学位論文要旨



No 214826
著者(漢字) 岡田,和也
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,カズヤ
標題(和) リモートセンシング・データのスペクトル情報に基づく岩石・鉱物の識別に関する研究
標題(洋)
報告番号 214826
報告番号 乙14826
学位授与日 2000.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14826号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 六川,修一
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
内容要旨 要旨を表示する

 金属鉱床の探査において重要な指標となる各種の変質鉱物の多くは、可視〜熱赤外域の反射、放射スペクトルにおいて顕著な特徴を示す。航空機や人工衛星によるリモートセンシング・データによって、これらの変質鉱物を識別し、変質の有無およびその分帯構造を把握することができれば、資源探査にとって極めて重要な指針を得ることができる。特に近年、0.4〜2.5μmの波長域を20nm以下という非常に高いスペクトル分解能で連続したスペクトルとして観測する航空機搭載型センサが商用化されており、金属鉱床探査への適用が期待されている。本研究では、可視域から熱赤外域のリモートセンシング・データのスペクトル情報を用いて岩石・鉱物を識別する際に障害となる下記の問題について検討し、各種の金属鉱床地域を対象に本技術の金属鉱床探査への適用性を検証した。さらに、最近のセンサの開発動向を踏まえ、将来のリモートセンシング・センサに求められる仕様について検討した。

問題1. 航空機や人工衛星で観測される可視域〜短波長赤外域(0.4〜3.0μm)のradianceは、光源である太陽の照度の波長による変化、大気による吸収・散乱、地形の変化に起因する地表面からの反射強度の変化の影響等を受けており、室内における岩石・鉱物の反射率測定結果とは大きく異なるスペクトルを示す。地表に分布する物質の反射率を推定するためには、これらの影響を除去する必要がある。

問題2. 航空機や人工衛星で観測される熱赤外域(8〜14μm)のradianceは、地表面からの放射の波長による変化、大気による吸収・散乱、地表面の温度等の影響を受けており、地表に分布する物質の放射率を推定するためには、これらの影響を除去する必要がある。

問題3.高スペクトル分解能のセンサは、低分解能のセンサに比較して、一般に観測チャンネル当りの入射エネルギーが少ないため、各種のノイズの影響を受けやすい。地表に分布する物質の反射率に起因する信号成分の変動量は、radianceの変動全体の数パーセントと僅少である。したがって、地表の反射率の情報を抽出するには、radianceに含まれる各種のノイズを効果的に除去する必要がある。

問題4. 対象とするデータ内に植生が混在すると、植生と鉱物のスペクトルの特徴が重なり合い、分類、判別処理が阻害される場合が多い。地表に分布する物質の反射率を推定するためには、混在する植生のスペクトルの影響を除去する必要がある。

本研究の結果を以下にまとめる。

1.金属鉱床の探査において重要な指標となる各種の変質鉱物は、可視域から熱赤外域において特異な吸収スペクトルを示す。それらのスペクトルの特徴は、高スペクトル分解能のセンサによって識別することが可能である。しかし、人工衛星や航空機で取得されるラディアンス・データにおいて、データ変動の大半を占めるのは、空間的な次元では地表面の傾斜等による影響(可視〜短波長赤外域においては陰影、熱赤外域では日照の違いによる温度差)であり、スペクトル的次元では大気による吸収・散乱の影響である。地表に分布する物質のスペクトル特性に起因する信号成分は、ラディアンスの変動全体のせいぜい数パーセントに過ぎない。

2.人工衛星や航空機で取得されるラディアンス・データから大気、地形の影響を除去して、地表に分布する物質のスペクトル特性に起因する信号成分を抽出するために、各種の手法を適用し、以下の結果を得た。

(a)マルチ・スペクトル・データは一般にバンド間の相関が高く、近接するバンドを組合わせてフォールス・カラー画像を合成すると、色相、彩度に乏しい画像になってしまうが、HLS Contrast Stretchを適用することにより彩度を強調することができる。これにより、地表に分布する物質のスペクトル特性の違いを色彩の差異として画像化することができ、特にデータ処理の初期段階においてデータ全体のスペクトル特性を簡便に把握するのに適している。また、HLS Contrast Stretchは、同等の効果をもつDecorrelation Stretchよりも、処理速度、融通性、応用性において優れている。

(b)衛星データのような低スペクトル分解能のリモートセンシング・データに含まれる乗法的なスペクトル情報の分離抽出には比演算が有効であり、加法的なスペクトル情報(異なる反射特性を有する物質の混在等)の分離抽出にはBase Line法が有効である。

(c)航空機で取得した可視〜短波長赤外域のラディアンスに含まれる大気および地形の影響を除去し、反射率に近い形に引き直してやる手法としては、植生が比較的少ない半乾燥地帯を対象とする場合はLogarithmic Residualが有効である。

(d)熱赤外域の多バンド・スペクトル・データは一般に温度情報が支配的であり、岩石 ・鉱物の識別のためには地表に分布する物 質の放射率に基づく信号を抽出する必要が ある。航空機で取得した熱赤外域のラディ アンスに含まれる大気および地表面の温度 の影響を除去し、放射率に近い形に引き直 してやる手法としては、Thermal Logarithmic ResidualおよびαEmissivity が有効である。

