学位論文要旨



No 214860
著者(漢字) 吉田,好孝
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヨシタカ
標題(和) 多径間連続鋼箱桁橋に発生した渦励振とその振動制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 214860
報告番号 乙14860
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14860号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,鉱道
 東京大学 助教授 石原,孟
 東京大学 教授 神田,順
 埼玉大学 教授 山口,宏樹
 横浜国立大学 教授 山田,均
内容要旨 要旨を表示する

 近年我が国では鋼箱桁橋においても大規模化が目覚ましく,風洞実験の上で耐風上の問題が出てきている事例も多い.本論文は,東京湾アクアライン(旧名:東京湾横断道路)橋梁部(全長約4.4km)における10径間連続鋼床版箱桁部(桁長1,630m)における事前の風洞実験の結果,振動実験ならびに実橋での渦励振の測定,並行して行われた空力的制振策,機械的対策について述べ,最後にそれらの効果を実橋において確認している.本橋のように大規模で,かつ10径間という多径間連続桁構造を有する鋼箱桁橋の建設は初めての試みである.一般に橋梁は支間長が伸びるほど相対的な桁剛性は低下する傾向にあり,それは耐風安定性の低下を意味する.さらに変断面桁や最大4%という縦断勾配などの構造的特徴のため,耐風安定性の検討に関しては,二次元部分模型(剛体模型)のみならず三次元全体模型(10径間,弾性模型)による風洞実験を実施した.その結果,設計風速(Vd=67.7m/sec)の範囲内でねじれ振動は発生しないが,顕著な鉛直たわみ渦励振が確認された.ギャロッピングは二次元風洞試験では発現したが,10径間全体模型試験では発現しなかった全体模型における渦励振の発現は,風速が高くなるにしたがい振動が高次となり,振動モードが卓越する位置が長支間部から次第に短支間部に移行していく傾向を示した。1次および2次の渦励振による最大振幅は,それぞれ風速V=16〜17km/sec,およびV≒23.5m/secで生じ,3次〜9次の高次鉛直たわみ振動は,風速V<55m/secの領域で順次発生した.

 渦励振の振動制御のために空力的制振対策(ダブルフラップなど)および構造的制振対策(同調質量減衰器すなわちTMD,Tuned Mass Damper)を検討したが,1次および2次鉛直たわみ渦励振に対しては,空力的対策のみでは桁の振動を十分に抑えきることができず,TMDにより振動を制御することとした.ただし現地における自然風は風洞試験時の風特性とは異なり,実橋の振動特性も風洞試験時に仮定した振動特性と同一ではない.さらに桁の完成から供用開始まで3年以上の期間があったため,最初からTMDを桁に設置することはせずに動態観測を行い,実際の桁に振動が発現した場合に初めてTMDを設置する方針とした.

 桁の架設は1995年10月に完了し,同年12月に橋軸直角方向の季節風(南西風)による顕著な鉛直たわみ振動が確認された.渦励振の発現に関し明らかになった主な事項は以下の通りである.

1) 1次の鉛直たわみ渦励振は風速Vm=16〜17m/secで振幅最大となり,計測された振幅の最大値はη≒54cmであった.これらの結果は全体模型による風洞試験結果と整合的であった

2) 渦励振が発現する風向(水平偏角)は,橋軸直角方向からほぼ±20°の範囲内であった.ある風向を境に桁の振動振幅が大きく発現するという観測結果は,これまでに報告されていないと思われる.

 具体的な制振対策を検討するに当たり,実橋の振動特性を把握する必要がある.そのために橋上で起振機による振動実験を実施し,鉛直たわみ振動の振動モード,固有振動数および構造減衰(対数減衰率)などを計測した.実験方法は主として,起振機の加振振動数を少しづつ変化させて橋の共振点などを求めるスウィープ試験と,加振中の起振機を急停止させ,その後の桁の自由振動現象を観測する減衰自由振動の二種類である.その結果,以下の事項が明らかとなった.

1) 固有振動数および振動モードは,実験値と解析値がよく一致していた.特に1次および2次振動の固有振動数では両者の差は1〜2%程度であった.スウィープ試験では1次固有振動数f=0347Hzが得られた.他の大規模鋼箱桁橋においては,1次鉛直たわみ固有振動数はほぼf≧0.4Hzであり,本橋の固有振動数は他の鋼箱桁橋と比較して小さな値である.

