学位論文要旨



No 214865
著者(漢字) 太田,正孝
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,マサタカ
標題(和) 液体近似による通信トラヒック解析法とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214865
報告番号 乙14865
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14865号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 教授 斎藤,忠夫
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,通信網における過負荷およびふくそうに関わるトラヒック設計問題に関する研究の成果をまとめたものである.

情報化社会の進展にともない,通信網は大規模なものになっている.この大規模化により潜在トラヒックも増大し,異常ふくそうが発生しやすくなる.異常ふくそう下の通信網は,ふくそうがノード間で伝播するなど非定常な挙動を示す.また,通信のマルチメディア化にともない,異なったトラヒック特性および要求品質をもつトラヒックを統一的なインタフェースで運ぶATM技術が次世代通信網の基盤技術として実用化されている.ATMトラヒックはバースト性を持ち,一時的な過負荷をもたらす.すなわち,バーストトラヒックが到着している間,一時的に過負荷になり,出力リンクでのバッファ長は伸張しつづけるという非定常な挙動を示す.このように,通信網の設計・運用において,通信網の非定常な挙動を考慮することが必要になってきている.非定常状態では,網の状態が時間とともに変動するため,ある時刻では通信品質がよく,ある時刻では悪くなるといったことを評価する必要がある.従って,評価尺度にも時間という新たな要素が加える必要がでてくる.Erlang-B式に代表されるような定常トラヒックを前提とした評価式では,一般に正しい評価は不可能である.非定常な挙動を示す通信網を適切に評価するためには,何らかの新しい評価手法を確立する必要がある.

非定常な挙動を解析するには,過渡解析が必要となる.過渡解析は,通信トラヒック理論において基本的な問題であるにもかかわらず,その研究は,定常状態を対象にした研究に比べてきわめて少ない.その原因は解析の困難さにある.最も基本的な待ち行列モデルM/M/1,M/M/S/Sであっても,その厳密な過渡解は極めて複雑な形をしており,事実上計算は困難である.

本研究は以上の背景のもとに行われたものであり,その成果は以下の3点に要約される.

(1)通信網の過渡解析が可能な近似解析手法の開発

開発すべき手法は,「要件1:通信網のふくそうが評価できること.要件2:印加するトラヒックが時間的および状態に応じて変化する場合も解析できること.要件3:複数のノードで構成される複雑さを持つ通信網の過渡解析ができること.要件4:通信網の特性を正しくとらえるのに十分な精度で解析できること.」でなければならない.これらの要件を考慮し,通信網の過渡解析が可能な近似解析手法を開発した.その特徴は,以下の3点に要約される.(1)流体近似により通信網をモデル化したこと,(2)通信網の評価尺度として各時刻での呼損率を定義し,流体近似モデルを用いて時間的に変動する呼損率を評価可能にしたこと.(3)呼損率の評価にあたり,ふくそうに関わる3つの研究分野,すなわち,(a)ふくそうの進展過程,(b)ふくそう制御,(c)バーストトラヒックに関し,流体近似の適用法を示し,それぞれについて呼損率評価を可能にしたこと.

(2)開発した近似解析手法の通信網設計問題への適用

開発した近似解析手法を具体的な通信網設計問題に適用し,従来技法では,困難であったモデルを解析可能にした.応用は上記ふくそうに関わる3つの研究分野に対応し,(a)ふくそうの進展過程:電話交換網の過負荷特性の解析技法の提案と過負荷特性の解明,(b)ふくそう制御:高速通信網におけるふくそう制御の解析技法の提案と制御特性の解明,(c)バーストトラヒック:ATM網バーストトラヒックの解析法の提案とATM網設計システムの開発,について行った.この結果,(a)ふくそうの進展過程:ふくそうを呼損率という評価尺度を用いて定量的に評価し,ふくそう状態下の通信網の過渡現象(ふくそう状態の進展)を評価可能にした.この手法を用いて,2階位の電話交換網の過負荷特性を明らかにした.(b)ふくそう制御:高速通信網で問題となるデータ伝送時間および制御遅延時間の制御効率への影響を評価可能にした.特に,データ伝送時間は,ソースとふくそうした物理回線との距離にも依存し,ソース間の公平さがたもてないという問題が生じる.本手法により,この公平さを定量的に評価可能にした.評価の結果,これら遅延時間は,通信バッファブロック率や呼損率に1〜2桁もの影響を与えることがわかった.本手法を用いれば,各種遅延時間を考慮した制御パラメータの決定が可能となる.(c)バーストトラヒック:バーストトラヒックのセル損失計算の高速化実現し,ATM網の容量設計を効率よく行うことを可能にした.高速化により,116ノードからなるATM網のセル破棄率を5秒以内で計算が可能になった.

