学位論文要旨



No 214882
著者(漢字) 小石,龍太
著者(英字)
著者(カナ) コイシ,リュウタ
標題(和) チオレドキシン還元酵素に関する分子生物学的研究
標題(洋) KM-102-derived reductase like factor(KDRF)
報告番号 214882
報告番号 乙14882
学位授与日 2000.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14882号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 助教授 吉田,稔
 東京大学 助教授 加藤,久典
内容要旨 要旨を表示する

 造血機構、細胞性免疫反応、抗体産生、炎症反応、アレルギー反応、あるいは細胞の分化、増殖を制御する重要な遺伝子の多くは、構成的に発現するのではなく、細胞の置かれた状況に応じて一過的な発現調節が行われることにより厳格な制御をうけていると考えられる。サイトカインや癌遺伝子は、その代表的な例である。これらの一過的な発現調節をうける遺伝子のmRNAの3'非翻訳領域には、mRNA不安定化配列(AUUUA)が繰り返して存在していることが知られており、実際にこのAUリッチな配列がmRNAの不安定化に関与していることがc-myu、GM-CSFなどについて報告されている。このようにmRNAの不安定化に関与しているAUUUAの繰り返し配列を有する遺伝子は、生体内の生理機能の調節に重要な役割を担っている蛋白質をコードしている可能性が高いと考えられる。したがって、こうした遺伝子を単離することができれば、様々な疾患の発症機構の解明につながる可能性がある。また、医薬品として有用な蛋白質は、近年の遺伝子組換え技術を利用して大量に生産され、疾患に対する治療に直接役立てることも可能である。

 著者は、一過的に発現調節が行われる遺伝子が生理的に重要な機能を担う蛋白質をコードしうるものであると考え、こうしたmRNAに共通に存在するAUリッチな配列をプローブとして検索を行うことで新規なサイトカイン様遺伝子を単離することを試みた。

 ところで新規遺伝子を単離するためにさらに重要な点として、その遺伝子を提供する側の細胞の問題を挙げることができる。著者は、サイトカイン研究から得られている知見に基づき、造血微小環境を形成する骨髄間質細胞に着目した。骨髄間質細胞は、体内で様々な状況に対応し、造血系コロニー刺激因子などのサイトカインをはじめとした因子を放出することで、骨髄内において多能性造血幹細胞や各種の血球前駆細胞の分化、増殖を制御している。また、近年、ヒトの骨髄間質細胞は、株化がなされ、様々な実験を安定して行うことが可能となった。以上の点から著者は、ヒト由来骨髄間質細胞株KM-102を利用して、外部から炎症性の刺激を与えた際、発現が誘導されてくる遺伝子群の中から、mRNAの3'非翻訳領域にAUリッチな配列を含有する遺伝子をスクリーニングすることを試みた。

 第2章において、KM-102細胞の性質を調べる目的で、既知のサイトカイン誘導剤(IL-1β、lipopolysaccharide、phorbol 12-myristate 13-acetate)と新規サイトカイン誘導剤ロイストロダクシンB(LSN-B)を用いて、KM.102細胞と、これまでCSFの産生が知られている間葉系細胞との反応性の比較を行った。さらに初代培養ヒト骨髄間質細胞を用いてLSN-Bに対する反応性を検討し、in vitroにおけるKM-102細胞株と初代培養ヒト骨髄間質細胞との性質を比較した。CSFの産生誘導活性を指標にしてヒト血管内皮細胞、ヒト表皮線維芽細胞、及びヒト末梢血単核球とKM-102との間でその反応性を比較した結果、KM-102細胞は、これまでにCSF産生細胞として知られている種々の細胞に比べてサイトカイン誘導剤に対する反応性が比較的高く、そのプロファイルもユニークであることが示された。一方、KM102細胞は、初代培養ヒト骨髄間質細胞とほぼ同様なLSN-Bに対する応答性を示し、様々なサイトカインを産生した。上記実験結果に加えて、KM-102細胞がin vitroで血球コロニーの形成能を示すことからも、クローン化されたKM-IO2細胞は、in vivoの状態をよく反映した細胞株であることが示唆された。

