学位論文要旨



No 214870
著者(漢字) 小川,雄司
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,ユウジ
標題(和) 鉄鋼精錬プロセスにおけるスラグ泡立ち現象の安定制御技術の研究
標題(洋)
報告番号 214870
報告番号 乙14870
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14870号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 光田,好孝
内容要旨 要旨を表示する

 鉄鋼精錬工程における溶融スラグの泡立ち(フォーミング)現象は、転炉や溶銑予備処理、溶融還元、化石燃料を用いたスクラップ溶解等の上吹き酸素を使用する殆どの精錬プロセスにおいて、その発生が認められる。スラグが激しく泡立つと、時として地金を伴い炉口より大量にスラグが逸出するスロッピングと呼ばれる現象が発生し、鉄歩留まりが大幅に低下し、作業性が著しく悪化する原因となっている。

 鉄鋼精錬プロセスは、ある意味では、スラグをいかに有効に活用するか、いかにスラグをコントロールするかを模索してきた歴史とも言える。特に酸素製鋼法の開発以降は、スラグの泡立ち現象に起因するスロッピングに悩まされ続けてきた。分割精錬法の開発により転炉のスラグ量が減少し、脱炭精錬時のスロッピングトラブルが殆どなくなってからは、混銑車、鍋、転炉での溶銑予備処理工程や多量スラグを使用する製錬プロセスでのスロッピングが問題となった。逆に、電気炉プロセスにおいてはCOガスの発生が殆どなく、スラグが泡立たないために、微粉炭と酸素を吹き込むことにより積極的にスラグを泡立たせて熱効率の向上と耐火物の保護を図っている。

 スラグの泡立ち現象については、古くから実際の操業炉や実験室的規模で研究や解析が行われている。しかしながら、スラグの泡立ちの発生機構には種々の要因が複雑に絡み合っており、統一的な見解には至っていないのが実状であった。本研究は、これまでアプローチの少なかった物理的側面からスラグの泡立ち現象を検討し、泡立ちの発生過程と機構を物理モデルとして記述することで種々の支配因子の影響を明確にするとともに、スラグの泡立ちの制御指針を示すことを目的としたものである。特に泡を構成する気泡のサイズの影響に着目した新たな切り口から種々の支配因子をより明確にすることに主眼を置いて研究を進めた。

 まず、実際の溶鉄と溶融スラグを用いたX線透視観察実験により、スラグの泡立ち過程を明らかにした。ゼラチン水溶液を用いた泡立ちの水モデル実験と併せて、スラグの泡立ちを支配する要因として、発生する気泡の寸法が極めて重要であることを示した。硫黄や酸素といったスラグ/メタル間の界面物性に影響を及ぼす元素により、発生する気泡の寸法が大きく変化し、気泡径が小さくなると急速にスラグの泡立ちが起こることが判明した。また、水モデル実験から、気泡径と泡沫層からのガスの散逸速度にはほぼ比例関係があり、気泡径が小さくなるほどガスの散逸速度が小さくなり泡立ち量が増大することが明らかになった。

 次に、X線透視観察や水モデル実験で得られた知見を基に、スラグの泡立ち現象を物理的に記述するモデルを構築した。現象を、スラグ/メタル界面での気泡発生、スラグ内の気泡分布、泡沫最上部での気泡の破裂の3つの素過程に分け、各々の物理モデルを作成した。スラグの物性やスラグ/メタル界面の物性が発生する気泡寸法や泡沫内の気泡分布、気泡の破裂速度に及ぼす影響を定量的に明らかにした。

 スラグ粘度の増加は、スラグ最上表面での気泡の破裂速度を低下させるとともに、泡沫層内の気泡分布にも影響を与え、泡沫の気体分率を低下させて気泡間の液膜を厚くする作用があるため、泡立ちを増大させる。また、スラグの表面張力の低下は、スラグ最上表面での気泡液膜中の曲率に起因する圧力差を減少させ、液膜内の液体の流下を阻害することで気泡の破裂速度を低下させて泡立ちを増大させる。

 上記のようなスラグ内部での物性の影響の他に、スラグやメタルの表面張力、スラグ/メタル間の界面張力といったスラグ/メタル間の界面物性は、そのバランスによりスラグとメタルの濡れ性を変化させ、濡れ性が良くなると界面から発生する気泡の寸法が小さくなって、スラグの泡立ちを増大させる作用があることも定量的に明確になった。

 スラグの粘性を減少させ、表面張力を増加させたり、スラグ中酸化鉄濃度の低下や硫黄の添加により発生気泡寸法を増大させるといった、泡立ち抑制のためのスラグやメタルの成分設計に対する指針を、上記の知見に基づきある程度定量的に示すことは可能となった。しかしながら、精錬目的や生産性の確保という観点から、スラグの物性や発生気泡径のコントロールには限界があり実用的でない場合が多い。そこで、気泡サイ文の粗大化による泡立ち抑制効果に着目し、発生した微細気泡の合体を強制的に促進して泡立ちを抑制する手段について次に検討を行った。

