学位論文要旨



No 214880
著者(漢字) 山川,隆一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,リュウイチ
標題(和) 国際労働関係の法理
標題(洋)
報告番号 214880
報告番号 乙14880
学位授与日 2000.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 第14880号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,和夫
 東京大学 教授 石黒,一憲
 東京大学 教授 道垣内,正人
 東京大学 教授 岩村,正彦
 東京大学 助教授 荒木,尚志
内容要旨 要旨を表示する

1.本書は、国際労働関係における適用法規の決定枠組および各労働法規の地域的適用範囲について考察を行ったものである。社会経済のグローバル化に伴って、労働関係においても国際化が進展し、様々な法律問題が生じているが、その中でもっとも基本的なものは、国際労働関係においてはそもそもいずれの国の労働法規が適用されるのか、また、適用される個々の法規について、その適用範囲はどこまで及ぶのかという問題である。

 この問題をめぐっては、伝統的な理解によれば、「私法」については準拠法選択のアプローチが用いられ、「公法」については地域的適用範囲の画定のアプローチが妥当すると考えられてきた。しかし、「私法」と「公法」の区別には疑問が投げかげられており、特に、労働法のように両者が交錯している領域においては、両者を総合した検討を行う必要がある。また、従来の学説では、準拠法選択のアプローチに関し、労働契約の準拠法に関する業績の蓄積がみられる一方で、個々の労働法規の地域的適用範囲についても若千の検討がなされてきているが、両者の論点がいかなる関係に立つのかは必ずしも明らかにされておらず、また、労働法規の地域的適用範囲について総合的な考察を行った研究は必ずしも多くはみられなかったように思われる。

 本書は、こうした状況にかんがみて、アメリカ法を中心とした比較法的検討を行い、その結果をふまえて、わが国における問題処理のありかたにつき考察を行ったものである。

2.本書では、第1章において上記のような課題を明らかにしたのち、第2章においてアメリカ法の検討を行った。まず、第1節においては、渉外的事案における適用法規の決定にあたり、労働法の分野では、準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲のアプローチの2つが存在し、両アプローチが使い分けられていることを示した。そして、両者の関係については、必ずしも議論が統一されているわけではないが、当該法規が「規制法規」であるかどうかに着目する見解などがみられることなどを指摘した。

 次いで、第2節では、アメリカ合衆国において労働契約の準拠法がどのようにして決定されているかを検討した。まず、契約準拠法をめぐる一般的状況として、準拠法選択ルールは州により異なるものの、抵触法第二リステイトメントの立場(「最も重要な関係」の理論)が有力になっていることを指摘した。次いで、労働契約の準拠法については、当事者による法選択(当事者自治)が原則として認められているが、公的政策による制約(地域的適用範囲の画定のアプローチにより適用される労働法規はこれに当たることが多い)が存在することや、当事者の法選択がない場合には、主たる労務の給付地への連結を基本としつつ、海外派遣の事案などでは労務給付地以外への連結が認められていることなどを明らかにした。

 さらに、第3節では、域外適用問題に関する一般論をふまえて、地域的適用範囲の画定のアプローチがとられる諸種の労働法規につき、具体的な適用範囲を検討した。その結果、合衆国最高裁は、労働法規に関しては、明文の規定がない限り域外適用を認めるのには消極的であるが、特に雇用差別禁止法の領域において、立法により域外適用を認められた法規が少なからずみられること、その場合、合衆国企業の現地法人をも対象とする一方で、保護の対象を合衆国市民に限り、また、域外適用される合衆国法規に従うと現地法に違反してしまう場合には現地法の規制に従うことを認めるなど、現地法との調整についての配慮がみられることなどを指摘した。さらに、域外適用が認められない労働法規でも、「雇用の基地」を国内にもち、一時的に外国で就労している労働者には適用が可能であること、域外適用と属地適用の区別に関し、雇用上の意思決定等がなされた土地と、労働者の勤務地のいずれを基準とするかという問題が争われていることなどを示した。

