学位論文要旨



No 214871
著者(漢字) 黒木,正章
著者(英字)
著者(カナ) クロキ,マサアキ
標題(和) 希薄アンモニア水による石炭ガス脱硫法の研究
標題(洋)
報告番号 214871
報告番号 乙14871
学位授与日 2000.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14871号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 平尾,雅彦
 東京大学 助教授 堤,敦司
内容要旨 要旨を表示する

 COG(コークス炉ガス)はメタン、水素及び一酸化炭素を主成分とする燃料ガスであるが、不純物としてタール、軽油、ナフタリンのほか、アンモニア、硫化水素及びシアン化水素等の非炭化水素ガスを含有している。これらの不純物は装置や配管を閉塞したり腐食するだけでなく、燃焼すると硫黄酸化物や窒素酸化物等の有害ガスを排出する。従ってこれらの不純物は精製工程で完全に除去する必要があり、硫化水素に関しては極めて多種類の脱硫プロセスが開発・実用化されてきた。

 各種脱硫プロセスの内、レドックス触媒を使用する湿式酸化法は効率が高くかつ硫化水素を硫黄に固定できる特長があるため、1950年代以降ほぼ全てのCOG脱硫装置に採用されてきた。しかし本法には副反応によるアルカリ薬液の消耗と、発生する高濃度還元性廃液の処理問題が内在するため、環境への適合性が重視される現在においては極めて困難な課題となっている。一方、湿式中和法に分類される「アンモニア水洗浄法」はCOGの物性を最大限に活用でき、かつ有害反応物を殆ど排出しないことが容易に想像されるため、基準の高度化を目指す現在の環境政策への適合性が最も期待できる技術として注目される。

 「アンモニア水洗浄法」には過去に多くの実施例があり、酸性ガスの除去の観点から何れのプロセスも高濃度アンモニア水溶液(20〜50g/1)を使用したが、それに反して脱硫率は一般に70〜90%と著しく低かった。そこで本研究では過去の「アンモニア水洗浄法」で見落とされていた希薄アンモニア水溶液(1g/1以下)による酸性ガスの吸収特性を平衡論並びに実験的に把握し、それらの挙動を化学工学的に解析した。

 COG酸性ガスのアンモニア水に対する吸収特性としてH2SとCO2に関してはVan Krevelen D.W.らの実験値を活用し、一方実績のないHCNに関しては動的実験を行って、それぞれの溶解平衡係数推算式を導出した。

 吸収塔の設計並びにその性能解析においては総括物質移動係数の推算が不可欠であり、特に化学反応を伴う吸収の場合には物理吸収の液相物質移動係数に対する吸収速度の増大効果を示す反応係数βの把握が必要となる。本研究ではNH3水溶液に対するH2SおよびHCNの吸収のような瞬間反応に関して二重境膜説を適用し、反応係数βを溶質ガス分圧PA及び溶媒溶質濃度CBLから直接計算する以下の理論式を導出した。ここで、DA及びDBは拡散係数、H*はヘンリー定数である。またCO2に関しては迅速不可逆反応となるためPinsentらの反応速度定数を利用してγを計算し、そこから反応係数βを推算して実験の解析・評価に活用した。

 本研究における吸収実験の特徴は供試ガスとしてCOGを直接使用したことであり、このことによって成分ガス相互の影響を明確に把握できたことである。吸収実験は基礎実験用として小型,充填式吸収塔(ガス流量:20Nm3/h)、パイロット実験用として大型充填式吸収塔(ガス流量:1,000Nm3/h)を使用した。

 図1は小型充填式吸収塔におけるCOGのアンモニア水(0〜10g/1)による吸収実験結果であり、H2S、HCN及びCO2のガス側基準総括容量係数KGaと吸収液NH3濃度との相関を示したものである。CO2の吸収がNH3濃度によって著しく影響されるのに対してH2SはNH3濃度の影響を殆ど受けない。これはCOG中のNH3が酸性ガスの吸収に深く関わっていることを示しており、H2Sの吸収に関しては希薄アンモニア水が優れることを示している。

 図2は大型充填式吸収塔(パイロットプラント)内におけるCOG成分の濃度プロフィールを示したものであり、NH3水洗浄による吸収が塔頂部で行われるのに対して水洗浄による,吸収が塔底部で行われることを示している。このことはNH3洗浄の場合の吸収液NH3とCOG酸性ガスとの反応が対向流接触によるのに対して、水洗浄の場合はCOG中のNH3が酸性ガスと並行流接触して反応吸収することを示している。

 以上の結果、COG脱硫には希薄アンモニア水が適しており、図3には実用化を前提とするため、吸収液として再生液を循環使用する場合のCOG各成分の除去率を示した。希薄アンモニア水(1g/1以下)を使用する本法の場合、H2S及びHCNの除去率が98%以上であるのに対し、従来のアンモニア水(20〜50g/l)洗浄法の脱硫率は70〜90%であり、その差違は明瞭である。

