる硬盤層,すなわち雲仙周辺に分布する「かしの実層」,阿蘇外輪山上の「バンバン」,九重火山周辺の「花牟礼層」および開聞岳付近の「コラ」に広げ,第III章〜第V章と同様の検討を行った。その結果,ニガ土とかしの実層は日本各地の火山灰土壌に通常見られる理化学性を持ち,生土の状態では硬くないが風乾に伴い収縮・硬化するのに対し,バンバン,花牟礼層およびコラは各地の火山灰土壌に比べ粘土含量と炭素含量が少なく,仮比重が大きく,生土と風乾の各状態で硬化強度に差がなかった。また各試料の一次鉱物組成と母材の岩質は多様で,粘土鉱物は全てアロフェン質であることが明らかになった。

 第VII章では以上の結果に基づき,硬盤層を土壌化の進んでいる「タイプ1」と土壌生成作用を受けていない「タイプ2」に類型化して,ニガ土とかしの実層を前者に,バンバン,花牟礼層およびコラを後者に位置づけた。タイプ1は火山灰が堆積後,長期間に亘る土壌生成作用の元で硬化性を付与されたもの,タイプ2は火山灰が堆積時に熔結などの物理的作用で硬化したものと推測された。土壌管理対策として,タイプ1は露出直後の砕土と化学性の改良が,タイプ2は機械力による徹底的な破砕排除が重要と考えられた。

 第VIII章は全体の要約である。

 以上要するに,本論文は九州の火山灰土壌地帯に見られる硬化盤層について,硬化特性と硬化機構に関連する要因を解明したもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42828