学位論文要旨



No 214834
著者(漢字) 金井,朋子
著者(英字)
著者(カナ) カネイ,トモコ
標題(和) ミニブタにおける主要組織適合型複合体(MHC)クラスII分子に関する研究
標題(洋) Studies on major histocompatibility complex (MHC) class II molecules of the miniature pig
報告番号 214834
報告番号 乙14834
学位授与日 2000.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14834号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 松本,安喜
内容要旨 要旨を表示する

 ブタ(Sus scrofa domestica)は家畜として、また実験動物として非常に重要な動物である。家畜としては多くの国々で主要な蛋白源として利用され、7000年以上もの歴史がある。一方実験動物としては、ヒトと生理学的・解剖学的な類似点が多いことから、生物学的・医学的研究に有用であると考えられている。畜産用のブタは世界中で300以上もの品種が存在するが、生物学的・医学的研究のためにはこれら畜産用のブタは実験操作上大きすぎ、また遺伝的背景が不明である等の難点がある。そのため、実験動物用ミニチュアブタ(ミニブタ)の開発研究が1940年代中頃からアメリカ合衆国、日本、ドイツなどで始められた。ミニブタの作出は、ヨーロッパ系の改良された畜産用大型ブタとアジア系の比較的小型なブタの交配によって試みられ、現在もなお、種々の特性を持つ系統の開発が引き続き行われている。本研究に用いたCSK系ミニブタはゲッチンゲン系ミニブタに由来し、1975年に我が国へ導入されてから実験動物用にクローズドコロニーとして開発・維持されている。CSKミニブタは生理学的・解剖学的特性がよく把握されており、また成熟しても体重が20〜30kg程度で取り扱いやすいことから、移植研究、皮膚研究、循環器系の研究などに汎用されている。

 主要組織適合型複合体(Major histocompatibility complex:MHC)は自己・非自己の認識を司り、免疫応答の開始、及び様々な免疫応答性の制御など免疫系の要とも言うべき役割を担う。MHC分子にはクラス1及びクラスII分子が存在し、クラス1分子は3個の細胞外ドメイン構造を持つα鎖とそこへ非共有結合するβ2ミクログロプリンから構成され、クラスII分子はそれぞれ2個の細胞外ドメイン構造を有するα鎖とβ鎖のヘテロニ量体であることが知られている。クラス1分子は全ての有核細胞に発現し、内因性抗原ペプチドをCD8陽性丁細胞に提示することでウイルス感染細胞や腫瘍細胞の破壊を仲介する。一方、クラスII分子はB細胞、樹上細胞、マクロファージなどの抗原提示細胞に発現し、抗原ペプチドをCD4陽性丁細胞に提示することでサイトカインの分泌を促し免疫系を活性化する。ブタのMHCはSLA(Swineleukocyte antigen)と呼ばれ、1970年に初めて報告された。SLA分子をコードする遺伝子群は第7染色体上に位置し、ヒトと同様クラスI、II、III領域が存在する。分子生物学的研究により、他の哺乳動物と同様、SZAクラス1及びクラスII領域には偽遺伝子など機能を持たない遺伝子座が多数存在することが明らかとなった。一方、クラスII領域のDRA、DRB1、DQA、DQB遺伝子はそれぞれ、異なる2種類のクラスII分子(DR、DQ)のα鎖・β鎖をコードすることが示された。これらの遺伝子座には複数の対立遺伝子が存在し、とりわけDRB1、DQB遺伝子は極めて多型性に富むことが示唆された。

