学位論文要旨



No 214884
著者(漢字) 渡辺,広幸
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ヒロユキ
標題(和) ピロネチン類の合成と活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214884
報告番号 乙14884
学位授与日 2000.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14884号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 ピロネチン1は1993年にストレプトミセス属の放線菌代謝産物として発見された化合物である(図-1)。後に単離されたデメチル体2とともに植物の生長抑制活性を有する他、免疫抑制活性の報告もなされている。1998年になると理研のグループが1及び2の抗癌活性を報告した。この活性は微小管の重合阻害に基づくものである。従来知られている微小管重合阻害剤は複雑な骨格のテルペンやアルカロイド類で、天然物からの僅かな供給に頼っている現状である。従ってポリケチド由来のピロネチンは注目すべき骨格と生物活性を兼ね備えた新規リード化合物として期待できよう。所が比較的低分子であるにも関わらず、4連続を含む6箇所の不斉中心を持つ骨格が起因して効率良い全合成経路は達成されていなかった。そこで著者はまず、ピロネチン類の効率的全合成経路を開拓するとともに、それを基盤とする誘導体合成ならびに構造活性相関、更にはこれらの化学を応用した生理機能の解析を目的として以下の研究を展開した。

 合成計画ではC6-C7位で切断してラクトン部のCl-C6単位と側鎖部のC7-Cl4単位に二分し、両者を連結する収歛的経路を選択した。Cl-C6単位は香月-Sharpless反応により容易に得られる既知エポキシド3から調製した(図-2)。3を安息香酸エステル4とした後、ルイス酸存在下に保護プロパルギルアルコール5から導かれるアルキニルアラナートによりエポキシドを開環して6を得た。この反応は位置選択的であったが、更にアラナートが反応した副生物がかなり生ずるため収率は上がらなかった。しかし続く三重結合の還元とエポキシド形成は円滑に進行して、非常に短工程で必要とするC1-C6単位7を得た。

 問題は4連続不斉中心を含むC7-C14単位の合成であったが、立体化学の制御能力が高い環状化合物を利用することとした。ピロネチンのC8-C10位に相当する立体を制御した後に開環すればラクトン環側鎖の連続不斉中心を効率良く導入できるという考えである。

 出発原料にはビシクロ化合物8を用いた(図一3)。8は著者らの研究室で開発された高光学純度で調製容易な光学活性原料であり、他の天然物合成でその有用性が示されてきた化合物である。まず8の水酸基を保護してメチル化を行うと、期待通り一方的にα一メチル体が得られた。ケトンの選択的還元はL-セレクトリドにより達成され、求めるα体を13:1の比率で得た。一方水素化ホウ素ナトリウムを還元剤に用いると選択性が逆転し、約1:4の比率でβ体が優先した。メチルエーテルとして保護基を除去した所、これらの異性体の分離が可能となり、純粋な9を得ることができた。立体化学については6員環が異常な立体配座をとっているらしく、核磁気共鳴スペクトルでの決定が困難であったが、9に対応するジオール体のX線結晶解析により9が正しい立体配置を持つことが判明した。

 酸化後、シリルエノールエーテル経由で水酸基を導入し、塩基存在下にBirch還元して環状ケトール10を得た。その後2段階でアセタールアルデヒド11へ導き、高井反応で選択的に(E)-オレフィンを導入、次いでチオアセタール交換によりC7-C14単位に相当するジチアン12を得た。

 鍵反応となる2つの単位の結合は当初全く進行しなかった(図-4)。関連類縁体を別途調製するなどしてこのタイプのジチアンとエポキシドのカップリング反応を詳細に検討した結果、ジチアンのアニオンの発生には高温が必要であり、かつその温度ではアニオンは短命であるという特殊な性質を明らかにした。即ち、塩基としてn-BuLiを12に対して0℃、5分という条件で作用させてアニオンを形成後、直ちに7を加える方法により効率良く13を得ることに成功した。チオアセタールの加水分解後、得られたカルボニル基をヨウ化リチウムのキレート効果を利用する手法で望む立体に還元して14を得た。最後に脱保護後二酸化マンガンにより一挙にα,β-不飽和ラクトン環の形成を達成して1の光学活性体の全合成に成功した。更にこれまで合成の報告がなかった2への変換を脱メチル化により達成した。この収斂的な全合成法は、ほぼ同時期に報告されたいくつかの合成法よりも短工程で総収率も非常に高いものである。

