学位論文要旨



No 214840
著者(漢字) 今泉,恭一
著者(英字)
著者(カナ) イマイズミ,キョウイチ
標題(和) 震災時を考慮した病院の配置評価手法による基礎的研究
標題(洋)
報告番号 214840
報告番号 乙14840
学位授与日 2000.11.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14840号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
内容要旨 要旨を表示する(1頁目欠)

ていない,あるいは実用的に十分ではないといった点が幾つか存在することも明らかになった。費用便益分析を適用した配置計画評価のためのシステムを構築する上で,特に深耕すべきで部分は以下の4点であった。

 (1)平常時の病院配置を費用便益的視点から評価するための病院選択行動モデル,及び配置評価手法の構築

 (2)震災時の病院選択行動に関する調査・分析

 (3)震災時における病院の患者受け入れ能力に関する推定モデルの構築

 (4)他地域への適用性が高い震災時の道路閉塞推定モデル,及び道路ネットワークの危険度評価手法の構築

 本研究では,各種の独自調査を実施し,上記(1)〜(4)の点に関する分析やモデル化を行った。既往の研究成果及び公表データを最大限活用することを前提として,上記の4点の課題を実用的なレベルで解決することは,総合的な配置計画評価を実施する上で不可欠な要件である。

3. 研究内容と主な知見

(1) 費用便益的視点からの平常時の病院配置評価手法の構築

 東京都等に居住する約400世帯に対し,仮想的な質問を設定したアンケート調査を実施することで,平常時における個人の病院選択行動を記述できる「ロジットモデル」の適用を可能とした。モデルにおけるパラメータ推定の結果,病床規模,居住地から病院までの移動距離及び交通費,病院での期待待ち時間を説明変数として用いることで,施設選択行動に対する良好な推定モデルが得られることがわかった。更に,公的データと上記の施設選択行動モデルを用いて,病院の配置計画を費用便益的な視点から評価する手法を提案・検証した。「複数箇所ある病院の移転侯補地に関し,各計画案の社会的純便益額の増減を比較して最適な立地場所を選定する」というシミュレーション事例を通じ,本手法の一連の流れの妥当性及び手法の有効性を確認した。

(2) 震災時の病院選択行動に関する分析

 神戸市の4区に対して行った阪神大震災時の市民行動アンケート調査,及び同市内の4病院から得られた震災後3日間の入院患者データを用いて負傷者の受療圏域を分析した。震災時の医療施設選択では,居住地から施設までの距離に対する影響が大きいが,重傷者の場合,病床規模等もかなり考慮される傾向にあることがわかった。更に平常時と比較して,震災時の受療圏はかなり狭くなる傾向にあることがわかった。神戸市の場合・震災時の受療圏は軽傷が1.5〜2km程度,重傷が1.5〜3.5km程度になっていたという結果を得た。

(3) 震災時における病院の患者受け入れ能力に関する推定モデルの構築

 神戸市の64病院に対するアンケート調査,及び救急医療の専門家へのインタビュー調査を実施した。これらの調査データを基に,知識ベースアプローチ及び重回帰アプローチを用いて,震災時の受け入れ患者数の分析を行なった。その結果,医師数,人工呼吸器台数など,幾つかの有意な説明要因を抽出した。また,モデルの簡便性等の観点から,知識ベースアプローチによる推定モデルが,本分析では最も適用性が高いという結論を得た。更に,大震災時,医療スタッフの出勤率が50%となった場合,その病院では,医療スタッフが100%出勤した場合の1/2〜2/3の範囲の患者受け入れ能力となってしまうことが判明した。

(4) 震災時の道路閉塞推定モデル,及び道路ネットワークの危険度評価手法の構築

 道路閉塞によって徒歩通行及び車輌通行で通り抜け不能となる道路を確率的に予測するためのモデルを構築した。モデルは,阪神大震災で構造物被害の大きかった神戸市東灘区の道路閉塞データを用いて,震度クラス別・幅員クラス別に作成した。5.5m未満の道路幅員については,震度や木造住宅の建設年代のカテゴリーに係わらず,検討した全ての推定式が統計的に有意である等の結果が得られた。更に,道路閉塞に関する確率推定モデルを用いて,通過不能交差点の発生という面から,道路ネットワークを評価するための手法を構築した。当該手法を神戸市長田区に適用し,病院への患者搬送に対する影響を簡易的こ評価するための方法を提案した。また,神戸市東灘区内の2地区に対するシミュレーションを通じ,都市計画的な防災施策(例.道路拡幅と耐震補強)の中でどのような方策が相対的に有効なのかを示すための方法論を提示することが可能となった。