 広く脊椎動物でMHCに認められる多型性が、移植におけるドナーとレシピエントの組織適合性や各種疾病に対する個体の感受性と関連すると考えられている。近年ミニブタは、特に同種または異種移植における実験動物として注目されており、米国立衛生研究所におけるSLA純系ミニブタの作出(1976年)を筆頭に、SLA分子の研究が世界中で行われるようになった。ミニブタを用いた臓器移植研究では、移植片の生着期間がSLAクラスII分子の適合性に依存するという報告がある。そこで本研究ではミニブタの免疫系を理解する上で必要不可欠なSLA分子、特にクラスII分子に着目し、他の哺乳動物のクラスII分子との比較、対立遺伝子に認められる多型性とその多型性が生じる機構さらにその多型性に起因して起こる同種抗原反応について明らかにすることを目的として研究を行った。

第一章

 ブタ、ヒト、マウスにおけるMHCクラスIIβ鎖コード領域の比較、及びSLAクラスIIβ鎖コード領域における対立遺伝子間の比較を行うことを目的として、SLA-DR及びDQβ鎖コード領域全長を含む遺伝子の同定を行った。本章ではDR及びDQβ鎖コード領域全長を含む遺伝子としてそれぞれSLA-DRB1*GO1及びSLA-DQB*GO1を同定したが、これらはともにそれぞれの遺伝子座において3本目の対立遺伝子の報告である。ブタ、ヒト、マウスにおける相同遺伝子について既知の塩基配列から推定されるアミノ酸配列の比較を行ったところ、両遺伝子ともにブタはマウスよりもヒトと共通のアミノ酸を多く有することが示された。さらにこれらの遺伝子の塩基配列を基にMHCクラスII遺伝子のクラスター解析を行った結果、同種の異なる遺伝子座の遺伝子間よりも異種の相同遺伝子問の方が近いクラスターに属することが明らかとなった。また両遺伝子座において、ブタのクラスII遺伝子がマウスの遺伝子よりもヒトの遺伝子と近いクラスターに属することが示された。一方、SLA-DRB1*GO1及び-DQB*GO1をそれぞれ既知の対立遺伝子(DRB1*c、DRB1*d及びDQB*c、DQB*d)と比較し多型性解析を行った結果、各遺伝子ともに対立遺伝子に認められる塩基置換のほとんどがアミノ酸置換を伴う非同義変換であった。また、それらの塩基置換はβ1ドメインコード領域に集積し、さらにヒトDR分子のX線解析より同定された抗原ペプチド結合部位の周辺に存在することも明らかとなった。これらの結果は、現在認められるSLA-DRB1及び-DQB遺伝子の多型性が進化の過程で起こるポジティブセレクションの影響を受けていることを示唆している。

第二章

 SL4-DRB1及び-DQB遺伝子において対立遺伝子に多型性が生じた機構について推察することを目的として、特に多型的であるβ1ドメインコード領域について新たな対立遺伝子を同定し、遺伝子解析を行った。本章では、DRB1については11対立遺伝子、DQBについては7対立遺伝子の塩基配列を新たに明らかにした。そこで既知の遺伝子も含めSL4-DRB1については25本、SLA-DQBについては24本の対立遺伝子について塩基配列の比較を行った。その結果、両遺伝子ともにβ、ドメインコード領域に4箇所のGC-rich配列が認められ、さらに一番目と二番目のGC-rich配列には遺伝子組み換えシグナルと推定されるx様配列が含まれていた。これら2箇所のx様配列でβ1ドメインを区切り、生じた断片それぞれにおいてクラスター解析及びアミノ酸配列の比較を行ったところ、x様配列を組み換え点とした対立遺伝子間での遺伝子変換が示唆された。これらの結果より、現在認められるSLA-DRB1及び-DQB遺伝子の多型性が、突然変異に加えて対立遺伝子間での遺伝子変換が一因となって生じていることが推察された。

