学位論文要旨



No 214846
著者(漢字) 顧,擁軍
著者(英字) Gu,Yongjun
著者(カナ) グ,ヨンジュン
標題(和) Collapsin Response Mediator Protein-2(CRMP-2)のリン酸化とCRMP-2による微小管動態の調節
標題(洋) Phosphorylation of Collapsin Response Mediator Protein-2(CRMP-2) and its Regulation of the Dynamics of Microtubules
報告番号 214846
報告番号 乙14846
学位授与日 2000.11.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14846号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 広川,信隆
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 助教授 金井,克光
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 講師 楠,進
内容要旨 要旨を表示する

 神経原線維変化(neurofibrillary tangles,NFT)は老人斑と並ぶアルツハイマー病(Alzheimer's disease,AD)の特徴的な病理所見である。NFTはpaired helical filament(PHF)と呼ばれる細線維の束で構成されており、その主要構成成分は異常にリン酸化されたtauタンパクである。AD患者脳より部分精製したPHFを抗原として作製されたモノクロナール抗体3F4は、NFTとplaque neuritesを強く染色する。また、3F4抗原のレベルはAD患者脳の可溶性画分において有意に増加していた。この3F4抗原をimmunoaffinity法で精製し、アミノ酸配列解析したところ、3F4抗原はcollapsin response mediator protein-2(CRMP-2)であることが判明した。

 CRMPは軸索の伸長とガイダンスに重要な役割を担う細胞質タンパク質ファミリーであり、現在マウス、ラットおよびヒトで4種類のアイソフォームが知られている。CRMP-2は、Gタンパク質が関与するシグナル伝達カスケードを介して、collapsin/semophorinに対する細胞内応答を引き起こすと推測されている。さらに、CRMPとのホモロジーを持つUNC-33の変異はC.e1egans(線虫)の軸索を異常に成長させることが報告されている。

 Immunoaffinity法により精製した3F4抗原を電気泳動して、CBB染色により検出すると、60と65kDaの2本のバンドがみられた。アミノ酸配列解析結果は、両方のバンドともCRMP-2であることを示唆したが、3F4は65kDaのバンドのみを認識した。この結果から二つの可能性が考えられた。(i)3F4抗原は60kDaタンパク質の(翻訳後)修飾されたものであり、3F4はこの修飾を認識する;(ii)この2つのバンドはalternative splicingにより生じたものであり、3F4は長いアイソフォームのみを認識する。いずれにしても、65kDaタンパク質は、正常老人脳に比べAD脳の可溶性画分で有意に増加しているので、3F4抗原の解析はAD脳のニューロンの複雑な変性過程、すなわち、軸索および樹状突起の発芽または退縮の解明につながるかもしれないと考えた。そこで私は、免疫化学的、タンパク化学的及び分子生物学的方法を用いて、3F4エピトープの解析を行った。さらに、CRMP-2の作用機構を解明するために、神経細胞芽腫Neuro2aを用いて、ヒトCRMP-2を強制発現し、それに伴う細胞骨格の動態について検討した。

 まず、COS-7細胞にヒトCRMP-2を一過性に強制発現させた。ウェスタンブロッティングでヒトCRMP-2の分子量は62kDaであることがわかった。しかしながら、3F4はCOS-7に強制発現させたCRMP-2と反応せず、ラット脳可溶性画分に存在する66kDaのバンドだけと反応した。

 そこで、わたしはCRMP-2に対する特異的なモノクロナール抗体を作製した。N3Eは142-194アミノ酸残基を、C4Gは486-528アミノ酸残基を抗原として作製した抗体である。双方ともCOS-7細胞に強制発現されたCRMP-1,-3および-4と反応せず、CRMP-2とのみ反応した。これらの特異的な抗体を用いてラット脳可溶性画分をウェスタンブロッティングで検討した。双方の抗体ともに62kDaと66kDaの2つのバンドと反応した。さらに、N3EまたはC4Gを用いてラット脳可溶性画分から免疫沈降したCRMP-2画分中には3F4と反応する66kDaのバンドが存在した。一方、immunoaffinity法により精製した3F4抗原を、N3EあるいはC4Gで検出すると、66kDaの強いシグナルおよび64kDaの弱いシグナルが観察された。これらの結果より、3F4抗原はメジャーなアイソフォーム(62kDa)と異なったCRMP-2であることが考えられた。

 AD脳より調製したNFTを65℃においてアルカリホスファターゼ(AP)処理したところ、3F4免疫染色性は著しく減弱した。さらに、ラット脳の可溶性画分を37℃でインキュベートすると、元来存在した3F4の反応性は消失した。プロテインフォスファターゼPP-1とPP-2Aに対する阻害剤のオカダ酸とmicrocystin-LRおよび非特異的なフォスファターゼ阻害剤のリン酸塩とピロリン酸塩を添加すると、3F4の免疫活性は減少しなかった。これらのことから、3F4抗原はリン酸化されたCRMP-2であると考えられた。