4. 今後の課題

 本研究を通じ,震災時を考慮した病院施設の地域配置計画評価のための一連の手法に対する基礎的な部分が明らかになった。しかしながら,実施した独自調査等の限界から,各種手法において,今後の研究として残された課題も多いものと考える。それらを纏めると以下の通りである。

 (1)平常時の病院配置を費用便益的に評価するための病院選択行動モデルに関しては,傷病者の年齢や家族の面会等の条件を一層考慮した詳細な追加調査を行い,モデル精度の向上を図ることが重要な課題である。

 (2)震災時の病院選択行動に関しては,地震発生直後の患者データを収集すること自体が極めて困難であるため,精度の良いモデル構築を行うためには,調査・研究すべき部分が多く残されている。当面の解決すべき課題としては,傷病区分をより厳密に行い,年齢や性別等の個人属性と選択施設との関係をより詳細に分析する等が考えられる。

(3)震災時における病院の患者受け入れ能力の推定に関しては,分析データに関する収集面での難しさはあるものの,病院建物やライフラインを含め,医療スタッフの活動を支えるハードの地震被害による機能低下の度合いを,病院の受け入れ患者数の算定に加味することができるよう,推定モデルの拡張を図って行くことが大きな課題である。

(4)震災時の道路閉塞推定モデルに関しては,他地域への適用性をより高めるために・建物の物理的特性,建物と敷地との関係,及び道路性状等に関して一層詳細なデータを収集し,開発したモデルの改良を行っていくことが必要である。また,震災時の道路閉塞に対する他の要因(例.崖崩れ,液状化)を考慮することも,今後の重要な課題である。

(5)実用的な面で平常時と震災時の費用便益を同一に扱うには,震災時という不確実性下における費用便益の測定値の精度が未だ不十分であるため,更なる研究が必要である。本論文に係わる上記(1)〜(4)の課題に加え,地震危険度の評価や人的被害の社会的価値評価などに関し,一層の調査・分析を要するものと考えられる。

以上

審査要旨 要旨を表示する

 1.背景・目的

 国民医療費は年々増大を続け,経済成長との不均衡は拡大しており,公的医療機関等の病院の統廃合が具体的に動き始めている。一方,病院は,阪神・淡路大震災(以下,阪神大震災)の時にも指摘されたように,大規模災害が発生した場合に機能すべき地域の重要な拠点施設である。したがって,地域医療体制の再編成を検討する際には,平常時の住民に対する利便性の維持・向上等に加え,災害時における病院群としての医療提供能力も考慮する必要がある。その場合,種々の社会的な便益と費用を含めて,病院の統廃合に伴う投資の有効性を評価しなくてはならず,施設配置計画の妥当性を評価するためには,検討対象項目の異なる評価単位を統一的に扱う必要がある。

 以上の背景のもとに本論文は,費用便益分析の考え方を適用し,平常時に加え,特に地震時も考慮して病院の施設配置評価を行うための基礎的な手法の構築を目指したものである。種々の災害のうち地震災害を対象とした理由は「人的被害に関わる社会的損失が他の災害と比較して甚大であり,地域計画における病院施設配置の適正化が当該損失の低減に相当寄与する」等である。

 2.研究の位置づけ及び意義

 既往の研究成果を整理すると,平常時・震災時ともに,費用便益的な視点から病院施設の配置計画を評価した事例がないことがわかった。また,一連の予測・評価を構成する手法やモデル化に関して,未だ取り組まれていない,あるいは実用的に十分ではないといった点が幾つか存在することも明らかになった。費用便益分析を適用した配置計画評価のためのシステムを構築する上で,特に深耕すべきで部分は以下の4点であった。

