No | 214858 | |
著者(漢字) | 山本,友美 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマモト,ユミ | |
標題(和) | 活性制御並びに薬理学的応用におけるNF-κB経路の研究 | |
標題(洋) | REGULATION AND PHARMACEUTICAL POTENTIAL OF THE NF-κB PATHWAY | |
報告番号 | 214858 | |
報告番号 | 乙14858 | |
学位授与日 | 2000.12.13 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第14858号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 NF-κB(nuclear factor-κB)は広く発現の認められる転写調節因子であり、特に免疫・炎症反応との関わりが知られている。また、NF-KBはDNA損傷やサイトカインに誘導されるアポトーシスの抑制に関与していることが報告されている。実際、急性炎症性疾患や悪性腫瘍においてNF-KBの活性異常が観察され、NF-KB経路の阻害剤が新規治療薬として注目されている。通常、NF-κBは細胞質内でIκB(inhibitor of NF-κB)と結合し、不活性な状態で存在する。TNFα、MEKK(mitogen-activated protein kinase/extra cellular signal-regulated kinase kinase 1)またはNIK(NF-κB inducing kinase)等の様々な刺激が加わると、IκBがリン酸化され、ユビキチン化、蛋白分解し、NF-κBから遊離する。フリーになったNF-κBは、核内に移行し、支配下遺伝子の発現を誘導する。この過程で、IκBをリン酸化する酵素IKKには、IKKαとIKKβが存在し、細胞質内で蛋白複合体を形成している。 本研究に於いて、(1)NF-κBの活性を制御するIKKについて解析し、IKK内にて、IKKαからIKKβのカスケードの存在を示唆した、(2)NF-κBの転写活性に影響を与えることの知られている非ステロイド系抗炎症薬が、IKKβをターゲットとしていることを発見し、その作用機序を明らかにした。 【本論】 (1)NF-κB経路制御におけるIKKαの役割 IKKには2種類のキナーゼIKKα、IKKβが存在する。IKKβはIKKαに比べ約20〜50倍高い活性を有し、NF-κB経路の活性化を直接制御していると考えられている。しかしながら、IKKαのNF-κB経路における役割にはいまだ不明な点が多い。今回IKKαのNF-κB経路制御機構について検討した。 1. TNFα刺激によるIKKαおよびIKKβのリン酸化 TNFαはIKKを介してNF-κBを活性化すること、また、IKKβの活性化にはそれ自身のリン酸化が必須であることが知られている。そこで、TNFα刺激によるIKKのリン酸化について考察した。TNFαはIKKαおよびIKKβの両方をリン酸化した。IKKβのリン酸化は不活性型IKKα変異体によって抑制されたが、IKKαのリン酸化は不活性型IKKβ変異体によって影響を受けなかった。これよりTNFα刺激はIKKαを介してIKKβをリン酸化していることが示唆された。 2. IKKαはIKKβのリン酸化を増強させる 培養細胞を用いた強制発現系で、IKKαとIKKβの相互作用について検討した。IKKβのリン酸化はIKKαによって増強したが、IKKαのリン酸化はIKKβによって変化しなかった。さらに、生化学的方法を用い、培養細胞中にてIKKαとIKKβが同一蛋白複合体内に存在することを確認し、この複合体においても、IKKαがIKKβのリン酸化を増強させることを示した。 IKKαがIKKβを基質とするか調べるため、バキュロウィルスで発現させた不活性型変異体(IKKβ(K/M))または非リン酸化変異体(IKKβ(SS/AA))を基質として、IKKαの活性を測定した。IKKαおよび活性型IKKα(SS/EE)はIKKβ(K/M)をリン酸化したが、IKKβ(SS/AA)のリン酸化は観察されなかったことから、IKKαはIKKβを直接リン酸化している可能性が考えられた。 