 まず、X線透視観察と1t規模の溶融還元実験から、これまで経験的に行われてきた炭材による泡立ち抑制の機構が、炭材がスラグに濡れにくいために炭材表面で泡沫中の微細な気泡の合体が促進されることによるものであることを明らかにした。すなわち、スラグに濡れにくい固体物質の添加が、気泡の粗大化による泡立ち抑制に有効であることを明確にした。また、炭材の粒度が小さいほど泡立ちの抑制効果が大きく、炭材と泡との相対運動が合体に必要であったことから、スラグに濡れにくい固体物質と微細気泡との接触頻度の増加が泡立ち抑制効果の向上に有効であると推定された。次に、炭材使用量の適正化により、100t規模の大型炉においても安定操業が可能であることを実証した。さらに、種々の製鋼精錬プロセスにおける泡立ちについて論じ、炭材を用いた泡立ち制御方法の違いは許容される炉内のガス体積とガスの発生速度で統一的に解釈できることを示すとともに、スラグ量が多く炉内体積に対してガス発生速度が高いようなスロッピングを起こしやすいプロセスにおいても、適正な炭材の添加により安定した操業が実現できることを示すことができた。

 最後に、炭材によるスラグの泡立ち制御技術を適用することで、多量スラグを使用するプロセスの特性を逆に利用した新しい精錬法の可能性について検討した。具体的には、スラグの泡立ち制御技術を化石燃料によるスクラップ溶解プロセスに応用し、多量スラグを共存させることで初めて成立する錫の蒸発除去方法について、1kg規模の基礎実験を踏まえて8t規模の試験転炉を用いたスクラップ溶解実験による研究を行った。

 上吹き酸素による高温の火点と炭材から持ち込まれる硫黄分を利用することで、スクラップ中のSnをSnSの形で短時間に蒸発除去可能であることが明らかとなった。ダスト中のSn濃縮比を高め、鉄歩留りを維持しつつ効率的に脱錫を行うためには、多量スラグにより上吹き酸素ジェットとメタル浴を遮断してSnの濃縮されないバブルバースト系ダストを抑制することが極めて重要であり、多量スラグ下での安定操業のためには炭材による泡立ち制御技術が不可欠であることが示された。

 本研究により、これまで不明確であったスラグの泡立ち現象の発生過程や泡立ちスラグの構造がかなりの部分解明された。その知見に基づく物理的なモデルを構築することで、これまで実操業における経験や基礎実験から得られた知見により定性的に言われていたスラグ物性の影響も、泡立ち発生の各過程別に半定量的に明らかにすることができた。

 本研究で得られた知見の中で最も意義が大きい点は、気泡サイズの影響を明確にした点である。スラグ/メタル界面から発生する微細なCO気泡が泡立ちの主要因であり、このCO気泡の寸法により、スラグの物性が同じ場合でも、泡沫層中の気泡分布やスラグ表面での気泡の破裂速度が変化して泡立ち高さが左右される。従来は認識されていなかったメタルの物性も、特にS濃度のような界面張力を変化させるものは、スラグ/メタル界面からのCO気泡の離脱条件を変化させることで気泡寸法に影響を与え、間接的に泡立ち高さを左右することも明確になった。また、泡の寿命への影響として捉えられていたスラグの組成も、酸化鉄濃度のような界面張力を大きく変化させるものは、気泡寸法を介して泡立ち高さに大きな影響を及ぼすことが新たに判明した。このように、発生する気泡の寸法を制御するためのスラグやメタルの組成制御も泡立ちを抑制しつつ安定な操業を行うための新たな指針となる。

 また、泡立ちを制御し安定した操業を可能にすることで、多量のスラグを使用する特性を活かした新しい製錬プロセスも実現できることを示すことができた。多量スラグ型の鉄溶融還元プロセスは、酸化性雰囲気とメタル浴をスラグにより遮断することで高効率な還元が実現される。また、多量スラグ型のスクラップ溶解法への適用により、バブルバースト系のダストをスラグの遮断効果により抑制することで、蒸発しやすいトランプエレメントの除去率を高めることができる。このように、スラグの泡立ち制御技術を利用した新たな製精錬プロセスヘの展開の可能性についても示唆することができた。

 スラグの泡立ち制御技術は、今後の鉄鋼一次精錬プロセスにおける生産性向上、設備のコンパクト化、スラグ量極少化のために極めて重要な技術となる。将来の効率的な製精錬プロセス開発に向けて、本研究で得られた知見が応用されるとともに、泡立ち高さの定量的予測や非定常状態の泡立ち現象の解析等、更なる詳細な研究が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 鉄鋼精錬プロセスにおいては、溶融還元のように凝縮酸化物相中の酸化鉄を炭素により還元する場合には一酸化炭素ガスが発生し、逆に凝縮融鉄相中の炭素を気体の酸素により酸化して脱炭する場合にも一酸化炭素ガスが発生する。すなわち、気液混合状態が必ず存在し、溶融酸化物相(スラグ)は発生した気相種により泡立つ。激しい泡立ちにより溶融スラグが炉外に溢出すると、歩留りや作業性の著しい悪化を引き起こす。

