学位論文要旨



No 214828
著者(漢字) 石橋,賢一
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,ケンイチ
標題(和) 酸化チタン光触媒上に生成する活性種の挙動に関する研究
標題(洋) Studies of the behavior of active species formed on TiO2 photocatalyst
報告番号 214828
報告番号 乙14828
学位授与日 2000.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14828号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 TRYK,DONALD
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 可視部において透明でかつ高活性な酸化チタン薄膜が開発され、生活空間に存在するような微弱な光でも、脱臭、防汚、抗菌等に対して有効であることが明らかにされると、酸化チタン光触媒は、真に実用可能な材料として様々な分野に応用されるようになった。実用化への道が開かれてきているが、固体表面反応である光触媒反応は、その反応機構に関して必ずしも明確になっていないことが多い。本論文では、反応の途中に生じる不安定で高活性な活性種の挙動を直接観測することにより、光触媒反応のメカニズムを明らかにすることを目的とした。また、光第2高調波発生(SHG)法によって、光触媒反応を解明する可能性についても検討し、さらに、芳香族系化合物が、光触媒反応によりどのように分解するのかを観測するためのモデル化合物として、π共役系分子(オリゴアセン)のみから構成されるLB膜の作製を試みた。

2. スーパーオキシド(O2-)の検出(生成過程・失活過程・定量)

 SiO2膜を予めコートしたガラス基板上に、チタンアルコキシド溶液をディップコートし、500℃で1時間焼成した透明酸化チタン薄膜(膜厚0.4μm)を試料とした。酸化チタン薄膜への光照射には、超高圧水銀灯の365nmの輝線を用いた。酸化チタンの透明薄膜に紫外光照射し、照射光遮断後にルミノール溶液を滴下すると、化学発光が観測され、照射光強度が強い(15mW/cm2)場合、発光量を光遮断後からの時間に対してプロットすると図1のようになった。つまり、ルミノールと反応する活性種の減衰は寿命の短い過程(約3秒)と長い過程(約50秒)の二つの指数関数的減少(2種類の活性種)で近似できた。O2-と選択的に反応する化学発光物質(ウミホタル・ルシフェリン誘導体MCLA)を用いると長寿命の過程は、酸化チタン上に生成したO2-の減衰過程に対応していることがわかった。一方、照射光強度が弱い(1μW/cm2)場合、短寿命成分(表面にトラップされた正孔[h+]に対応すると考えられる)がほとんど観測されず、発光量は光遮断後からの時間に対して単一の指数関数的減衰(O2-に相当)で近似できた(図2)。さらに減衰過程を詳細に検討すると、生成したO2-の失活過程は、不均化反応や他の分子との反応等ではなく、O2-が酸化チタン表面の酸素空孔などにトラップされて、電子を酸化チタンに受け渡すことにより失活していくものと考察された。

 次に、励起光遮断後に残存するO2-の絶対量を2種類の方法(化学発光光子数、テトラニトロメタンの還元)で求めた。ルミノールの化学発光光子数から判断すると、紫外光励起した酸化チタン上に残存するO2-の量は1μWの光を10分間照射した後では、およそ1014(個/cm2)のオーダーにあり、水中では気相中の約2倍存在すると見積もられた。テトラニトロメタンC(NO2)4は、O2-とすばやく反応し、350nmに吸収を持つ〔吸光係数ε(350nm)=14800〕安定な還元体を生成するためO2-の定量に用いられてきた。そこで、紫外光励起した酸化チタン上にテトラニトロメタン水溶液を滴下すると350nmの吸光度の増加が観測された(図3)。この吸光度から、水中で酸化チタン上に生成したO2-の濃度を求めると、1014(個/cm2)のオーダーにあり、化学発光光子数から求めた値とほぼ一致する結果が得られた。

3.OHラジカル(・OH)、正孔(h+)の検出(生成量子効率)