 第3章において、炎症性の刺激で発現が誘導されてくるサイトカイン様遺伝子を単離するために、mRNA不安定化シグナルであるAUUUA配列に対する相補配列をプローブとして、phorbol 12-myristate 13-acetateとA23187で刺激したヒト骨髄間質細胞株KM-102のmRNAから作製したcDNAライブラリーのスクリーニングを行った。その結果、推定549個のアミノ酸からなる蛋白質をコードするクローンKM31-7を得た。塩基配列の解析から、このクローンは、AUUUA配列を含んだ3'非翻訳領域を有しており、また、そのmRNA発現量は、種々の炎症性の刺激に対して一過的に応答して変動した。さらに、高発現ベクターを利用してCOS-1細胞へ導入することにより、この遺伝子は、分泌蛋白をコードしていることが明らかになった。一方、データベースの検索から、クローンKM31-7のコードする蛋白は、グルタチオン還元酵素と30%程度の相同性を有していることが示された。そこで融合蛋白を作製してその性質を検討したところ、この蛋白は還元酵素の性質を持つことが判明した。この蛋白は、還元酵素の性質とサイトカイン様の性質を併せ持つ新しい蛋白であることから、著者はKDRF(KM-102-derived reductase like factor)と命名した。

 KDRFは、その後の解析からセレン含有蛋白として単離されたヒト・チオレドキシン還元酵素(Thioredoxin reductase;TR)と同一のものであることが明らかになったことから、第4章において、KDRF/TR蛋白の生化学的解析を行うために、大腸菌で組換え蛋白を作製することを試みた。KDRF/TR蛋白は、セレノシステインをC末端から2番目の位置に含有し、基質である酸化型チオレドキシンを還元するためには同蛋白内のセレノシステインが必須であることが知られている。したがって、活性型のKDRF/TR蛋白を入手するためにはセレノシステインを含有するKDRF/TR体を作製することが必要となる。ところが、真核生物と原核生物とではセレノシステインを蛋白内へ挿入するメカニズムが異なるため、単純にヒト由来のKDRF/TR cDNAを大腸菌へ導入して発現を試みても、活性型KDRF/TR蛋白を得ることは不可能である。そこで、大腸菌のギ酸デヒドロゲナーゼの解析から明らかにされた、大腸菌におけるセレノシステイン挿入メカニズムをKDRF/TR cDNAへ導入することにより、大腸菌内でヒト由来のセレノシステイン蛋白(KDRF/TR)を作製することを試みた。その結果、活性体、すなわちセレノシステインを保有するKDRF/TR蛋白を作成することに成功した。本研究は、ヒト型のセレン蛋白を大腸菌で作成することに成功した最初の例である。

 著者が大腸菌で作製することに成功した活性型KDRF/TR蛋白は、活性酸素の発生によって生じる各種の疾患に対する抗酸化剤として利用しうる可能性が示唆される。同時に、これまで不可能であると考えられていたヒトの活性型セレン蛋白の組換え型蛋白が大腸菌で作製可能となったことは、他のセレン蛋白の組換え型蛋白作製へ応用できるとともに、機能として不明な点が多いこれらの蛋白質の機能をin vitroで解析するための重要な手段となりうることが期待される。一方、KDRFは、細胞内外でその還元活性を介して様々な生理機能を有していること、さらにセレン蛋白としてセレンの貯蔵という生体にとって欠くことのできない生理的機能を有していることが推定されることから、著者の利用したスクリーニング系は、これまでの遺伝子単離法とは異なり、生理的に意義のある遺伝子を単離するためのユニークな手法であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 サイトカインを始めとした生体内の重要な制御因子のmRNAの3'非翻訳領域には、mRNA不安定化配列(AUUUA)が存在する例が知られている。従って、このようなAUUUA繰り返し配列をmRNAに有する遺伝子は、細胞の置かれた状況に応じて一過的な発現調節が行われるため、この遺伝子産物(蛋白質)は、生体内の生理機能の調節に重要な役割を担うと考えられる。本研究では、こうしたAUUUA配列に着目することで、新規なサイトカイン様遺伝子の単離を試みた。その結果、ヒト由来骨髄間質細胞株KM-102を利用して外部から炎症性の刺激を与えた際、一過性に発現が誘導される遺伝子群の中から、新規チオレドキシン還元酵素遺伝子(KDRF)を見出した。更に、組み換え蛋白質を作ることで、その酵素機能を生化学的に解析した。