 3F4エピトープの領域をさらに狭めるために、私はラット脳から62kDaと66kDaのCRMP-2をそれぞれ精製し、CNBrを用いてMetの部位で化学切断した。ウェスタンブロットの結果により、3F4のエピトープはCRMP-2の最C末端の135アミノ酸残基の領域に局在し、C4Gのエピトープと重なるかもしくはその近くにあることがわかった(図1を参照)。

 精製されたCRMP-2の最C末端の135アミノ酸残基の断片をリシルエンドペプチダーゼで切断し、その断片を質量分析計で分析した。アミノ酸残基505-525では二箇所以上の部位がリン酸化されるらしいことがわかった。そこで、私は上記の領域を含むペプチド(アミノ酸残基486-528)とGSTの融合タンパク質を作製した。この融合タンパク質を基質として、in vitroでラット脳可溶性画分によるリン酸化を試みたところ、3F4のエピトープが形成された。

 3F4の結合に必要なリン酸化残基を同定するために、わたしは486-528アミノ酸残基の領域における9つのSerとThr残基をそれぞれAlaに置換し、それぞれの変異体融合タンパク質を作製した。In vitroリン酸化により、全ての変異体で3F4エピトープが生じたが、Thr509、Ser518及びSer522三つの変異体では、3F4の結合活性は、野生型の1/6から1/4に過ぎなかった。以上の結果から、Thr509、Ser518およびSer522の3つの部位が同時にリン酸化されることが3F4の完全な抗体反応性に必要と推測した(図1を参照)。

 新生児ラットのCRMP-2は、二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D-PAGE)において、リン酸化数によって分離された。3F4はリン酸化されていないCRMP-2とは反応せず、1つあるいは2つリン酸化部位を持つCRMP-2と非常に弱く反応した。この結果は、前述の3つの部位がすべてリン酸化されることが3F4の完全な結合活性に必要であるという見解を支持した。

 CRMP-2の作用機構を解明するために、神経細胞芽腫Neuro2a内にヒトCRMP-2を強制発現させた。CRMP-2強制発現によって、細胞質のblebbingが発生した。ときに核内封入体が形成され、それはCRMP-2とチューブリンに対する抗体で強く染色された。また分裂期における紡錘体とmidbodyはCRMP-2に対する抗体により染色され、CRMP-2は微小管束と密接に関係することが示唆された。封入体の形成はCRMP-2による微小管の安定化または脱重合不全に起因すると考えられた。

 本研究で、AD脳における神経原線維変化に結合する3F4抗原は過剰にリン酸化されたCRMP-2であることが明らかになった。リン酸化されたCRMP-2のレベルはAD脳の可溶性画分において増加していることから、AD脳における異常なニューロンではプロテインキナーゼ活性の亢進あるいはプロテインフォスファターゼ(とくにPP1とPP2A)活性の低下、すなわち、リン酸化と脱リン酸化の平衡が崩れ、リン酸化にシフトしていることが推測された。

 CRMP-2がどのような分子機構でシグナル伝達を介するのか依然として不明である。3F4のエピトープはCRMP-2のC末端側の部分にある。この多リン酸化される領域は塩基性ドメインのC末端側の近傍に位置する。アミノ酸残基412-527は、CRMPファミリー間でホモロジーが相対的に低く、C末端特異的なドメインと呼ばれる。CRMPファミリーの4つのメンバーはすべてこの領域に塩基性アミノ酸残基を多数持つため、CRMPと他のタンパク質あるいは細胞膜との相互作用部位であると推測される。さらに、本研究によって、CRMP-2は微小管束と相互作用することが示唆された。微小管は成長円錐の中央ドメインに豊富に存在している。微小管の架橋による安定な束状構造は成長円錐の再構成と維持に重要な役割を果たすことが知られている。CRMP同士はヘテロ四量体を形成し、四つの結合領域をもっている。微小管束はCRMPの架橋により特定に整列され、安定化され、成長円錐の形成と軸索の維持に関与すると考えられる。

 神経突起が活発に伸長している発生段階ではCRMP-2は高度にリン酸化される。塩基性ドメインと微小管の結合は近傍の領域のリン酸化によって抑制されると考えられる。CRMP-2のリン酸化により微小管の動態を調節することはcollapsin/semaphorinによる成長円錐の崩壊、そして、軸索の成長を制御する作用機序の一つと推測される。CRMP-2のリン酸化意義を解明することは、神経発生時の軸索成長とAD脳における神経変性過程への理解につながると考えられる。

