学位論文要旨



No 214818
著者(漢字) 花井,順一
著者(英字)
著者(カナ) ハナイ,ジュンイチ
標題(和) TGF-βスーパーファミリーのシグナル伝達系におけるSmadとPEBP2/CBFの物理的・機能的協調作用
標題(洋) Interaction and functional cooperation of PEBP2/CBF with Smads in Transforming Growth Factor-β signaling
報告番号 214818
報告番号 乙14818
学位授与日 2000.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14818号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 田中,信之
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 講師 米山,彰子
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 Transforming growth factor-β(TGF-β)、bone morphogenetic proteins(BMPs)、アクチビンを含むTGF-βスーパーファミリーにおけるシグナル伝達は、Smadの発見により急速に進んだ。Smadはシグナル伝達因子であり、特異型Smad、共有型Smad、抑制型Smadに分類される。リガンド刺激により活性化された1型レセプターにより特異型Smadがリン酸化され、共有型Smadと複合体を形成して核へ移行し核内においては他の転写因子と協調して標的遺伝子の転写を調節することが明らかとなってきた。TGF-βは強力な細胞増殖抑制因子であり、脾臓Bリンパ球において直接IgAクラス・スイッチングを引き起こす。BMPは発生初期において重要な役割を演じ、また骨形成を方向づける。多彩な作用を有するTGF-β/BMPシグナル伝達経路を明らかにする上で、これらのシグナルの核内ターゲットとして働き種々の生理的現象を調節する各転写因子を同定し、それらの調節機構を解明することが重要となってきている。

 Polyomavirus enhancer binding protein2/core binding factor(PEBP2/CBF)は、α及びβサブユニットからなる転写複合体である。哺乳類では3種のαサブユニットが同定されており、PEBP2αA (本論文では以下αAと記す)、PEBP2αB(αB)、PEBP2αC(αC)と命名されている。βサブユニットは哺乳類では1種であり、いくつかのスプライシング・バリアントが存在する。αサブユニットは保存されたRuntドメインを有し、特異的な配列においてDNAと結合し転写活性をもつ。βサブユニットは、それ自体ではDNAに結合しないが、αサブユニットのDNA結合をRuntドメインとの結合を介して増強する。PEBP2/CBFは、ある特定の細胞の増殖と分化において重要な機能を発揮する。すなわちαAは骨形成において、αBは造血において決定的な役割を果たし、αCは脾臓Bリンパ球におけるgermline免疫グロブリンCα(IgCα)プロモーターを活性化することによりIgAクラス・スイッチングを引き起こす。病態との関わりにおいては、αAの1遺伝子坐位の異常は、cleidocranialdysplasia syndrome(CCD)を呈し、αBはヒト白血病に伴う染色体転座において最も高頻度で切断点の集中する遺伝子である。PEBP2/CBFは、いくつかの転写因子やコアクチベーターと結合し、標的遺伝子の転写を調節することが明らかとなった。

 BMPとαAが骨形成においてともに重要な役割を演じ、またTGF-βとαCがIgAクラス・スイッチングを調節している可能性があることから、本研究では、PEBP2αサブユニットとSmadとの物理的・機能的相互作用を解析することを目的とした。

研究方法

 シグナル伝達因子Smadの各アイソフォームとPEBP2αとの結合様式を、IP-Western法により検出した。IgCαナチュラル・プロモーターおよびそこに含まれるTGF-βresponsive element(TβRE)ルシフェラーゼ法により、Smad3とPEBP2αCの転写活性化能の協調作用を検出した。さらに標的DNA上における結合様式をゲル・シフトアッセイにより解析した。

結果

1) PEBP2aサブユニットと特異型Smadの結合

 PEBP2/CBFの3種のa subunit(aA,aB,aC)は、それぞれ特異型Smad(Smad1,5,2,3)と結合する。特異型-Smad、共有型Smad、PEBP2aの3者による複合体は、ligand刺激依存的に出現した。結合の特異性はaB,aCでは明らかではなかったが、aAではSmad3に比べてSmad1,5との結合がより強く見られた。結合部位はSmadのMH2ドメイン、PEBP2a側は複数の箇所認められた。

2) germline IgCαナチュラル・プロモーター/TβREを介するの転写活性化

 germline IgCαプロモーターにはTGF-β-responsive element(T-βRE)が含まれており、さらにその部位には2つのSmad binding motifおよび、2つのPEBP2α binding siteが認められる。このプロモーターを用いてSmad3とPEBP2αCの機能的連関を検討すると、ligand刺激で誘導される転写活性化は、αCの存在下で増強し、Smad3およびPEBP2αCが結合する部位に変異を導入するとligand刺激による転写活性化熊は著しく減弱した。同様に、ligand刺激による転写活性化能はSmad3のdominant negative formにより阻害された。αCにおける転写活性化に重要なドメインはADである。

3)αC、β2、Smad3複合体のDNA結合

 TβREをprobeとしてゲル・シフト法を行うと、TβREに単独で結合するSmad3、PEBP2αCが認められた。両者はまた共存すると複合体を形成してTβREに結合する。DNA側の各結合部位に変異を導入すると、Smad3/PEBP2αC複合体、および変異部位に相当する蛋白の結合が消失した。以上から双方の結合モチーフが各蛋白のDNAとの結合において特異的であり、かつ必要であること、Smad3/αC/β2による複合体のDNA結合および転写活性化においては双方の結合モチーフが必要であること、が示された。