第三章

 SLA-DR及びDQβ鎖コード領域の多型性を検出することを目的として、対立遺伝子で特に多型性が認められるβ1ドメインコード領域に着目して遺伝子タイピングを行った。遺伝子タイピングは、RT-PCR法により特異的にSLA-DRB1及び-DQB遺伝子のβ1ドメインコード領域を増幅し、得られた増幅産物を制限酵素で処理してその切断パターンを解析するRT-PCR-RFLP法により行った。本方法による遺伝子タイピングの結果、既知の25DRB1対立遺伝子は23タイプに、24DQβ対立遺伝子は18タイプに分類された。同じタイプに分類された異なる対立遺伝子は、塩基置換がアミノ酸置換を伴わない同義的塩基置換または抗原ペプチドとの結合には関係しない部位の塩基置換を有していた。本方法による遺伝子タイピングは簡便で、またアミノ酸置換の集積する抗原ペプチド結合部位周辺の多型性の検出に有用であることから獣医臨床上の応用も可能であり、さらに未知のSLA-DRB1及び-DQB遺伝子の検出にも有用であると考えられる。

第四章

 SLA-DR及びDQ分子が同種抗原反応性に及ぼす影響の違いについて考察することを目的として、様々なSLA-DRB1及び-DQB対立遺伝子を持つ個体のリンパ球を用いて混合リンパ球反応試験(MLC)を行った。本章ではSLA-DRB1及び-DQB対立遺伝子の多型性を検出するために、第三章で述べたRT-PCR-RFLP法による遺伝子タイピングを行い、その結果を基にDRB1の適合性及びDQBの適合性がMLCで検出される反応性に及ぼす影響を調べた。CSKミニブタ13個体について遺伝子タイピング及びMLCを行った結果、各遺伝子ともに全く同じタイプの組み合わせにおいてはほとんど同種抗原反応は認められなかったが、全く異なる組み合わせでは強い同種抗原反応が認められた。また、DQBの適合性の方がDRB1の適合性よりもMLCにおける同種抗原反応性に及ぼす影響が大きい可能性が示された。ヒトMHCの研究ではDR分子の方がDQ分子よりも発現量が多く、同種抗原反応性に及ぼす影響も大きいと考えられている。本章では、SLA-DR及びDQ分子がヒトMHCとは異なる役割を持つ可能性が示された。

 本研究の成果はSLAの構造と機能に関わる情報にとどまらず、(1)MHC分子の系統発生及び多型性の成り立ちに関する比較免疫学的研究において有用な知見であり、(2)獣医臨床への応用として疾病感受性の遺伝的背景を明らかにする上で必要な情報となり、(3)移植研究では同種及び異種移植における組織適合性を検討する上で有用な知見及びタイピング法を提供するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 ブタ(Sus scrofa domestica)は家畜として、また実験動物として非常に重要な動物である。1940年代中頃からアメリカ合衆国、日本、ドイツなどで実験動物用ミニチュアブタ(ミニブタ)の開発研究が始められ、生物学的・医学的研究に汎用されるようになった。本論文に用いられたCSK系ミニブタはゲッチンゲン系ミニブタに由来し、1975年に我が国へ導入されてから実験動物用にクローズドコロニーとして開発・維持されている。主要組織適合型複合体(Major histocompatibility complex:MHC)は自己・非自己の認識を司り、免疫応答の開始、及び様々な免疫応答性の制御など免疫系の要とも言うべき役割を担う。広く脊椎動物でMHCに認められる多型性は、移植におけるドナーとレシピエントの組織適合性や各種疾病に対する個体の感受性と関連すると考えられている。一方、ブタのMHCはSLA(Swine leukocyte antigen)と呼ばれ、1970年に初めて報告された。近年ミニブタは同種または異種移植における実験動物として注目されており、米国立衛生研究所におけるSLA純系ミニブタの作出(1976年)を筆頭に、SLA分子の研究が世界中で行われるようになった。本論文は、ミニブタの免疫系を理解する上で必要不可欠なSLA分子、待にクラスII分子に着目し、他の哺乳動物のクラスII分子との比較、対立遺伝子に認められる多型性とその多型性が生じる機構、さらにその多型性に起因して起こる同種抗原反応について明らかにすることを目的としている。

