学位論文要旨



No 214857
著者(漢字) 山野,勝弘
著者(英字)
著者(カナ) ヤマノ,カツヒロ
標題(和) チトクロムP450の関与する肝代謝阻害に基づく薬物間相互作用の定量的予測
標題(洋)
報告番号 214857
報告番号 乙14857
学位授与日 2000.12.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14857号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

 薬物動態学に基づく薬物間相互作用において,肝代謝阻害は最も重要な機構の一つであり,血漿中濃度の上昇による副作用を引き起こす。代謝における薬物間相互作用に関与する酵素のほとんどがチトクロムP450(CYP)である。現時点では肝ミクロゾームを用いて代謝阻害定数を算出することにより,薬物間相互作用をある程度定量的に予測することができる。しかし,臨床においては肝臓ばかりでなく消化管での相互作用が認められているため,1)阻害剤の肝臓内動態,2)経口投与後の肝静脈血液中の阻害剤濃度の予測,3)消化管における代謝阻害,4)消化管での吸収過程における相互作用等を解決しなければ,正確に阻害を受ける薬物の血漿中濃度の上昇率を予測することは困難である。本研究では,主要代謝臓器である肝臓に着目して,薬物の肝代謝阻害を中心に薬物間相互作用の程度を定量的に予測する具体的な方法論について,CYP3A4で代謝されるミダゾラム(MDZ)を相互作用を受けるモデル薬物としてラットを用いて検証し,ヒトにおける肝代謝における相互作用への応用について検討した。

 臨床においては経口投与される薬物がほとんどであり,消化管での相互作用の程度によって血漿中濃度が大きく上昇する可能性があり,消化管での相互作用が100%起こることを想定して投与量を下げた相互作用試験の方法を提案し,その妥当性を検証した。

1. ラットにおけるイトラコナゾールあるいはケトコナゾールによるミダゾラム代謝の阻害の定量的予測

 上述の問題点1)だけに焦点を当て,ラットでの血漿中濃度の上昇率を予測することを試みた。問題点2),3),4)を除外するため,阻害剤を静脈内投与し,MDZを門脈内投与した。阻害剤として抗真菌剤で,CYP3A4に対して強い阻害活性を示すイトラコナゾール(ITZ)およびケトコナゾール(KTZ)を用いた。阻害剤非存在下および存在下での血漿中薬物濃度時間曲線下面積(AUC)を算出し,AUCの上昇率(R)を阻害剤濃度および阻害定数(Ki)から予測することを試みた。

 MDZのAUCは阻害剤非存在下に対しITZでは2.14倍に,KTZでは1.67倍に上昇した。ITZおよびKTZの血漿中非結合型濃度(Cpf)に対する肝臓中非結合型濃度(CHf)比はそれぞれ11-14,1.3であり,両薬物の肝臓内への濃縮的な取り込みが示唆された。ラット肝ミクロゾームでのMDZの酸化的代謝はITZ,KTZによって競合的に阻害され,ITZおよびKTZのKi値はそれぞれ0.23,0.16μMであった。Cpfを用いたITZあるいはKTZ存在下でのMDZのRの予測値は実測値に比べて低かったが,CHfでの予測値は実測値に近い値であった。したがって,肝代謝に関する相互作用を定量的に予測するためには,阻害剤の肝臓への濃縮的な取り込みを考慮しなければならないと考えられた。

2. ラットにおけるベラパミル,ジルチアゼムあるいはエリスロマイシンによるミダゾラム代謝の阻害の定量的予測

 他の阻害機構を検討するため,CYP3A4の阻害剤であるエリスロマイシン(EM),ジルチアゼム(DLZ)あるいはベラパミル(VER)によるMDZの肝代謝阻害の定量的予測を検討した。EMをラットに反復投与することにより,P450と代謝物との複合体を生成することが報告されている。また,第三アミンを有する薬物の中には安定な代謝中間体を生成することによってCYPを不活性化する薬物があることが報告されていることから,DLZおよびVERも,P450と複合体を生成する可能性が考えられる。したがって,DLZ,VERおよびEM併用によるMDZの血漿中濃度が上昇する理由として,阻害剤がMDZの代謝を競合的に阻害することの他に,P450との複合体の生成による活性なP450量が減少し,MDZの肝での代謝が非競合的に阻害されることが考えられるため,後者の阻害機構に関しても検討した。

 阻害剤を静脈内投与し,MDZを門脈内投与した。MDZのAUCは阻害剤非存在下に対しDLZでは1.64倍に,VERでは1.30倍に,EMでは2.02倍に上昇した。DLZ,VERおよびEMのCpfに対するCHf比はそれぞれ1.02,3.01,20.5であり,VER,EMの肝臓内への濃縮的な取り込みが示唆された。ラット肝ミクロゾームでのMDZの酸化的代謝はDLZ,VERおよびEMによって競合的に阻害され,それぞれのKi値は11.7,10.6,179μMであった。EMのKi値は,プレインキュベーションの有無に関係なくほぼ等しく,このことは薬物未処理のラット肝ミクロゾームにNADPH存在下でEMを添加し37℃でインキュベーションしてもP450との複合体を形成しないことを示唆した。

