学位論文要旨



No 214829
著者(漢字) 森野,慎也
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ノシンヤ
標題(和) 光励起による有機材料の光学機能化
標題(洋) Opto-functionalization of Organic Materials by Photoexcitation
報告番号 214829
報告番号 乙14829
学位授与日 2000.10.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14829号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 荒木,孝ニ
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 北森,武彦
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 オブトエレクトロニクスの発展、光情報処理への展望を視野にいれ、有機化合物の光学的な性質と応用に興味が侍たれつつある、有機化合物は、その電子分極に起囚する光学的な性質を持ち、化学反応や分子の配向制御により、その光学物性を制御できる。これは、光学的な機能の発現へと結び付けられる。

 また、有機化合物への光励起により光化学反応や、発光、無幅射失活などの光物理過程が誘起される。この二つを結び合わせることで、光励起による光学物性の制御、ひいては、その中を伝播する光の制御が可能となる。本論文では、光化学過程、光物理過程を用いて、有機材料の光励起による屈折率と分子配向の制御を実現し、また、その際の屈折率、複堀折の詳細な測定と有機分子の配向ダイナミクスの評価を行っている。

2. 光化学反応による光学物性の制御(フォトオプティカル効果)

 光励起により光化学反応を誘起することができ、この際の化学構造の変化により光学物性を制御できる。これの効果を、フォトオプティカル効果とよび、その検討を行った。アゾベンゼン誘導体、ジアリルエテン誘導体、フルギド誘導体については、ポリマー媒体中における光鋤生化反応による、屈折率変化や偏光励起による複屈折などの報告はなされているが、屈折率の波長分散やその変化についての体系的な報告はなされていなかった、第二章では、ポリメチルメタクリレート(PMMA)中に光異性化色素をドープした系、もしくは、ポリマー鎖に光異性化色素を導入した系について屈折率スペクトルと、その光異性化反応による変化をm-line法による屈折率評価とクラマー一ス・クローニッヒ解析を用いて、初めて実測した。光異性化色素として、アゾベンゼン誘導体、フルギド誘導体、ノルボルナジエン誘導体を用いた。また、ノルボルナジエン基を高分子鎖中に持っポリマーについても検討を行った。

 まず、ノルボルナジエン誘導体をドープしたPMMA薄膜、もしくは、ノルボルナジエン基を導入した高分子薄膜の屈折率、および、その光異性化による変化について検討を行った。その結果、ノルボルナジエン基を側鎖にもつポリマーである、P(MMA-co-GMA-PNCA)において、He-Neレーザの波長である632.8nmにおいて、0.01にも及ぶ屈折率変化を得た。当時、この値は、光異性化反応により得られる屈折率変化としては、世界最高水準であった、このポリマー薄膜にマスク越しの露光を行うことで、導波路リソグラフィーが実現できた。

 さらに、FG5、p-mcthoxyazobenzcne P(MMA-co-GMA-PNCA)の屈折率スペクトルと、その光異性化による変化を測定した(図1)。FG540/PMMAについての結果を図2に示す。こび直より、特に、FG540、P-mcthoxyazobenzcnc(MAB)をドーブしたPMMA薄膜を用いて作成される光-光制御素子の動作条件、スイッチングエネルギーについて検討を行った。FG540/PMMA系、MAB/PMMA系のおのおのについて、動作波長624nm、577nm、スイッチングエネルギーとして、170nJ、820nJという値を得た。また、p-N,N-dimethylaminlamino-azobenzenc(DAAB)をPMMAにドープした系において、光異性化前後の屈折率、また、偏光照射による複屈折について評価を行った。光異性化反応によりDAAB/PMMA薄膜の屈折率が減少することが分かった。また、偏光照射の際に分子が異方的な配向を示し、0.001の複屈折が生成した。特に、偏光照射時の光異性化反応を、偏光スペクトルを用い詳細に解析したところ、trans体よりcis体への光異性化反応時に、そのうちの13.5%が、照射偏光の電場方向から垂直方向へと動くことが明らかになった。これは、偏光励起による光配向メカニズムを定最的に解析した例としては初めての報告である。

3. 液晶の分子配向に対する光物理過程の効果

 第三章では、光学物性に光物理過程が及ぼす効果を明らかにした。液晶は、自己組織化による大きな配向異方一性を示すことがよくしられている。光化学反応による液晶系の配向については、よく知られているが、光化学反応を示さない色素の光励起によっても廃佼する可能性があることを、第二章の研究の中で予測し、第三章では、光化学反応を示さない色素をドーブし、光励起による液晶の配向の変化とその速度論的な解析を行った。