 本研究ではプロセスの成果を実用に供するため、経済性評価並びに環境適合性評価を併せ実施した。経済性評価においては現在最も一般的に使用されている湿式酸化法の脱硫プロセス、主としてタカハックス法並びにヒロハックス法と比較するためのフィジビリティー・スタディーを実施し表1に示した。本プロセスはリッチ液の再生に蒸気を使用するため変動費は嵩むが、固定費が他法に比して著しく軽減するため、単位ガス量当たりの精製コストは他プロセスの約70%の低位に止まる。環境適合性評価のためのLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)において現状はCO2排出量が他法より多いが、コークス炉廃熱利用等の効率的な熱回収技術の適用によって十分に低減することが期待される。

 近年わが国では鉄鋼産業の停滞並びに都市ガス工業の天然ガス化等によってCOG脱硫技術の需要が著しく低下しているが、隣国中国では国産エネルギー資源である石炭を大量使用しての経済発展が進められており、本研究の石炭利用技術高度化への貢献が期待される。

図1 吸収液NH3濃度と酸性ガスのKGaとの関係

図2 充填塔内におけるCOG成分の吸収プロフィール

[T/G=3.0,t=30℃、NH3aq=0.64g/l]

図3 パイロットプラントの運転成績

「L/G=3.0,t=30℃,Type=E,再生液】

表1 COG脱硫法経済性比較1999年度基準)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「希薄アンモニア水による石炭ガス脱硫法の研究」と題し、コークス炉ガス(COG)中の硫化水素の除去を効率的かつ無公害に実施するため、希薄アンモニア水洗浄による湿式吸収脱硫プロセスの開発を目的としたもので、8章からなっている。

 第1章は序論で、本研究の背景、目的および論文の構成とその概要が述べられている。各種脱硫プロセスに関して体系的に解説し、先進的脱硫技術として評価された湿式酸化法が現在では環境規制に適合し難い状況になっており、それに代わる脱硫技術としてのアンモニア水洗浄法等、湿式吸収法の技術課題について言及している。

 第2章では吸収塔の設計等、吸収反応の化工解析に不可欠な基礎物性としての溶解平衡に言及し、COG酸性ガス成分であるH2S、CO2およびHCNのアンモニア水に対する溶解平衡係数を導出している。これらの酸性ガス成分のうちアンモニア水に対するHCNの吸収特性に関しては文献調査からデータを得られなかったため、溶解平衡実験装置による動的実験を実施してデータの確保を図っている。

 第3章では吸収塔の設計ならびにその性能解析において不可欠な総括物質移動係数に触れ、特に化学反応を伴う吸収の場合には物理吸収の液相物質移動係数に対する吸収速度の増大効果を示す指標として反応係数βの把握が必要になることに言及している。

 本研究ではNH3水溶液に対するH2SおよびHCNの吸収のような瞬間反応に関して二重境膜説を適用し、反応係数βを溶質ガス分圧および溶媒溶質濃度から直接計算する理論式を導出している。

 第4章では小型充填式吸収塔(ガス流量:20Nm3/h)による基礎実験について言及している。この実験の特徴は供試ガスとしてCOGを直接使用している点であり、これによって成分ガスの反応特性が明確に把握されている。H2SおよびHCNの除去率は水洗浄の場合で90%以上、希薄アンモニア水の場合には98%に達している。

 本研究では基礎実験ならびに総括容量係数の理論解析から、吸収液NH3の高濃度化がH2Sの吸収性能には殆ど効果的に作用せず、CO2の吸収率を高めて炭酸アンモニウムが多量に生産され、そのために吸収液中のNH3が消耗されるという結論が示されている。

 第5章はリッチ液の再生実験に関するものであり、パイロットプラントの設計仕様を確定するために実施されている。

 第6章にはパイロットプラント(ガス流量:1,000Nm3/h)による実用化実験の方法ならびにその結果と考察が示されている。

 本実験では吸収塔内部の吸収プロファイル曲線を解析することによって高濃度アンモニア水と希薄アンモニア水との吸収メカニズムの差違を明らかにし、この差違が希薄アンモニア水洗浄法の高効率脱硫の主因と推定している。

 既存のアンモニア水洗浄プロセスは20〜30g/lの高濃度NH3水を使用して70〜90%の除去率しか得られなかったが、1g/l以下の希薄アンモニア水を使用する本プロセスの除去効率は、H2SおよびHCNについて98%以上、NH3について90%以上が見込まれている。

 第7章では本研究で開発された希薄アンモニア水洗浄法と現在最も一般的に使用されている湿式酸化法の3プロセスとを経済性ならびに環境適応性について比較し、実用化の可能性を検討している。その結果、希薄アンモニア洗浄法は精製原単位が他のプロセスの75%程度で経済性に優れていることが確認され、環境適合性については蒸気加熱を要するためLCAによるCO2原単位が若干劣ることが指摘されている。

 第8章は総括で本論文の内容をまとめている。

 以上要するに、本論文は環境制約下のCOG脱硫技術として希薄アンモニア水洗浄法が湿式酸化法に勝るものとして評価し実用化の可能性を指摘したもので、吸収理論およびそれに関する化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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