学位論文要旨



No 214862
著者(漢字) 倉田,成人
著者(英字)
著者(カナ) クラタ,ナリト
標題(和) セミアクティブ構造制御システムの研究
標題(洋)
報告番号 214862
報告番号 乙14862
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14862号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 工藤,一嘉
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

 構造制御(structural control)とは、構造物の応答を制御する手法のことであり、アクティブ制御、セミアクティブ制御、パッシブ制御、免震及びこれらを組み合わせたハイブリッド制御等の総称である。構造制御手法には、大地震時の建築土木構造物の構造安全性向上による人命の確保、財産の保全はもとより、中小地震や風に対する居住性の向上や交通振動の低減等、様々な構造性能の実現が求められている。このような状況で、セミアクティブ制御の以下のような特長が注目され、近年活発に研究開発が行われている。

 ・ アクティブ制御の高性能性、パッシブ制御の経済性と高信頼性の両者の利点を有する

 ・ 剛性、減衰係数といった制御装置自体の特性を調節するだけなので、わずかな供給エネルギーでよく、低コストで大きな制御力が得られる

 ・ コンパクトな外形の制御装置になるので、構造物内に特別な設置スペースを設けなくても多数台を設置できる

 ・ 制御対象を不安定化するような制御力は発生できない為、信頼性が高い

 ・ メンテナンスが比較的容易である

 これらにより、小さな地震から大きな地震までを対象として優れた応答制御性能を発揮するセミアクティブ構造制御システムを、経済的な裏付けと高い信頼性を持って実現することが可能である。上記を背景として、本論文では以下の3点を研究目的とした。

 (1)建築構造物を対象としたセミアクティブ構造制御の基本特性を明らかにする

 (2)多自由度構造物に対する多入力セミアクティブ構造制御手法を提案し、解析的及び実験的に制御性能を示す

 (3)提案したセミアクティブ構造制御手法を実建物に適用して、その有効性を実証する

2. セミアクティブ構造制御システムの基本特性

 研究目的(1)に対して、セミアクティブ構造制御システムを有する1自由度モデルにより基本特性を確認した。従来多くの研究で扱われているが、ある特定のモデルや外乱に対する制御効果が議論されているのみであった。本研究では、調和地動に対する定常応答倍率と1周期のサイン波(1サイン波)入力に対する応答倍率を求め、セミアクティブ制御系の基本性能を確認するとともに、地震応答をスペクトル表現し、任意の無制御固有周期を持つ構造物に対する制御効果を考察した。これらより、以下のような知見が得られた。

 ・ 変位応答を小さくする為には大きなゲインで制御した方がよいが、加速度応答を小さくする為には適当な大きさのゲインで制御した方がよい

 ・ 主系に対する付加系の剛性比krが制御性能に与える影響は多大で、これが大きいほど制御性能が高く、アクティブ制御の結果に近づく傾向がある

 ・ 最適に調整されたパッシブ制御に対して、セミアクティブ制御ではさらに応答が低減されており、その優位性は明確である

 ・ 通常の地震応答スペクトル上で減衰定数を大きくしていくと応答が小さくなるような地動が共振的に作用する周期では、定常応答の結果と同様に制御による応答低減効果が高い

 ・ 逆に、地動が衝撃的に作用するなど地震応答スペクトル上で減衰定数を大きくしても応答が小さくならないような周期では、1サイン波応答の結果と同様に明瞭な共振ピークを生じない為、制御による応答低減効果も小さくなる

 ・ すべての地震波に対する制御効果を保証することは難しいが、制御手法に減衰を付加する相対速度フィードバックを用いていることと、定常応答、1サイン波応答で得られた制御効果を合わせて考えると、本制御手法により、通常の耐震設計手法やパッシブ制御手法よりも高い構造安全性を付与できることは明らかであると考えられる

3. 多自由度構造物に対する多入力セミアクティブ構造制御

 研究目的(2)に対して、多自由度構造物に対する多入力セミアクティブ構造制御手法を提案し、制御性能を確認した。まず、多自由系モデルに対して最適制御理論を応用した制御系設計手法を示した。従来は、免震構造物や橋梁構造物などを対象とした1自由度系あるいは1制御入力系が検討されていたが、本研究により、多自由度構造物に対する多入力セミアクティブ制御系が初めて扱われ、合理的な設計が可能となった。制御則には、適用実績の多さと信頼性、多数の制御装置が設置される多自由度系への適用性からLQ制御を応用した。これを、振動台実験で用いる3層試験体モデルに適用し、セミアクティブ制御時の地震応答解析を行って以下のように制御性能を確認した。

 ・ 制御力に対する重み係数rを小さくしていくと大きなフィードバックゲインが得られ、これにともなって試験体頂部変位は単調に減少していくが、頂部加速度はある値よりrを小さくしても逆に増加していく傾向が得られた

