学位論文要旨



No 214850
著者(漢字) 櫻井,信豪
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,シンゴウ
標題(和) マウスでの百日咳菌感染防御におけるIFN-γの役割
標題(洋) The Role of IFN-γ In Protection Against Bordetella Pertussis in mice
報告番号 214850
報告番号 乙14850
学位授与日 2000.11.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第14850号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 土屋,尚之
内容要旨 要旨を表示する

A. 目的

 百日咳はグラム陰性の細菌が起こす呼吸器系の疾患であり、その感染防御の誘導を目的として40年ほど前から全菌体のワクチンが広く用いられてきた。しかし,このワクチンは接種後、発熱や局所反応といった副作用がしばしばおこることが知られている。一方日本では,百日咳菌から精製したいくつかの構成物を不活化したワクチン(精製ワクチン)が試みられ、感染防御能をよく誘導することが確認されて実用化された。しかし、これらのワクチンによって誘導される感染防御機構の詳細については未だ不明の点が多い。我々は全菌体ワクチンを免疫したマウスから採取した脾細胞を全菌体ワクチンで刺激した場合、著しいIFN-γの産生が見られることを見いだした。また,マウスを用いた百日咳菌の脳内攻撃法において、全菌体ワクチンと一緒にIFN-γを投与するとマウスの生存率が上昇することを見いだした。その機構を考察するにあたり、本研究では細菌に対する細胞毒性を示すマクロファージによるNO産生に着目し、マウスにおける百日咳の感染防御に対するIFN-γの役割を検討した。

B. 材料と方法

1. 血清IgGの測定:全菌体ワクチンは日本標準ワクチン(lot.29,東浜株I)を、精製ワクチンは百日咳毒素(PT)をホルマリンで無毒化したものを用いた。免疫後,マウス尾静脈から採血を行い、ELISA法にて血中の抗体価を測定した。

2. マウスにおける、百日咳菌感染に対する防御能の検討:百日咳ワクチンを免疫後3週目に百日咳菌(18323株)を脳内接種し、その後2週間、マウスの生存率を観察した。

3. 脾細胞によるサイトカイン産生:百日咳ワクチン免疫したマウスの脾細胞を採取し、免疫した抗原とともに3日間、CO2インキュベータ内で培養した。培養後、上清中のIFN-γ、IL-2、IL-4をELISA法にて測定した。

4. T細胞の除去:マウス脾細胞を血清を含むRPMI1640培地で培養し、4℃で60分、抗Thy-1.2抗体で処理した。その後、この細胞をウサギ補体を含む培地で37℃、60分処理して、T細胞を除去した。

5. NO産生の測定:培養上清をグリース試薬に添加し、生成したNO量を540nmの波長で測定した。

C. 結果

1. 百日咳の脳内攻撃後のマウスにおける感染防御の検討:全菌体ワクチンあるいは精製ワクチンを投与・免疫後3週目に百日咳菌をマウス脳内にチャレンジした。いずれもワクチン投与量依存的に生存率が上昇したが、完全に発症を防御する全菌体ワクチンの投与量である5Uの免疫によっても百日咳菌の主な毒素であるPertussis toxin(PT)やFilamentous Hemagglutinin(FHA)に対する抗体は検出されなかった。一方、精製ワクチンでは顕著に抗PT抗体価の上昇が観察された。このことより、全菌体ワクチンで免疫されたマウスは抗体以外の別の因子が発症防御に関与しているのではないかと示唆された。

2. 百日咳ワクチン免疫マウスの脾細胞によるサイトカイン産生:全菌体ワクチンあるいは精製ワクチンで免疫して3週間後のマウスより採取した脾細胞をin vitroで全菌体ワクチンあるいは精製ワクチンで刺激し、サイトカイン産生を検討した。全菌体ワクチンで免疫および抗原2次刺激した群では著しいIFN-γの産生が見られたものの,精製ワクチンで免疫および2次刺激した群では免疫を行っていない対照群と変わりがなかった。これとは対照的にIL-4の産生は全菌体ワクチン免疫した群より精製ワクチン免疫群の方が高かった。全菌体ワクチンを免疫したマウス由来脾細胞はいわゆるTh1タイプのサイトカイン産生パターンを示し、百日咳菌の感染防御にIFN-γが介在することが示唆された。

3. 全菌体ワクチン免疫マウスの百日咳菌感染防御に対するIFN-γの影響:全菌体ワクチンの免疫によって誘導される百日咳菌の感染防御にIFN-γの投与がどのように影響するかを検討した。マウスに百日咳菌を脳内接種した後の感染防御能はIFN-γ単独投与群では対照群と差がみられなかったが、IFN-γと全菌体ワクチン(1U)との同時免疫群で全菌体ワクチン(1U)の単独投与群と比較して生存率が上昇した。