(3)開発した手法の具体化としてATM網設計支援システムの開発

本成果を用いたATM網設計支援システムを開発し,その有効性を確認した.本システムは,日立ATMスイッチANシリーズの製品の一つとして実用化され,本手法の有効性が確認された.

本論文は,8章からなり,それぞれの章は以下のように要約される.

第1章は序論であり,本研究で用いる重要な用語「過負荷」,「ふくそう」,「異常ふくそう」を定義し,目的,背景,関連技術動向と本研究の位置付けを述べる.第2章では,過渡解析手法に関し,従来手法を概観し本研究への適用は困難であることを示し,本研究で開発すべき手法の要件を整理する.これらの要件を満足する解析手法として流体近似による手法を提案し,その数学的表現を示す.さらに通信網のふくそうの評価尺度として,呼損率とブロック率を選定する.第3章では,第2章で導入した流体近似を確率過程論から考察する.その結果,「(1)系内呼数が大きく,十分に多くの事象が発生するような系についての挙動は,大数の法則が働き,流体近似による表現が有効となること.(2)現在の状態が平衡状態からかけ離れている場合,平衡状態に移行しようとする確定的な力が支配的になり,流体近似による表現が有効となること.」を示す.さらには,流体近似による呼損率・ブロック率の計算法を示し,定常解・準定常解・過渡解を求め,近似精度を評価することにより本手法の適用範囲を示す.流体近似は,系内呼数や過負荷の度合いに依存するが,概ね2倍以上の過負荷が印加している範囲で適用可能であることを示す.第4章では,本研究の対象となる「ふくそうの進展過程」,「ふくそう制御」,「バーストトラヒック」の性能解析を行うために,第2章で導入した流体近似モデルの適用方法についての基本的な考え方を示す.以下の章に示す本手法の適用は,ここで示した適用法に基き行う.第5章では,電話交換網の過負荷特性を解析する.流体近似モデルにより,網の挙動を表す連立微分方程式を導入し,数値解析により過負荷特性を解析する.回線などの網内資源のブロック率の時間的変化として過負荷特性をとらえる.この過負荷特性を,網全域にわたり負荷が大きくなる全域過負荷とある特定の地域に負荷が集中する集中過負荷の場合について示す.解析結果,全域過負荷の場合,回線ふくそうのみ見られるのに対し,集中過負荷の場合は,ノードの共通資源である選択数字送信機ふくそうへと進展し,より深刻なふくそう状態となることを示す.本手法により,電話交換網のふくそう状態の進展過程が評価可能となる.第6章では,通信網のふくそう制御特性を解析する.流体近似モデルを適用することにより,従来手法では困難であったデータ伝送時間・制御遅延時間などの各種遅延時間を考慮した解析を可能とする.ここでは,ITU-T勧告の共通線信号方式におけるふくそう制御を対象とする.数値例により,各種遅延時間のふくそう制御効率への影響を明らかにする.さらに,高速通信網においてはトラヒック発生源とふくそうリンク間の距離により遅延時間が異なり,トラヒック発生源毎に通信品質(セル破棄率)が異なることを定量的に示す.そして,現実の通信網を想定した制御パラメータの決定法を示す.第7章では,ATMバーストトラヒックを解析する.ここでは,確率的に変動する過負荷状態に着目し,過負荷が加わっている状態とそうでない状態に縮退させて解析することにより,ATMセル破棄率の計算式の高速化を行う.この計算式の応用として,ATM網設計支援システムを開発し,品質評価にこの高速なセル破棄率計算式を用いる.この結果,ノード数100程度,VCC数300程度のATM網で約3秒でセル破棄率計算を可能となる.これにより,網設計者と支援システムが対話しながらヒューリスティックに進める網設計過程を効率よく進めることを可能となる.開発したATM網設計支援システムは,網計画から網構築・運用まで一貫した支援を可能とする.本システムは日立ATM交換機ANシリーズの中の製品として実用化されている.第8章は結論であり,本研究の成果についてまとめる.

以上,本研究で開発した流体近似による過渡解析手法は,通信網の過渡的な挙動を解析する有効な手段であるとともに,従来手法では解析が不可能であった網のふくそう状態が時間とともに変動する通信網に関する設計問題解析に有効であことを確認した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「流体近似による通信トラヒック解析法とその応用に関する研究」と題し,通信網における過負荷およびふくそうに関わる通信トラヒック解析手法およびそれを用いた通信網設計法について論じたものであって,全8章より成る.