 第1章は、研究の背景と目的を述べた結論から構成されている。

 第2章において、KM-102細胞の性質を調べる目的で、既知のサイトカイン誘導剤(IL-1、lipopolysaccharide、phorbol 12-myristate 13-acetate)と新規サイトカイン誘導剤ロイストロダクシンB(LSN-B)を用いて、サイトカインを産生することが知られている間葉系細胞と反応性の比較を行った。更に、初代培養ヒト骨髄間質細胞を用いてLSN-Bに対する反応性を検討し、KM-102細胞と性質を比較した。その結果、KM-102細胞は、初代培養ヒト骨髄間質細胞とほぼ同様なLSN-Bを始めとした各種誘導剤に対し、高い応答性を示し、様々なサイトカインを産生した。以上の結果より、KM-102細胞はin vivoの性質をよく反映した細胞株であると判断し、以後、この細胞株を用いてスクリーニングを行なった。

 第3章において、炎症性の刺激で発現が誘導されてくるサイトカイン様遺伝子を単離するために、mRNA不安定化シグナルであるAUUUA配列に対する相補配列をプローブとして、phorbol 12-myristate 13-acetateとA23187で刺激したヒト骨髄間質細胞株KM-102のmRNAから作製したcDNAライブラリーのスクリーニングを行い、いくつかの新規遺伝子を同定・解析した。その内、推定549個のアミノ酸からなる蛋白質をコードするクローンKM31-7について、更に解析を進めた。塩基配列の解析から,このクローンはAUUUA配列を含んだ3'非翻訳領域を有しており、また、そのmRNA発現量は、種々の炎症性の刺激に対して一過的に応答して変動した。更に、高発現ベクターを利用してCOS-1細胞へ導入することにより、この遺伝子は、分泌蛋白をコードしていることが明らかになった。一方、データベースの検索から、クローンKM31-7のコードする蛋白は、グルタチオン還元酵素と30%程度の相同性を有していることが示された。そこで、融合蛋白を作製してその性質を検討したところ、この蛋白は還元酵素の性質を持つことが判明した。この蚤白は、還元酵素の性質とサイトカイン様の性質を併せ特つ新しい蛋白であることから、著者はKDRF(KM-102-derived reductase like factor)と命名した。

 その後の解析から、KDRFは、セレン含有蛋白として単離されたヒト・チオレドキシン還元酵素(Thioredoxin reductase;TR)と同一のものであることが明らかになった。

 第4章では、大腸菌で組換え蛋白を作製し、KDRF/TR蛋白の生化学的解折を行った。大腸菌の蟻酸脱水素酵素の解析から明らかにされた大腸菌におけるセレノシステイン挿入メカニズムをKDRF/TR cDNAへ導入することにより、大腸菌内でヒト由来のセレノシステイン蛋白(KDRF/TR)を作製することを試みた。生化学的解析の結果、活性体、すなわちセレノシステインを保有するKDRF/TR蛋白の作成に成功した。大腸菌でのヒト型のセレン蛋白作成の最初の例となった。

 以上、本論文はmRNA不安定化配列(AUUUA)に着目したクローニングを用いることで、骨髄間質細胞から新規サイトカイン様チオレドキシン還元酵素(KDRF)を単離し、更に、その性質を遺伝子工学的、生化学的手法により明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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