学位論文要旨



No 214844
著者(漢字) 西澤,伸志
著者(英字)
著者(カナ) ニシザワ,シンジ
標題(和) 温度眼振検査時の側頭骨における冷却効果の波及様式に関する研究 : 温度変化と眼振緩徐相速度および持続時間
標題(洋)
報告番号 214844
報告番号 乙14844
学位授与日 2000.11.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14844号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 教授 新家,眞
 東京大学 助教授 富田,剛司
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 教授 宮下,保司
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景

 現在行われている平衡機能検査の中で、温度刺激検査のみが両側の内耳の迷路機能を左右別々に検査できる方法である。そのため温度刺激検査は、両方の耳を個々に検査するが、どの程度の待ち時間(インターバル)を置いて残りの反対側の耳を検査して良いのかについて生理学的に明らかにされていない。同一耳を連続して検査する場合も同様である。外耳、中耳、内耳の温度変化、半規管のadaptation、あるいはhabituationの問題を解決すると、温度刺激検査の精度を高めることができ且つ手技の標準化が可能になるであろう。

II. 目的

 温度刺激検査による側頭骨の冷却効果の波及様式を解明し温度刺激検査の待ち時問に関する問題を解決することが目的である。

III. 方法

 温度刺激検査の施行時に、眼振の生理学的な変化の他に、耳の温度変化の推移を調べる。そのために、以下の3点について調べる。

 1.正常者について温度刺激を加え、眼振の緩徐相速度と持続時問の正常値を作成し、検査前の温度に戻る時間を測定し、温度刺激に必要な待ち時間を調べる。2.鼓膜穿孔患者を対象として手術前に温度刺激検査を施行し、中耳岬角上の温度変化と眼振について調べ、正常者と比較検討を行う。3.手術時に中耳腔乳突洞を解放する症例を対象に、骨部水平半規管隆起(外側半規管隆起)を含た中耳腔の温度変化を解剖学的特徴を示す熱画像(サーモグラフ)の経時的変化とサーミスタにより調べる。

IV. 実験と結果

実験1. 正常者に対する20℃冷水刺激による温度眼振の緩徐相速度と鼓膜温度の経時的変化の測定

 1.対象;めまいの既往歴が無く、鼓膜所見が正常で聴力検査にて難聴のない成人36名72耳を対象とした。

 2.方法;温度刺激は外耳道に水温20℃の水20mlを20秒間注水する方法で行い、眼振は電気眼振計(ENG)と赤外線CCDビデオカメラで記録する。

 3.結果;眼振開始は刺激開始20.1±6.0秒(平均±2SD)、最大緩徐相速度の出現時間は61.7±22.2秒後、最大緩徐相速度は38.3±31.6度/秒、眼振終了時間は196.4±92.2秒後、最大緩徐相速度の出現時間前後10秒間の眼振数は24・2±14・6回であった。従って、眼振終了時間の196秒+92秒=288秒(4分48秒)の値より、刺激開始から5分間待つと、反対側の検査が可能となる。鼓膜温が検査前の鼓膜温に戻る時間は、刺激開始から15分後であったので、15分待つと、同側の再検査が可能となる。

実験2. 鼓膜穿孔例に対する20℃冷水刺激による温度眼振の緩徐相速度と中耳腔の岬角上温度の経時的変化の測定

 1.対象;中心性鼓膜穿孔の慢性中耳炎後遺症の8例。

 2.方法;手術前に眼振記録と鼓膜穿孔部の温度変化を記録する。温度刺激は本実験1と同様である。温度変化は鼓膜穿孔部から直接サーミスタを中耳腔の岬角上に入れ測定する。

 3.結果;術前の眼振は4分18秒後に終了したので刺激開始から5分間待つと、反対側の検査が可能となる。温度変化は検査直前と4分後に有意差を認めなくなった。術中20℃の水温の刺激;検査前の温度と有意差が無くなる時間は10分30秒後であった。

実験3. 中耳腔乳突洞解放症例における水平半規管への温度刺激の伝達様式の解明

 1.対象;慢性中耳炎患者で乳突洞を開放する必要のある真珠腫症例四例を対象とした。

 2.方法;術中は測定終了まで骨部外耳道の後壁を残し鼓膜穿孔部も閉鎖し中耳腔を刺激しない様にして外耳道のみ本実験2と同様に刺激する。サーモスキャンにて術野全体の熱画像を経時的に記録する。この方法による報告はないので、できるだけ表示する。同時にサーミスタにて水平半規管隆起上の温度変化を調べる。

 3.結果;温度曲線の経時的変化の追跡により、中耳腔への冷たい温度刺激の伝わり方と温度の回復の仕方が逆向きであり、刺激が最後に到達する部位と、最初に冷たい温度刺激が消失する部位は側頭骨後頭蓋窩であったことを明らかにした。このことは従来知られていなかったことである。水平半規管隆起上の温度変化は最大緩徐相速度の出現時間より20秒早かった。