 なお、以上の各側面を小括する際には、ヨーロッパにおける問題処理の状況をも参考にしつつ、日本法にとっていかなる示唆が得られるかについて検討を加えている。

3.以上の検討に基づき、第3章においては、国際労働関係における適用法規の決定に関して、わが国ではいかなる処理を行うべきかを考察した。まず、第1節では、準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲の画定のアプローチを統一的に捉えようとする最近の国際私法理論や、第2章で検討したアメリカ合衆国等における理論状況を参考にして、両者の関係を検討した。そして、国際労働関係における適用法規を考える場合には、2つのアプローチの併存を認めたうえで、それぞれが適用法規の決定枠組の構成要素をなすものとして統一的に把握するとともに、両者が交錯する場合の対応を検討することが妥当ではないかと考えるに至った。

 このような基本的立場に基づいて、第2節以下では、国際労働関係における準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲の画定のアプローチの双方につき検討を試みた。まず、第2節においては、労働契約の準拠法等について考察を行い、労働契約の当事者による契約準拠法の選択(当事者自治)を基本的に承認する一方で、現行法例のとる行為地法主義の難点にかんがみ、裁判例や学説の多数が採用する、黙示の法選択の認定を活用する手法に賛成することとした。そして、国際労働関係の主要な類型ごとに、黙示の法選択の具体的な内容についての検討を行った結果、通常労務給付地法の選択を推認することを原則としつつ、海外派遣の場合には従前の労務給付地法の選択を推認するなど、事案に応じた黙示の法選択の認定をなすべきことを指摘した。

 また、当事者自治の限界については、これまで唱えられてきた諸学説を批判的に検討したうえで、準拠法選択ルールとは関わりなく、地域的適用範囲の画定のアプローチにより直接適用される絶対的強行法規が、法例33条の公序とは別個に当事者自治を制約するという見解を採用した。そして、このような理解によると、「公法」的な絶対的強行法規と「私法」的な契約準拠法とが交錯する場合の対応が問題となるので、この点についても検討し、日本法が契約準拠法となる場合、域外適用が否定されるわが国の絶対的強行法規についても、その内容が実質法的指定により契約の内容となることで関係者を規律する余地があること、逆に外国法が契約準拠法となる場合には、わが国の絶対的強行法規と矛盾ないし重複する外国法の適用は否定されることなどの結論に到達した。

 最後に、第3節においては、わが国における主要な労働法規の地域的適用範囲につき、上記と同様にアメリカ法等の分析をふまえた検討を行った。まず、労働法規については、そもそも準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲の画定のアプローチのいずれが妥当するかが問題となることから、出発点として、両者の使い分けに関する判断要素を提示し、ついで、後者のアプローチがとられる法規の適用範囲を画定するに当たって留意すべき事項を考えてみた。そのうえで、主要な法規に関して、それぞれの目的や規制システム等を念頭に置きつつ、いずれのアプローチがとられるかを検討したのち、その地域的適用範囲を画定する作業を行った。

 こうした検討の結果、取り上げた労働法規については、絶対的強行法規として準拠法にかかわらず適用されると考えられるものが大部分となった。そして、それらの地域的適用範囲については、各法規の規制対象や目的などを念頭に置いた検討を行い、たとえば、労基法はわが国に存在する事業ないし雇用関係について、労組法はわが国に存在する労使関係について(雇用関係がわが国に存在する場合もこれと同視される)、職安法はわが国の労働市場についてそれぞれ適用されるとの見解を提示した。各法規の行政取締法規及び刑事法規としての側面については、おおむね「属地主義」に近い処理方法を採用したが、拡張された属地主義に基づいてその適用範囲を検討したため、いくつかの点において、実質的な域外適用を認める結果となっている。また、民事法規としての側面については、行為の場所に関する属地主義的な制約は必ずしも妥当しないため、やはり実質的な域外適用が認められる場合があることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