 第1章は序論であって,本研究で対象とする過負荷・ふくそう・異常ふくそうを定義し,目的,背景,関連技術動向と本研究の位置付けを述べている.

 第2章は「従来手法の限界と流体近似の提案」と題し,通信トラヒック解析手法,特に過渡解析手法に関する従来手法を概観し実用的ネットワークへの適用は困難であることを示し,開発すべき手法の要件を整理している.これらの要件を満足する解析手法として流体近似による手法を提案し,その数学的表現を示している.さらに通信網のふくそうの評価尺度として,呼損率とブロック率を定義している.

 第3章は「流体近似の性質と適用範囲」と題し,第2章で導入した流体近似を確率過程論から考察している.その結果,(1)系内呼数が大きく,十分に多くの事象が発生するような系についての挙動は,大数の法則が働き,流体近似による表現が有効となること.(2)現在の状態が平衡状態からかけ離れている場合,平衡状態に移行しようとする確定的な力が支配的になり,流体近似による表現が有効となること.という流体近似の性質を示している.さらに,流体近似による呼損率・ブロック率の計算法を示し,定常解・準定常解・過渡解を求め,近似精度を評価することにより本手法の適用範囲を示している.流体近似は,系内呼数や過負荷の度合いに依存するが,概ね2倍以上の過負荷が印加している範囲で適用可能である.

 第4章は「流体近似の適用法」と題し,ふくそうの進展過程・ふくそう制御・バーストトラヒックのトラヒック解析について,第2章で導入した流体近似モデルの適用方法についての基本的な考え方を示している.以下の章に示す本手法の適用は,ここで示した適用法に基き行う.

 第5章は「電話交換網の過負荷特性解析への応用」と題し,流体近似モデルにより,網の過渡的な挙動を表す時間に関する連立微分方程式を導入し,数値解析により過負荷特性を解析している.ここでは回線などの網内資源のブロック率の時間的変化として過負荷特性をとらえている.この過負荷特性を,網全域にわたり負荷が大きくなる全域過負荷と,ある特定の地域に負荷が集中する集中過負荷の2種類の過負荷について解析している.解析の結果,全域過負荷では回線ふくそうのみ見られるのに対し,集中過負荷の場合は,ノードの共通資源である選択数字送信機ふくそうへと進展し,より深刻なふくそう状態となることを示している.以上本手法によれば,電話交換網のふくそう状態の進展過程が評価可能となる.

 第6章は「ふくそう制御特性解析への応用」と題し,流体近似モデルを用いて通信網の過渡的なふるまいを表現し,従来手法では困難であったデータ伝送時間・制御遅延時間などの各種遅延時間を考慮した解析が可能であることを示している.具体的には,ITU-T勧告の共通線信号方式におけるふくそう制御を対象とし,各種遅延時間のふくそう制御効率への影響を明らかにしている.さらに,高速通信網においてはトラヒック発生源とふくそうリンク間の距離により遅延時間の差異が顕著となり,トラヒック発生源毎に通信品質が異なることを定量的に示している.以上本手法によれば,各種遅延時間を考慮したより現実的なふくそう制御の制御パラメータの決定が可能となる.

 第7章は「ATMバーストトラヒック解析への応用」と題し,ATMスイッチの出力リンクに過負荷が加わっている状態とそうでない状態を考えて,各状態で流体近似モデルにより出力バッファの過渡的な振舞いを表現し解析することにより,ATMセル廃棄率計算が高速に計算可能であることを示している.この計算手法を用いて品質評価を行うATM網設計支援システムを開発した.この結果,ノード数100程度,VCC数300程度のATM網で約3秒でセル廃棄率計算を可能とした.これにより,網設計者と支援システムが対話しながらヒューリスティックに進める網設計過程を効率よく進めることが可能となった.開発したATM網設計支援システムは,品質評価のみならず網計画から網構築・運用まで一貫した支援を可能であり,製品として実用化されている.

 第8章は本論文の結論であり,本研究の成果についてまとめている.

 以上これを要するに,開発した流体近似による解析手法は,通信トラヒック解析法,特に網の過渡解析に有効な手段で,従来手法では解析が困難なふくそう状態が時間とともに変動する通信網に関する設計問題解決に有効であことを実証したものであり,電子情報工学に貢献する所が少なくない.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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