2)1次および2次の減衰自由振動では,対数減衰率に振幅依存性が認められた.たとえば1次減衰自由振動では約100波の減衰振動の対数減衰率δは,振幅が小さくなるにしたがい0.044から0.028へ低下した.この値は桁の最大支間長から得られる対数減衰率の推定値(本橋ではδ=0.048となる)より小さな結果となった.

 鋼箱桁橋の鉛直たわみ振動を制振するためのTMDとしては,これまで片持ち梁型式がなみはや大橋あるいは関西国際空港連絡橋に設置された.しかし本橋では桁内空間が十分でないために,片持ち梁型式のTMDを設置することは困難であった.そのため大小二重のパンタグラフ状フレームからなるTMDを新たに開発し適用した.このTMDは小フレームの上下振動に対してバネとオイルダンパーが作動する機構であるため,バネとオイルダンパーのストロークが短くてすみ,本橋のような狭小な空間内に適している.

 TMDの設置に際しては、制御すべき桁の許容振幅,TMDの設置基数,設置位置などが問題となる.桁の許容振幅については現在一般的な規定はない.本橋では1次振動の場合,一般車両が通行している風速領域であるため,走行性の観点から許容振幅をηa=10cmと定めた.また2次振動の風速領域では一般車両の通行はほとんどないと考えられる.したがって疲労破壊の観点からηa=15cmとした.さらに3次以上の高次振動に関しては初通過破壊の観点から,各振動モードそれそれについて許容振幅を定めて制御することとした.

 実橋の各種データおよび起振実験によって得られた実橋の振動特性に基づき,改めて風洞試験を実施し,1次および2次鉛直たわみ振動に対してはTMDにより制御することとした.また桁断面両側端の自動車防護柵外面に鉛直板(高さh=49cm)を設置すると,おおむね1/4〜1/2程度の振幅低減効果があることが分かった.本橋において空力的に振動を制御するには,当初ダブルフラップなどが有力であったが,鉛直板はダブルフラップとほぼ同程度の制振効果を示し,かつその簡易的な構造のために工事費は非常に安価となる.したがって3次以上の高次振動に対しては鉛直板を恒久的な空力的制振対策として用いることとした.このような鉛直板の制振効果を確認し,かつそれを実橋に用いたことも本橋が初めてである.

 動態観測の結果,TMDは十分な制振効果を示し,TMD設置後の桁の振動振幅は当初の予想通りη<10cmであった.TMD設置前後において特性が類似した風による桁の応答を比較対照することにより,本橋のTMDはTMD設置前(鉛直板あり)の桁の振動を約1/7に制御していることが分かった.

 1次および2次振動用TMDが全て設置された後に,台風(9617号)が近隣を通過した.橋上で観測された10分間平均風速の最大値はVm=36.1m/secに達したが,この時の風向は橋軸直角方向±20°の範囲外であり,桁加速度は約30gal程度の小さな値であった.桁に高風速の風が作用しても風向(水平偏角)などの条件が合致しなければ,渦励振は発現しないことの一例が確認された.

 これまで鋼箱桁橋に顕著な渦励振が発現したという報告は希であるが,本橋に顕著な渦励振が発現した理由は,第一に橋梁の構造減衰が予想より小さな値であったこと,これには桁の長大化および摩擦減衰の小さな構造などが関係していると考えられる.第二に本橋に作用する風は,乱れが小さいという特性(最大振幅時に4〜6%強)を有していることである.ただし乱れ強さの影響を実橋で数値的に確認するまでには至らなかった.

審査要旨 要旨を表示する

 近年我が国では鋼箱桁橋においても大規模化が目覚ましく,風洞実験の上で耐風上の問題が出てきている事例も多い.本論文は,東京湾アクアライン(旧名:東京湾横断道路)橋梁部(全長約4.4km)における10径間連続鋼床版箱桁部(桁長1,630m)における事前の風洞実験の結果,振動実験ならびに実橋での渦励振の測定とその分析,並行して行われた空力的制振策,機械的対策について述べ,最後にそれらの効果を実橋において確認した結果を述べている.

