学位論文要旨



No 214861
著者(漢字) 関口,佳司
著者(英字)
著者(カナ) セキグチ,ケイジ
標題(和) 地下街路景観の分類と評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 214861
報告番号 乙14861
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14861号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 助教授 天野,光一
 東京大学 講師 寺部,慎太郎
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

 1927年に初の地下鉄道が東京の浅草〜上野間に開通されて以来、我が国は生活空間として地下通路や地下街等の地下空間の公共利用が行われてきている。近年の地下空間に対して利用者は単なる利便性を追求する機能重視空間から快適でわかりやすい空間を求めるように変化しはじめている。しかし、地下空間の心理的側面に関する研究は非常に少なく、まして景観工学の観点から地下街路空間を分析した研究はない。

 そこで、既往研究の不十分な点の中から次の目的を設定し、研究を行った。

(1) 地下街路の基本空間、空間単位、景観の基本形を体系的に整理・分類する。

(2) 地下街路景観の類似性を基にした地下街路景観タイプを抽出・分類する。

(3) 地下街路景観の好ましさを表す評価語句を抽出・分類し、評価構造モデルを構築する。

(4) 映画の地下空間シーンを分析し、地下空間から喚起される意味を明らかにする。

(5) 以上の分析をもとにして地下街路の景観タイプ,景観評価,喚起される意味の相互の関連性を明らかにする。

2. 地下街路の空間単位と景観の基本形

 我が国の代表的な地下街路の地下街路図を作成して分析した結果、「通路空間」,「交差空間」,「広場空間」,「昇降空間」を地下街路の基本空間とする26種類の空間単位と46種類の地下街路景観の基本形を体系的に整理・分類した。

3. 地下街路景観のタイプ

 地下街路写真の類似性を基に多次元尺度構成法(MDSCAL)を用いて分析した結果、次の7種類の地下街路景観タイプがあることを提示した。1)サンシャイン景観(明るく光輝く空間で、太陽のように大きく輝く光源や屋外を意識する景観),2)スターライト景観(照明が星空のように小さくたくさん,あるいは細く長く光る景観),3)スウィート景観(演出効果がある幻想的景観),4)ゴースト景観(人気がなく不安感を感じる景観),5)エレガンス景観(落ち着いた華やかさが漂う景観),6)ロンリネス景観(静かで寂しさを感じさせる景観),7)ダイナミック景観(歩行者の往来やエスカレーター等の動きがある景観)。

 また、地下街路の基本空間と景観タイプの関連性に関して、次のことを明らかにした。a)通路空間は全ての地下街路景観タイプに関連する。b)交差空間はサンシャイン景観,スウィート景観,ダイナミック景観に、c)広場空間はサンシャイン景観,スターライト景観,スウィート景観に、d)昇降空間はサンシャイン景観,ロンリネス景観,ゴースト景観に関連する。

4. 地下街路景観の評価

 好ましさによる地下街路の基本空間写真の順序付け、数量化III類(コレスポンデンス分析)による地下街路景観の年齢層別好ましさに関する評価のちがい、レパートリーグリッド発展手法を応用した評価構造モデルの構築を行った。その結果、次のことを明らかにした。

(1)好ましい評価

 年齢に関係ない共通な評価語句は「楽しい,自然的,明るい,開放的,吹き抜け,高い天井,広い空間,太陽光,華やかな装飾」、20代被験者の代表的評価語句は「おしゃれ,西洋風の店」、30代被験者の代表的好ましい評価語句は「安心感,安らぎ」、40代被験者の代表的評価語句は「生活感,自由感」、50代被験者の代表的評価語句は「心が和む,レトロ風」が挙げられる。

(2)好ましくない評価

 年齢に関係ない共通な評価語句は「恐そう,暗い照明,不安,狭く低い,圧迫感」、20代被験者の代表的評価語句は「興味ない,間接照明や窓がない」、30代被験者の代表的評価語句は「光がとどかない,床や壁に工夫がない」、40代と50代被験者の代表的評価語句は「緑がない,犯罪が起きそう」が挙げられる。