 ・ 代表的なゲインを用いて制御した結果を無制御時と比較することにより、最大応答値分布、時刻歴波形などから高い応答低減効果が確認された

 ・ 各階のセミアクティブ制御装置の減衰力は最適制御力とよく一致しており、アクティブ制御と同等の高い制御性能が得られていると考えられる

 ・ セミアクティブ制御装置の設置階が多いほど応答を小さくでき、設置階が少なくても、それに応じた応答低減効果が得られる

 ・ 制御のロバスト性については、設計に用いたモデルよりも実際の構造物の剛性が高くなると制御効果が劣化し、剛性が低くなると優位になる傾向があるが、剛性が高くなったとしても、制御効果が失われることはなく、速度フィードバック制御のロバスト性により応答は低減された。

 さらに、模型セミアクティブダンパを設置した3層試験体を振動台で地震波加振しながら応答制御した実験を実施した。実験結果より、試験体の頂部最大応答値、最大応答値分布、時刻歴波形、2階床加速度のフーリエスペクトル、設置階による差に関して、解析結果と同様の傾向が得られ、十分実構造物に適用可能と考えられる。

 また、実験結果のうち代表的なケースについて、シミュレーション解析を行い、設定した解析モデルにより、試験体の応答、模型セミアクティブダンパの減衰力とも、実験結果をよくシミュレートできることが確認された。

4. セミアクティブ構造制御システムの実建物への適用

 研究目的(3)に対して、セミアクティブ構造制御手法を5層実建物に適用して、その有効性を実証した。建築土木構造物に対するセミアクティブ構造制御システムの適用としては、連続可変型制御装置を用いていることと、大地震に本格的に対応したことで世界初の事例となる。まず、LQ制御を応用した制御系設計と制御時の地震応答解析を行い、以下のような知見を得た。

 ・ 最大速度を50cm/secに基準化したエルセントロ波、タフト波、八戸波及び仮想東海地震波に対する結果から、LQ制御によるゲインと応答との関係を示し、小さく抑えたい応答が何であるかによって最適なゲインが異なる

 ・ この中で、ベースシアー、層間変形が十分に小さく、屋上階加速度も大きくならないことを目安に、5つのゲインの中から、以後の検討で中心的に用いる代表ゲインを選定した

 ・ その代表ゲインを用いた制御により、大地震に対して建物の構造安全性はもとより、各種機能の健全性を確保することを実現する目安として、構造体が弾性範囲を保ち、層間変形角が1/200程度に収まるという目標が達成された

 続いて、セミアクティブオイルダンパの基本仕様と制御性能を確認する為に、セミアクティブオイルダンパ単体の動的加力実験を実施した。まず、剛性、最大・最小減衰係数、リリーフ荷重を確認した後、解析結果の時刻歴波形を用いて、セミアクティブオイルダンパが建物内に設置された状態で地震時に受けるであろう変形を再現しながら、減衰力指令を与える制御実験を実施した。実験結果から以下のことがわかった。

 ・ 最大速度を25、50cm/secに基準化したエルセントロ波に対する実験を行った結果から、リリーフ荷重以下では、減衰力指令に減衰力がよく一致している

 ・ 最大速度25cm/secのエルセントロ波、タフト波、八戸波、及び仮想東海地震波入力に対する実験結果から、入力地震波によらず良好な結果が得られた

 性能が確認されたセミアクティブオイルダンパと、制御コンピュータ、速度センサから構成されるセミアクティブダンパシステムを建物に設置し、最大加振力100kNの起振機による制御状態での加振実験を行った。実験結果から以下のことがわかった。

 ・ 実験結果の時刻歴波形から、計測された各階速度から減衰力指令が作成され、これによりセミアクティブオイルダンパの流量制御弁が制御されて減衰力が発生していることが確認された

 ・ 24kN一定の加振で制御を行った結果を、無制御(弁開度100%指令時、フェールセーフ時)の結果と比較することにより、無制御に対する制御効果が確認された

 ・ 16kN一定の加振で制御を行った結果を、セミアクティブオイルダンパを接続していない建物のみの結果と比較することにより、ダンパなしの場合に対する制御効果が確認された

 ・ 1自由度バイリニア履歴系の定常応答から等価線形化法により評価した等価減衰定数により、制御により付加される減衰効果が定量的に評価された

5. 結論

 以上より、建築構造物を対象としたセミアクティブ構造制御の基本特性が明らかになり、提案した多自由度系構造物に対する多入力セミアクティブ構造制御手法の制御性能が解析的、実験的に示された。さらに、実建物への適用を通じて、セミアクティブ構造制御手法の有効性が実証された。本手法が、建築土木構造物に求められる様々な構造性能の実現に寄与し、人命の確保、財産の保全はもとより、多様化する現代社会の発展に貢献するものであることを信ずる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、『セミアクティブ構造制御システムの研究』と題して、新しい構造制御手法に関する基礎研究および応用実施例をまとめたものであり、以下の5章により構成される。

