学位論文要旨



No 214868
著者(漢字) 池原,飛之
著者(英字)
著者(カナ) イケハラ,タカユキ
標題(和) 多成分系高分子のダイナミクス
標題(洋) Dynamics of Muliticomponent Polymer Systems
報告番号 214868
報告番号 乙14868
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14868号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 教授 早川,禮之助
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 助教授 伊藤,耕三
 東京大学 講師 木村,康之
内容要旨 要旨を表示する

 多成分系高分子のダイナミクスの科学的研究は、実用材料が多成分系であることが多いため、その重要性を増している。本論文ではゲル、多成分系での結晶化、相溶性高分子ブレンドに関して、それらのダイナミクスを議論する。

 ゲルのダイナミクスに関しては二つのテーマを取り扱う。一つ目は高分子溶液中でのゲルの体積変化についてである。純水中で平衡膨潤状態のアクリルアミドゲルをポリビニルメチルエーテル(PVME)水溶液中に移すとゲル内外の浸透圧差により最初は収縮し、更にその後再び膨潤し始めた。初期の収縮は協同拡散方程式に従っていた。収縮が止まるのはゲルと溶液の浸透圧が釣り合っているからである。この時点でのゲルの体積は溶液の濃度の増加と共に減少した。収縮してからの再膨潤速度は溶液濃度に依存していた。これらの現象は網目内にPVME分子が浸入するという観点から説明できた。

 ゲルに関する二つ目のテーマは、分子運動性から見たアクリルアミドゲルの解析である。イオン化した試料としていない試料にパルス法NMRを適用し、(i)スピンスピン緩和時間T2の溶液組成依存性、(ii)体積相転移中のイオン化ゲルのT2の時間変化、(iii)急激な環境変化で生じたイオン化ゲル内の不均質構造のスピン拡散を利用した解析、を行った。T2の溶液組成依存性の結果によると、体積相転移点での収縮時には溶媒と網目の分子運動性はあまり低下しなかった。その後貧溶媒であるアセトン分率を増していくと、収縮状態でほとんど体積変化しなくても、更に大きく分子運動性が抑制された。これは体積より溶媒と網目の相互作用の方が分子運動性により大きく影響することを示している。体積相転移を起こしているゲルの膨潤過程と収縮過程でのT2の変化は互いに異なる挙動を示した。これは試料の境界から体積変化が生じることを反映している。不均一構造の大きさの解析から、網目の密な部分内でより小さな固体的領域ができることが示された。

 多成分系高分子の結晶化のダイナミクスでも二つのテーマを取り扱う。一つ目は結晶性/非晶性高分子ブレンドでの結晶化である。poly(ε-caprolactone)/スチレンオリゴマー(PCL/OS)ブレンドを、パルス法NMRでT2を測定して結晶化過程を解析した。検討したものは、(i)結晶、非晶、中間成分のそれぞれのT2と分率fの一次結晶化および二次結晶化における時間変化と、(ii)結晶化温度TcとOS分率φosに対する結晶化過程の依存性である。非晶成分と中間成分のT2はφosの増加と共に減少した。これは結晶化中に排除されたOSが非晶状態のままのPCLや結晶と非晶の間の界面に取り込まれていることを示している。結晶成分の分率はプロトンの数に基づく結晶化度を表しており、Tcの増加と共に減少した。これはPCLの多分散性で説明できる。結晶と非晶のfは、一次結晶化が終了した時点と比較して、二次結晶化が進行した状態ではTcとφosにはあまり依存しなかった。これは二次結晶化がアニールの効果を持つことを示している。界面のfはラメラ構造の秩序度を示していると考えられる。その変化により、二次結晶化過程でラメラ厚化、ラメラ生成、OSの排除のうちどの過程が起こっているかを推測することができる。OSの排除先についての議論も行った。三つの成分のfの二次過程での変化は、φos〓5%で極値を示した。この挙動について、球晶の形態の変化と局所的相分離の二つの可能性を基に議論した。

