学位論文要旨



No 214827
著者(漢字) 山内,重徳
著者(英字)
著者(カナ) ヤマウチ,シゲノリ
標題(和) 熱交換器用銅合金管及びチタン管の防食に関する研究
標題(洋)
報告番号 214827
報告番号 乙14827
学位授与日 2000.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第18827号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 篠原,正
内容要旨 要旨を表示する

 熱交換器伝熱管として銅合金とチタンが大量に用いられ、実用上これらの耐食性が重要である。Passivation金属である銅の特徴は発電プラント復水器の銅合金管の腐食問題として、またPassivity金属であるチタンの特徴は発電プラント復水器及びMSF海水淡水化装置におけるチタン管の腐食問題として現れている。本研究では、これらの腐食問題のうち重要とみなされるものを取り上げ、問題点の本質を解明し、工業的立場から対策を樹立することを自的とした。本研究の課題、従来の研究の問題点及び本研究の目的をまとめて表1に示す。

 課題ごとに研究結果を要約すると、以下のようである。

 「復水器用銅合金管のon-load耐食性診断のための分極抵抗法の応用」(第2章)では、管1本当たりの電流と管端部のカソード分極の大きさを測定すれば、次式により管内面の分極抵抗値を求めることが可能なことを明らかにした。

ここで、Rは分極抵抗値(Ωcm2)、aは管の内半径(cm)、ρは海水の比抵抗(Ωcm)、Eoは管端のカソード分極の大きさ(mV)、Ioは管1本当たりのカソード電流(mA)である。また、分極抵抗値は皮膜形成とともに大きくなり、皮膜の形成状態により10Ωcm2から106Ωcm2のオーダーの範囲で変動することを明らかにした。そして、分極抵抗値が大きいほど腐食速度が小さいことを明らかにした(図1)。更に、関西電力(株)の復水器37ユニットにおいて分極抵抗値を測定し、皮膜形成状況すなわち耐食性の現状をon-loadで診断できることを明らかにした。

 本研究は、Passivasion金属である銅合金の分極抵抗値が、皮膜形成とともに桁違いに大きくなることを明らかにし、これを利用して、分極性抵抗値を測定すれば耐食性をon-loadで診断できることを初めて提唱したものである。その後、この方法は多くの発電プラントで用いられ、復水器管の防食管理に活用されている。

 「復水器用銅合金管の耐食性支配因子の分散分析による抽出」(第3章)では、海水中でのアルミニウム黄銅の耐食性にとって、カーボンフィルムや高温酸化皮膜の有無などの内面状態は重要でなく、それれよりも海水の水質(清浄海水または硫化物汚染海水)及び復水器の運転条件(スポンジボール洗浄)等の方が大きい影響を及ぼすことを明らかにした。この研究は、Passivation金属である銅合金の耐食性が後天的な厚い皮膜に支配されることを明瞭に示したものである。

 「復水器でのチタン管の水素吸収と管板のガルバニックコロージョンに及ぼす電位の影響」(第4章)では、ネーバル黄銅、アルミニウム青銅(Alloy D、Alloy E)のいずれを用いても激しいガルバニックコロージョンが生ずること、ガルバニックコロージョンは0.5V vs SCEより卑な電位で防ぐことができること、チタン管の水素吸収は-0.75vs SCEより卑な電位で生ずること(図2)を明らかにした。本研究は、チタン管と銅合金管板を用いるときの適正電位が-0.5〜-0.75VvsSCEであることを明らかにしたものであり、その後この条件は発電プラントでの運転指標として守られている。

 「MSF海水淡水化装置でのチタン管の隙間腐食に及ぼす諸因子の影響」(第5章)では、純チタン管と純チタン管板の接触面において隙間腐食は60℃以上で生ずること、NaCl濃度、pH、拡管率は実用範囲でほとんど影響しないこと、銅合金管板を使用するか、あるいは隙間内に金属銅を接触すれば隙間腐食は生じないこと、Ti.0.15Pd合金管を用いた場合には125℃まで隙間腐食が生じないことなどを明らかにした。また、隙間腐食の発生機構について、「隙間内での溶存酸素の欠乏ーマクロセルの形成ー隙間内でのpH低下ー隙間内での活性態型溶解」の過程により腐食が発生すると考察した。