 EMにおいてMDZのRを予測したところ,CHfより予測した値は実測値に近い値であった。一方,DLZ,VERにおいて,CHfを用いた場合でも実測値との乖離があった。

 DLZ,VERおよびEMを静脈内持続注入した後のミクロゾームでは,P450との複合体が全く検出できなかったことから,MDZの血漿中濃度の上昇は,複合体の生成による活性なP450量が減少したためではないと考えられた。DLZの主代謝物として,テストステロン6β水酸化反応に対して未変化体より強い阻害活性を示す代謝物が未変化体とほぼ同程度血漿中に存在することが報告されている。また,VERについても多くの代謝物の存在が確認されている。血漿中濃度の上昇は代謝物による阻害の可能性が考えられた。代謝阻害の予測を行う時,併用薬の代謝物による阻害も考慮する必要性が考えられた。

3. ラットにおける各種薬物の肝臓への取り込みのin vivoおよびin vitroの相関

 肝臓での薬物間相互作用を定量的に予測するために,阻害剤投与後の肝臓中濃度は必須である。しかし,ヒトでその濃度を直接測定することができない。そこで,肝臓中濃度の予測の方法論を構築することを目的として,in vitroラット遊離肝細胞への種々の薬物の取り込み実験より得られた細胞中/メディウム中濃度比(C/M比)とそれら薬物をラットに投与した後の肝臓中濃度/血液中非結合型濃度比(KBf)との相関性を調べ,取り込み試験の有用性について検討した。

 遊離肝細胞へのITZ,KTZおよびVERの取り込みにおいて,濃度依存性が観られ,能動的な取り込みの存在あるいは肝組織結合の飽和を示唆した。他の薬物では濃度依存性は観られなかった。9種の薬物において,メディウムへの添加濃度がラットに投与した時の血漿中非結合型濃度となるC/M比とKBf値との間には傾きがほぼ1で,1:1の良好な相関性が認められたことから,ラットにおいて遊離肝細胞を用いた取り込み実験におけるC/M比とin vivoにおける血漿中濃度から肝臓中濃度の予測の可能性が示された。同様の手法によりヒトの遊離肝細胞を用いて見積もったKBf値と血漿中濃度からヒトにおける肝臓中濃度を予測できると考えられる。

4. ヒトにおけるシメチジンあるいはエリスロマイシンによるミダゾラム肝代謝の阻害の定量的予測

 ヒトにシメチジン(CIM)あるいはEM反復経口投与時のMDZを静脈内投与後の肝代謝クリアランス,肝固有クリアランスのCIMあるいはEM非併用時に対する変化率を阻害剤濃度としてCpfおよびCHfを用いて予測した。CIM併用では,予測値は実測値と一致した。一方,EMでは肝臓内への濃縮的な取り込みを考慮しても過小評価となった。さらに,mechanism-based inhibitionに基づくEMによる肝臓におけるMDZ代謝の阻害の程度を,阻害剤濃度と活性酵素量を用いて生理学的モデルにより予測した。酵素不活性化に関する速度論パラメータと,文献から得られたEMとMDZの薬物速度論的パラメータを生理学的モデルに代入した結果,EMを反復経口投与することにより肝臓中P4503A4を不活性化し,MDZの血漿中濃度が2.6倍に上昇することが予測され,報告されている上昇率2.2倍に近い値が得られた。

5. ヒト消化管での代謝障害における相互作用の予測および回避

 消化管での阻害が100%起こったと仮定し,予測した経口クリアランスは,in vivoの報告値より小さく,阻害率を過大評価した。したがって,投与量を下げる相互作用評価の臨床試験においては,併用によって阻害される薬物の血液中濃度は下がることはあっても,上がることはない安全な臨床試験を行うことが可能であり,消化管での阻害が100%起こったと仮定した薬物間相互作用の予測法および臨床試験が妥当であると考えられる。

結論

 肝代謝阻害に基づく薬物間相互作用の定量的に予測する方法論を構築した。ラットにおけるITZ,KTZおよびEM併用下での肝代謝阻害によるMDZの血漿中濃度の上昇は,阻害剤の肝臓への濃縮的な取り込みを考慮することにより,予測できた。一方,VERおよびDLZ併用下でのMDZの血漿中濃度の上昇には,阻害剤の代謝物が阻害している可能性が示唆され,肝代謝阻害に基づく薬物間相互作用を定量的に予測するには,代謝物による阻害も考慮する必要があると考えられた。さらに,この予測法をヒトにおける薬物間相互作用へ応用し,予測法の有用性を確認した。