考察

 以上の結果から、PEBP2の各αサブユニットと各特異型SmadがSmad4と共に複合体を形成することが明らかになった。さらに、この複合体形成が標的遺伝子の転写活性化に重要であることが、IgCαプロモーターを用いた検討により示された。以上の結果は、PEBP2がTGF-β/BMPのシグナル伝達経路において核内ターゲットとして機能していることを示唆するものであり、SmadとPEBP2の協調作用によりTGF-β/BMPのシグナルが調節されている可能性がある。

 Smadは様々なDNA結合蛋白、また転写コアクチベーター、転写コレプレッサーTGIFと結合することが報告されている。TGF-βスーパー・ファミリーの各因子は多彩な作用を有することを踏まえると、様々な転写関連因子との相互作用は、Smadが特定な種類の細胞で特異的な作用を発揮する上で必要であると思われる。c-JunあるいはVitaminDレセプターなどを含む多くのSmadの結合パートナーは、Smad3に優先的に結合する。一方Xenopus FAST1およびマウスFAST2は、Smad2に優先的に結合する。またホメオドメイン転写因子Hoxc-8は、主にSmad1と結合することが示されている。以上の観点からは、PEBP2はすべての特異型Smad1,と結合する点で、特異的である。

 今回の検討で、シグナル経路特異的な、特異型SmadとPEBP2が結合すること、germline IgCα一次転写物の転写におけるSmad3とαCによる機能的協調作用がIgAクラス・スイッチングに必要であることを示した。この分子的機序の知見は、IgA腎症においてIgA産生が上昇していることの多いことの病態解明につながる可能性があるなど、臨床的にも意義があると思われる。TGF-βスーパー・ファミリーの各因子は広く様々な生物学的な作用を有するゆえ、各作用において、PEBP2が核内夕ーゲットとして関与しているかどうか検討することが今後、重要となる。

まとめ

1) 特異型SmadとPEBP2αの結合が確認された。これらの結合中で、αAはBMPのシグナルをになう特異型Smadとの結合特異性が認められた。

2) IgCαプロモーターを用いた検討では、特異型SmadとPEBP2αは機能的に協調し、また両者は複合体を形成してDNAと結合することが認められた。

以上から、特異型-SmadとPEBP2αは結合し協調して標的遺伝子の転写活性を調節していると考えられる。

結論

 PEBP2/CBFはSmadと複合体を形成し、TGF-βスーパーファミリーのシグナル伝達経路における核内ターゲットとして機能している(図)。

PEBP2α/CBF is a nuclear target of Smads

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、共に多彩な機能を有する転写因子群であるSmadとPolyomavirus enhancer binding protein2(PEBP2)との協調作用の解析を試みたものである。SmadはTransformoing growth factor-β(TGF-β)スーパーファミリーのシグナル伝達因子であり、他の転写因子と協調して標的遺伝子の転写を調節することが明らかにされつつある。一方、PEBP2は、骨形成、造血、IgAクラススイッチングにおいて重要な機能を有する転写因子群である。両者に重複する機能が認められることから、その協調作用を解析し、下記の結果を得ている。

1. PEBP2の3種のα subunit(αA,αB,αC)は、それぞれ特異型Smad(Smad1,5,2,3)と結合することが示された。特異型-Smad、共有型Smad、PEBP2αの3者による複合体は、ligand刺激依存的に出現した。結合部位はSmadのMH2ドメイン、PEBP2α側は複数認められた。

2. IgAクラススイッチングを調節しているgermline IgCαプロモーター領域にはTGF-β-responsive element(TβRE)が含まれており、さらにその部位には2つのSmad binding motifおよび、2つのPEBP2α binding siteが認められる。このプロモーターを用いてSmad3とPEBP2αCの機能的連関を検討すると、ligand刺激で誘導される転写活性化がαCの存在下で著しく増強し、Smad3およびPEBP2αCの各結合部位に変異を導入すると転写活性化は著しく減弱し、TβREを介して同プロモーターが活性化することが示された。さらに、ligand刺激による転写活性化は、Smad3のdominant negative formにより阻害された。

3. TβREをprobeとしたゲル・シフト法による解析により、TβREに単独で結合するSmad3、PEBP2αCが認められた。両者はまた共存すると複合体を形成してTβREに結合した。probe側の各結合部位に変異を導入すると、Smad3/PEBP2αC複合体、および変異部位に相当する蛋白の結合が消失した、以上から双方の結合モチーフが各蛋白のDNAとの結合において特異的であり、かつ必要であること、Smad3/αCによる複合体のDNA結合および転写活性化においては双方の結合モチーフが必要であることが示された。

以上、本研究はSmadとPEBP2が、その重複する機能であるIgAクラススイッチングにおいて、協調して働いていることを明らかにした。共に多彩な生理活性を有する転写因子群同士の協調作用を示した点で重要であり、SmadとPEBP2の協調作用によりTGF-β/BMPのシグナルが調節されている可能性を示唆している。さらに臨床的にもIgA腎症の病態解明につながる意義があり、学位の授与に値するものと考えられる。

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