学位論文要旨



No 214843
著者(漢字) 杉山,友康
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,トモヤス
標題(和) イノシトール3リン酸受容体の分子生物学的解析
標題(洋)
報告番号 214843
報告番号 乙14843
学位授与日 2000.11.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14843号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 細胞内Ca2+は、細胞の機能を制御する第二メッセンジャーとして重要な物質で、その濃度を制御するイノシトール1,4,5-三リン(IP3)酸受容体に着目した研究が進められている。これまでにマウスのIP3受容体のcDNA構造が明らかになり、さらにヒトを含めて他の動物種からもcDNAがクローン化され、動物種間で配列が良く保存されていることがわかってきた。さらに、ヒトや齧歯類では3つのサブタイプが存在することが明らかとなってきている。IP3受容体の関与する細胞内Ca2+情報伝達は、様々な組織由来の細胞において知られているが、サブタイプのレベルでの分子機構はほとんどわかっていない。本研究ではIP3受容体サブタイプの発現を、核酸とタンパク質レベルから検討し、細胞・組織特異的な発現パターン、細胞内局在性、相互作用するタンパク質および生理的条件下での発現変化とCa2+シグナルヘの影響に関する新しい知見を得たもので、以下の7章により構成されている。

 第1章は緒論であり、IP3受容体に関する構造とその発現解析、そして生物活性などに関する研究について既往の知見をまとめ、本研究を行うに至った動機を述べるとともに目的および意義を明らかにした。

 第2章ではヒト血球系細胞でのIP3受容体サブタイプの発現を核酸レベルで解析した。血球系細胞として種々のリンパ球系細胞株と骨髄球系細胞株を培養した。3つのIP3受容体サブタイプの発現を、ノーザンブロッティング解析やドットブロッティング解析するための特異的なプローブを作製して解析した結果、細胞の種類によって発現するIP3受容体サブタイプのmRNAが異なることが示された。さらに骨髄球系の細胞株を種々の薬剤存在下で培養して、単球/マクロファージ系の細胞、顆粒球系の細胞、巨核球系の細胞および赤芽球系の細胞に分化誘導し、分化誘導前の細胞および分化誘導させた細胞の発現するIP3受容体サブタイプを解析した結果、分化誘導前の細胞と分化誘導させた細胞では、発現するサブタイプが異なっていた。また分化誘導によるIP3受容体サブタイプの発現は、分化誘導刺激後の早い時期に変化していた。したがってIP3受容体サブタイプは、転写レベルで発現が制御されていて、細胞によっては複数種類のサブタイプを発現し、さらに細胞分化誘導によってその発現が動的に変化することが考えられた。これらの結果は、細胞応答におけるIP3受容体サブタイプの役割が異なる可能性を示唆した。

 第3章では、IP3受容体タイプ1、タイプ2、タイプ3のそれぞれのタンパク質に対して特異的に反応するモノクローナル抗体を作製して、血球系細胞で発現するIP3受容体サブタイプのタンパク質を解析した。抗体を作製するための抗原としては、IP3受容体サブタイプのアミノ酸配列を持つペプチドを使用した。各IP3受容体サブタイプに特異的なアミノ酸配列としては、IP3受容体の第5と第6膜貫通領域に挟まれるループ領域、およびカルボキシル末端領域の配列を選択した。これらのペプチドを抗原にして免疫したマウス脾臓細胞を用いて、各ペプチドに特異的なモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを作製した。IP3受容体タイプ1、タイプ2、タイプ3のカルボキシル末端のアミノ酸配列に対するモノクローナル抗体は、それぞれ1、6、7クローン取得した。第5と第6膜貫通領域に挟まれるループ領域のアミノ酸配列に対するモノクローナル抗体については、IP3受容体タイプ3に対して5クローン取得した。こられの抗体の中から、IP3受容体サブタイプのそれぞれ特異的な検出と解析用に、カルボキシル末端のアミノ酸配列を認識するモノクローナル抗体のセット(タイプ1特異的抗体:KM1112、タイプ2特異的抗体:KM1083、タイプ3特異的抗体:KM1082)を選択した。炎症性の血球系細胞でのIP3受容体サブタイプのタンパク質の発現を、作製したモノクローナル抗体を用いて検討した結果、細胞によって発現するサブタイプのセットが異なることを見いだした。さらにIP3受容体タイプ1,2を発現する細胞株での、サブタイプのタンパク質の細胞内局在を検討した結果、分布に違いがあることを見いだした。作製したモノクローナル抗体は、ウエスタンブロッティング解析、免疫沈降、免疫組織`細胞染色に使用可能な抗体であり、IP3受容体サブタイプをタンパク質レベルで解析するツールとして非常に有用と考えられた。