1.社会経済のグローバル化に伴い、労働関係においても、日本企業における外国人の雇用、外資系企業の労働関係、日本企業社員の海外派遣・海外勤務、海外合弁企業の労働関係、国際的労働移動などの国際的現象が増加し、様々な法律問題が生じているが、その中でも特に基本的なものが、国際労働関係においてはいずれの国の労働法規が適用されるのか、また、適用される個々の法規について適用範囲がどこまで及ぶのか、という問題である。本論文は、この国際労働関係における法の適用の問題について、錯綜する論点をほぼ包括的に整理したうえ、国際私法の一般理論を踏まえ、その道具概念を活用しつつ、国際労働関係の類型や労働法規の性質に即して、解決のための体系的理論を提示したものである。本論文は、問題の内容を明らかにしたうえ、これまでの学説・裁判例における問題処理の状況を批判的に分析した「第1章 問題の所在」、アメリカ合衆国における問題処理の全体的枠組みと労働契約の準拠法・労働法規の地域的適用範囲とを検討し、同国における問題処理の手法から示唆を汲み取る「第2章 アメリカ合衆国における問題処理の状況」、国際労働関係に関する適用法規の決定枠組みを準拠法選択と地域的適用範囲画定という二つのアプローチを関連させて組立てたうえ、労働契約の準拠法と、労働法規の地域的適用範囲とについて解釈理論を提示する「第3章 日本法の検討」、検討の全体を要約し自己の処理理論の要点を提示する「結章 総括」の4章からなっている。

2. 「第1章 問題の所在」は、わが国において労働関係の国際化の中で生じている多様な法律問題を整理して、国際労働関係における法の適用の問題を抽出したうえ、これらを様々な視点から部分的に論じてきた既存の裁判例、行政解釈、学説を整理する。ここでは、労働契約に関する準拠法選択に関する法例7条1項の当事者自治の原則、同2項の行為地法主義と黙示の法選択、当事者自治の公序や強行法規等による制限などの諸論点、労働法規の地域的適用範囲については、属地主義と域外適用、「事業」が国内外のいずれに存するかによる区別、などの論点を整理し、それぞれに関するこれまでの議論を検討する。そのうえで、筆者は、適用法規決定に関する伝統的理解では、「私法」については準拠法選択のアプローチが用いられ、「公法」については地域的適用範囲画定のアプローチが妥当すると考えられてきたが、「私法」と「公法」の区別には従来から疑問が投げかけられているのみならず、労働法規の多くは刑罰法規ないし行政法規としての性格と民事法規としての性格が併存し交錯しているので、両者を総合した検討を行う必要があるとする。そこで、準拠法選択のアプローチと地域的適用のアプローチがどのような関係にあるのかを明らかにしたうえで、労働契約の準拠法をどのように決定すべきか、そこでは当事者自治に対する制約はいかにあるべきかを考察し、ついで主要な労働法規について各々の地域的適用範囲はどのようなものかを具体的に考察すると、目標を設定する。

3. 「第2章 アメリカ合衆国における問題処理の状況」は、まず、「第1節 適用法規決定の枠組み」において、渉外的事案における適用法規の決定にあたり、労働法の分野では準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲画定のアプローチの二つが存在し、両アプローチが使い分けられていることを示したうえ、両者の関係については必ずしも議論が統一されているわけではないが、当該法規が「規制法規」であるかどうかに着目する見解などがみられることを指摘する。

 次いで、「第2節 アメリカにおける労働契約の準拠法」は、アメリカ合衆国において労働契約の準拠法がどのようにして決定されているのかを検討する。まず、契約準拠法をめぐる一般的状況として、準拠法選択ルールは、州により異なるものの、抵触法第二リステイトメントの立場(「最も重要な関係」の理論)が有力になっていることを指摘する。次いで、労働契約の準拠法については、当事者による法選択(当事者自治)が原則として認められているが、公的政策による制約(地域的適用範囲の画定のアプローチにより適用される労働法規はこれに当たることが多い)が存在することや、当事者の法選択がない場合には、主たる労務の給付地への連結を基本としつつ、海外派遣の事案などでは労務給付地以外への連結が認められていることなどを明らかにする。

 さらに、「第3節 アメリカ労働法の地域的適用範囲」は、域外適用問題に関する一般論を踏まえて、地域的適用範囲の画定のアプローチがとられる諸種の労働法規にっき、具体的な適用範囲を検討する。その結果、連邦最高裁は、労働法規については明文の規定がない限り域外適用を認めるのに消極的であるが、特に雇用差別禁止法の領域において、立法により域外適用を認められた法規が少なからず見られること、その場合、合衆国企業の現地法人をも対象とする一方で、保護の対象を合衆国市民に限り、また、域外適用される合衆国法規に従うと現地法に違反してしまう場合には現地法の規制に従うことを認めるなど、現地法との調整についての配慮がみられることなどを指摘する。さらに、域外適用が認められない労働法規でも、「雇用の基地」を国内にもち、一時的に外国で就労している労働者には適用が可能であること、域外適用と属地適用の区別に関し、雇用上の意思決定等がなされた土地と労働者の勤務地とのいずれを基準とするか、という問題が争われていることなどを明らかにする。