 結晶化に関する二つ目のテーマは光学顕微鏡観察による結晶性/結晶性高分子ブレンドに関してである。poly(butylene succinate)/poly(vinylidene chloride-co-vinyl chloride)(PBSU/PVDCVC)ブレンドの相互侵入球晶の光学顕微鏡観察を行った。PBSUとPVDCVCの球晶はそれぞれ負と正であり、クロスニコルで観察したPVDCVC球晶の複屈折性は小さかった。PVDCVCの球晶成長速度は結晶化温度Tcに対して複雑な依存性を示した。実験条件(PBSU分率30%〜60%、Tc338K〜378K)のほとんどで相互侵入球晶が生成した。偏光顕微鏡観察によると、PBSUに侵入されたPVDCVC球晶の複屈折パターンはPBSUのものに変化した。これはPBSUのラメラがPVDCVCのラメラに沿って成長したことを示しており、これは相互侵入球晶の生成の証拠である。また、PVDCVC球晶内のラメラ密度は小さいことが推測された。PBUS球晶の複屈折パターンは結晶化条件により変化した。PBSU分率が低い試料では正でも負でもない球晶が生成した。この複屈折性は、侵入後のPVDCVC球晶の領域でも保たれていた。

 最後に、相溶性ポリマーブレンドのダイナミクスを分子運動性の観点から解析した。Polystyrene/poly(vinyl methyl ether)(PS/PVME)ブレンドのスピン格子緩和時間T1と回転系でのスピン格子緩和時間T1ρは相溶状態では一成分の緩和を示した。他方、スピンスピン緩和は二成分に分離でき、T2はPS分率φと共に連続的に変化した。二成分の分率はφから計算した二つのポリマーのプロトン数の分率にほぼ一致していた。これらの結果について、(i)相溶状態での微視的な相分離と(ii)分子レベルで混合している二種類の高分子の間に分子運動性の差があること、の二つのモデルを基に議論した。後者の仮定の方が実験結果をよりよく説明できた。

審査要旨 要旨を表示する

 多成分系高分子のダイナミクスの科学的研究は、実用材料が多成分系であることが多いため、その重要性を増している。本論文ではゲル、多成分系での結晶化、相溶性高分子ブレンドに関して、それらのダイナミクスを議論している。

 本論文は、Prefaceに加えChapter1から5までの6部構成になっている。ゲルのダイナミクスに関しては二つのテーマ(Chapter1と2)、多成分系高分子の結晶化のダイナミクスも二つのテーマ(Chapter3と4)、相溶性高分子ブレンドに関しては一つのテーマ(Chapter5)を取り扱っている。Prefaceは全体のアブストラクトと研究全体の総括を兼ねたものである。

 Chapter1では高分子溶液中でのゲルの体積変化を解析している。純水中で平衡膨潤状態のアクリルアミドゲルをポリビニルメチルエーテル(PVME)水溶液中に移すとゲル内外の浸透圧差により最初は収縮し、時間が経過すると再び膨潤する現象を発見している。初期の収縮は協同拡散方程式に従っている。収縮が止まるのはゲルと溶液の浸透圧が釣り合っているからである。この時点でのゲルの体積は溶液の濃度の増加と共に減少した。収縮してからの再膨潤速度は溶液濃度に依存していた。これらの現象は網目内にPVME分子が浸入し、ゲル内部の浸透圧が増加するという観点から説明できている。

 Chapter2では水-アセトン混合溶媒中のアクリルアミドゲルの体積変化と分子運動性の相関を解析している。イオン化した試料としていない試料にパルス法NMRを適用し、(i)スピンスピン緩和時間T2の溶液組成依存性、(ii)体積相転移中のイオン化ゲルのT2の時間変化、(iii)急激な環境変化で生じたイオン化ゲル内の不均質構造のスピン拡散を利用した解析、を行っている。T2の溶液組成依存性の結果によると、体積相転移点での収縮時には溶媒と網目の分子運動性はあまり低下しない。その後貧溶媒であるアセトン分率を増していくと、体積変化がほとんどなくても更に大きく分子運動性が抑制された。これは体積より溶媒と網目の相互作用の方が分子運動性により大きく影響することを示している。体積相転移を起こしているゲルの膨潤過程と収縮過程でのT2の時間変化は互いに異なる挙動を示した。これは試料の境界から体積変化が生じることを反映していた。不均一構造の大きさの解析から、網目の密な部分内でより小さな固体的領域ができることが示された。