3.リモートセンシングに用いるセンサは、 センサの構成、機構により、それぞれのシ ステムに固有なノイズを生じる。リモート センシング・データに含まれるスペクトル 情報は、データ全体の変動量のせいぜい数パーセントであり、その利用のためにはデータ中のノイズ成分を可能な限り低減する必要がある。ノイズを大別すると、空間的な周期性を有するものとそうでないものとに分けられる。周期性を有するノイズに対しては、2次元FFTによって空間周波数領域へ変換することにより、特定の空間周波数成分として識別、除去することが有効である。また、周期性をもたないノイズに対しては、MNF法のような多変量解析的な手法によって、バンド間の相関が低く自己相関も低いノイズ成分を分離する手法が有効である。

4.リモートセンシングに用いられる人工衛星や航空機用のセンサは、地上測定用のスペクトロメータに比較して観測バンド数は限られており、スペクトル分解能もそれほど高くない。スペクトル分解能が低くなるにつれて、鉱物の類似した吸収特徴が識別できなくなってくる。

 短波長赤外域におけるスペクトル分解能と鉱物識別能を評価した結果は以下の通りである。

(a) スペクトル分解能が200nm程度の場合(例:LANDSAT TM)は、変質鉱物は「Total Clay」として一括して識別できるが、個々の鉱物種の識別は不可能である。

(b) スペクトル分解能が100nm程度の場合(例:JERS-1)は、Al-OH基を有する鉱物群とCO3基またはMg-OH基を有する鉱物群を区分して識別することができる。さらに、JERS-1では、バンド6、7、8における応答の大小関係から明響石とモンモリロナイトを区分することができる。

(c) スペクトル分解能が50nm程度の場合(例:ASTER)は、AL-OH基を有する鉱物群を2.16μm帯で咳収を示す鉱物群と2.2μm帯で吸収を示す鉱物群に区分できる他、2.26μm帯で吸収を示す硫酸塩鉱物、CO3基またはMg-OH基を有する鉱物群を識別することができる。

(d) スペクトル分解能が16nm程度の場合(例:GERAIS)は、個々の鉱物種をある程度識別することが可能になる。

(e) スペクトル分解能が10nm以下の場合(例:GERAS、AVIRIS)は、代表的な変質鉱物は全て識別可能となる。

(f) 将来、スペクトル分解能が携帯型スペクトロメータ並みの2nm程度になれば、粘土鉱物の層間物質の違いや、緑泥石の〓比の違いを検出できる可能性がある。

5.LANDSAT TMデータを用いた変質帯抽出では、各種変質鉱物が吸収を示すバンド7を分母に、顕著な吸収特徴が無く全体に反射輝度が高く安定しているバンド5を分子(バックグラウンド)にした比画像を用いる。このとき、植生も〓の比が大きくなるので、対象とするデータに植生が混在すると変質帯抽出が阻害される。植生の影響を除去して変質帯を抽出する手法としてDPCA法を適用し、良好な結果を得た。

6.リモートセンシング・データを用いて変質帯の識別・分帯を行うことを前提に、資源探査を目的とした将来センサに望まれる仕様を検討した結果、次表の仕様を推奨する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,金属鉱床の探査にとって重要な変質帯の抽出を念頭に,リモートセンシング・データのスペクトル情報にもとづいて岩石・鉱物の同定する場合の各種ノイズの除去法,および波長分解能による鉱物の同定精度を明らかにするとともに,それにもとづいて将来のセンサーに期待される仕様を示している.

 航空機や人工衛星によって取得された可視域から熱赤外域のリモートセンシング・データのスペクトルには各種のノイズが含まれ,地表に分布する岩石からの信号はせいぜい数%に過ぎない.このノイズを除去するためには,それぞれのノイズに応じた手法を適用する必要がある.まず,測定そのものに起因するノイズの除去には,主成分分析や時系列解析を組み込んだ主成分分析が有効である.次に,大気による吸収や地形の影響は,それぞれの特徴に応じた手法で除去する必要がある.例えば,一般に高い相関を示すマルチスペクトルバンドの処理では,HLS変換表示が有効である.また,低スペクトル分解能のデータに含まれる乗法的スペクトルの分離抽出には比演算が,加法的なスペクトルの分離抽出には基線法が有効である.さらに,可視〜短波長赤外域のラディアンスに含まれる大気および地形の影響を除去するには対数残差が有効であり,熱赤外域のラディアンスに含まれる大気および地表面の温度の影響を除去には,熱対数残差およびR放射率が有効である.

 リモートセンシングに用いられる人工衛星や航空機用のセンサーは,地上測定用のスペクトロメータに比較して観測バンド数は限られており,類似した鉱物の同定が困難になる.今回の研究で判明した短波長赤外域におけるスペクトル分解能と鉱物同定精度との関係は,以下の通りである.スペクトル分解能が200nm程度の場合は,変質鉱物は単に「粘土鉱物」と一括される.スペクトル分解能が100nm程度の場合は,Al-OH基を有する鉱物群とCO3基またはMg-OH基を有する鉱物群を区分することができる.スペクトル分解能が50nm程度の場合は,A1-OH基を有する鉱物群を,2.16μm帯で吸収を示す鉱物群と2.2μm帯で吸収を示す鉱物群に区分できる.また,2.26μm帯で吸収を示す硫酸塩鉱物,CO3基またはMg-OH基を有する鉱物群を識別することもできる.スペクトル分解能が16nm程度の場合は,個々の鉱物種をかなりの精度で識別でき,分解能が10nm以下になると主な変質鉱物はすべて同定できる. 以上の内容に関し,提出された論文を慎重に審査し,さらに口頭により関連事項の質疑応答を行った.論文には十分に独創的な点が含まれており,それらを展開するための議論も高度であることが判明した.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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