3. IKKαIKKβ活性を増強する IKKαによるIKKβのリン酸化制御が明らかになり、それに伴いIKKβ活性が変化する可能性が考えられた。これに検討を加えるため、GST-IκBαを基質としてTNFα刺激によるIKKβの活性化を調べた。IKKβの活性化は不活性型IKKαによって阻害されたが、IKKαの活性化は不活性型IKKβによって影響を受けなかった。さらに、2).で示したIKKαによるIKKβのリン酸化が、同酵素活性化を伴うものであることを確かめた。これらの結果より、TNFα刺激によるIKKβの活性化がIKKαを介している可能性が示された。 4. 活性型IKK蛋白を用いたin vivo分析 上記IKKαによるIKKβのリン酸化が最終的にNF-κBの転写活性を制御しているか、ルシフェラーゼアッセイを用いて検討した。活性型IKKα(SS/EE)およびIKKβ(SS/EE)は、おのおの、NF-κBに誘起される遺伝子発現を上昇させた。不活性型IKKβはIKKα(SS/EE)のNF-κBの活性化を抑制した。これはIKKα(SS/EE)が不活性型IKKβとヘテロダイマーを形成し、内因性IKKβもしくは内因性IKBαをリン酸化できなくなったことに起因すると考えられた。これに反し、不活性型IKKαはIKKβ(SS/EE)の活性を抑制しなかった。活性型IKKβ(SS/EE)はIKKαによるリン酸化を必要としないため、不活性型IKKαによって影響を受けなかったと考えられた。 5. 結果 IKKαはIKKβのリン酸化を介してその活性を上昇させることにより、NF-κB経路を制御していることを示した。 (2)非ステロイド系抗炎症薬の細胞内ターゲットとしてのNF-κB経路 アスピリン、サリチル酸、スリンダク、インドメタシンなどの非ステロイド系抗炎症薬の効果は、主にシクロオキシゲナーゼ阻害に由来するプロスタクランジン合成阻害によると考えられていた。一方で、抗炎症作用のある血中濃度のアスピリンが、NF-κBの核内移行を妨げることが報告された。そこで、NF-κBを介したアスピリン類の抗炎症作用について検討した。 1. アスピリンおよびスリンダクはNF-κBの転写活性化を抑制する NF-κBの転写活性化におけるアスピリンおよびスリンダクの作用を、以下の観点から検討した。アスピリン(1〜5mM)、サリチル酸(1〜5mM)、インドメタシン(25μM)およびイブプロフェン(25μM)は臨床使用時に観察される血中濃度で使用し、スリンダク(1mM)は大腸癌細胞株のアポトーシス誘導に必要な濃度で用いた。その結果、アスピリン、サリチル酸およびスリンダクはTNFα、NIK、MEKK1またはTax刺激によって誘導されるNF-κBの転写活性化を抑制し、さらに、NFκ-BのDNA結合、内因性IκBαの蛋白分解および内因性IKKのIκBαに対するリン酸化活性も同様に抑制した。一方、プロスタグランジン合成阻害剤であるインドメタシンおよびイブプロフェンでは、その作用は観察されなかった。以上のことから、アスピリンおよびスリンダクによるNF-κBの転写活性化の抑制に、プロスタグランジン合成阻害以外の経路が関与すること、アスピリン、スリンダクによるNF-κBの転写活性化の抑制はIKKの活性阻害に起因することが明らかになった。 2. アスピリンおよびスリンダクは大腸癌細胞株のIKKの活性を阻害する アスピリンおよびスリンダクは、抗炎症作用以外に大腸癌の進行抑制作用があることが報告されている。そこで、2種類の大腸癌細胞株(HCT-15、HT29)を用いて、TNFα刺激によるIKKの活性化を測定したところ、アスピリンおよびスリンダクは両細胞株のIKKの活性を抑制した。また、HCT-15細胞株のアポトーシスは、アスピリンの48時間処理およびスリンダクの24時間処理によって誘導された。インドメタシンはIKKの活性およびアポトーシスのいずれにも効果を示さなかった。さらに、HCT-15細胞株はプロスタグランジンを合成しないことから、NF-κB経路の阻害によって導かれる大腸癌細胞株のアポトーシスは、プロスタグランジン合成に依存しないことが示唆された。 3. アスピリンおよびスリンダクはIKKβの活性を特異的阻害する 次にIKKα、IKKβおよびその活性型変異体を用いて、アスピリンおよびスリンダクのIKKにおける特異性を検討した。アスピリン、スリンダクはIKKβおよびIKKβ活性型変異体の活性を抑制したが、IKKαの活性は変化しなかった。