図1:ヒトCRMP-2のC末端にある198アミノ酸配列。

矢印はCNBrによって切断されたMet部位。3F4の認識に必要(*)および不必要(#)のリン酸化部位を示す。カッコ内は、C末端特異的なドメインを示し、塩基性アミノ酸は太字で示してある。C4Gの抗原部分およびin vitroリン酸化に使われた領域はアンダーラインで示してある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はAD脳における神経原線維変化(neurofibrillary tangles,NFT)に結合するcollapsin response mediator protein-2(CRMP-2)の解析とCRMP-2による細胞骨格の動態についての検討をしたものであり、下記の結果を得ている。

I. AD脳における神経原線維変化に結合する3F4抗原は過剰にリン酸化されたCRMP-2であることが明らかになった。

 1. AD患者脳より部分精製したPHFを抗原として作製されたモノクロナール抗体であり3F4は、COS-7細胞に強制発現させた62kDaのヒトCRMP-2と反応せず、脳可溶性画分に存在する66kDaのバンドだけと反応した。CRMP-2に対する特異的なモノクロナール抗体を用いてラット脳可溶性画分から免疫沈降したCRMP-2画分中には3F4と反応する66kDaのバンドが存在した。一方、immunoaffinity法により精製した3F4抗原を、特異的なモノクロナール抗体で検出すると、66kDaの強いシグナルおよび62kDaの弱いシグナルが観察された。これらの結果より、3F4抗原はメジャーなアイソフォーム(62kDa)と異なったCRMP-2であることが考えられた。

 2. AD脳より調製したNFTを65℃においてアルカリホスファターゼ(AP)処理をしたところ、3F4の免疫原性は著しく減弱した。さらに、ラット脳の可溶性画分を37℃でインキュベートすると、元来存在した3F4の反応性は消失した。プロテインフォスファターゼPP-1とPP-2Aに対する阻害剤のオカダ酸とmicrocystin-LRおよび非特異的なフォスファターゼ阻害剤のリン酸塩とピロリン酸塩を添加すると、3F4の免疫原性は減少しなかった。これらのことから、3F4抗原はリン酸化されたCRMP-2であると考えられた。

 3. ラット脳から62kDaと66kDaのCRMP-2をそれぞれ精製し、CNBrを用いてMetの部位で化学切断した。ウェスタンブロットの結果により、3F4のエピトープはCRMP-2の最C末端の135アミノ酸残基の領域に局在することがわかった。この最C末端の135アミノ酸残基の断片をリシルエンドペプチダーゼで切断し、その断片を質量分析器で分析した。アミノ酸残基505-525において二箇所以上の部位がリン酸化されているらしいことがわかった。そこで、上記の領域を含むペプチド(アミノ酸残基486-528)とGSTの融合タンパク質を作製した。この融合タンパク質を基質として、in vitroでラット脳可溶性画分によるリン酸化を試みたところ、3F4のエピトープが形成された。

 3F4の結合に必要なリン酸化残基を同定するために、486-528アミノ酸残基の領域における9つのSerとThr残基をそれぞれAlaに置換し、それぞれの変異体融合タンパク質を作製した。In vitroリン酸化により、全ての変異体で3F4エピトープが生じたが、Thr509、Ser518及びSer522三つの変異体では、3F4の結合活性は、野生型の1/6から1/4に過ぎなかった。以上の結果から、Thr509、Ser518およびSer522の3つの部位が同時にリン酸化されることが3F4の完全な抗体反応性に必要と推測した。さらに二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D-PAGE)を用いてウェスタンブロットの結果はこの見解を支持した。

II.CRMP-2は微小管の動態を調節することが示唆された。

 CRMP-2の作用機構を解明するために、神経細胞芽腫Neuro2a内にヒトCRMP-2を強制発現させた。CRMP-2強制発現によって、細胞質のblebbingが発生した。ときに核内封入体が形成され、それはCRMP-2とチューブリンに対する抗体で強く染色された。また分裂期における紡錘体とmidbodyはCRMP-2に対する抗体により染色され、CRMP-2は微小管束と密接に関係することが示唆された。封入体の形成はCRMP-2による微小管の安定化または脱重合不全に起因すると考えられた。これらの結果から、CRMP-2は微小管の動態を調節することが示唆された。

 以上、本論文は、AD脳の神経原線維変化に結合する3F4抗原は、過剰にリン酸化されたCRMP-2であることを明らかにした。そして、CRMP-2は微小管の動態を調節することが示唆された。本研究は、AD脳における神経変性過程への理解につながると考えられる。さらに、CRMP-2のシグナル伝達を介する分子作用機序に関する新知見を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク