学位論文要旨



No 214874
著者(漢字) 古川,聡
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,サトシ
標題(和) グルタミンの好中球機能に及ぼす効果
標題(洋) Effects of Glutamine on Neutrophil Functions
報告番号 214874
報告番号 乙14874
学位授与日 2000.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14874号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 坂本,哲也
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 グルタミンは身体内で最も豊富なアミノ酸であり、その蛋白代謝改善効果はよく知られている。また、グルタミンは免疫担当細胞であるリンパ球やマクロファージのエネルギー源でもあり、それらの機能を増強する。一方、外科侵襲後の感染性合併症、特に腹膜炎や肺炎、敗血症等の重症感染症の発生率は、近年の集中治療の進歩に拘わらず増加し、死亡率も高い。このため、新しい外科侵襲期の感染性合併症対策が必要とされている。グルタミンはその治療対策の一つとなる可能性がある。

 宿主防御において、侵入してきた細菌を殺菌する際には、好中球は極めて大切な役割を演じる。好中球の殺菌作用においては、活性酸素の産生が重要である。そして、術後患者では好中球殺菌能が低下することが示されている。しかし、好中球殺菌能を増強させる方法についての研究は数少い。そこで本研究は、好中球機能、特に殺菌能および活性酸素産生能に及ぼすグルタミンの効果を明らかにすることを目的とした。このため、グルタミンの、ラット大腸菌腹膜炎時の殺菌能に及ぼす効果、外科手術後患者の末梢血好中球殺菌能に及ぼす効果、好中球活性酸素産生能に及ぼすブドウ糖との相対的な効果、術後患者末梢血好中球および単球の貧食能・活性酸素産生能に及ぼす効果、を順次検討した。

2.ラット腹腔内大腸菌持続注入モデルにおける経腸的グルタミン投与の殺菌能に及ぼす効果の検討ラット腹腔内大腸菌持続注入モデルにおいて、グルタミン含有経腸栄養剤が殺菌能に及ぼす効果を検討した。また、グルタミンの形態、すなわち遊離アミノ酸かペプチドかでの効果も比較検討した。その結果、腹腔内細菌投与前と投与中のグルタミンの経腸投与は、腹腔内と肝臓の生菌数を減少させた。その効果は、今回の実験モデルでは、グルタミンの投与形態が遊離アミノ酸であろうとペプチドであろうと同様であった。また、グルタミン投与は、腹腔内浸出細胞数およびその細胞分画には影響しなかった。グルタミンが、炎症局所の好中球やマクロファージの殺菌能を高めている可能性が示唆された。

3.外科手術後患者の好中球殺菌能に及ぼすin vitroでのグルタミン補充効果の検討

 グルタミンの、外科手術後患者の好中球殺菌能に及ぼす効果をin vitroで検討した。あわせて手術後患者の血漿CRP値やアミノ酸分析も行い、これらと好中球殺菌能との関連も検討した。その結果、高侵襲手術後患者ほどin vitroでの好中球殺菌能が低下していた。そして、in vitroでの好中球殺菌能は・グルタミン濃度1000μmol/Lが500μmol/Lより有意に高かった。このin vitroでの500μmol/Lから1000μmol/Lへのグルタミン濃度増加による好中球殺菌能改善は、術後の血中グルタミン濃度が低い患者ほど顕著であった。血中グルタミン濃度低値の患者へのin vivoでのグルタミン投与が、術後の感染防御能増強に有効である可能性が示唆された。

4.好中球活性酸素産生能に及ぼすブドウ糖およびグルタミンの相対的効果の検討

 好中球のエネルギー源は通常ブドウ糖と考えられてきた。しかし最近、好中球はグルタミンも利用することが知られるようになった。そこで、好中球の殺菌において重要である好中球活性酸素産生能に対する、ブドウ糖およびグルタミンの相対的効果を検討した。その結果、ブドウ糖が欠乏すると好中球活性酸素産生能が減少し、ブドウ糖補充により好中球活性酸素産生能は有意に増強することが明らかになった。さらに、グルタミンは、ブドウ糖が欠乏した状況において、好中球活性酸素産生能を有意に高めることが示された。

5.in vitroグルタミン添加が術後患者末梢血好中球および単球の貧食能・活性酸素産生能に及ぼす効果の検討

 術後患者末梢血へのin vitroでのグルタミン補充が、好中球および単球の貧食能・活性酸素産生能に及ぼす効果を検討した。その結果、術後患者末梢血へのin vitroでのグルタミン添加は、好中球と単球の貧食能および活性酸素産生能を有意に増強した。これらのグルタミンの作用は、とくに高侵襲手術後や高度炎症時に顕著にみられ、このような症例や病態におけるグルタミンの投与が、術後の感染防御能増強に有効である可能性が示唆された。

