学位論文要旨



No 214845
著者(漢字) 古井,祐司
著者(英字)
著者(カナ) フルイ,ユウジ
標題(和) 二次医療圏における医療機能の把握及び整備のあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 214845
報告番号 乙14845
学位授与日 2000.11.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14845号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 岩瀬,博太郎
 東京大学 講師 佐藤,元
内容要旨 要旨を表示する

1 背景

 我が国では、近年の急速な高齢化の進展に伴う疾病構造の変化や医療費の増大等に対応していくために、医療資源の適切な配分と効率的な利用を図ることの重要性が高まっている。

 1985年の医療法の第一次改正により、全国的な医療資源の偏在の是正等を目的として医療計画が導入され、都道府県は医療の提供体制を確保するために医療計画の策定を定められ、5年ごとに見直すこととされたが(医療法第30条の3)、他の欧米諸国と異なり、地域の医療需要及び医療供給状況の把握とその結果に応じた医療機能整備の視点が含まれなかった。

 1998年に施行された第三次医療法改正では、医療供給体制の整備に際して、適切な指標に基づき医療機能を把握・評価した上で体系的な整備を進めることが求められ、その過程は各都道府県に委ねられることとなった。しかしながら、医療計画策定において、医療機能の把握や整備に関する明確な基準がなく、これまでもその把握方法や明確な整備目標等の必要性が指摘されてきたところである。

2 研究の目的

 本研究では、一般病床を整備し、入院医療等の二次医療機能を整備する単位として医療法により定められた二次医療圏における医療機能の実態を把握・評価するための指標を開発し、実際に都道府県の二次医療圏における医療機能把握及び整備のあり方の検討(医療計画の策定)に活用することの検証を目的とした。

3 研究の方法

(1) 全国における分析

ア 医療資源の集積度と受診行動との相関分析

 平成8年の「患者調査」、「医療施設調査」、「医師・歯科医師・薬剤師調査」を用いて、全国の全347の二次医療圏における医療資源の集積度と受診行動との相関分析を行い、医療機能を図る指標として用いられてきた病院数や病床数、医師数と実際の受診行動との相関を分析した。

(2)神奈川県における分析

 次に、神奈川県内の二次医療圏別に医療機能を把握する試みを行った。神奈川県を実証分析研究のフィールドとしたのは、医療機能整備における県としての目的意識を明確に有していたこと、県の医療機能の把握調査・分析等の業務を筆者が依頼されたこと、かつ研究論文の作成に際してのデータ使用の許可を得たこと、神奈川県及び二次医療圏の社会環境が特殊ではないことなどによる。

ア 医療資源の集積度と受診行動との相関分析

 (1)と同様の方法で、県内の二次医療圏における医療資源の集積度と受診行動の相関を分析した。

イ 神奈川県病院実態調査・国保受診行動分析調査・患者調査に基づく診療領域別の受診行動の分析 病院実態調査・国保受診行動分析調査・患者調査に基づき、受診行動を診療領域別に分析した。平成8年に実施した「神奈川県病院実態調査」は県内の全371病院を対象とし(回収率は100%)、主な調査内容は、施設の概要、病棟別の入院患者の出身居住地、13の診療領域別の手術・治療の実施状況等であった。

ウ 神奈川県病院実態調査に基づく診療領域別の手術・治療の実施状況の把握

 診療領域別の手術・治療の実施状況を二次医療圏別に分析した。これは、各13診療領域における代表的な手術・治療の項目ごとに1年以内に実施した病院の人口10万人当たりの数で表した。

エ 診療領域別の手術・治療の実施状況と受診行動との相関分析

 最後に、「イ」で算出した受診行動と「ウ」で算出した手術・治療の実施状況との相関分析を行い、手術・治療の実施状況が地域の医療機能を測る指標として妥当であるか否かの検討を行った。

4 研究の結果及び考察

(1)医療資源の整備状況を反映する圏内受診率

 全国及び神奈川県の二次医療圏における医療資源の集積度(人口当たり病床数)と受診行動(圏内受診率)では正の相関が認められ、圏内受診率は地域の医療資源の整備状況をある程度反映していることが示された。しかし、医療資源の集積度や受診行動は、全診療領域での分析に基づいており、地域の医療機能をより詳細に捉えるためには、診療領域別等の新たな分析指標が望まれる。

(2)診療領域別の受診行動

 二次医療圏ごとに圏内受診率及び流入率を県内11二次医療圏の平均値と比較し、それぞれの高低の組合せにより、受診行動を4分類した。圏内集中型(A型)は他の医療圏から患者が流入し、医療資源が集中している医療圏、圏内完結型(B型)は患者の流出入が少なく機能が完結している医療圏、患者偏在型(C型)は患者の流出入が多く医療機能の偏りが予想される医療圏、圏外流出型(D型)は医療資源の不足が考えられる医療圏、といった圏域特性を想定した。

 その結果、同じ二次医療圏においても診療領域別に受診行動の類型は大きく異なることが明らかとなった。これは、同一地域でも医療機能の整備状況が診療領域により異なることを反映していると考えられ、診療領域別に受診行動を捉えることの重要性が示された。また、受診行動の類型化は、二次医療圏ごとの医療資源の整備状況との比較や県の中での位置づけの明確化に寄与する。