4. PT刺激後の脾細胞によるNO産生:PTあるいはPTの構成成分であるA-protomer、B-oligomerあるいはFHAでマウス脾細胞を刺激し,NO産生を検討した。PT、A-protomer、B-oligomerはそれぞれ10nM、FHAは5nMの濃度で脾細胞と共に培養し、培養開始後2日目と5日目の上清中のNO量を測定した。PTあるいはB-oligomerにより培養開始5日目の上清中に同レベルのNOが検出された。また、A-protomerあるいはFHAによる刺激によってNO産生は観察されなかった。

5. マクロファージによるNO産生:マウス腹腔マクロファージの培養中にPT、A-protomer、B-oligomerあるいはFHAを添加し、NO産生を検討したが、いずれの場合にも全く産生が観察されなかった。一方、マウス由来IFN-γをマクロファージの培養中に添加するとIFN-γの濃度依存的にNO産生が観察された。

6. 脾細胞によるIFN-γ産生:PTとB-oligomerはマクロファージにNO産生を誘導しなかったが、脾細胞に対してはNO産生を誘導した。一方、IFN-γはマクロファージのNO産生を誘導することが示された。そこで百日咳菌体由来構成成分が脾細胞のIFN-γ産生を誘導するか否かを検討した。その結果、PTとB-oligomerは脾細胞によるIFN-γ産生を誘導し,A-protomerとFHAにはその働きは見られなかった。

7. 抗マウスIFN-γ抗体によるNO産生の抑制:脾細胞によるNO産生にIFN-γが介在することが示された。抗マウスIFN-γ抗体をPTと脾細胞との培養中に添加したところ、NO産生は抗体の添加により抑制された。すなわち、PTが脾細胞に誘導するNO産生は抗IFN-γ抗体により完全に抑制された。

8. 脾細胞のIFN-γ産生細胞:脾細胞をPTで刺激する前に抗Thy-1.2と補体で処理すると、IFN-γ及びNOともに産生されなくなった。このことより,IFN-γの産生に寄与していた細胞はT細胞であることが示された。

D. 考察

 従来、百日咳菌の感染防御には液性免疫が主として働くと考えられていた。日本において精製ワクチンが奏功しているのは、毒素の中和、肺への菌の接着の阻害に抗体が貢献していることによると考えられている。しかし、最近になって、百日咳の発症防御に細胞性免疫の関与を示す報告がなされている。本研究においてもホルマリンで無毒化した全菌体ワクチンはタイプ1の免疫応答を誘導することが示された。

 マクロファージやリンパ球による、百日咳菌由来PT、FHAに対する反応としては、MHCクラスIIの発現、炎症性サイトカインの産生、NK細胞の活性化や特異抗体の産生等が挙げられる。また、微生物に対して抗菌活性を有するNOがマクロファージの活性化により産生される。本研究では脾細胞をPTおよびB-oligomerで刺激した時にNO産生が観察された。また、PTおよびB-oligomerで刺激した脾細胞の培養上清にはIFN-γが検出されたが、このとき、脾細胞からT細胞を除去すると、培養上清にIFN-γは検出されなくなり、同時にNO産生も検出されなくなった。このことから、Prを構成するB-oligomerがT細胞のIFN-γを誘導していると考えられた。PTあるいはB-oligomerによる刺激によってT細胞がIFN-γを産生し、マクロファージはIFN-γ刺激により活性化し、NO産生を誘導すると考えられた。

 本研究では、百日咳菌に対する感染防御にIFN-γが重要な働きをしていることが示された。近年、百日咳菌はマクロファージに取り込まれた後、細胞内で生存していることを示す報告がなされており、IFN-γはマクロファージを活性化して百日咳菌に対する貪食作用や殺菌作用を増強していることが考えられる。また、同時にIFN-γは細胞傷害性T細胞を誘導して百日咳菌が感染したマクロファージの排除に寄与することも考えられる。本研究で観察された、IFN-γのin vivo投与による百日咳菌感染後のマウスの生存率の上昇は、IFN-γの有するこれらの作用の結果であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 百日咳の感染防御の誘導を目的として従来から全菌体ワクチンと精製ワクチンが用いられている。しかし、これら2つのワクチンの感染防御機構の詳細については未だ不明の点が多い。本研究では全菌体ワクチンを免疫したマウスから採取した脾細胞を全菌体ワクチンで刺激した場合、著しいIFN-γの産生が見られることを見いだした。また、マウスを用いた百日咳菌の脳内攻撃法において、全菌体ワクチンと一緒にIFN-γを投与するとマウスの生存率が上昇することを見いだした。その機構を考察するにあたり、本研究では細菌に対する細胞毒性を示すマクロファージによるNO産生に着目し、マウスにおける百日咳の感染防御に対するIFN-γの役割を検討し、下記の結果を得ている。

