学位論文要旨



No 214847
著者(漢字) 花木,賢一
著者(英字)
著者(カナ) ハナキ,ケンイチ
標題(和) Taq DNAポリメラーゼをはじめとするDNAポリメラーゼの鋳型・プライマー非依存性DNA合成メカニズムの検証
標題(洋)
報告番号 214847
報告番号 乙14847
学位授与日 2000.11.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14847号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 正井,久雄
 東京大学 教授 斉藤,泉
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 余郷,嘉明
内容要旨 要旨を表示する

 DNAポリメラーゼが鋳型・プライマーを加えなくともヌクレオチドを重合する現象については,1960年にEscherichia coli由来のDNAポリメラーゼ(PolI)で最初に報告され,その後,いくつかのDNAポリメラーゼで同様の現象が報告された。それらの特徴は,(1)鋳型・プライマーを反応系へ加える必要がないこと,(2)DNAの合成を認めるまでの空白時間が存在すること,(3)合成されたDNAは概ねpoly d(A-T)である,ということで要約することができる。しかし,1970年代後半にそれらの現象に疑問を呈する論文が発表され,1980年代以降はDNAポリメラーゼによる鋳型・プライマー非依存性DNA合成反応の報告は皆無となった。一方,我々のグループでハイブリダイゼーション用の相補的DNAの3'末端にATの繰り返し配列をつなぎ,AT部分がDNAポリメラーゼで伸長することを期待して考案した新しいDNA標識法:hybridization-AT-tailing(HybrAT)法[Nakajima et a1.(1998)Biochem Biophys. Res. Commun. 248,613-620]の開発初期に,Thrmus aquaticus由来のTaq DNAポリメラーゼが鋳型・プライマー非依存的に高分子DNAを合成するという現象を見出した。また,同時期にThermus thermophilus由来のTth DNAポリメラーゼとThermococcus litoralis由来のVent DNAポリメラーゼについても同様の現象が報告された。本研究では,Taq DNAポリメラーゼの鋳型・プライマー非依存性DNA合成の性状解析を行った。また,同様の活性が報告されているDNAポリメラーゼについても,本当にDNAを鋳型・プライマー非依存的に合成するか否かの検証を行った。

 Taq DNAポリメラーゼを鋳型・プライマー非存在下で0.2mM dATP,dTTP,dCTPおよびdGTPと共に65℃,3時間保温すると,2,000〜5,000ntの鎖長を主とする高分子DNAを合成した(図1)。この高分子DNA合成の至適温度はdATPとdTTPを基質とした場合で60〜68℃,dATP,dTTP,dCTPおよびdGTPを基質とした場合で62〜70℃であった。そして,65℃において合成された高分子DNAの配列をnearest neighbor base sequence解析で推定すると,AとTのみから成るpoly d(A-T)であることが明らかになった。この鋳型・プライマー非依存性poly d(A-T)合成反応(=dAdT重合反応)は,Thermus属由来の種々のDNAポリメラーゼに認められたが,Thermus属以外の細菌由来の耐熱性DNAポリメラーゼでは認められなかった。また,Tth DNAポリメラーゼとTaq DNAポリメラーゼの5'→3'エクソヌクレアーゼ活性に関与するN末ドメインを欠失させたΔTth DNAポリメラーゼとStoffel fragmentも,その活性を有していなかった。dAdT重合反応は鋳型・プライマー非依存的にoligo d(A-T)を合成する初期反応と,oligo d(A-T)を鋳型・プライマーとしてpoly d(A-T)を合成する後期反応からなることが推定され,それらのDNA合成阻害剤:N-ethylmaleimideに対する感受性は異なった。従って,dAdT重合反応は異なる2つの酵素反応から成ることが示唆された。しかし,oligo d(A-T)はpoly d(A-T)合成によって反応液中のdATPとdTTPが消費され尽くすと,5'→3'エクソヌクレアーゼ活性により,poly d(A-T)を分解して生じることも明らかになった。

 実験に使用したTaq DNAポリメラーゼは高度に精製されたThermus aquaticus由来の天然酵素,或いは大腸菌で発現させた遺伝子組換え酵素であるが,それらTaq DNAポリメラーゼ標品に鋳型・プライマーとなる核酸が共精製されていないか,DNaseI,ピリミジン塩基特異性のRNaseA,或いはG特異性のRNaseT1処理により検討を行った。その結果,dAdT重合反応はRNaseAにより阻止されたが,DNaseIでは阻止されなかった。これによりRNAがdAdT重合反応の鋳型・プライマーであることが示唆された。また,dAdT重合反応はRNaseT1により阻止されなかったため,鋳型プライマーRNAはGを含まないことが示唆された。一方,鋳型・プライマー非依存性のdAdT重合反応が認められなかったΔTth DNAポリメラーゼ或いはStoffel fragmentの反応液にoligo r(A-U)を加えると,poly d(A-T)を合成した。そこで,RNAはTaq或いはTth DNAポリメラーゼのN末ドメインと付着していると推測される。

 これまでの知見から,推定されるTaq DNAポリメラーゼのdAdT重合反応メカニズムを図2に要約した。AU反復配列を有するRNAはTaqDNAポリメラーゼのN末ドメインと付着しており,62〜70℃において,そのRNAを鋳型・プライマーとして逆転写酵素(RT)活性によりoligo d(A-T)を合成する(図2A)。oligo d(A-T)の最小鎖長は種々の鎖長の合成oligo d(A-T)を使用した実験より10〜12ntと推定され,それを鋳型・プライマーとしてself-primingまたはslippageを繰り返すことにより,DNAポリメラーゼが短時間のうちにoligo d(A-T)をpoly d(A-T)へ伸長させる(図2B)。一方,基質のない条件になるとTaq DNAポリメラーゼは,その5'→3'エクソヌクレアーゼ活性によりpoly d(A-T)をoligo d(A-T)に分解する(図2C)。

 鋳型・プライマー非依存性DNA合成現象が報告されているDNAポリメラーゼのうち,PolIは市販の複数の標品において鋳型・プライマー非依存性DNA合成は認められず,ウシ胸腺DNAポリメラーゼαについても鋳型・プライマー非依存性DNA合成は認められなかった。我々が65℃においてdAdT重合反応を行うことを見出したTth DNAポリメラーゼは,74℃においては鋳型・プライマー非依存的に(TACATGTA)n,(ATACGTAT)nなどのGCを含む高分子DNAを合成することが報告されている。そこで,Tth DNAポリメラーゼをRNase処理することにより,両方の温度で鋳型・プライマー非依存性DNA合成が阻止されるか否かについて調べた。RNaseA処理したTth DNAポリメラーゼは,何れの温度条件においても鋳型・プライマー非依存性DNA合成活性を失った。しかし,RNaseT1処理したTth DNAポリメラーゼは,74℃の場合のみ鋳型・プライマー非依存性DNA合成活性を失った。このことは,Tth DNAポリメラーゼが65℃の反応ではGを含まない,おそらくAUの繰り返しから成るRNAを鋳型・プライマーとし,74℃ではGをも含むRNAを鋳型・プライマーとしていることを示唆しており,それは上記高分子DNA配列とつじつまが合う。Vent DNAポリメラーゼについては,65℃において鋳型・プライマー非依存性DNA合成を認めず,74℃において鋳型・プライマー非依存性DNA合成を認めた。この鋳型・プライマー非依存性DNA合成反応はVent DNAポリメラーゼをDNaseI処理することによって阻止されないことが報告されており,我々はRNaseA処理,RNaseT1処理の何れによっても,鋳型・プライマー非依存性DNA合成反応を阻止されないことを確認した。一方,アミノ酸置換により3'→5'エクソヌクレアーゼ活性を除いたVent(exo-)DNAポリメラーゼは,鋳型・プライマー非依存性DNA合成活性を消失していた。Taq,Tth DNAポリメラーゼ同様,エクソヌクレアーゼ活性を除くことにより鋳型・プライマー非依存性DNA合成活性は消失することなどから,Vent DNAポリメラーゼもまた混入しているDNAまたはRNAを鋳型・プライマーとしている可能性が極めて高い。