 第4章では、モノクローナル抗体(KM1112、KM1083、KM1082)を、IP3受容体タイプ1、タイプ2、タイプ3の免疫組織化学解析に応用して、タンパク質レベルでのサブタイプの組織・細胞発現を解析した。気道上皮細胞におけるIP3受容体サブタイプの発現を、モノクローナル抗体KM1112、KM1083、KM1082を用いて解析した。気管でのIP3受容体サブタイプの発現をウエスタンブロッティング解析で検討した結果、約250kDaの分子量としてタイプ1、タイプ2、タイプ3の特異的なバンドが検出した。したがって気管には3つのIP3受容体サブタイプが発現していると考えられた。気管から細気管支に至る組織でのIP3受容体サブタイプの発現を、免疫組織化学的解析した結果、気管ではタイプ1、タイプ2、タイプ3が気管上皮細胞に特異的に発現していて、しかも様々な種類の上皮細胞の中で、線毛細胞だけに特異的に発現していた。詳細に見ると細胞内分布が異なっていて、IP3受容体タイプ1は線毛に隣接した細胞膜に面する細胞質に、薄い層の様に限定的に局在していた。タイプ2は細胞質全体的に分散しており、タイプ3は細胞の核上部の気道側に面した細胞質に分散していた。細気管支では、IP3受容体タイプ1、タイプ2、タイプ3は気管の場合と同様に、細気管支上皮細胞に特異的に発現することを示した。ただし気管と違ってIP3受容体タイプ3は線毛細胞のみならずクララ細胞にも発現していることを見いだした。IP3受容体サブタイプは組織・細胞での発現や細胞内分布が特異的に制御されていて、細胞内Ca2+の制御にサブタイプの違いが役割を果たしていると考えられた。また、モノクローナル抗体KM1083は気管上皮細胞の線毛細胞を特異的かつ効率的に検出した。したがってIP3受容体タイプ2は、気管から細気管支に至る組織の気道上皮に存在する線毛細胞の特異的マーカーとしても利用可能であると考えられた。

 第5章では、血管平滑筋細胞におけるIP3受容体サブタイプの細胞内分布を詳細に解析し、サブタイプとアソシエーションする細胞骨格タンパク質を解析した。血管平滑筋細胞はラットの動脈から単離して初代培養した。IP3受容体サブタイプの細胞内分布を比較検討するために、モノクローナル抗体のIgGアイソタイプが異なることに着目して、二次抗体にIgGアイソタイプ特異的な標識抗体を用いた蛍光抗体二重染色法を考案して、サブタイプの分布を比較した。その結果、IP3受容体サブタイプによって分布が異なり、細胞内の部位によってサブタイプの存在比が異なることがわかった。IP3受容体は4量体として1つのCa2+チャンネルを作り、しかもヘテロ4量体構造を形成することが知られている。サブタイプの存在比の違いが、ヘテロ4量体におけるサブタイプの構成比に影響する可能性が考えられた。またIP3受容体サブタイプの組み合わせによって、極めて多様なIP3受容体Ca2+チャンネルが形成する可能性が考えられた。IP3受容体サブタイプによって特性が異なることが考えられるので、この多様性が細胞内Ca2+濃度増加のパターン形成に影響している可能性が考えられた。次にIP3受容体とアクチンフィラメントの蛍光二重染色を検討した結果、タイプ2とタイプ3はアクチンフィラメントと共局在し、タイプ2はアクチンフィラメントの端に存在することを見いだした。アクチンフィラメントの端は細胞接着に関係する焦点接着であることから、IP3受容体タイプ2のパッチ状の分布が焦点接着である可能性を検討した。焦点接着特異的なタンパク質であるテーリンとIP3受容体タイプ2の蛍光抗体二重染色を検討した結果、タイプ2の分布がテーリンと一致していた。さらにIP3受容体サブタイプと焦点接着に存在する細胞骨格タンパク質とのアソシエーションを免疫沈降法で検討した結果、IP3受容体サブタイプはテーリン、ビンキュリン、αアクチンとアソシエーションする事を見いだした。これらの結果から、IP3受容体サブタイプは細胞骨格と密接な関係があり、細胞骨格の制御を介して細胞接着や増殖に影響する可能性が考えられた。