(3)地下街路景観の評価構造モデル

 評価語句のラダーリングによって評価構造モデルを構築した結果、次のことを明らかにした。1)上位階層の“連想される意識・現象”や“直接的印象”に関する評価語句は性別・年齢に影響されないが、中・下位階層の“仮想感覚”,“空間形状”,“構成要素”に関する評価語句は性別・年齢に影響される。2)一つの評価語句に連結する上下階層の評価語句は被験者によって異なる。3)好ましい評価語句とその反意語を表す好ましくない評価語句をみると、それぞれの上下階層の連結構造が異なる。4)好ましい評価と好ましくない評価の両方に共通な要素は、使い方や被験者の好みによって評価が分かれる。

5. 地下空間から喚起される意味

 映画の地下空間シーンにおける状況・景観と推察できる制作者のねらい・効果をKJ法によって分析した結果、次のことを明らかにした。1)地下空間シーンの“状況・景観”を意味する関係図は、“理想と現実”、“善と悪”という2軸によって表現でき、「非制約空間」,「反社会活動空間」,「逃避空間」,「空想的童夢空間」,「物理的・社会的状況による必然的空間」,「宗教活動空間」のグループに分類できる。2)地下空間シーンの“ねらい・効果”を意味する関係図は、相互に関連し合うネットワークで表すことができ、「未来への希望」,「制約を受けない自由」,「人間を超越した能力」,「清浄な心と行いが必要」,「安全有利に活動する隠密」,「閉鎖性を利用した防衛」,「精神的・衛生的不快」,「わかりづらい迷宮」,「突発的な現象」のグループに分類できる。

6. 地下街路の景観タイプ,景観評価,地下空間から喚起される意味の相互の関連性

 以上の分析を基に地下街路の景観タイプ,景観評価,喚起される意味の相互の関連性を明らかにした。

(1)地下街路の景観タイプと景観評価の関連性

 全被験者を対象とした好ましい評価の順は、エレガンス景観,スターライト景観,サンシャイン景観,スウィート景観,ダイナミック景観,ロンリネス景観,ゴースト景観となる。好ましい地下街路写真の評価語句はエレガンス景観とスターライト景観に対応し、好ましくない地下街路写真の評価語句はロンリネス景観とゴースト景観に対応する。なお、性別と年齢に影響を受ける景観タイプは、スウィート景観とダイナミック景観で、20代の女性はスウィート景観よりダイナミック景観を好ましく評価し、他の年齢の被験者はその逆となった。

(2)地下街路の景観タイプと地下空間から喚起される意味の関連性

 サンシャイン景観,スターライト景観,エレガント景観に該当する映画の地下シーンはなく、ほとんどの地下シーンがゴースト景観,ダイナミック景観,ロンリネス景観に該当した。このことから地下空間を映画のシーンとして使用する場合は、ネガティブなイメージとして採用することが多いといえる。特に、ゴースト景観は、非制約空間,防衛空間,空想的童夢空間,宗教活動空間に、ダイナミック景観は、反社会活動空間,物理的・社会的条件による必然的空間に、ロンリネス景観は、空想的童夢空間,宗教活動空間に関連する。

(3)地下街路の景観評価と地下空間から喚起される意味の関連性

 好ましいと評価される地下景観は、映画の地下空間シーンに採用されることが少なく、それだけ地下空間の評価が低いことがいえる。一方、好ましくないと評価される地下景観は、映画の地下空間シーンに採用されることが非常に多く、映画の地下空間シーンの全ねらいに該当している。このことから、地下街路景観を好ましくも好ましくなくも評価する利用者と映画の製作者との間には地下空間に対するイメージにズレがあるといえる。

7. 今後の課題と発展性

 今後の課題として、1)地下街路景観のシークエンスに関する研究,2)ネガティブな深層意識を改善する方法に関する研究,3)地下街路の安全性,快適性,利便性を考慮した地下街路空間の配置方法,4)好ましい地下街路景観をもつ空間の形状および大きさに関する研究、が挙げられる。また、研究の発展性として、景観デザインを重視した地下街路計画・設計手法の開発も必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「地下街路景観の分類と評価に関する研究」と題して、我が国の主要地下街路(全81地下街の内の61地下街)を踏査し、地下街路空間を「地下街路景観」という新たな視点から捉え、景観の基本形,景観のタイプ,景観の評価、そして地下空間から喚起される意味を分析している。地下空間に関する研究は、いわゆるハード研究(躯体構造,施工方法,等)が著しく発展しているにもかかわらず、ソフト研究(空間形態・構成,評価,意味論,等)が初期段階であることを踏まえると、本論文の成果として以下の点が高く評価できる。