 本研究は、Passivity金属の中では隙間腐食が発生しにくいとされるチタンについて、60℃の低温でも隙間腐食の発生を認めたものである。そして、実用的な対策としては、銅合金管板の使用が有効であると指摘したものである。この研究の結果などに基づき、その後チタン管を使用する海水淡水化プラントの多くは銅合金管板を用いており、隙間腐食の発生をみていない。 「MSF海水淡水化装置でのチタン管の水素吸収に及ぼすFe(OH)2の影響」(第6章)では、0.01〜1MFe(OH)2を含むNaC1溶液中でチタン管の水素吸収が生ずること、この現象は80℃以上で顕著であること、水素吸収は軟鋼との接触、チタン表面の鉄汚染及びローラー拡管により促進され、チタン管表面の酸洗浄により抑制されること、Ti-0.15Pd合金管は純チタンより水素吸収を生じやすいことなどを明らかにした(図3)。そして、Fe(OH),を含む溶液中ではSchikorr反応が生じ、反応生成物である水素原子がチタン管表面を覆ってチタン中に吸収されるものと考察した。

 Fe(OH)2を含む溶液中でのチタン管の水素吸収を報告したのは本研究が最初である。本研究により、小型淡水化装置で生じた水素吸収現象の機構と対策が示され、関係者の間でなんとなく抱かれていた不安が解消された。

表1本研究の課題、従来の研究の問題点および本研究の目的

図1 海水中におけるアルミニウム黄銅管の分極抵抗値と腐食速度の関係

図2 常温海水中における純チタンの水素吸収に及ぼす電位の影響

図3 NaCl溶液+Fe(OH)2中における純チタンの水素吸収に及ぼす温度、表面状態、異種金属接触の影響(1MFe(OH)2、1,500h)

審査要旨 要旨を表示する

 汎用化学機器である海水熱交換器用の伝熱管として銅合金とチタン(工業用純チタン)が広く用いられている。前者にはアルミニウム黄銅が用いられ現在では漏洩事故率1万本あたり年間1本以下という実績に達している。また、比較的近年になって発電用・海水淡水化プラントに採用が進んでいるチタンではすきま腐食と水素起因の脆化とが解決されるべき課題であった。本論文は、これらの実績の実現・課題の解決に取組んだ研究をまとめたもので、全7章から成る。

 第1章は「序論」である。熱交換管材料としての銅合金とチタンにおける従来の知見と問題点をあげ、本論文の研究課題を抽出している。

 第2章「復水器銅合金管のon-load耐食性診断のための分極抵抗法の応用」では、耐食性皮膜の形成がカソード反応の著しい抑制に反映されることに着目して、ゴムライニングを施された水室で管端をカソード分極するときの電気化学的抵抗を実測して、運転中にも管の腐食状況を知る方法を開発した。診断結果は抜管調査結果によく合うことが判明し、硫酸第一鉄の注入など運転条件の管理に広く適用されるに至った。

 第3章「復水器用銅合金管の耐食性支配因子の分散分析による抽出」では、海水環境でのアルミニウム黄銅管の耐食性に対して、海水水質・復水器の運転条件などが重要で、冷・温 淡水環境で強調されることの多かった製造時の炭素皮膜・高温酸化皮膜の残存の影響は有意でないことを明らかにした。

 第4章「復水器でのチタン管の水素吸収と管板のガルバニックコロージョンに及ぼす電位の影響」では、チタン管/銅合金管板の組み合わせを扱い、カソード防食を施さない自然浸漬ではネーバル黄銅・アルミニウム青銅のいずれの管板でもそのアノード溶解がチタン管により促進されるが、これは-0,5VvsSCE以下で防止できること、ただし-0.75V以下まで下げ過ぎればチタン管の水素吸収がおこること、を明らかにした。水室のカソード防食の必要性と適正電位(-0.75V以上-0.5V未満)を提言したものである。

 第5章「MSF(多段フラッシュ型)海水淡水化装置でのチタン管の隙間腐食に及ぼす諸因子の影響」では、チタン管/チタン管板の組み合わせを扱い、管/管板一界面におけるすきま腐食が、従来100℃以上とされてきた臨界温度とは大きく異なる60℃という低温で生じることを実環境条件下の長期間試験によって明らかにした。併せて、管板に銅合金を用いるか、すきま内に金属銅を入れればその懸念のないこと、すなわち、銅合金管板の有効なことを示した。

 第6章「MSF海水淡水化装置でのチタン管の水素吸収に及ぼすFe(OH)2の影響」では、国のパイロット装置で現われた水素吸収の原因解明にあたり、Fe(OH)2を含むNaCl水溶液中での再現試験を通じて、チタン表面の鉄錆・金属鉄による汚染と80℃以上の温度という促進条件と、Schikorr反応による機構とを明らかにして、対策を確立した。

 第7章は「総括」である。

 以上のように本論文は熱交換器用銅合金管およびチタン管の防食に関して、懸案の諸課題の解決に精力的に取組み、信頼性のいっそうの向上に貢献した。これらの成果は材料環境工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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