V. 考察

 実験1から3までの結果より中耳腔に伝えられた冷たい温度刺激を回復させる熱源は、熱容量の大きい後頭蓋窩の恒温部が主要な役割を果たし次いで栄養血管によるものと推測した。つまり内耳及び中耳の温度回復は、温度差が大きい最初は、後頭蓋窩の恒温部を構成している壁からもたらされる熱伝導によるものがあり、その熱容量が大きため速い変化となり、温度勾配が小さくなると恒温部以外の脈管系や周辺臓器などからの熱伝導が有るが、その熱容量は小さいためゆっくりとした変化となるのであろう。これら熱容量の大きさとその解剖学的な位置、熱伝導の速さ、血管の走行、内耳や鼓膜の解剖学的位置が両側の耳を検査する場合、刺激から5分間待つと反対側の耳の検査が可能となることの生理学的な説明となり、同様に15分待つと同一耳を連続して検査することの説明にもなる。つまりこの5分と15分の差が内耳の水平半規管のadaptationの回復を目標とすると5分で十分であり、鼓膜の温度を目標とすると15分要することを示している。水平半規管は鼓膜と比べ解剖学上、恒温部の後頭蓋窩から距離が近いことに加え半規管の温度変化はもともと軽微であることから、一層温度回復は速くなるが、鼓膜は恒温部から遠くに位置し、周囲との温度勾配も小さく、さらに直接冷熱刺激を受け温度低下が大きいので温度回復は遅くなったと考えた。

 中頭蓋窩の役割は不明であるが、内耳、中耳の天井を構成しているので、後頭蓋窩と同様の役割を果たしているものと考えられた。

 いまだ生理学的に解明されていない点が多数ある温度刺激が実際どのように外耳から中耳を経て内耳に伝わり、その後どのようにして温度刺激が消失していくのかという問題を明らかにした。元々熱は立体的に伝わるが、従来より温度刺激に対する温度変化の測定は特定の固定した点による報告にとどまり、面としての変化を捉えて測定した報告がないので熱容量とその位置およびその役割の考えが欠落していた。さらに眼振検査を含めた検査もなかった。すなわち温度刺激検査の生理学的現象が解明されていなかったので今回、実験を通して解明した。いずれ解剖学上立体的な温度測定が可能となれば三半規管の温度刺激にた対する「対流説」の解明が可能となろう。

VI. まとめ

 耳の温度刺激検査の精度を高めるためには、適切な待ち時間を決めることが必要である。そのため、3種類の実験による温度刺激検査を施行した。両側の耳を検査する場合、刺激開始から5分間待つと、反対側の耳の検査が可能となり、同一耳を連続して検査する場合、刺激開始から15分待つと、再度検査が可能となることが明らかとなった。このようにすると頻回の温度刺激によるadaptationあるいはhabituationは生じないことが示された。以上、温度刺激検査の手技と標準化を実現させた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は温度刺激検査が、両方の耳を個々に検査する場合も、同一耳を連続して検査する場合もどの程度の待ち時間(インターバル)を置いて二回目の検査して良いのかについて明らかにするため、外耳、中耳、内耳の温度変化、半規管のadaptation、あるいはhabituationの問題を解決することで、温度刺激検査の精度を高め且つ手技の標準化を試みたもので、以下の結果を得ている。

1. 温度刺激を外耳道に水温20℃の水20mlを20秒間注水する方法による聴覚平衡機能の正常者の眼振終了時間は196.4±92.2秒後(4分48秒)であったので、刺激開始から5分間待つと、反対側の検査が可能となることを示した。

2. 鼓膜温が検査前の鼓膜温に戻る時間は、刺激開始から15分後であったので、15分待つと同側の再検査が可能となることを示した。

3. 鼓膜穿孔耳を対象とした温度刺激による眼振終了時間は4分48秒であったので、刺激開始から5分間待つと、反対側の検査が可能となることを示した。

4. 鼓膜穿孔耳の中耳岬角上の温度刺激による温度変化より検査前の鼓膜温に戻る時間は、刺激開始から4分後であったので、4分待つと同側の再検査が可能となることを示した。

5. 中耳腔を解放せざるを得ない患者さんの温度刺激検査の手術時の温度変化をサーモスキャンにより温度曲線の経時的変化として追跡した結果、中耳腔への冷たい温度刺激の伝わり方と温度の回復の仕方が逆向きであり、刺激が最後に到達する部位と、最初に冷たい温度刺激が消失する部位は側頭骨後頭蓋窩であったことを明らかにした。このことは従来知られていなかったことである。また水平半規管隆起上の温度変化は最大緩徐相速度の出現時間より20秒早いことを示した。

 以上、本論文はいまだ生理学的に解明されていない点が多数ある耳の温度刺激が実際どのように外耳から中耳を経て内耳に伝わり、その後どのようにして温度刺激が消失していくのかという問題を明らかにした。また、耳の温度刺激検査の精度を高めるためには、適切な待ち時間を決めることが必要であるが、それを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった温度刺激検査待ち時間および熱の推移を明らかにし、温度刺激検査の生理学的な変化の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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