4. 以上の検討に基づき、「第3章 日本法の検討」は、国際労働関係における適用法規の決定に関して、わが国ではいかなる処理を行うべきかを全体的に考察する。まず、「第1節 国際労働関係と適用法規の決定枠組み」では、準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲の画定のアプローチを統一的に捉えようとする最近の国際私法理論や、第2章で検討したアメリカ合衆国における理論状況、および最近の先行業績によって明らかにされているドイツ・ECにおける立法・理論状況を参考にして、両者の関係を検討する。そして、国際労働関係における適用法規を考える場合には、2つのアプローチの併存を認めたうえで、それぞれが適用法規の決定枠組の構成要素をなすものとして把握するとともに、両者が交錯する場合の対応を検討するのが妥当であるとの考え方を述べる。

 このような基本的立場に基づいて、第2節以下では、国際労働関係における準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲画定のアプローチの双方を、両者を関連させつつ順次検討する。まず、「第2節 労働契約の準拠法」では、労働契約の準拠法等について考察を行い、労働契約の当事者による契約準拠法の選択(当事者自治)を基本的に承認する一方で、現行法例のとる行為地法主義の難点にかんがみ、裁判例や学説の多数が採用する、黙示の法選択の認定を活用する手法に賛成する。そして、外国人労働者の国内での就労、海外進出企業の現地採用、海外出張、海外派遣、複数の国にまたがる勤務など国際労働関係の主要な類型ごとに、黙示の法選択の具体的な内容についての検討を行って、通常労務を給付する地の法を選択したものと推認することを原則としつつ、海外派遣の場合には従前労務を給付していた地の法を選択したものと推認するなど、事案に応じた黙示の法選択の認定をなすべきことを主張する。

 また、当事者自治の限界については、これまで唱えられてきた諸学説を批判的に検討したうえで、準拠法選択ルールとは関わりなく、地域的適用範囲の画定のアプローチにより直接適用される絶対的強行法規が、法例33条の公序とは別個に当事者自治を制約するという見解を採用する。このような理解によると、「公法」的な絶対的強行法規と「私法」的な契約準拠法とが交錯する場合の対応が問題となるが、日本法が契約準拠法となる場合、域外適用が否定されるわが国の絶対的強行法規についても、その内容が実質法的指定により契約の内容となることで関係者を規律する余地があること、逆に外国法が契約準拠法となる場合には、わが国の絶対的強行法規と矛盾ないし重複する外国法の適用は否定されるべきことなどの処理基準を主張する。

 最後に、「第3節 労働法の地域的適用範囲」では、労働法規については、そもそも準拠法選択のアプローチと地域的適用範囲画定のアプローチのいずれが妥当するかが問題となることから、出発点として、両者の使い分けに関する判断要素(規律の目的が私人間の利益調整か国家の政策実現か、規律の対象が私人間の権利義務関係か政府・私人の関係か、法実現の方法として権力的関与や特別の行政手続きがあるか、等)を提示し、ついで、後者のアプローチがとられる法規の適用範囲を画定するに当たって留意すべき事項(法規の立法目的・規制システム・適用の構造、複数の規制システムがある立法の場合はそれぞれのシステム毎の検討、等)を検討する。そのうえで、労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法、労災保険法、男女雇用機会均等法、育児介護休業法、高年齢者雇用安定法、労働組合法、職業安定法、労働者派遣法などの主要な法規について、それぞれの目的や規制システム等を念頭に置きつつ、いずれのアプローチをとるべきかを検討し、そのうえで、各法規の地域的適用範囲を画定する作業を行っている。

 こうした検討の結果、上記の労働法規は、行政的規制手続をもたない育児介護休業法や高年齢者雇用安定法を除いて、絶対的強行法規として準拠法にかかわらず適用されるべきであるとの結論に至っている。たとえば、労働基準法は、労働契約を直接に規律する効力をもっとはいえ、刑罰法規に裏付けられた行政監督システムをもった強行法規群であって、絶対的強行法規性が明らかであるとする。また、労働組合法は、行政的救済システムをもつ不当労働行為制度、契約に特別の効力を与えた労働協約法制、労働者の団体行動に関する民事・刑事の免責など規制システムを異にする複数の法規範群から構成されているが、各法規群の検討の結果いずれも絶対的強行法規と解すべきとする。