(3)医療機能を捉える新たな指標〜診療領域別の手術・治療の実施状況

 現在、医療機能の整備に関する全国的な基準がないことから、診療領域別の手術・治療の実施状況を県全体の実施状況を基準としてI型からIII型の3つに分類した(表1)。I型は手術・治療の実施状況が全般的に低いため他地域への依存度が高く、医療機能の充実が望まれる医療圏。II型は実施状況がほぼ県全体と同程度で、二次医療は地域内で完結し高度医療機能は必要に応じて他地域との連携を進めていくことが望ましい医療圏。III型は全般的に実施状況が高い医療圏とした。

 その結果、同じ二次医療圏においても診療領域別にその状況は大きく異なった。また、二次医療圏における診療領域別の手術・治療の実施状況と受診行動を比較すると、13の診療領域のうち7の診療領域で、圏内の医療資源の整備状況を反映する圏内受診率と有意な相関が認められた(表2)。

 これらの結果は、診療領域別の手術・治療の実施状況が、二次医療圏の医療機能を捉える上で重要な指標のひとつであり、地域の医療機能整備のあり方を検討する際に、診療領域別の受診行動の分析と同様に重要であることを示唆している。また、これまでの病床数、医師数、圏内受診率といった医療資源や患者の行動を示す指標のほかに、手術・治療という医療行為の実施の有無という要素を指標に導入したことは意義が大きいと考えられる。(4)今後の医療機能整備のあり方

 本研究では、各二次医療圏が同程度に機能整備を実施することを前提に、人口当たりの指標としたが、現在の二次医療圏相互の医療環境の違いや受診行動を肯定し、他医療圏との連携に基いて二ーズを充足する機能整備を目指す場合には、現有の医療機関の入院患者当たりの指標がより適当と考えられ、二次医療圏の機能整備の考え方により医療機能把握及び整備の指標も異なる。

 また、医療機能整備の単位である二次医療圏も、全国で人口の規模や地域の社会環境等も大きく異なり、圏域規模の平準化やサブニ次医療圏の設定など、機能整備を図る単位の再検討の必要性が示唆されており、圏域設定と併せて機能把握及び機能整備のあり方を検討していく必要がある。

 さらに、医療機器の保有・稼働状況や医療機関相互の連携状況など、医療機能を捉える指標及び手法の開発を進めていくことが重要である。患者紹介等の医療機関相互の連携状況は、手術・治療の実施状況と同様に受診行動に反映すると考えられ、地域の連携システムを捉えることは地域の医療機能の把握につながる。実際に、患者紹介等を行う連携システムは診療領域別に異なることが明らかとなっており、これを診療領域別の医療機能として捉えることは有意義である。

5 まとめ

 本研究において新たに開発した診療領域別の手術・治療の実施状況、及び診療領域別圏内受診率は、二次医療圏の医療機能を測る重要な指標であり、県内の医療機能整備の優先度(二次医療圏相互の優先度、診療領域問の優先度)を検討する際に有効であること、また、全国の都道府県で適用可能であることが明らかとなった。

表1 診療領域別の手術・治療の実施状況の類型(算出方法)

表2 診療領域別の手術・治療の実施状況と圏内受診率との相関

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、一般病床を整備し、入院医療等の二次医療機能を整備する単位として医療法により定められた二次医療圏における医療機能の実態を把握・評価するための指標を開発し、実際に都道府県の二次医療圏における医療機能把握及び整備のあり方の検討(医療計画の策定)に活用することの検証を目的としたものであり、下記の結果を得ている。

1 全国及び神奈川県の二次医療圏における医療資源の集積度(人口当たり病床数)と受診行動(圏内受診率)では正の相関が認められ、圏内受診率は地域の医療資源の整備状況をある程度反映していることが示された。同時に、医療資源の集積度や受診行動は全診療領域での分析に基づいており、医療機能をより詳細に捉えるためには、診療領域別等の新たな指標が必要であることが示された。

2 二次医療圏ごとに圏内受診率及び流入率を県内の11の二次医療圏の平均値と比較し、それぞれの高低の組合せにより受診行動を類型化した結果、同じ二次医療圏においても診療領域別に受診行動の類型は大きく異なることが明らかとなった。これは、同一地域でも医療機能の整備状況が診療領域により異なることを反映していると考えられ、診療領域別に受診行動を捉えることの重要性が示された。また、受診行動の類型化は、二次医療圏ごとの患者の流れの特性を把握し、圏内の医療資源の整備状況との比較や当該医療圏の県の中での位置づけを明確にする上で意義が大きい。

3 現在、診療領域別の医療機能の整備に関する全国的な基準がないことから、県全体の実施状況を基準として診療領域別の手術・治療の実施状況をI型からIII型の3つに分類した。その結果、同じ二次医療圏においても診療領域別にその状況は大きく異なった。また、二次医療圏における診療領域別の手術・治療の実施状況と受診行動を比較すると、13の診療領域のうち7の診療領域で、圏内の医療資源の整備状況を反映する圏内受診率と有意な相関が認められた。

 以上、本論文は診療領域別の手術・治療の実施状況及び診療領域別圏内受診率を二次医療圏の医療機能を測る指標として新たに開発し、これらが県内の医療機能整備の優先度(二次医療圏相互の優先度、診療領域間の優先度)を検討する際に有効であることを明らかにした。本研究は、これまで未整備であった二次医療圏の医療機能を測るための指標を新たに開発したことにより、都道府県が医療計画の策定の際に行う医療機能把握及び整備のあり方の検討に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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