 第6章では、平滑筋細胞における細胞増殖の、血管作動性物質の細胞内Ca2+濃度増加に及ぼす影響とIP3受容体サブタイプの発現を解析した。最初に、細胞内Ca2+濃度の変化を評価するためのッールとして、温度感受性SV40ラージT抗原遺伝子トランスジェニックマウスから新しい血管平滑筋細胞株SVSCを樹立した。SVSCは平滑筋型ミオシン重鎖と平滑筋型αアクチンを発現していて、血管の中膜の平滑筋細胞に似た細胞である。SVSCの血管作動性物質に対する応答性を解析した結果、はアンギオテンシンII、ノルアドレナリン、エンドセリン1、バソプレッシン、セロトニン、カルバコール、ATPや高濃度カリウムイオンといった種々の血管作動性物質に応答して細胞内Ca2+濃度を上昇させた。svscの細胞増殖性を培養温度によって抑制した結果、ノルアドレナリンとエンドセリン1の刺激に対する細胞内Ca2+濃度の増加が促進された。しかし、アンギオテンシンIIの刺激に対する細胞内Ca2+濃度の増加は、細胞増殖性の有無に関わらず一定の増加を示した。一方、細胞増殖性を抑制した細胞でのIP3受容体サブタイプの発現をウエスタンブロッティング解析した結果、IP3受容体タイプ1とタイプ2の発現が増加していた。しかしタイプ3の発現は逆に減少していた。これらの結果は、細胞の増殖性がIP3受容体サブタイプの発現に影響をあたえ、その変化が、血管作動性物質による細胞内Ca2+濃度の増加に影響していると考えられた。

 第7章では、本研究で得られたIP3受容体サブタイプに関する成果をまとめ、その意義について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 イノシトール1,4,5-三リン(IP3)酸受容体は、細胞の機能を制御する第二メッセンジャーとして重要なCa2+濃度を制御している。これまでにマウス、ヒトなどからcDNAがクローン化され、3つのサブタイプが存在することが明らかになっている。様々な組織由来の細胞において、IP3受容体の関与する細胞内Ca2+情報伝達が知られているが、サブタイプのレベルでの分子機構はほとんどわかっていない。本研究はIP3受容体サブタイプの発現を、核酸とタンパク質レベルから検討し、細胞・組織特異的な発現パターン、細胞内局在性、相互作用するタンパク質および生理的条件下での発現変化とCa2+シグナルヘの影響に関する新しい知見を得たもので、7章により構成されている。

 第1章は緒論であり、IP3受容体に関する構造とその発現解析、活性などに関する研究について既往の知見をまとめ、本研究を行うに至った動機を述べ、目的および意義を明らかにしている。

 第2章ではヒト血球系細胞でのIP3受容体サブタイプの発現を核酸レベルで解析している。種々のリンパ球系細胞株と骨髄球系細胞株を培養し、3つのIP3受容体サブタイプの発現を、ノーザンブロッティングなどにより解析した結果、細胞の種類によって異なるIP3受容体サブタイプのmRNAが発現することを見いだしている。さらに骨髄球系の細胞株を異なる種類の細胞に分化誘導し、その前後のIP3受容体サブタイプの発現を解析した結果、分化誘導前後で発現するサブタイプが異なり、その発現は誘導刺激後すぐに変化したと述べている。したがってIP3受容体サブタイプは、転写レベルで発現が制御されていて、細胞によっては複数種類のサブタイプを発現し、さらに細胞分化誘導によってその発現が動的に変化すると述べている。これらの結果から、細胞応答におけるIP3受容体サブタイプの役割が異なる可能性があると述べている。

