学位論文要旨



No 214820
著者(漢字) 出崎,真志
著者(英字)
著者(カナ) デサキ,マサシ
標題(和) マクロライド系抗生物質の気道上皮細胞に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 214820
報告番号 乙14820
学位授与日 2000.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14820号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 青木,幸昌
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 米山,彰子
内容要旨 要旨を表示する

 気道上皮細胞は外気と常時接触を保つ肺において空気中の粒子や微生物に対するバリアーとなっている。吸入された粒子は気道粘膜の線毛運動によって上気道に運ばれて喀痰として排出されるが、一部は気道内に残留して気道上皮細胞を刺激する。これらの刺激に応じて気道上皮細胞はプロスタグランディンやリポキシゲナーゼ代謝産物などの脂質メディエーター、種々の増殖因子、エンドセリンなどの気道収縮因子、炎症性サイトカインやケモカインを分泌することが明らかとなっている。従って、気道上皮細胞は炎症性の気道疾患の病態成立に深く関わっていると考えられる。気道において好中球性の炎症を認める疾患として、びまん性汎細気管支炎(DPB)があるが、1987年に工藤らがエリスロマイシン(以下EM)の長期少量投与法という画期的な治療法を導入して以来、EMの抗炎症作用が注目されるようになった。EMを長期少量投与されたDPBの患者では気管支肺胞洗浄液中の好中球数が減少していることから、EMには好中球遊走因子であるインターロイキン8(以下IL-8)を抑制することが推察される。1L-8はインターロイキン6(以下IL-6)やtumor necrosis factor α(以下TNFα)とともに、その遺伝子がいくつかのDNA結合蛋白によって制御されていることが知られている。これらのDNA結合蛋白は特定の遺伝子のプロモーター領域にある特定の遺伝子配列に結合して、その転写に影響を与えることが明らかとなっており、そのため転写因子と呼ばれる。さてIL-8の遺伝子のプロモーター領域にはnuclear factor kappa B(以下NF-kB)、activator protein-1(以下AP-1)、nuclear factor-interleukin6(以下NF-IL-6)と呼ばれる転写因子が存在し、IL-8遺伝子の転写を制御していると考えられている。そこで本実験において、EMがDPBに有効である機序として、強力な好中球遊走因子であるIL-8の遺伝子の転写を制御する可能性のあるNF-kBとAP-1の活性化にEMが影響を与えるか否かをゲルシフトアッセイ法を用いて検討した。またその影響がNF-kBとAP-1に特異的なものであるかを調べるためにその他の転写因子としてcyclic AMP-response element binding Protein(CREB)の活性化も測定した。

 ヒト気道上皮細胞株BEAS-2Bはインターロイキン1α(IL-1α)の刺激に反応してIL-6及びIL-8の分泌を増加させた。これらの増加はEMの投与によって濃度依存性に抑制された。またペニシリン系やセフェム系、テトラサイクリン系の抗生物質の投与ではIL-6及びIL-8の分泌を抑制しえなかったが、EM及び同じ14員環マクロライドであるクラリスロマイシン(CAM)のみがIL-6及びIL-8の分泌を抑制した。更にヒト気道上皮細胞株をBET-Aに、刺激物質をphrbol myristate acetate(PMA)に変えても同様にEMは濃度依存性にIL-8の分泌を抑制した。

 14員環マクロライドのEMには種々の誘導体が存在する。EMとその誘導体は抗菌作用以外に腸管運動の刺激作用を持つことが知られており、モチリン活性とも呼ばれている。これらの誘導体の中には強いモチリン活性を持つが抗菌作用の全くないものが存在する。それらの誘導体が気道上皮細胞株BEAS-2BからのIL-8の分泌に与える影響を検討した。その結果、抗菌活性を持たないEMの誘導体も著明なIL-8の抑制作用を示した。この抑制作用とモチリン活性の間に相関は認められなかった。この事実からEMの抗炎症作用は抗菌活性とは無関係であり、特定のEM分子の持つ化学構造がサイトカインの抑制を介して抗炎症作用を及ぼしていると考えられた。

 EMのもつIL-8分泌抑制がmRNAの発現のレベルでどのように影響を受けているかをノーザンブロット法を用いて検討した。その結果、mRNAのレベルにおいてもEMとCAMのマクロライド系抗生物質はIL-8の発現を抑制したが、その他の抗生物質は影響を与えておらず、この作用はマクロライドに特異的と考えられた。ここで特筆すべきは同じマクロライドでも16員環のジョサマイシン(JM)はIL-8の発現に影響を与えておらず、またその分泌にも抑制的に作用しなかった。同じマクロライド系抗生物質でも14員環のEMやCAMは少量長期投与にてDPBの患者に有効であるが16員環のJMでの有効性は証明されておらず、抗炎症作用を持つには14員環の構造を持つ必要があることが示唆された。