 本研究により1960年代以降報告されてきた様々なDNAポリメラーゼによる鋳型・プライマー非依存性DNA合成は,不完全なタンパク質精製によって残存した核酸,或いは,高度な蛋白精製技術によってもDNAポリメラーゼと分離できない核酸が鋳型・プライマーとして関与する現象であることが明らかになった。従って,現存するDNAポリメラーゼのすべてには鋳型・プライマー非依存的にDNAを合成する活性は存在しないのではないかと結論づけることができる。

図1 アルカリ変性アガロースゲル電気泳動解析

レーン1: dATP・dTTP,レーン2:ATCGのdNTPsを基質として鋳型・プライマー非依存的に合成されたDNA,レーンM:DNAサイズマーカー。1.4%アルカリ変性ゲル(30mM水酸化ナトリウム,2mM EDTA)を用いて30V,4時間の条件の電気泳動法により分析した。

図2 Taq DNAポリメラーゼのdAdT重合反応メカニズム

(A)Taq DNAポリメラーゼのN末で共精製されたAU反復配列を有するRNAを鋳型・プライマーとして,RT反応によるoligo d(A-T)の合成。N:N末,C:C末,濃色部はN末ドメイン,淡色部はStoffel fragment。

(B)oligo d(A-T)を鋳型・プライマーとするDNAポリメラーゼ反応によるpoly d(A-T)の合成。

(C)poly d(A-T)を基質とする5'→3'エクソヌクレアーゼ活性によるoligo d(A-T)の生成。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は1960年以降様々なDNAポリメラーゼで報告されている鋳型・プライマー非依存性DNA合成について、Thermus aquaticus由来のTaq DNAポリメラーゼを中心に、その合成メカニズムの解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. Taq DNAポリメラーゼは、60〜70℃において鋳型・プライマーを添加することなくpoly d(A-T)を合成した。この反応はTaq DNAポリメラーゼがN末289アミノ酸を介して共精製したAU反復配列をもつRNAを鋳型・プライマーとして、逆転写酵素活性によりoligo d(A-T)を合成し、続いて、そのoligo d(A-T)を鋳型・プライマーとするDNAポリメラーゼ反応によりpoly d(A-T)を合成する現象であることが示された。

2. Thermus thermophilus由来のTth DNAポリメラーゼは、一見鋳型・プライマー非依存的に、また反応温度によって様々な配列の高分子DNAを合成するが、やはり共精製したRNAを鋳型・プライマーとするDNA合成反応であることが示された。その温度依存的に合成される高分子DNAの配列の多様性は、Tth DNAポリメラーゼのN末250アミノ酸と共精製されるRNAの多様性に依存すると推測される。

3. Escherichia coli由来のDNAポリメラーゼIとウシ胸腺DNAポリメラーゼαは、かつて鋳型・プライマー非依存的にpoly d(A-T)を合成すると報告されたが、その現象を再現できなかった。その理由として、鋳型・プライマー非依存性DNA合成活性が見出された当時と現在の蛋白精製技術の差を挙げることができる。

4. Thermococcus litoralis由来のVent DNAポリメラーゼは、ヌクレアーゼ処理により鋳型・プライマー非依存性DNA合成を阻止することができなかった。しかし、2アミノ酸置換によりproofreading活性を欠失させた(exo-)DNAポリメラーゼには鋳型・プライマー非依存性DNA合成活性を認めなかったことから、proofreading活性に関与する領域が鋳型・プライマー非依存性高分子DNA合成に関与することが示された。従って、Vent DNAポリメラーゼについては鋳型・プライマー非依存性DNA合成の可能性を否定できないが、一方、proofreading活性に関与する領域と鋳型・プライマー核酸とが付着し、その核酸がDNase或いはRNaseの作用を受けにくい状態で存在している可能性も残る。

 以上、本論文は1960年代以降今日に至るまで様々なDNAポリメラーゼで見出され、認知されてきた鋳型・プライマー非依存的にDNAを合成する現象が、不完全な蛋白質精製によって残存した核酸、或いは、高度な蛋白質精製技術によってもDNAポリメラーゼと分離できない核酸が鋳型・プライマーとして働いて生じる現象であることを明らかにした。本研究はDNAポリメラーゼの鋳型・プライマー非依存的DNA合成メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク