学位論文要旨



No 214849
著者(漢字) 岡崎,仁
著者(英字)
著者(カナ) オカザキ,ヒトシ
標題(和) 肥満細胞の高親和性IgE受容体情報伝達におけるチロシンキナーゼPyk2の活性化およびリン酸化に関する研究
標題(洋) Activation and Tyrosine Phosphorylation of Proline-rich Tyosine Kinase 2(Pyk2) in FcεRI signaling in Mast Cells
報告番号 214849
報告番号 乙14849
学位授与日 2000.11.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14849号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 講師 長瀬,隆英
 東京大学 講師 門脇,孝
内容要旨 要旨を表示する

 気管支喘息などのアレルギー性疾患において、肥満細胞は重要な役割を果たしている。肥満細胞の表面上には高親和性IgE受容体が存在し、抗原特異的IgEの受容体への結合と多価の抗原によるその凝集により、ヒスタミンなどの炎症性メディエーターを含んだ細胞内顆粒の脱顆粒やサイトカイン、ケモカイン、アラキドン酸代謝産物等の産生および放出を引き起こす。高親和性IgE受容体(FcεRI)は3つのサブユニットα、β、γ鎖より構成されており、α鎖はIgEと結合し、β鎖およびγ鎖の細胞内ドメインは、受容体凝集に伴い、その細胞内チロシン残基がリン酸化され、チロシンキナーゼSykとの結合がおきる。Sykはその下流の基質をリン酸化し、シグナルの要となっている。肥満細胞の脱顆粒において細胞外マトリックスへの接着がその増強効果を現すことは以前より報告されており、そのメカニズムの一つとしてFocal Adhesion Kinase(FAK)の活性化の可能性が示唆されている。この研究では肥満細胞のモデル細胞のRBL-2H3細胞をもちい、FAKファミリーのもう一つのメンバーであるチロシンキナーゼPyk2について、その肥満細胞における発現を報告し、その活性化の機序を検討した。

 肥満細胞のモデルとして確立されているratの細胞株であるRBL-2H3細胞を用い、免疫沈降、およびウエスタンブロッティングにより、Pyk2のチロシンリン酸化を検討したところ、活性化は受容体凝集後10分程度でピークに達した。また、Pyk2のチロシンリン酸化は細胞内カルシウム濃度の上昇でも、プロテインキナーゼCの活性化によってもおこることが示された。Pyk2のチロシンリン酸化は細胞が細胞外マトリックスに非接着状態であるとわずかしか上昇を見せないが、細胞外マトリックスの一つであるフィブロネクチンヘの接着状態では抗原刺激後上昇した。この反応はおそらく、インテグリンを介しているものと推察される。インテグリンの細胞内領域はFAKを含む細胞内骨格蛋白質により接着斑複合体を構成している。RBL-2H3細胞は古典的な接着斑複合体は作らないが、細胞刺激によりアクチンプラークを作り、FAKのチロシンリン酸化を引き起こす。FAKの場合と同様に細胞の接着は、その他の刺激と協調してPyk2のチロシンリン酸化を制御していると考えられた。さらにRBL-2H3細胞の変異体であるSykの欠損した細胞株および遺伝子導入によりSykを発現させ再構成した細胞株を用い、Pyk2のチロシンリン酸化にはSykが必須であることを示した。また肥満細胞上に存在する高親和性IgE受容体以外の受容体としてG蛋白質共役型受容体が存在するが、それにより細胞を刺激した場合にはPyk2のチロシンリン酸化が見られるが、その場合Sykは必要ではないことがわかった。またPyk2の変異体を用い、過剰発現しその機能を見た結果では脱顆粒などへの影響はほとんど見られなかったが、JNKの活性化に一部関与している可能性が示唆された。肥満細胞にはPyk2とFAKの2つの異なるfbcal adhesion kinaseが存在し、この研究ではPyk2の活性化の機序および機能の一部が判明した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はアレルギー疾患において重要な役割を果たしている肥満細胞における、高親和性IgE受容体刺激後のチロシンキナーゼPyk2のリン酸化および活性化の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 肥満細胞株RBL・2H3においてチロシンキナーゼPyk2が存在し、ウエスタンブロットによる解析の結果、高親和性IgE受容体を刺激後に速やかにチロシンリン酸化を受け、活性化されることが示された。

2. チロシンキナーゼPyk2のチロシンリン酸化の特徴を解析したところ、高親和性IgE受容体刺激以外にも、細胞内カルシウム濃度の上昇、プロテインキナーゼCの活性化によっても活性化が起こることが示された。

3. Pyk2はFocal Adhesion Kinaseの一つであり細胞外マトリックスからの刺激もその活性に影響を与えていることが示唆されたため、接着状態と非接着状態における種々の刺激によるPyk2のリン酸化の程度を解析した結果、Pyk2は非接着状態では刺激後もほとんど活性化を受けないが、接着状態では刺激後の活性が上昇することが示された。

4. 高親和性IgE受容体の刺激伝達において重要なチロシンキナーゼSykの欠損した細胞およびSyk遺伝子の導入により再構成された細胞を用い、Pyk2のリン酸化がSykの下流で起こっていることが示された。さらに肥満細胞上に存在するG蛋白質共役型受容体により細胞を刺激した場合もPyk2のチロシンリン酸化が見られ、その場合Sykは必要ではないことが示された。

5. Pyk2の変異体発現ベクターを用い、RBL-2H3に過剰発現しその機能を見た結果、脱顆粒への影響はほとんど見られなかったが、JNKの活性化に一部関与している可能性が示された。

以上、本論文は肥満細胞株RBL-2H3において、高親和性IgE受容体刺激後のチロシンキナーゼPyk2のリン酸化および活性化の機序を明らかにした。本研究は肥満細胞におけるチロシンキナーゼPyk2の活性化の機序を通じて、これまで未知の情報伝達機構の解明に貢献し、学位の授与に値するものと考えられる。

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