 第一章では、ブタ、ヒト、マウスにおけるMHCクラスIIβ鎖コード領域の比較、及びSLAクラスIIβ鎖コード領域における対立遺伝子の比較を行った。本章ではDR及びDQβ鎖コード領域全長を含む遺伝子を同定したが、これらはともにそれぞれの遺伝子座において3本目の対立遺伝子の報告であった。推定されるアミノ酸配列の比較では、両遺伝子ともにマウスよりもヒトと共通のアミノ酸を多く有することが示された。MHCクラス II遺伝子のクラスター解析では、同種の異なる遺伝子座の遺伝子間よりも異種の相同遺伝子間の方が近いクラスターに属することが明らかとなった。一方、対立遺伝子の比較により、現在認められるALAクラスII遺伝子の多型性が進化の過程で起こるポジティブセレクションの影響を受けていることが示唆された。

 第二章では、SALクラスII遺伝子において対立遺伝子に多型性が生じた機構について推察した。本章では、DRB1については11対立遺伝子、OQBについては7対立遺伝子の塩基配列を新たに明らかにした。既知の遺伝子も含めて塩基配列の比較を行った結果、両遺伝子ともにβ1ドメインコード領域に4箇所のGC-rich配列が認められ、さらに一番目と二番日のGC-rich配列には遺伝子組み換えシグナルと推定されるx様配列が含まれていた。クラスター解析及びアミノ酸配列の比較を行ったところ、これら2箇所のx様配列を組み換え点とした対立遺伝子間での遺伝子変換が示唆された。これらの結果より、現在認められるSLA-DRB1及び-DQB遺伝子の多型性が、突然変異に加えて対立遺伝子間での遺伝子変換が一因となって生じていることが推察された。

 第三章では、SLA-DR及びDQβ鎖コード領域の多型性を検出することを目的として、RT-PCR-RFLP法による遺伝子タイピングを行った。その結果、既知の25DRB1対立遺伝子は23タイプに、24DQB対立遺伝子は18タイプに分類された。同じタイプに分類された異なる対立遺伝子は、塩基置換がアミノ酸置換を伴わない同義的塩基置換または抗原ペプチドとの結合には関係しない部位の塩基置換を有していた。本方法による遺伝子タイピングは簡便で、またアミノ酸置換の集積する抗原ペプチド結合部位周辺の多型性の検出に有用であることから獣医臨床上の応用も可能であり、さらに未知のSLA-DRB1及び-DQB遺伝子の検出にも有用であると考えられた。

 第四章では、様々なSLA-DRB1及び-DQB対立遺伝子を待つ個体のリンパ球を用いて混合リンパ球反応試験(MLC)を行い、SLA-DR及びDQ分子が同種抗原反応性に及ぼす影響の違いについて考察した。CSKミニブタ13個体について遺伝子タイピング及びMLCを行った結果、各遺伝子ともに全く同じタイプの組み含わせにおいてはほとんど同種抗原反応は認められなかったが、全く異なる組み合わせでは強い同種抗原反応が認められた。また、DQBの適合性の方がDRB1の適合性よりもMLCにおける同種抗原反応性に及ぼす影響が大きい可能性が示された。ヒトMHCの研究ではDR分子の方がDQ分子よりも発現量が多く、同種抗原反応性に及ぼす影響も大きいと考えられている。本章では、SLA-DR及びDQ分子がヒトMHCとは異なる役割を待つ可能性が示された。

 本研究の成果はSLAの構造と機能に関わる情報にとどまらず、(1)MHC分子の系統発生及び多型性の成り立ちに関する比較免疫学的研究において有用な知見であり、(2)獣医臨床への応用として疾病感受性の遺伝的背景を明らかにする上で必要な情報となり、(3)移植研究では同種及び異種移値における組織適合性を検討する上で有用な知見及びタイピング法を提供するものである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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