 まず,第一章では,本論文に関係する長大橋,とくに鋼箱桁橋の過去の風洞実験事例,対策事例,動特性,機械的制振であるTMDの研究開発及び適用例などを述べている.

 第二章では,本論文が対象とする東京アクアライン鋼連続箱桁橋の構造概要・特徴を上部工,下部工,支承にわけて述べている.また,設計検討時での耐風設計の概要と方針についてもその概要を記している.

 第三章では,事前に行われた風洞実験結果について述べている.本橋では,変断面構造のため,最初に行われた二次元部分模型実験では,最大支間部(スパンL=240m)の中央部,2/6部の2つが一様流中,ならびに乱流中において行われた.渦励振のほかに発散振巾であるギャロッピング振動の発生も設計風速以下で認められた.それをふまえて,三次元弾性模型による実験が行われ,その特性は二次元模型実験のと大幅に異なること,実橋風速で発現する16〜17m/s,たわみ,渦励振のみが問題となりうることを明らかにした.

 さらに,渦励振を抑えるための種々の空力的対策についての効果が実験的に示された.しかし,大幅な低減は難しく,許容振幅以下にすることが極めて困難であることを明らかにした.

 なお,本橋は東京湾アクアライントンネル部への工事用アクセスとしても用いられるため,開通に1年以上先立って供用される.また,実際の構造減衰は実験値(δ=0.02)よりもかなり高い可能性が強いこと,実橋での風の特性は実験に用いた乱流特性とは異なる可能性が強い事を考えに入れ,特に空力的対策は施さず,実橋で発生した場合にはTMD(同調質量ダンパー)を設置するという設計方針に至った.この経緯についても詳細に記述している.

 第四章では,実橋における鉛直たわみモードを対象にした起振機振巾実験の結果を述べている.渦励振上,最も問題となる鉛直たわみ一次振動の減衰は風洞実験よりは高いものの,それほど高くなく,従来からの予測値をかなり下回ることを実証的に示した.固有振動数については,高次モードのおいても解析値と予測値が整合的である.

 第五章では,実橋で観測された渦励振について論じている.1994年秋の閉合から,しばらくして橋軸直角方向の風で渦励振が発現することが分かり,渦励振の特性を把握するために行われた動態観測の結果を示している.その結果,(1)たわみ一次モードの渦励振は風速16m/s±2m/sの範囲で生じ,振幅は50cm程度に達すること,(2)橋軸直角±20°の風に対しての渦励振が発現すること,(3)高風速では,鉛直たわみ2次モードが発生しうること,(4)風の乱れの強さは5%内外であり一様流に近いこと,などを明らかにした.

 第六章では,本橋の鉛直渦励振を抑えるための制振設計とTMDについて述べている.走行使用性の面から許容振幅を10cmとした背景を述べ,一次,二次モードについては供用下で生じ得るため,この規準を適用すること.次に三次から十次までのモード(いずれも設計風速以下で発生が予想)については,鋼桁の部分降伏から許容振幅が決定されたこと,が述べられている.一次,二次モードに対してはTMDで,三次以上のモードに対しては空力的対策で臨むこととしている.TMDは桁内に収めるために,新たに開発されたパンタグラフ形のTMDについて述べている.空力的対策については改めて風洞実験が行われ,橋面端に置く鉛直板(高さ37cm)の効果が大きいことを見出し,この策が採用されている実橋においてともに設置(TMDは一次,二次モード用に各々8個)され,TMDにおいては実橋において制振効果を確認している.すなわち,渦励振振幅が数分の一に低減していることを実データの上から示している.

 第七章においては,本論文のまとめを述べている.

 本論文は,東京湾アクアライン橋梁部に発現した,振幅50cmを超える渦励振を主題に,事前に行われた風洞実験との整合性,実橋の渦励振の特性,制振対策の開発について体系的に述べている.風洞実験と実橋との渦励振には高い整合性があったことを学術的なアプローチにより明らかにした点は,今後の長大橋の耐風設計に大きな貢献をするものと考えられる.風洞実験における部分模型と三次元弾性模型との関連性などについては,今後詰めるべき課題も多々残しているが,工学上多大な知見を呈示していると判断される.よって,博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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