 次に、以上の各法規の地域的適用範囲については、各法規の規制対象や目的などを念頭に置いた検討を行い、たとえば、労基法はわが国に存在する事業ないし雇用関係について、労組法はわが国に存在する労使関係ないし雇用関係について、職安法はわが国の労働市場についてそれぞれ適用されるとの見解を提示する。各法規の行政取締法規及び刑罰法規としての側面については、おおむね「属地主義」に近い処理方法を採用するが、アメリカにおける「雇用の基地」理論のような拡張された属地主義に基づいて、いくつかの点において実質的な域外適用を認める結論をとっている。また、民事法規としての側面については、行為の場所に関する属地主義的な制約は必ずしも妥当しないため、やはり実質的な域外適用が認められる場合があることを示している。5.以上が本論文の要旨である。本論文の長所は、第一に、国際労働関係への法の適用問題について、その全体像を明らかにしたうえで、国際労働関係の類型や労働法規の性格を考慮した体系的で一貫した問題処理の枠組みを提示したことである。国際労働関係への法の適用問題については、労働契約の準拠法に関する裁判例・学説の検討の蓄積が見られる一方で、労働法規の地域的適用範囲については労働基準法、職業安定法等に関する労働省の行政解釈や労組法の適用に関する命令例・裁判例をめぐって断片的検討があるにとどまっていた。本論文は、適用法規決定と地域的適用範囲の両者にわたって、上記問題の全体像を明らかにすると共に、それら二つのアプローチを組み合わせることによって解決の方法論を提示し、その方法論を用いて、労働契約の準拠法決定と主要労働法規の地域的適用範囲の基準とに関する詳細で具体的検討を行ったもので、国際労働関係への法の適用問題に関する初めての本格的研究として労働法学に稗益するものである。

 第2に、本論文は、国際私法の領域にまたがる労働法上の問題について、国際私法の理論枠組みと道具概念を応用しつつ、問題の全体像とその中での個別的諸論点を提示し、それらを検討する理論的筋道を示したことによって、労働法学が今後この問題に関する議論を深めて行くことを格段に容易ならしめた。労働法学にとっては、国際私法の難解な理論枠組みを国際労働関係について解きほぐして再構成した点において、大きな貢献を果たしている。また、国際私法の一般的理論を、国際労働関係に関する問題について、労働関係と労働法規に関する考察を加えて各論化した点において、国際私法学へも有益な貢献をしている。

 第3に、国際労働関係に関する比較法としては、ドイツ・フランス・ECにおける問題処理状況に関して詳細な検討を行う業績がいくつか現れているのに対し、アメリカ合衆国における問題処理についてはこれまで包括的な検討を行ったものは少なく、とりわけ、準拠法選択と地域的適用範囲画定という二つのアプローチを総合的に取り扱った先行業績はなかった。本書は、このような研究状況から、アメリカ合衆国における問題処理の包括的検討を目指し、それを相当程度達成している。

 第4に、本論文が国際労働関係への法の適用問題の具体的論点について行う解釈論は、理論的に説得力があり、実際的妥当性も高い。また、全体として、論旨が一貫しており、文章も明快である。

 しかし、本論文には、問題点がないわけではない。第1に、国際労働法学の議論の出発点を築くうえではやむを得なかったとはいえ、本論文が説く国際私法の理論枠組みは、国際私法学の基本的・一般的議論を着実に踏まえているものの、その詳細にわたった議論を十分に活用するまでには至っていない。

 第2に、比較法研究について、欧州の問題処理との比較は先行業績に依拠した断片的な論述にとどまっている。欧州の問題処理についても体系的分析があれば、本論文の研究はより一層の厚みを増したものと思われる。

 しかし、これらの問題点も、本論文の価値を著しく損なうものではない。国際労働問題への法の適用問題の全体像を提示して、そのなかに個別問題を位置づけ、体系的で一貫した解決方法を示し、説得力ある結論を導いた本論文は、労働法学・国際私法学の双方に重要な貢献をなすものであり、博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものと認められる。

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