 Chapter3では結晶性/非晶性高分子ブレンドでの結晶化の研究を行っている。Poly(ε-caprolactone)/スチレンオリゴマー(PCL/OS)ブレンドを、パルス法NMRでT2を測定して結晶化過程を解析している。検討したものは、(i)結晶、非晶、中間成分のそれぞれのT2と分率fの一次結晶化および二次結晶化における時間変化と、(ii)結晶化温度TcとOS分率φosに対する結晶化過程の依存性である。非晶成分と中間成分のT2はφosの増加と共に減少した。これは結晶化中に排除されたOSが非晶状態のままのPCLや結晶と非晶の間の界面に取り込まれていることを示している。結晶成分の分率はプロトンの数に基づく結晶化度を表しており、Tcの増加と共に減少した。これはPCLの多分散性で説明できる。結晶と非晶のfは、一次結晶化が終了した時点と比較して、二次結晶化が進行した状態ではTcとφosにはあまり依存しなかった。これは二次結晶化がアニールの効果を持つことを示している。界面のfはラメラ構造の秩序度を示していると考えられる。その変化により、二次結晶化過程でラメラ厚化、ラメラ生成、OSの排除のうちどの過程が起こっているかを推測することができる。OSの排除先についての議論も行っている。三つの成分のfの二次過程での変化は、φos〓5%で極値を示した。この挙動について、球晶の形態の変化と局所的相分離の二つの可能性を基に議論している。

 Chapter4は結晶性/結晶性高分子ブレンドであるpoly(butylene succinate)/poly(vinylidene chloride-co-vinyl chloride)(PBSU/PVDCVC)ブレンドの相互侵入球晶を解析している。PBSUとPVDCVCの球晶の複屈折はそれぞれ負と正であり、クロスニコルで観察したPVDCVC球晶の複屈折性は小さかった。PVDCVCの球晶成長速度は結晶化温度Tcに対して複雑な依存性を示した。実験条件(PBSU分率30%〜60%、Tc338K〜378K)のほとんどで相互侵入球晶が生成した。偏光顕微鏡観察によると、PBSUに侵入されたPVDCVC球晶の複屈折パターンはPBSUのものに変化した。これはPBSUのラメラがPVDCVCのラメラに沿って成長したことを示しており、これは相互侵入球晶の生成の証拠である。また、PVDCVC球晶内のラメラ密度は低いことが推測された。PBSU球晶の複屈折パターンは結晶化条件により変化した。PBSU分率が低い試料では正でも負でもない球晶が生成した。この複屈折性は、侵入後のPVDCVC球晶の領域でも保たれていた。

 Chapter5では相溶性ポリマーブレンドのダイナミクスを分子運動性の観点から解析している。Polystyrene/poly(vinyl methyl ether)(PS/PVME)ブレンドのスピン格子緩和時間Tcと回転系でのスピン格子緩和時間T1ρは相溶状態では一成分の緩和を示した。他方、スピンスピン緩和は二成分に分離でき、T2はPS分率φと共に連続的に変化した。二成分の分率はφから計算した二つのポリマーのプロトン数の分率にほぼ一致していた。これらの結果について、(i)相溶状態での微視的な相分離と(ii)分子レベルで混合している二種類の高分子の間に分子運動性の差があること、の二つのモデルを基に議論している。後者の仮定の方が実験結果をよりよく説明できていることを示している。

 以上を要するに本研究で得られた成果は、高分子工学および物理工学上非常に重要なものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42835