 第1章『研究の背景と目的』では、構造制御に関する既往の研究を整理して、本研究の目的が述べられている。構造物の応答を制御する構造制御の手法には、アクティブ制御、セミアクティブ制御、パッシブ制御、免震などがあるが、これらを比較することにより、本研究で対象とするセミアクティブ制御の特長として、高性能、経済性、高信頼性、省エネルギー、省スペース、維持管理の容易さなどを指摘している。本研究の目的は、建築構造物を対象としたセミアクティブ構造制御に関して、1)基本特性を明らかにすること、2)多自由度構造物に対する多入力制御手法を提案して解析的及び実験的に制御性能を示すこと、3)提案した手法を実建物に適用してその有効性を実証すること、としている。

 第2章『セミアクティブ構造制御システムの基本特性』では、セミアクティブ構造制御システムを有する1自由度モデルにより基本特性を確認している。調和地動に対する定常応答倍率と1周期のサイン波入力に対する応答倍率を求め、セミアクティブ制御系の基本性能を確認するとともに、地震応答をスペクトル表現して任意の無制御系に対する制御効果を考察している。これらより、1)変位応答の低減には大きなゲインが有効であるが、加速度応答の低減には適当な大きさのゲインが必要であること、2)主系に対する付加系の剛性比が大きいほど制御性能が高くアクティブ制御の結果に近づく傾向があること、3)最適に調整されたパッシブ制御に対してセミアクティブ制御ではさらに応答が低減されること、4)地震応答スペクトル上で減衰効果が大きい共振周期域では定常応答と同様に応答低減効果が高く、逆に減衰効果が小さい周期域では1サイン波応答と同様に応答低減効果も小さくなること、5)したがって、あらゆる地震動に対する制御効果を保証することは難しいが、本制御手法により、通常の耐震設計手法やパッシブ制御手法よりも高い構造安全性を付与しうること、などを明らかにしている。

 第3章『多自由度構造物に対する多入力セミアクティブ構造制御』では、構造制御手法を提案し、制御性能を解析的、実験的に確認している。多自由系モデルに対して最適制御理論を応用した制御系設計手法を示し、これを振動台実験で用いる3層試験体モデルに適用して、セミアクティブ制御時の地震応答解析を行い、以下のような制御性能を確認している。1)制御力に対する重み係数を小さくしていくと大きなフィードバックゲインが得られ、試験体頂部で変位は単調に減少していくが、加速度は重み係数をある値より小さくすると逆に増加していく、2)代表的なゲインを用いて制御した結果は無制御時と比較して、最大応答値分布、時刻歴波形などに関して高い応答低減効果が得られる、3)各階のセミアクティブ制御装置の減衰力は最適制御力とよく一致しており、アクティブ制御と同等の高い制御性能が得られる、4)応答低減効果はセミアクティブ制御装置の設置階が多いほど大きいが少ない場合もそれに応じた効果が得られる、5)実際の剛性が設計より高い場合には制御効果は劣化するが失われることはなく、速度フィードバック制御のロバスト性により応答は低減される。さらに、模型セミアクティブダンパを設置した3層試験体を用いて、地震波入力に対して応答制御した震動実験により、十分実構造物に適用可能であること、試験体の応答、模型セミアクティブダンパの減衰力とも解析によって再現可能であることを確認している。

 第4章『セミアクティブ構造制御システムの実建物への適用』では、セミアクティブ構造制御手法を5層実建物に適用し、大地震に本格的に対応した世界初の実施事例として、その有効性を実証した結果を報告している。建物の地震応答解析を行った結果、制御すべき応答により最適ゲインが異なるので、ベースシアー、層間変形、屋上階加速度の応答を目安に中心的に用いる代表ゲインを選定して、構造安全性および各種機能の健全性をともに確保しうることを確認している。また、地震応答履歴を想定したセミアクティブオイルダンパ単体の動的加力実験により、リリーフ荷重以下では減衰力指令に減衰力がよく一致することを確認している。さらに、セミアクティブオイルダンパと制御コンピュータ、速度センサから構成されるセミアクティブダンパシステムを建物に設置して、最大加振力100kNの起振機による加振実験を行って、セミアクティブオイルダンパの動作性能、無制御の場合と比較した制御効果、解析による減衰効果の定量的評価の妥当性などを確認している。

 第5章『まとめ』では、本研究の結論として、建築構造物を対象としたセミアクティブ構造制御の基本特性を明らかにして、提案したセミアクティブ構造制御手法の制御性能を解析的、実験的に示し、さらに、実建物への適用を通じて制御手法の有効性を実証したことが述べられている。

 以上のように、本研究は、新しい構造制御手法を基礎研究から始めて応用実施例にまで展開することによって、耐震工学および構造技術の発展に大きく貢献している。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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