 (1)平常時の病院配置を費用便益的視点から評価するための病院選択行動モデル,及び配置評価手法の構築

 (2)震災時の病院選択行動に関する調査・分析

 (3)震災時における病院の患者受け入れ能力に関する推定モデルの構築

 (4)他地域への適用性が高い震災時の道路閉塞推定モデル,及び道路ネットワークの危険度評価手法の構築

 本研究では,各種の独自調査を実施し,上記(1)〜(4)の点に関する分析やモデル化を行った。既往の研究成果及び公表データを最大限活用することを前提として,上記の4点の課題を実用的なレベルで解決することは,総合的な配置計画評価を実施する上で不可欠な要件である。

3. 研究内容と主な知見

(1) 費用便益的視点からの平常時の病院配置評価手法の構築

 東京都等に居住する約400世帯に対し,仮想的な質問を設定したアンケート調査を実施することで,平常時における個人の病院選択行動を記述できる「ロジットモデル」の適用を可能とした。モデルにおけるパラメータ推定の結果,病床規模,居住地から病院までの移動距離及び交通費,病院での期待待ち時間を説明変数として用いることで,施設選択行動に対する良好な推定モデルが得られることがわかった。更に,公的データと上記の施設選択行動モデルを用いて,病院の配置計画を費用便益的な視点から評価する手法を提案・検証した。「複数箇所ある病院の移転候補地に関し,各計画案の社会的純便益額の増減を比較して最適な立地場所を選定する」というシミュレーション事例を通じ,本手法の一連の流れの妥当性及び手法の有効性を確認した。

(2) 震災時の病院選択行動に関する分析

 神戸市の4区に対して行った阪神大震災時の市民行動アンケート調査,及び同市内の4病院から得られた震災後3日間の入院患者データを用いて負傷者の受療圏域を分析した。震災時の医療施設選択では,居住地から施設までの距離に対する影響が大きいが,重傷者の場合,病床規模等もかなり考慮される傾向にあることがわかった。更に平常時と比較して,震災時の受療圏はかなり狭くなる傾向にあることがわかった。神戸市の場合,震災時の受療圏は軽傷が1.5〜2km程度,重傷が1.5〜3.5km程度になっていたという重要な知見を得た。

(3) 震災時における病院の患者受け入れ能力に関する推定モデルの構築

 神戸市の64病院に対するアンケート調査,及び救急医療の専門家へのインタビュー調査を実施した。これらの調査データを基に,知識ベースアプローチ及び重回帰アプローチを用いて,震災時の受け入れ患者数の分析を行なった。その結果,医師数,人工呼吸器台数など,幾つかの有意な説明要因を抽出した。また,モデルの簡便性等の観点から,知識ベースアプローチによる推定モデルが,本分析では最も適用性が高いという結論を得た。更に,大震災時,医療スタッフの出勤率が50%となった場合,その病院では,医療スタッフが100%出勤した場合の1/2〜2/3の範囲の患者受け入れ能力となってしまうことが判明した。

(4) 震災時の道路閉塞推定モデル,及び道路ネットワークの危険度評価手法の構築

 道路閉塞によって徒歩通行及び車輌通行で通り抜け不能となる道路を確率的に予測するためのモデルを構築した。モデルは,阪神大震災で構造物被害の大きかった神戸市東灘区の道路閉塞データを用いて,震度クラス別・幅員クラス別に作成した。5.5m未満の道路幅員については,震度や木造住宅の建設年代のカテゴリーに係わらず,検討した全ての推定式が統計的に有意である等の結果が得られた。更に,道路閉塞に関する確率推定モデルを用いて,通過不能交差点の発生という面から,道路ネットワークを評価するための手法を構築した。当該手法を神戸市長田区に適用し,病院への患者搬送に対する影響を簡易的に評価するための方法を開発した。また,神戸市東灘区内の2地区に対するシミュレーションを通じ,都市計画的な防災施策(例.道路拡幅と耐震補強)の中でどのような方策が相対的に有効なのかを示すための方法論を提示することが可能となった。

 本研究を通じ,震災時を考慮した病院施設の地域配置計画評価のための一連の手法に対する基礎的な部分が明らかになった。本研究により、今後、総合的な配置計画評価を実施するシステム構築が技術的に可能となり、その点で大きな学術的貢献が認められる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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