 効率良い合成経路が確立されて大量供給が可能となったため、次に各種誘導体合成と構造活性相関の研究を行った。またピロネチンの新規微小管重合阻害剤としての可能性に期待し、プローブ合成を通じて機能解析に貢献したいと考えた。なお活性試験は理研のグループによりなされた。

 検討の結果、ピロネチンは活性発現のための最小構造であることが明らかとなった。即ち、ラクトン環、水酸基の立体、側鎖の構造などに関する誘導体は全て天然型に対して低活性となった。より有用な誘導体を見出すには至らなかったが、ラクトン環二重結合及び7位水酸基の立体化学が特に活性に重要であることを明らかにした。

 次に結合部位の決定で最近しばしば用いられているビオチン化プローブの合成を行った。この合成では先に行った構造活性相関の知見を基にC7-アシル誘導体としてビオチン化プローブ15を調製した(図-5)。活性試験の結果、ピロネチンは微小管タンパク質に直接特異的に結合して活性を発現していることを明らかにした。

 以上のように本研究により興味ある天然物、ピロネチンの効率的全合成経路が確立された。更に各種関連誘導体の合成やプローブ合成を通じて活性中心と思われる部位を特定し、その機能解析の研究に貢献することができた。

図-1ピロネチンの構造

図-2 C1-C6単位の調製(6段階、29%)

図-3 C7-C14単位の調製(14段階、20%)

図-4 カップリング反応とピロネチン合成(全19段階、13%)

図-5 ピロネチンービオチンプローブの合成

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はピロネチン類の合成と活性に関するもので二章よりなる。ピロネチン類1及び2は放線菌の培養液から単離され、免疫抑制作用と植物の生長調節作用が二つのグループにより報告されていたが、最近このものが抗癌作用も示すことが見出された。これらの生物活性に加え、比較的低分子であるにもかかわらず4連続を含む6箇所の不斉中心があり、合成標的としても面白く、またその構造一活性相関にも興味がもたれる。筆者はこの点に着目し、作用機作をも明らかにすることを目的としてピロネチン及び類縁体の合成研究を行った。

 まず序論で研究の背景と意義を論じた後、第一章ではピロネチン類の新規な効率的全合成経路の開拓について述べている。合成計画ではC6-C7位で切断してラクトン部のC1-C6単位と側鎖部のC7-C14単位に二分し、両者を連結する収敏的経路を選択した。C1-C6単位5は既知エポキシド3から出発し、エポキシドを開環した4を経由して調製した。

 次に、4連続不斉中心を含むC7-C14単位10を、六員環の立体制御を利用して調製した。光学活性体6の水酸基の保護後メチル化を行い、一方的にα-異性体を得た。ケトンの還元は13:1の選択性で進行し、その後メチルエーテル化、脱保護して7を得た。さらに酸化、Birch還光等を経てケトール8とした。6員環の酸化的開裂後、2段階でアルデヒド9へ導いた。これに(E)-オレフィンを導入、アセタール交換してジチアン10を効率良く得た。

 次に鍵反応となる5と10の結合であるが、ジチアンのアニオンの発生には高温(0℃)を要し、かつその寿命が短かかったが厳密な反応条件の設定により、収率良く11が得られた。チオアセタールの加水分解、生じたカルボニル基の立体選択的還元により12とした。最後に脱保護、二酸化マンガン酸化によるα,β-不飽和ラクトン環形成により1の光学活性体の全合成を達成した。更に1の脱メチル化により2へ変換した。筆者の行った収斂的な全合成法は、ほぼ同時期に報告されたいくつかの合成法よりも短工程で総収率も非常に高い。

 最近見いだされたピロネチンの抗癌作用は、強力な微小管重合阻害によるもので従来知られている微小管重合阻害剤と比べて活性と構造の両見地から興味深い研究対象となっている。そこで第二章ではピロネチンの各種誘導体合成を行い、構造と微小管重合阻害活性との間の相関を明らかにした経緯について述べている。種々の誘導体を合成し、生物活性を検討した結果、ピロネチンは活性発現のための最小構造であることが明らかとなった。即ち、ラクトン環、水酸基の立体、側鎖の構造などに関する誘導体はいずれも天然物より低活性であった。特にラクトン環二重結合及び7位水酸基の立体化学が活性に重要であることがわかった。また機能解析のためにビオチン化プローブ13を調製し、これを用いてピロネチンが微小管タンパク質に特異的に結合して活性を発現していることを明らかにした。

 以上、本論文は免疫抑制作用、植物の生長調節作用、抗癌作用を有するピロネチン自体の大変効率のよい立体選択的合成を達成するとともに、その類緑体を合成し、構造一活性相関や作用発現機構を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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