 ・OHは光触媒反応の主要な活性種と考えられることが多い。クマリンやテレフタル酸は、・OHとのみ選択的に反応して、蛍光性の物質を生成することから、γ線や超音波の照射強度測定用のプローブとして用いられてきた。そこで、この蛍光プローブを、光触媒系における・OHの選択的検出に適用した。テレフタル酸のNaOH水溶液中に酸化チタン薄膜を入れ、紫外光を照射すると、図4のように、ヒドロキシ体の波長に相当する426nmにピークを持つ蛍光強度が次第に増加した。また、蛍光強度の増加量(・OHの生成量)は光照射時間に対して比例して増加し、テレフタル酸のかわりにクマリンの水溶液を用いても同様の結果が得られた。そこで、このテレフタル酸をプローブ分子として、・OHの生成量子効率を求めると、7x10-5となり、一般の光触媒反応の量子効率よりもかなり低いことが分かった。一方、ヨウ素イオンをプローブ分子として正孔自体の生成量子効率を算出すると5.7x10-2と大きな値となり、・OHではなく正孔自体が光触媒酸化反応の主要な活性種となっていることが分かった。

4.光第2高調波(SHG)干渉法によるLangmuir-Blodgett(LB)膜(有機超薄膜)の配向評価---光触媒上に生成する活性種の検出に向けた基礎的検討

 非線形光学効果のうち光第2高調波発生(SHG)を応用した分光法は、表面選択性や高感度分析がin-situで行えることなどの特徴を持つことから、様々な界面の分析に用いられている。そこで、本研究では、この手法が酸化チタン光触媒反応の解析に応用できるのかどうかを検討した。特にSH光の位相が分子配向に依存することに注目し、基板の表裏に作成したLB膜からのSH光の干渉パターンから分子配向を明らかにした。モデル化合物として、分子内にオクタデシル基を一本有するローダミンB誘導体LB膜を選び、その配向状態を推定した。測定試料には、溶融石英基板の両面に、LB法により累積した試料を用いた。励起光に対して試料を傾けると、試料の表と裏から発生した第2高調波が干渉し、入射角に依存してSHG強度の増減(干渉フリンジパターン)が観測された。図5に示すように、基板の両面に親水基を基板方向に向けるように累積した試料(typeA)と、片面にステアリン酸カドミウム単分子膜を1層コートして疎水性にした基板を用いて、ローダミンB誘導体の基板に対する分子の向きが表裏で異なるように累積した試料(typeB)を作成した。この場合、typeBのように分子が基板に対して逆の配向をとっても干渉パターンの位相に変化は観測されなかった(図6)。このことは、ローダミンB誘導体分子が累積中あるいは累積後に基板に対する向きを反転した(overtuming)ことを示している。以上のように、SHG干渉法を用いることによって、基板上の分子を単分子層レベルで解析できることがわかった。このことから、SHG干渉法が、酸化チタン光触媒上に生成する活性種の検出に用いることができる可能性が明らかになった。

5.オリゴアセン系π共役LB膜の作成(芳香族系分子の光触媒的分解反応の解析)

 炭素と炭素の飽和結合のように、結合に電子が局在したσ電子系とは異なり、π共役電子系では、分子面に垂直に広がったπ電子雲が互いに相互作用して分子全体に広がっている。このようなπ共役電子系においては、脂肪族のような非共役分子とは異なる性質を持つことが考えられる。そこで、分子の配列・配向制御をLB法により行い、π共役分子(芳香族系分子)を疎水部に持つ累積膜の作成にテトラセン-2,3-ジアルデヒド(図7)を用いることによって成功した。吸収スペクトルから、この累積膜は分子間に強いルπ-π相互作用とvan der Waals力が働き、結晶に近い電子構造を持つことが明らかになった。このLB膜を用いれば、酸化チタン光触媒反応により、基板上に規則正しく配列した芳香族系分子がどのような過程で分解されていくのかを詳細に明らかにすることができると考えられる。