1. 全菌体ワクチンあるいは精製ワクチンを投与・免疫後3週目に百日咳菌をマウス脳内にチャレンジした。いずれもワクチン投与量依存的に生存率が上昇したが、完全に発症を防御する全菌体ワクチンの投与量である5Uの免疫によっても百日咳菌の主な毒素であるPertussis toxin(PT)やFilamentous Hemagglutinin(FHA)に対する抗体は検出されなかった。一方、精製ワクチンでは顕著に抗PT抗体価の上昇が観察された。このことより、全菌体ワクチンで免疫されたマウスは抗体以外の別の因子が発症防御に関与しているのではないかと示唆された。

2. 全菌体ワクチンあるいは精製ワクチンで免疫して3週間後のマウスより採取した脾細胞をin vitroで全菌体ワクチンあるいは精製ワクチンで刺激し、サイトカイン産生を検討した。全菌体ワクチンで免疫および抗原2次刺激した群では著しいIFN-γの産生が見られたものの、精製ワクチンで免疫および2次刺激した群では免疫を行っていない対照群と変わりがなかった。これとは対照的にIL-4の産生は全菌体ワクチン免疫した群より精製ワクチン免疫群の方が高かった。全菌体ワクチンを免疫したマウス由来脾細胞はいわゆるTh1タイプのサイトカイン産生パターンを示し、百日咳菌の感染防御にIFN-γが介在することが示唆された。

3. 全菌体ワクチンの免疫によって誘導される百日咳菌の感染防御にIFN-γの投与がどのように影響するかを検討した。マウスに百日咳菌を脳内接種した後の感染防御能はIFN-γ単独投与群では対照群と差がみられなかったが、IFN-γと全菌体ワクチン(IU)との同時免疫群で全菌体ワクチン(1U)の単独投与群と比較して生存率が上昇した。

4. PTあるいはPTの構成成分であるA-protomer、B-oligomerあるいはFHAでマウス脾細胞を刺激し、NO産生を検討した。PT、A-protomer、B-oligomerはそれぞれ10nM、FHAは5nMの濃度で脾細胞と共に培養し、培養開始後2日目と5日目の上清中のNO量を測定した。PTあるいはB-oligomerにより培養開始5日目の上清中に同レベルのNOが検出された。また、A-protomerあるいはFHAによる刺激によってNO産生は観察されなかった。

5. マウス腹腔マクロファージの培養中にPT、A-protomer、B-oligomerあるいはFHAを添加し、NO産生を検討したが、いずれの場合にも全く産生が観察されなかった。一方、マウス由来IFN-γをマクロファージの培養中に添加するとIFN-γの濃度依存的にNO産生が観察された。

6. PTとB-oligomerはマクロファージにNO産生を誘導しなかったが、脾細胞に対してはNO産生を誘導した。一方、IFN-γはマクロファージのNO産生を誘導することが示された。そこで百日咳菌体由来構成成分が脾細胞のIFN-γ産生を誘導するか否かを検討した。その結果、PTとB-oligomerは脾細胞によるIFN-γ産生を誘導し、A-protomerとFHAにはその働きは見られなかった。

7. 脾細胞によるNO産生にIFN-γが介在することが示された。抗マウスIFN-γ抗体をPTと脾細胞との培養中に添加したところ、NO産生は抗体の添加により抑制された。すなわち、PTが脾細胞に誘導するNO産生は抗IFN-γ抗体により完全に抑制された。

8. 脾細胞をPTで刺激する前に抗Thy-1.2と補体で処理すると、IFN-γ及びNoともに産生されなくなった。このことより、IFN-γの産生に寄与していた細胞はT細胞であることが示された。

 以上、本論文では百日咳菌の全菌体ワクチンはタイプ1の免疫応答を誘導することが示された。また、細菌に対する細胞毒性を示すマクロファージによるNO産生に着目したところ、脾細胞をPTおよびB-oligomerで刺激した時にNO産生が観察された。また、PTおよびB-oligomerで刺激した脾細胞の培養上清にはIFN-γが検出されたが、このとき、脾細胞からT細胞を除去すると、培養上清にIFN-γは検出されなくなり、同時にNO産生も検出されなくなった。このことから、PTを構成するB-oligomerがT細胞のIFN-γを誘導していると考えられた。PTあるいはB-oligomerによる刺激によってT細胞がIFN-γを産生し、マクロファージはIFN-γ刺激により活性化し、NO産生を誘導すると考えられた。本研究で観察された、IFN-γのin vivo投与による百日咳菌感染後のマウスの生存率の上昇は、IFN-γの有する多面的作用の結果であると考えられた。このように本研究では百日咳菌に対する感染防御にIFN-γが重要な働きをしていることが示され、百日咳菌の感染防御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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