6.結語

 好中球機能に対するグルタミンの効果をin vitroおよびin vivoで検討した。その結果、

1)ラット腹腔内大腸菌持続注入モデルでの腹腔内細菌投与前と投与中のグルタミンの経腸投与は、腹腔内と肝臓の細菌クリアランスを改善した。

2)グルタミンは、手術後患者末梢血好中球のin vitro殺菌能を増強した。

3)グルタミンは、ブドウ糖が欠乏した状況において、好中球活性酸素産生能を増強した。

4)術後患者末梢血へのin vitroでのグルタミン添加は、好中球と単球の貧食能および活性酸素産生能を増強した。

 以上の検討より、グルタミンは、リンパ球やマクロファージに加えて好中球の機能も増強し、宿主防御能増強に大いに寄与することが示唆された。グルタミンによる好中球殺菌能増強のメカニズムの一部は、好中球貧食能や活性酸素産生能の増強作用によると推察された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、免疫担当細胞であるリンパ球やマクロファージのエネルギー源で、それらの機能を増強するグルタミンについて、宿主防御において重要な役割を演じていると考えられる好中球の特に殺菌能と活性酸素産生能に及ぼす効果を検討したものである。そして、下記の結果を得ている。

1. ラット腹腔内大腸菌持続注入モデルにおいて、グルタミン含有経腸栄養剤が殺菌能に及ぼす効果を検討した。また、グルタミンの形態、すなわち遊離アミノ酸かペプチドかでの効果も比較検討した。その結果、腹腔内細菌投与前と投与中のグルタミンの経腸投与は、腹腔内と肝臓の生菌数を減少させた。その効果は、今回の実験モデルでは、グルタミンの投与形態が遊離アミノ酸であろうとペプチドであろうと同様であった。また、グルタミン投与は、腹腔内浸出細胞数およびその細胞分画には影響しなかった。グルタミンが、炎症局所の好中球やマクロファージの殺菌能を高めている可能性が示唆された。

2. グルタミンの、外科手術後患者の好中球殺菌能に及ぼす効果をin vitroで検討した。あわせて手術後患者の血漿CRP値やアミノ酸分析も行い、これらと好中球殺菌能との関連も検討した。その結果、高侵襲手術後患者ほどin vitroでの好中球殺菌能が低下していた。そして、in vitroでの好中球殺菌能は、グルタミン濃度1000μmol/Lが500μmol/Lより有意に高かった。このin vitroでの500μmol/Lから100μmol/Lへのグルタミン濃度増加による好中球殺菌能改善は、術後の血中グルタミン濃度が低い患者ほど顕著であった。血中グルタミン濃度低値の患者へのin vivoでのグルタミン投与が、術後の感染防御能増強に有効である可能性が示唆された。

3. 好中球のエネルギー源は通常ブドウ糖と考えられてきた。しかし最近、好中球はグルタミンも利用することが知られるようになった。そこで、好中球の殺菌において重要である好中球活性酸素産生能に対する、ブドウ糖およびグルタミンの相対的効果を検討した。その結果、ブドウ糖が欠乏すると好中球活性酸素産生能が減少し、ブドウ糖補充により好中球活性酸素産生能は有意に増強することが明らかになった。さらに、グルタミンは、ブドウ糖が欠乏した状況において、好中球活性酸素産生能を有意に高めることが示された。

4・ 術後患者末梢血へのin vitroでのグルタミン補充が、好中球および単球の貧食能・活性酸素産生能に及ぼす効果を検討した。その結果、術後患者末梢血へのin vitroでのグルタミン添加は、好中球と単球の貧食能および活性酸素産生能を有意に増強した。これらのグルタミンの作用は、とくに高侵襲手術後や高度炎症時に顕著にみられ、このような症例や病態におけるグルタミンの投与が、術後の感染防御能増強に有効である可能性が示唆された。

 以上・本論文はグルタミンが、リンパ球やマクロファージに加えて好中球の機能も増強し、宿主防御能増強に大いに寄与することを示した。本研究はこれまでほとんど知られていなかったグルタミンによる好中球殺菌能・活性酸素産生能増強効果を明らかにした点から、今後の防御能低下宿主対策に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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