5.結論

 本研究では、化学発光法や蛍光プローブ法を用いることにより、これまでに、あまり解明されてこなかった、光触媒反応進行時の活性種の挙動(生成過程、失活過程、寿命、定量)を解明することに成功した。さらに、SHG干渉法を用いることによって、単分子レベルでの表面分子の吸着状態を明らかにすることができ、光触媒反応を解析する手段となりうる可能性を示した。また、オリゴアセン系分子によりπ共役系のLB膜を作成することに成功し、表面に規則的に配列した芳香族系分子の光触媒的分解過程を詳細に検討する可能性を開いた。これらのことは、光触媒材料を実用化する上での安全性の検証のみならず、固体表面での光励起プロセスの解明という基礎的なレベルにおいても意義があると考えられる。

[発表状況]

(1)K.Ishibashi,T.Iyoda,K.Hashimoto,A.FHjishima,Y.Shirai,J.Abe,Chem.Phys.Lett.,279,107-111(1997)

(2)K.Ishibashi,T.Iyoda,K.Hashimoto,A.Fujishima,Thin Solid Films,325,218-222(1998)

(3)K.Ishibashi,Y.Nosaka,K.Hashimoto,A.Fujishima,J.Phys.Chem.B,102,2117-2120(1998)

(4)K.Ishibashi,0.Sato,R.Baba,K.Hashimoto,A.FHjishima,J.Elestroanal.Chem.,465,195-199(1999)

(5)R.Baba,K.Ishibashi,0.Sato,K.Hashimoto,A.Fujishima,Denki Kagaku,61,1030-1(1993)

(6)K.Ishibashi,A.Fnjishima,T.Watanabe,K.Hashimoto,Electrochemistry Communications,2,207-210(2000)

(7)K.Ishibashi,A.Fujishima,T.Watanabe,K.Hashimoto,J.photochem.Photobiol.A:Chem.134,139-142(2000)

(8)K.Ishibashi,A.Fujishima,T.Watanabe,K.Hashimoto,J.Phys.Chem.B,104,4934-4938(2000)

(9)K.Ishibashi,0.Sato,R.Baba,D.A.Tryk,K.Hashimoto,A.Fujishima,snbmitted to J.Colloid and InterfaceSci.

(10)K.Ishibashi,A.Fujishima,T,Watanabe,K.Hashimoto,submitted to Electrochemistry.

図1 光遮断後からの時間と発光量の関係(15mW)

図2 光遮断後からの時間と発光量の関係(1μW)

図3 テトラニトロメタン水溶液の吸光度変化

図4 テレフタル酸水溶液の蛍光強度変化

図5 ローダミンB誘導体LB膜の試料

図6 ローダミンB誘導体LB膜の干渉パターン

図7 テトラセン-2,3-ジアルデヒドの構造

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年、脱臭・防汚・抗菌など、様々な分野に応用が進んでいる酸化チタン光触媒に関するものであり、酸化チタン上に生成する不安定で高活性な活性種を直接観測することにより、光触媒反応のメカニズムを明らかにしたものである。また、光触媒反応のメカニズムを解明するための新しい手法も提案している。

 第1章は、序論であり、酸化チタンの基本的な性質やその応用に関して述べるとともに、硫化カドミウムなど、他の半導体との性質の違いや、酸化チタンの光触媒としての特長に関して説明しており、その歴史的な背景にも言及している。また、酸化チタンを紫外光で励起したときの反応過程について詳細に説明し、酸化チタンの表面に生成する活性種に関するこれまでの知見をまとめ、水や酸素といった外部の雰囲気に対する依存性などに関して概説している。

 第2章では、化学発光法、蛍光プローブ法、紫外可視吸光法等を用いて酸化チタン上に生成する活性種を検出し、その挙動を明らかにしている。化学発光法では、励起紫外光照射後に残存する活性種の検出に成功している。化学発光プローブとしては、ルミノールあるいは、スーパーオキシド(O2-)と特異的に反応して発光するウミホタルルシフェリン誘導体を用いている。その結果、空気中で光照射した場合、照射励起光強度が強い(15mW cm-2)ときには、励起紫外光遮断後に、寿命の短い(約3秒)活性種(表面にトラップされた正孔と考えられる)と寿命の長い(約50秒)O2-が残存しているという結果を得ている。一方、励起光強度が弱い1μW cm-2の時には寿命50秒のO2-だけが観測されている。水中で光照射した場合には、寿命の短い活性種の寿命は、約30秒となり、O2-の寿命は約350秒となって、気相中よりも安定化することが示されている。生成したO2-の減衰過程は、光遮断後からの時間に対して単一の指数関数的な減衰で近似できることなどから、不均化反応や他の分子との反応ではなく、O2-が酸化チタン表面の酸素空孔等にトラップされて、電子を酸化チタンに受け渡すことによって失活していくものと結論づけられている。また、化学発光光子数やテトラニトロメタンの還元法を用いて、酸化チタン上に生成したO2-の絶対量の決定にも成功している。その結果、どちらの方法を用いても、1μW cm-2の光を10分間照射したときには、酸化チタン上の02一の絶対量が1014(個cm-2)のオーダーにあることを初めて明らかにしている。また、蛍光プローブを用いた方法では、これまで、放射線科学や超音波科学の分野で、OHラジカル(・OH)の選択的な検出に用いられてきた方法を、光触媒の分野に初めて適用した。用いたプローブ分子は、クマリンとテレフタル酸であり、これらの分子を用いることにより、光触媒反応で生成する・OHの選択的な検出に初めて成功している。また、その生成の量子効率が、これまで一般に考えられてきた値よりもかなり低い(10-4)ことを明らかにし、光触媒の主要な活性種が・OHではないことを示した。そして、ヨウ素イオンの酸化反応を、紫外可視吸光法(ヨウ素デンプン反応)によりモニターすることにより、正孔の生成量子効率が高いこと(10-2)を示し、・OHではなく正孔自体が光触媒反応の主要な活性種となっていると報告している。

 第3章では、非線形光学効果のうち光第2高調波発生(SHG)法が、表面選択的で高感度分析がin-situで行えることに注目し、この手法を酸化チタン光触媒反応に適用するための基礎的な検討を行っている。酸化チタン光触媒反応への応用には、単分子レベルでの解析が可能であるかを検討する必要があるため、モデル化合物として分子内にオクタデシル基を一本有するローダミンB誘導体LB膜を選び、その配向状態を推定している。その結果、ローダミンB誘導体分子は、親水基を外側に向けた配向が不安定で、基板に対する分子軸の向きを、累積中あるいは累積後に反転する(overturning)という結果を得ている。この結果は、単分子レベルでの表面解析が行える可能性を示すものである。また、従来の長鎖アルキル基ではなくπ共役分子(芳香族系分子)を疎水基に持つLB膜の作成に、テトラセン-2,3-ジアルデヒドを用いることによって成功している。このLB膜を用いれば、酸化チタン光触媒反応により、基板上に規則正しく配列した芳香族系分子がどのような過程で分解されていくのかを詳細に明らかにすることができると考えられる。

 第4章は総括であり、本研究を要約し、得られた結果をまとめた上で今後の展望について述べている。

 以上に述べたように、本論文は種々の新規な手法を用いることにより、これまでに、あまり解明されてこなかった、光触媒反応進行時の活性種の挙動を解明することに成功し、さらに、光触媒反応を明らかにするための新たな手法の可能性も示した。これらのことは、実用システムへの応用に際しての安全性の検証のみならず、固体表面での光励起プロセスの解明という基礎的なレベルにおいても意義があると考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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