 IL-8のmRNAの発現がEMで抑制されるメカニズムを検討するため、IL-8の遺伝子のプロモーター領域の特定の遺伝子配列に結合してその転写を制御すると考えられる転写因子をゲルシフトアッセイによって解析した。その結果、NF-kBとAP-1はPMAとの同時投与では影響をうけなかった。しかしPMA刺激の前にEMを24時間投与するとAP-1は抑制を受けたが、NF-kBは抑制を受けなかった。更にPMA刺激の前にEMを72時間投与するとNF-kBとAP-1は共に抑制をうけた。このようにEMの投与法の差が転写因子の抑制に影響を与えるのは、PMAによる刺激時間とEMが投与されている時間の相対的な長さの差も一因である可能性を考えてPMAの刺激時間を4時間から1時間に減少させたところNF-KBとAP-1は共に24時間のEMの前投与にて抑制された。このことからPMA刺激とEMの抑制効果の相対的な強弱が転写因子の抑制には重要であることが示唆された。この実験事実は臨床上、DPBや副鼻腔気管支症候群に対するEMの治療には長期間を要することとなんらかの関係があるのかもしれない。これまでの報告からIL-8の遺伝子発現にはNF-kB,AP-1,NF-IL-6を含むいくつかの転写因子が共同で活性化されることが必要であり、その中でも特にNF-kBがIL-8の遺伝子の最大限の発現には不可欠であることが示されている。今回の実験結果からEMは転写因子のレベルでIL-8の発現を抑制し、NF-kBとAP-1がその抑制に深く関わっていることが示唆された。またIL-8の遺伝子発現の調節にはNF-IL-6も関係していることが報告されているため、EMの投与法による転写因子の抑制効果の違いはNF-IL-6を含めたその他の転写因子の活性化に対する抑制効果の差によるのかもしれない。

 EMはDPB以外の慢性の気道の炎症を本態とする疾患、たとえば気管支喘息にも有効であることが示されており、広く抗炎症性の薬剤として使用される可能性を秘めている。今後EM分子のどの部位がいかなる受容体を介して転写因子の活性化の抑制につながるのかを解明する必要炉あると考えられる。またそれらの知見が14員環マクロライドと同じ抗炎症作用をもつ薬剤の開発に結び付くものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は気道の炎症性疾患において重要な役割を演じていると考えられるサイトカインやケモカインの産生とmRNAの発現がマクロライド系抗生物質によって抑制されることと、その機序として転写因子の活性化の抑制が関与していることを、気道上皮細胞株の系において明かにしたものであり、下記の結果を得ている。

1. ヒト気道上皮細胞株BEAS-2Bはインターロイキン1α(IL-1α)の刺激に反応してインターロイキン6(IL-6)及びインターロイキン8(IL-8)の分泌を増加させた。これらの増加はエリスロマイシン(EM)の投与によって濃度依存性に抑制された。またペニシリン系やセフェム系、テトラサイクリン系の抗生物質の投与ではIL-6及びIL-8の分泌を抑制しえなかったが、EM及び同じ14員環マクロライドであるクラリスロマイシン(CAM)のみがIL-6及びIL-8の分泌を抑制した。更にヒト気道上皮細胞株をBET-1Aに、刺激物質をphrbol myristate acetate(PMA)に変えても同様にEMは濃度依存性にIL-8の分泌を抑制した。

2. 14員環マクロライドのEMには種々の誘導体が存在する。EMとその誘導体は抗菌作用以外に腸管運動の刺激作用を持つことが知られており、モチリン活性とも呼ばれている。これらの誘導体の中には強いモチリン活性を持つが抗菌作用の全くないものが存在する。それらの誘導体が気道上皮細胞株BEAS-2BからのIL-8の分泌に与える影響を検討した。その結果、抗菌活性を持たないEMの誘導体も著明なIL-8の抑制作用を示した。この抑制作用とモチリン活性の間に相関は認められなかった。この事実からEMの抗炎症作用は抗菌活性とは無関係であり、特定のEM分子の持つ化学構造がサイトカインの抑制を介して抗炎症作用を及ぼしていると考えられた。

3. EMのもつIL-8分泌抑制がmRNAの発現のレベルでどのように影響を受けているかをノーザンブロット法を用いて検討した。その結果、mRNAのレベルにおいてもEMとCAMのマクロライド系抗生物質はIL-8の発現を抑制したが、その他の抗生物質は影響を与えておらず、この作用はマクロライドに特異的と考えられた。ここで特筆すべきは同じマクロライドでも16員環のジョサマイシン(JM)はIL-8の発現に影響を与えておらず、またその分泌にも抑制的に作用しなかった。14員環の構造は抗炎症作用に重要であることが示唆された。

4. IL-8のmRNAの発現がEMで抑制されるメカニズムを検討するため、IL-8の遺伝子のプロモーター領域の特定の遺伝子配列に結合してその転写を制御すると考えられる転写因子をゲルシフトアッセイによって解析した。その結果、転写因子のNF-kBとAP-1はPMAとの同時投与では影響をうけなかった。しかしPMA刺激の前にEMを24時間投与するとAP-1は抑制を受けたが、NF-kBは抑制を受けなかった。更にPMA刺激の前にEMを72時間投与するとNF-kBとAP-1は共に抑制をうけた。このようにEMの投与法の差が転写因子の抑制に影響を与えるのは、PMAによる刺激時間とEMが投与されている時間の相対的な長さの差も一因である可能性を考えてPMAの刺激時間を4時間から1時間に減少させたところNF-kBとAP-1は共に24時間のEMの前投与にて抑制された。このことからPMA刺激とEMの抑制効果の相対的な強弱が転写因子の抑制には重要であることが示唆された。

 以上、本論文はヒト気道上皮細胞株においてマクロライド系抗生物質が転写因子NF-kBとAF1の抑制を介して炎症性サイトカインやケモカインに抑制的に働くことを明らかにした。EMは慢性の気道の炎症を本態とする疾患、たとえば気管支喘息にも有効であることが示されており、広く抗炎症性の薬剤として使用される可能性を秘めている。本研究はEMの抗炎症作用の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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