 本論文は、スラグの泡立ち現象を制御する技術を開発した成果を述べたものである。泡立ち現象を直接観察し、得られた知見を基に、物理的な側面からの現象のモデル化と機構解明を行い、実操業におけるスラグの泡立ち制御技術を確立したもので、全6章よりなる。

 第1章は序論であり、本研究の背景、スラグの泡立ち現象に関する従来の知見および本研究の目的を述べている。スラグの物性と泡立ち性の関連については、従来から研究されているが、泡立ちの発生過程や泡沫中の構造といった物理的な側面からの研究は極めて少ない。本論文においては、特に泡を構成する気泡のサイズの影響に着目し種々の支配因子を明確にすることに主眼を置いている。

 第2章では、まず、溶鉄と溶融スラグを用いたX線透視観察実験により、スラグの泡立ち過程を明らかにした。ゼラチン水溶液を用いた泡立ちの水モデル実験と併せて、スラグの泡立ちを支配する要因として、発生する気泡のサイズが極めて重要であることを示した。硫黄や酸素といったスラグ/メタル間の界面物性に影響を及ぼす元素により、発生する気泡の寸法が大きく変化し、気泡サイズが小さくなると急速にスラグの泡立ちが起こることを実験的に明らかにした。

 第3章では、前章で得られた知見を基に、スラグの泡立ち現象を物理的に記述するモデルを構築した。現象を、スラグ/メタル界面での気泡発生、スラグ内の気泡分布、泡沫最上部での気泡の破裂の3つの素過程に分け、各々の物理モデルを作成した。このモデルを用いて、スラグやメタルの物性が、発生する気泡寸法や泡沫内部の気体分率、気泡の破裂速度に及ぼす影響を検討した。その結果、発生気泡径、スラグやメタルの物性と泡沫の安定性との関連が明らかになった。従来考慮されていたスラグ内部の物性の影響の他に、スラグやメタルの表面張力、スラグ/メタル間の界面張力といったスラグ/メタル間の界面物性は、そのバランスによりスラグとメタルの濡れ性を変化させ、濡れ性が良くなると界面から発生する気泡の寸法が小さくなって、スラグの泡立ちを増大させる作用があることが物理的に明確になった。

 第3章までの研究により、発生気泡径を増大させ泡立ちを抑制するためスラグやメタルの成分設計に対する指針を示すことが可能となった。しかしながら、精錬目的や生産性の確保という観点から、発生気泡径の制御には限界が生じる。そこで、発生した微細気泡の合体を強制的に促進して泡立ちを抑制する手段について第4章で検討した。

 第4章では、X線透視観察と1t規模の溶融還元実験から、これまで経験的に行われてきた炭材による泡立ち抑制が、炭材がスラグに濡れにくいことによる炭材表面での泡沫中の微細な気泡の合体促進によることを明らかにした。すなわち、スラグに濡れにくい固体物質の添加が、気泡の粗大化による泡立ち抑制に有効であることを明確にした。また、炭材の粒度が小さいほど泡立ちの抑制効果が大きく、炭材と泡との相対運動が合体に必要であったことから、スラグに濡れにくい固体物質と微細気泡との接触頻度の増加が泡立ち抑制に効果があると推定している。更に、炭材使用量の適正化により100t規模の大型炉においても安定操業が可能であることを実証し、多量のスラグを用いるプロセスにおいても、泡立ち現象を安定に制御する技術を確立した。

 第5章では、炭材によるスラグの泡立ち制御技術を適用することで、多量スラグを使用するプロセスの特性を逆に利用した新しい精錬法の可能性について検討した。具体的には、スラグの泡立ち制御技術を化石燃料によるスクラップ溶解プロセスに応用し、多量スラグを共存させることで初めて成立する錫の蒸発除去方法について、基礎実験を踏まえて8t規模のスクラップ溶解実験による研究を行った。上吹き酸素による高温の火点と炭材から持ち込まれる硫黄分を利用することで、スクラップ中のSnをSnSの形で短時間に蒸発除去可能であることが明らかとなった。ダスト中のSn濃縮比を高め、鉄歩留りを維持しつつ効率的に脱錫を行うためには、多量スラグにより上吹き酸素ジェットと鉄浴を遮断してSnが濃縮される蒸発起因のダストの比率を高めることが極めて重要である。多量スラグ下での安定操業のためには第4章で確立した泡立ち制御技術の適用が不可欠であると結論している。

 第6章は、本論文の総括である。

 以上を要するに、本論文は、鉄鋼精錬プロセスの安定操業を阻害するスラグの泡立ち現象を物理的な側面から検討することで、その発生機構を解明し、安定的に制御する技術を.確立したもので、金属製錬工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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