 (1)地下街路の基本空間および空間単位、景観の基本形を体系的に整理・分類している。すなわち、基本空間として「通路空間」,「交差空間」,「広場空間」,「昇降空間」の4種類に分類し、空間単位を「直線通路空間」,「3線交差空間」,『通路片側設広場空間」,「曲線昇降路空間」,「L字踊り場空間」,「外設1線昇降口空間」等の26種類に分類している。また、景観の基本形は空間軸に平行な視線で眺めた「地下基準視線景観」を定義し、「直線通路景観」,「分岐3線交差景観」,「通路軸方向通路片側設広場景観」,「曲線昇降路景観」,「L字踊り場内景観」,「通路軸垂直方向外設1線昇降口景観」等の46種類に分類している。このことは、新たに景観の観点から体系的に地下街路空間を捉えた分類を提示したといえる。

 (2)類似性を基にした地下街路景観のタイプ分類を明らかにしている。すなわち、地下街路利用者が評価した景観の類似性を基に、1)サンシャイン景観,2)スターライト景観,3)スウィート景観,4)ゴースト景観,5)エレガンス景観,6)ロンリネス景観,7)ダイナミック景観の7種類の地下街路景観タイプを提示している。このことは、地下街路利用者の空間の心理的捉え方を明らかにしたといえる。

 (3)地下街路景観の好ましさの順序評価とその評価語句による評価構造モデルを構築している。すなわち、好ましい地下街路景観とは「楽しく自然的なイメージで、明るく開放的な感覚を持たせ、吹き抜けの高い天井や広い空間を持つ形状、そこには太陽光や華やかな装飾がある景観」であり、好ましくない地下街路景観とは、「恐いイメージで、暗い照明による不安感や狭く低い空間からの圧迫感を感じる景観」であることを明らかにしている。また、評価語句を被験者の表現方法(評価語句の連結方法)に合わせた評価構造モデル(相対階層評価構造)を構築している。このことは、人々が地下街路景観を評価する言語の関連性を示した共に、地下街路空間の構成要素に対する評価のちがいを明らかにしたといえる。

 (4)地下空間から喚起される意味を明らかにしている。すなわち、映画の地下空間シーンの「状況・景観」と推察できる制作者の「ねらい・効果」を表す語句を分析し、その語句の空間配置を行っている。その結果、1)地下空間シーンの“状況・景観”は“理想と現実”、“善と悪”という2軸によって表現され、「非制約空間」,「反社会活動空間」,「逃避空間」,「空想的童夢空間」,「物理的・社会的状況による必然的空間」,「宗教活動空間」に分類できる。2)地下空間シーンの“ねらい・効果”は、相互に関連し合うネットワークで表され、「未来への希望」,「制約を受けない自由」,「人間を超越した能力」,「清浄な心と行いが必要」,「安全有利に活動する隠密」,「閉鎖性を利用した防衛」,「精神的・衛生的不快」,「わかりづらい迷宮」,「突発的な現象」に分類できることを提示している。つまり、ほとんどの映画の地下シーンがネガティブな空間として採用されていることが地下空間を好ましくなく評価する要因の一つであると指摘できる。また、地下街路景観を好ましくも好ましくなくも評価する利用者と映画の製作者の間に地下空間に対する意識のズレがあることを提示している。

 (5)地下街路の景観タイプ,景観評価,地下空間から喚起される意味の相互の関連性を明らかにしている。このことは、従来の研究にない地下街路空間に関する認識,評価,意味を関連付けた成果である。

 以上、本論文は既存地下街路の踏査によって得られた情報と利用者の評価を基に地下街路景観を分析し、快適な地下街路空間の創造に必要な設計・デザインの基礎的データを提示し、その実務的利用法を示唆している点において、工学的貢献が大であると認められる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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