 第3章では、IP3受容体タイプ1、タイプ2、タイプ3のそれぞれに対して特異的なモノクローナル抗体を作製して、血球系細胞で発現するIP3受容体サブタイプを解析している。抗原として、IP3受容体の第5と第6膜貫通領域に挟まれるループ領域、およびカルボキシル末端領域の配列を持つペプチドを選択している。これらのペプチドで免疫したマウス脾臓細胞を用いて、モノクローナル抗体を作製し、これを用いて炎症性の血球系細胞でのIP3受容体サブタイプの発現を検討した結果、細胞によって発現するサブタイプのセットが異なることを見いだしている。作製したモノクローナル抗体は、ウエスタンブロッティング解析、免疫沈降、免疫組織・細胞染色に使用可能であり、IP3受容体サブタイプをタンパク質レベルで解析するツールとして非常に有用であると述べている。

 第4章では、第3章で作製したモノクローナル抗体を、免疫組織化学解析に応用して、タンパク質レベルでの3つのサブタイプの組織・細胞発現を解析している。ウエスタンブロッティング解析により、気管では気道上皮細胞に3つのIP3受容体サブタイプが発現していることを確認し、免疫組織化学的解析の結果、気管から細気管支に至る組織では3つのサブタイプの細胞内分布が異なることを見いだしている。また、細気管支でも同じく3つのタイプが発現しているが、気管と異なりIP3受容体タイプ3が線毛細胞のみならずクララ細胞にも発現していることを見いだしている。それらの結果からIP3受容体サブタイプは組織・細胞での発現や細胞内分布が特異的に制御されていて、細胞内Ca2+の制御に関係していると考察している。

 第5章では、血管平滑筋細胞におけるIP3受容体サブタイプの細胞内分布を詳細に解析し、サブタイプと相互作用する細胞骨格タンパク質を解析している。IP3受容体サブタイプによって分布が異なり、細胞内の部位によってサブタイプの存在比が異なることを蛍光抗体二重染色法により明らかにしている。IP3受容体は4量体として1つのCa2+チャンネルを作り、ヘテロ4量体もあり得るが、異なるIP3受容体サブタイプの組み合わせによって、多様なIP3受容体Ca2+チャンネルが形成され、細胞内Ca2+濃度増加のパターン形成に影響を与えている可能性があると述べている。

 次に蛍光二重染色法により、焦点接着に関係するアクチンフィラメントやテーリンとIP3受容体タイプ2の分布が一致することを見いだしている。さらに免疫沈降法で、IP3受容体サブタイプはテーリン、ビンキュリン、αアクチンなどの細胞骨格タンパク質と結合する事を見いだしている。これらの結果から、IP3受容体サブタイプは細胞骨格と密接な関係があり、その制御を介して細胞接着や増殖に影響する可能性があると述べている。

 第6章では、平滑筋細胞における細胞増殖における、血管作動性物質が細胞内Ca2膿度増加に及ぼす影響とIP3受容体サブタイプの発現との関係を解析している。温度により細胞増殖性が変化する新しい血管平滑筋細胞株SVSCを樹立し、その血管作動性物質に対する応答性を解析した結果、種々の血管作動性物質に応答して細胞内Ca2+濃度が上昇したと述べている。SVSCの細胞増殖性を培養温度によって抑制した結果、血管作動性物質の種類により、細胞内Ca2濃度の増加の促進・抑制が異なったと述べている。一方、ウエスタンブロッティング解析したところ、IP3受容体サブタイプの発現も、タイプによって変化したと述べている。これらの結果から、細胞の増殖性がIP3受容体サブタイプの発現に影響をあたえ、その変化が、血管作動性物質による細胞内Ca2+濃度の増加に影響していると考察している。

 第7章では、本研究で得られたIP3受容体サブタイプに関する成果をまとめ、その意義について述べている。

 以上本論文は、これまでほとんど不明だったIP3受容体サブタイプの発現や機能を、抗体作製を行うことにより、核酸とタンパク質レベルから検討し、細胞・組織特異的な発現パターン、細胞内局在性、相互作用するタンパク質および生理的条件下での発現変化とCa2+シグナルヘの影響に関して分子生物学的に解析し、新しい知見を得ている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42832