また、バキュウロウィルスで発現させたIKKを用いた場合でも同様の結果が得られた。これらの結果より、アスピリンおよびスリンダクがIKKβの活性を特異的にかつ直接阻害していることが示された。 4. アスピリンはIKKβと結合する アスピリンのプロスタグランジン合成阻害は、アスピリンとシクロオキシゲナーゼの共有結合に起因することが報告されている。そこで、アスピリンのIKKβとの結合能を14C-アスピリンを用いて検討した。その結果、IKKβのみ14C-アスピリンに結合した。また、この結合およびIKKβのIKBαに対するリン酸化活性はATPの濃度依存的に阻害された。一方、TCA処理したIKKβはアスピリンと結合しなかったことから、アスピリンとIKKβの結合は共有結合ではないと考えられる。 5. 結果 アスピリンはIKKβとATPの結合を競合阻害しIKKβの活性を阻害していることを明らかにした。 【結論】 (1) NF-κB活性化においてIKKαがIKKβの上流に位置する可能性を示した。 (2) NF-κBを介した経路が、アスピリンおよびスリンダクの抗炎症作用機序の一つであることを示した。 | |
審査要旨 | 核因子NF-κBは一連の転写因子群で生体の炎症性反応に関与する数多の遺伝子の発現を制御している。NF-κBにはその特異的阻害蛋自lκBが結合してNF-κBとの複合体を細胞質内に留める役を果たしているが、IKKとよばれる細胞質の燐酸化酵素によりlκBが燐酸化されるとNF-κBが遊離して核内に移行し転写因子としての活性を持つ。 IKKにはαとβがあり、αよりβの方がはるかに強い活性を持つため、実際にTNFαに依るNF-κBの活性化にはIKKβがより決定的な役割を演じている。しかしながら、IKKαの役割については不明な点がおおかった。申請者はIKKαがIKKβをも燐酸化して活性化することを示した。更に培養細胞の遺伝子導入を用いてNF-κBの制御下にある遺伝子の発現を定量することによりIKKαがIKKβの上流にあることも明らかにした。これらの結果はIKKαが以前から知られた、IκBを燐酸化する活性に加えて、IKKβを燐酸化して活性化する作用を担っていることを示している。 一方アスピリン、サリチル酸、スリンダクやインドメタシンなどの非ステロイド系消炎薬NSAIDsのおもな作用はシクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害によりプロスタグランヂィン産生を減少させることによることが知られている。これらの消炎作用に加えてNSAIDsには腸癌を予防する作用も知られており、少なくともその一部はCOX-2の阻害作用によることが証明されている。しかし、アスピリンやサリチル酸には、種々の炎症反応の病態発生に関与しているNF-κBの活性をも阻害することが申講者の研究で明らかにされた。則ち、アスピリン、サリチル酸、スリンダクやスリンダクの代謝産物には腸癌細胞や他の細胞株でNF-κB経路の活性化に必要なIKKβを阻害する。面白いことに、この阻害作用はインドメタシンには見られず、また、IKKβを阻害するアスピリンやスリンダクの濃度によって培養腸癌細胞の増殖も抑制される。更にこれら薬物が直接IKKβへ結合することによりIKKβのATP結合が減少する。これらの結果はアスピリンやスリンダクの細胞増殖抑制や消炎作用の一部はNF-κB経路を制御する燐酸化酵素の阻害に依ることを強く示唆している。 NF-κBは種々の炎症過程に重要な細胞質の制御因子でありNF-κBの核移行を阻害することは生体の炎症性反応を著しく抑制することが期待される。IKKβの構造とその制御機構を更に研究することによりNF-κB活性を阻害する新薬の候補を創成し、ひいては、生体の異常な炎症反応をよりよく制御することが可能になるかもしれない。 以上、本研究によって、NSAIDsの作用には、これまで知られていたCOXの阻害によるプロスタグランヂィン産生の減少と、これに加えてNF-κB経路の活性化に必要なIKKβを阻害するという新しい経路が存在することが明らかにされた。これらの結果はNF-κBの制御の理解に貢献するのみならず、その機構を標的とした創薬にも新しい可能性を開くものであり、博士(薬学)に値すると判断した。 | |
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