 二色性色素であるキニザリンを、液晶である4-octyloxy-4'-cyanobiphenyl(8OCB)に溶解した。80CBは、スメクチック相とネマチック相を示すが、特に、スメクチック相において光による液晶配向の変化を検討した例は非常に少なく、スメクチック相、ネマチック相の両相状態中での光励起よる配向変化についての検討と比較が重要である。

 ラビング法を用いて調製した、ホモジニアス配向を示す液晶セルと、ラビングを行わずに調製したランダムブラナー配向を示す液晶セルの二種類を用いた。これら液晶セルにAr+レーザを照射したところ、両者のセルとも、光照射に伴い、液晶の配向乱れていき、照射の停止とともに、配向の乱れが緩和する様子が観察できた。

 さらに、光照射による配向変化挙動の温度依存性をラビング法により配向させた液晶セルを用いて、昇温過程中、降温過程中の両者について検討した。また、その応答の速度論的解析から、ネマチック相温度域では、二成分の応答が得られた。また、スメクチック相温度域では、昇温時の光照射中には、二成分の応答が見られたが、その他の場合には、一成分の応答を示した。これは、ネマチック相とスメクチック相において、色素分子との相互作用とその影響する距離とが違うためであると考えられる。色素の励起状態における分極と液晶の分極が相互作用に寄与しているものと考えられる。

4.化学反応が光学物性に及ぼす効果

 光学物性は、分子の電子分極により決定されるが、光化学反応のみならず、化学反応によっても制御される。有機材料の光学機能化を検討する上で、化学反応による光学物性の制御は、光励起による光学機能化の基礎を成すものである。そこで、第四章では、高分子の光学物性における化学反応の影響を検討した。特に、ポリイミド誘導体に着目して、その線形、非線型光学特性を調べた。

 ボリイミドは、並外れた耐熱性、強度を持つことで有名な高分子であるが、新たに、光学材料としての応用が期待されている。ポリイミド(PI)は、異性体としてポリイソイミド(PiI)を持ち、両者とも、ポリアミド酸(PAA)が前駆体である。また、PAAとPiIは、加熱により熱イミド化反応を示し、PIを生成する。近年、PAA薄膜の熱イミド化時によって得られ、たPI薄膜が、主鎖の強い面内配向による大きな複屈折を示すことが報告されている。また、PiIはそれぞれのモノマーユニットがイミン構造により結合されるため、長い共役長をもつ可能性があり、三次の非線型光学材料としての応用が期待できる。

 第四章では、まず、いくつかのPAA薄膜について、その熱イミド化時の1面内配向挙動について検討を行った。その結果、まず、基板上に製膜されたPAA薄膜は、薄膜面内に配向していることが明らかになった。また、PAA薄膜/空気界面のほうが、基板/PAA 薄膜界面よりも、強く配向していることが明らかになった。これは、溶媒の蒸発がPAA薄膜/空気界面のほうが速いため、膜の収縮がすみやかにおこり、このために、延伸の効果が現われやすいためであろう。また、さらに高温まで加熱したところ、100℃までは、溶媒の蒸発により、200℃まではイミド化により200℃からは、高分子鎖のパッキングにより配向が進行することが明らかになった。

 また、多数のポリイソイミドを合成し、その非線型光学特性をメーカーフリンジ法により評価したところ、ビロメリット酸二無水物とp-フェニレンジアミンをモノマーとして持つポリイソイミド(PiI(PMDA/PDA))が、X(3)(3ω:ω,ω,ω)値として、4.0xlO-12e.s.uを示した。PiI(PMDA/PDA)を熱処理したところ、熱イミド化反応が起こり、イミド化率は、減少した。X(3)(3ω:ω,ω,ω)値のイソイミド含量依存性を図3に示す。

5,まとめ

 木論文では、光励起による有機材料の光学機能化についてとりくんだ。高分子薄膜中での光化学反応、あるいは、化学反応による光学物性の変化を測定し、堀折率、複屈折、非線型光学定数を制御できることが明らかとなった。特に、導波路リソグラフィーが実現でき、デバイスヘの応用が可能で方であることをしめした。また、光異性化反応を用いた光スイッチングについても、その動作条件を推定した。光化学反応を用いた光学機能を応用する場合、受動的な素子への展開が合理的であると考えられる。また、光励起により生じる光学物性の変化より、分子の配向ダイナミクスを評価した、光学物性の測定が、分子の運動、微視的環境を明らかにする方法となりうることを示した。

 これらの結果は、有機光機能材料研究の発展として有意義な知見を与え、光化学と光学物理との学際領域を橋渡しする新しい研究方向を指し示すものである。

Fig.1.Absorption spectra and refractive inbex spectra of FG54C/PMMA.

Fig.2.An example of phot oinduced response at 333.8K and successive heating in the SA phase during heating process.

Fig.3.The change inX(3) for PiI(PMD/PDA)films with various isoimide contents

審査要旨 要旨を表示する

 オプトエレクトロニクスおよび光情報技術の発展にともない、有機化合物の光学的な性質とその応用に対する興味が広がりつつある。有機化合物の光励起により、光化学反応や、発光、無輻射失活などの光物理過程が誘起され、分子構造や配向の変化を惹き起こすことができる。有機化合物は、その電子分極に起因した光学的な性質を持つため、光励起により引き起こされるこれらの変化は、光学物性の変化へと結びつけられる。これは、光励起による光学物性の制御を可能とするものであり、光励起による光学的な機能の発現が期待されている。

 本論文では、光化学過程、光物理過程を用いて、光励起による有機材料の屈折率と分子配向の制御を実現している。また、光励起により得られる屈折率、複屈折の変化の詳細な測定と有機分子の配向ダイナミクスの評価を行い、光学物性の変化を特徴づけ、応用への展望を述べている。

 第一章では、有機材料の光学物性を決定する要素や制御する方法について述べ、現在までの報告例をまとめている。

 第二章では、光化学反応による化学構造や配向状態の変化を用いた光学物性の制御について、光学物性の変化が等方的な場合と異方的な場合にわけて研究している。

 まず、光異性化反応による屈折率変化の評価より、ノルボルナジエン基を導入したポリマーが、非共鳴領域(透明領域)において0.01にも及ぶ屈折率変化を示すことを明らかにしている。研究のなされた時点では、この値は、光異性化反応により得られる反応前後ともに透明なフィルムの屈折率変化としては、世界最高水準であった。このポリマー薄膜にマスク越しの露光を行うことで、導波路リソグラフィーが実現できた。また、光異性化色素をドープした高分子薄膜の屈折率スペクトル測定と、その光異性化反応による変化を実測し、これらの結果より、光異性化反応を用いた、光一光制御素子の動作条件や、スイッチングエネルギーを推定している。

 次に、偏光励起による光異性化反応と、反応にともなう配向生成のメカニズムを定量的に評価している。アゾベンゼン誘導体をアモルファスな高分子媒体中にドープした系に対して、偏光照射を行うことで、反応とともに分子が異方的な配向を示し、複屈折が生成することを確認した。この現象を、偏光スペクトルを用い詳細に解析したところ、励起偏光に対して平行方向に吸収のモーメントを持つトランス体から生成されるシス体のうちの13.5%が、照射偏光に対して垂直方向に吸収のモーメントを持つように変化していることが明らかになった。これまで、アモルファス中で偏光励起による光配向のメカニズムを定量的に解析した例はなく、本論文において、初めて、配向生成のメカニズムを定量化した形で表すことに成功している。

 第三章では、液晶の配向に対して、光物理過程が及ぼす効果を扱ってい乱二色性色素を含有する液晶を用いて作成した、ホモジニアス配向を示す液晶セルに、アルゴンイオンレーザを照射したところ、光照射に伴い、液晶の配向が乱れ、照射の停止とともに、配向の乱れがもとに戻る現象をみつけ、色素を含有する液晶系で、光化学反応を行わない場合でも、光励起により分子配向ひいては複屈折の制御が可能であることを明らかにした。さらに、光照射による配向変化挙動とその緩和過程の温度依存性を、昇温過程中、降温過程中の両者について評価し、色素分子と液晶分子間の相互作用の内容について考察している。

 第四章では、ポリイミド・ポリイソイミド誘導体の線形・非線形光学特性に対する化学反応の影響について述べている。まず、ポリイミド誘導体の前駆体であるポリアミド酸薄膜が示す、熱イミド化時の面内配向挙動について評価を行った。ポリアミド酸の加熱に伴う面内配向は、100℃までは、溶媒の蒸発により、200。Cまではイミド化により、200℃からは高分子鎖のパッキングの変化により進行することが明らかになった。また、ポリイミドよりも共役部分の長い6種類のポリイソイミドを合成し、その三次非線型光学特性をメーカーフリンジ法により評価して、ピロメリット酸二無水物とp-フェニレンジアミンをモノマーとして持つポリイソイミドが、三次の非線形光学定数として、4.0×10-12e.s.u.を示すことを明らかにしている。ポリイソイミドの熱イミド化反応に伴い、三次の非線形光学定数は1桁減少する。

 以上のように、本論文は、光励起による有機材料の光学機能化について研究を行い、高分子薄膜中での光化学過程、光物理過程、あるいは化学反応により引き起こされる分子の電子状態や配向の変化を実測するとともに、その結果として得られる、屈折率・複屈折・非線型光学定数等の光学物性の変化と、分子の電子状態や配向の変化との間の基礎的関係を明らかにしたものである。これらの結果は、有機光機能材料研究の発展に対して有意義な知見を与え、光化学と光学物性との学際領域を橋渡しする新しい研究方向を指し示すものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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