 倫理性および安全性などの観点からヒトで薬物間相互作用の試験を容易に実施することができないため,本研究の予測法により,ヒト肝臓での薬物間相互作用を定量的に予測し,投与量を調節することにより,血漿中濃度を上昇することなく臨床試験を実施することができると考えられる。したがって,本研究における予測法は臨床試験において副作用を軽減するための有用な方法であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 薬物動態学に基づく薬物間相互作用において,肝代謝阻害は最も重要な機構の一つであり,血漿中濃度の上昇による副作用を引き起こす。医療現場で真に有用な薬品情報構築とその提供のためには薬物間相互作用の定量的予測が重要な研究課題である。本研究では,主要代謝臓器である肝臓に着目して,薬物の肝代謝阻害を中心に薬物間相互作用の程度を定量的に予測する具体的な方法論について,CYP3A4で代謝されるミダゾラム(MDZ)を相互作用を受けるモデル薬物としてラットを用いて検証し,ヒトにおける肝代謝における相互作用への応用について検討した。さらに,消化管での相互作用が100%起こることを想定して投与量を下げた相互作用試験の方法を提案し,その妥当性を検証した。

1. ラットにおけるイトラコナゾールあるいはケトコナゾールによるミダゾラム代謝の阻害の定量的予測

 ラットに阻害剤としてCYP3A4に対して強い阻害活性を示すイトラコナゾール(ITZ)およびケトコナゾール(KTZ)を静脈内投与し,MDZを門脈内投与し,阻害剤非存在下および存在下での血漿中薬物濃度時間曲線下面積(AUC)を算出し,AUCの上昇率(R)を阻害剤濃度および阻害定数(Ki)から予測することを試みた。ITZおよびKTZの肝臓内への濃縮的な取り込みが示唆され,そのことを考慮することにより,MDZのRを精度よく予測できた。

2. ラットにおけるベラパミル,ジルチアゼムあるいはエリスロマイシンによるミダゾラム代謝の阻害の定量的予測

 CYP3A4の阻害剤であるエリスロマイシン(EM),ジルチアゼム(DLZ)あるいはベラパミル(VER)併用によるMDZの血漿中濃度が上昇する理由として,阻害剤がMDZ代謝を競合的に阻害すること,および他の阻害機構に関しても検討した。EMにおいて肝臓内への濃縮的な取り込みを考慮することにより,MDZのRを精度よく予測できた。一方,DLZ,VER併用における予測値は,実測値との乖離があり,代謝阻害の予測を行う時,併用薬の代謝物による阻害も考慮する必要性が考えられた。

3. ラットにおける各種薬物の肝臓への取り込みのin vivoおよびin vitroの相関

 9種の薬物において,in vitroラット遊離肝細胞への種々の薬物の取り込み実験より得られた細胞中/メディウム中濃度比(C/M比)とそれら薬物をラットに投与した後の肝臓中濃度/血液中非結合型濃度比(KBf)との間には傾きがほぼ1で,1:1の良好な相関性が認められたことから,ラットにおいて遊離肝細胞を用いた取り込み実験におけるC/M比とin vivoにおける血漿中濃度から肝臓中濃度の予測の可能性が示された。同様の手法によりヒトの遊離肝細胞を用いて見積もったKBf値と血漿中濃度からヒトにおける肝臓中濃度を予測できると考えられる。

4. ヒトにおけるシメチジンあるいはエリスロマイシンによるミダゾラム肝代謝の阻害の定量的予測

 ヒトにシメチジン(CIM)あるいはEM反復経口投与時のMDZを静脈内投与後の肝代謝クリアランス,肝固有クリアランスの阻害剤非併用時に対する変化率を予測した。CIM併用では,予測値は実測値と一致した。一方,EMでは肝臓内への濃縮的な取り込みを考慮しても過小評価となったが,mechanism-based inhibitionに基づくEMによる肝臓におけるMDZ代謝の阻害を,阻害剤濃度と活性酵素量を用いて生理学的モデルにより精度よく予測できた。

5. ヒト消化管での代謝阻害における相互作用の予測および回避

 相互作用評価の臨床試験において,消化管での阻害が100%起こると仮定し,投与量を下げることによって,阻害される薬物の血液中濃度は下がることはあっても,上がることはない安全な臨床試験を行うことが可能であり,消化管での阻害が100%起こると仮定した薬物間相互作用の予測法および臨床試験が妥当であると考えられる。

 本研究は,代謝阻害に基づく薬物間相互作用を定量的に予測する方法論を確立し,臨床における情報構築に寄与するところが大きい。

 以上,山野 勝弘氏の研究成果は,医療薬学および薬物動態学研究に資すること大であり,博士(薬学)の学位を授与するに十分なものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク