学位論文要旨



No 214885
著者(漢字) 布施,博之
著者(英字)
著者(カナ) フセ,ヒロユキ
標題(和) 海洋微生物関与の硫化メチルの変換と分解
標題(洋)
報告番号 214885
報告番号 乙14885
学位授与日 2000.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14885号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 大和田,紘一
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 講師 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 硫化メチル(DMS)は、陸上ではパルプ製紙工場や屎尿処理場などで発生する悪臭物質であるが、海では磯の香として親しまれてきた物質でもある。この海洋で発生するDMSは地球上の硫黄の循環において重要な流れを形成していると同時に、上空での雲の形成に関与することで地球の気候変動にも関与している。この海洋のDMSは主に藻類によって生産されるその前駆体から生成する。その後、生成したDMSは光による分解を受けるか、微生物分解で失われていくか、大気中に揮散していくというのが大きな流れであり、海洋中における分解は大気中への揮散と拮抗しているという意味で、重要な意味を持っている。DMSの分解に関与する微生物としては、海洋・陸上からメタノール資化菌や硫黄酸化細菌などが既に報告されているが、本論文においては、より広く微生物の関与を検索する事により、海洋におけるDMS分解の流れをより明確にする事を目指して研究を行った。具体的には、DMSの生産者である。と同時に海洋において大きなバイオマスを有する藻類のDMS分解への関与、陸上の脱硫細菌において知られているジメチルスルホキシド(DMSO)を経由する分解経路の海洋での存在、多くの有機化合物を酸化することが可能なメタン資化性菌のDMS酸化への関与、の3点から検討を行った。

1. 各種藻類による硫化メチルの変換

 数種の単細胞藻類を蛍光灯下においてDMSと反応させたところDMSOの生成が確認され、しかも、熱処理により藻を殺した方がDMSOの生成が良くなる傾向が見られた。藻体と培養上清に分画したところ、その変換に関与する因子は主に藻体側にあることが示され、その変換反応には光が必要であった。その因子はアセトンや、クロロホルム・メタノール混液などにより抽出可能であり、そうした処理により生藻体のままよりも変換活性が上昇する傾向が見られた。さらに、大型藻類や陸上植物など調べたところ、それらについても変換活性が見られ、その活性は植物体中のクロロフィル量と相関が見られた。しかし、藻体や植物体そのもの及びその抽出物は、そこに含まれるクロロフィル量から予想される変換活性よりも、はるかに強い変換活性を持っていた。クロロフィルaの場合にも、熱処理によってその変換活性の上昇が見られることから、その分解産物であるフェオフィチンaについても検討を行ったところ、確かに同量のクロロフィルaよりは変換活性は高かったが、やはり、藻体や植物体そのもの及びその抽出物の活性を説明する事はできなかった。このように、これらの変換因子は光合成に関与する色素類であることが想定されるものの、少なくてもクロロフィルaもしくはフェオフィチンaはその活性の主たる成分ではない。

2. 海洋性脱硫細菌による硫化メチルの変換と分解

 陸上の脱硫菌で知られているようなDMSがDMSOを経て分解されていく経路の海洋での存在を確認すべく、沿岸の海からDMSを硫黄源として生育できる菌のスクリーニングを行い、DMS-S1株を得た。本株は、その性質や16S rDNAの解析結果からMarinobacterium属の細菌であると同定された。本株は、DMS以外にもメチルメルカプタン(MM)やメタンスルホン酸(MSA)などを有機硫黄源として生育できた。硫酸イオン、MM、MSAなどを硫黄源として生育するときには、暗条件下ででも生育できたが、DMSを硫黄源として生育するときには光を必要とした。さらに、DMSを硫黄源として生育するときには、硫酸イオンを硫黄源として生育するときの100倍近くのDMSを必要とした。DMSを硫黄源として生育したときの代謝産物を調べたところ、減少したDMSの大部分はDMSOに変換されていた。ただ、この菌は光の有無に拘わらず、DMSOを硫黄源として生育することはできなかった。このDMSをDMSOに変換する因子は、主に培養液中に放出される熱安定な分子量10,000以下の低分子物質であり、この変換にも光が必要であった。特定の波長域の光のみを透過する光学フィルターを用いた実験により、このDMSをDMSOへと変換するのに必要な光の波長は、ほぼ380〜480nmの範囲にあることが示された。この菌の培養上清はほとんど無色であるが、340nmと412nm付近に極大吸収を有している。さらに、DMSO以外のDMSからの代謝産物としてギ酸とホルムアルデヒドが検出され、光がないとやはりその生成は抑制された。ギ酸の生成量は加えたDHSの約3〜5%(モル比)であった。ホルムアルデヒドヘの変換に関与する因子は、DMSO生成の場合と同じく主に培養液中に放出され、熱安定であり、DMSからホルムアルデヒドヘの変換の過程ではMMの生成は確認されなかった。これらの結果や、DMSの大気中での光分解との類推から、このDMS-S1株は、培地中に放出した物質と光の作用によってDMSからホルムアルデヒドができるときに生成すると考えられる硫酸、亜硫酸、MSAなどを硫黄源として生育しているものと推定された。

3. 海洋性メタン資化性菌によるDMSの変換

 海洋性メタン資化性菌のDMS変換への関与を明らかにするために、まず、海からメタン資化性菌の集積と分離を行った。分離に際しては、より広い基質特異性を持つ可溶型のメタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)を持つ株の分離を目指したが、20数株のメタン資化性菌を分離した中でsMMO用のアッセイ試験で検出されたのはNI株の1株だけであった。NI株についてはその性質の検討や16S rDNAの解析結果からMethylomicrobium属の細菌であると同定された。また、増殖に最適な塩濃度は2.8〜5.6%であって、低塩濃度では生育が見られず、海洋性の菌であることが確認された。この菌がsMMOを持っていることは、sMMO遺伝子群のmmoX遺伝子の一部をPCRにより増幅し、その塩基配列を既知の遺伝子と比較することにより確認した。その発現に関してはトリクロロエチレン(TCE)の分解活性で検出することにより、過剰の銅イオンによって発現が抑制されることを確認した。このNI株の銅過剰条件下と銅欠乏条件下でのDMS酸化活性の比較や、NI株と他のsMMOの検出されなかった分離株とのDMS酸化活性の比較により、DMSはsMMOが発現しているかどうかに関わりなくメタン資化性菌によってDMSOに変換されることが確認された。

4. 総括

 本研究によって、光条件下では、DMS-S1株が培地中に放出する物質や藻体の成分によって、DMSがDMSOへと変換されることが示された。この反応に関与するそれぞれの物質は熱安定であり、この反応が光増感反応であることが示唆された。この光増感反応は実海域中でもDMSの酸化反応として広く起こっていると考えられてきたが、最初に光エネルギーを受け取る物質については、明確にはされてこなかった。本研究の結果は、藻類やDMS-S1株のような細菌が生産する物質が、DMSの海洋での光分解へ関与しうる可能性を示したものといえる。特にDMS-S1株の放出する物質については、DMSの変換に有効な光の波長が、実海域でDMSの光分解に有効とされる波長とほとんど一致していた。また、この株は、光存在下でDMSをDMSOに変換するのみでなく、メチル基をホルムアルデヒドとして脱離させる反応にも関与しているが、実海域においても、DMSの光分解でDMSO以外のものがかなり生じていることが報告されてきており、これらの物質の解明により実海域におけるDMSの光酸化反応についての理解が深まることが期待される。藻類の有する光増感物質については、脂溶性でもあり、藻体内でのDMS変換への関与が強い事が予想され、藻体内のDMSO生成との関連が注目される。

 海洋性メタン資化性菌によるDMSのDMSOへの変換そのものについては、ほぼ予想されたとおりであったが、NI株は海洋性でsMMOを有する唯一の株であり、その広い酸化活性から環境浄化等への応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 硫化メチル(DMS)は、陸上ではパルプ工場や屎尿処理場などで発生する悪臭物質として知られているが、海洋で発生するDMSは、地球上の硫黄の循環において重要な流れを形成していると同時に、上空での雲の形成に関与することで地球の気候変動にも関与している。本研究は、そうしたDMS分解に関連して、藻類及び海洋細菌の新規な作用を明らかにしたものであり、本論4章と総括からなる。

 第1章では、研究の背景として、まず、海洋におけるDMSを中心とした硫黄の循環を概説し、海水中における主要分解経路として、光による分解と微生物分解がある事を述べている。

 第2章では、藻類の関与するDMSのジメチルスルホキシド(DMSO)への変換反応について述べている。海洋における主要な一次生産者であり、DMSの生産者でもある単細胞藻類とDMSの関係を調べる過程で、単細胞藻類が光照射下においてDMSをDMSOへ変換することを見出した。この反応は、藻類の中に含まれる熱安定で有機溶媒に抽出される物質の光増感反応によって起こっていることが示され、類似した性質を有する物質は大型藻類や陸上植物の光合成色素を含んだ組織にも存在することが示された。クロロフィルaやその分解産物であるフェオフィチンaにもそうした働きはあったが、より強い活性を持った物質の存在が示唆されている。

 第3章においては、DMSを硫黄源として利用できる海洋細菌について述べている。海から光照射下でのみDMSを硫黄源として生育できる細菌を分離し、Marinobacterium属の細菌と同定した。分離菌は、DMS以外にメチルメルカプタン・メタンスルホン酸を硫黄源として生育可能であったが、DMSO・ジメチルスルホンは硫黄源として利用できなかった。DMSを硫黄源として生育するには硫酸イオンを硫黄源とするときの100倍近い濃度のDMSを必要とし、その際には主要代謝産物としてDMSOが蓄積し、微量のホルムアルデヒドとギ酸の蓄積がみられた。DMSのDMSOへの変換、DMSのホルムアルデヒドヘの変換ともに、菌体外に放出される熱安定な因子によって光の存在下でのみ起こること、DMSからDMSOへの変換反応に必要な光の波長はほぼ380〜480nmの範囲であること、DMSからホルムアルデヒドヘの変換に際してはメチルメルカプタンは発生しないことが示された。これらのことから、この菌は、培地中に放出した物質と光の作用によってDMSからホルムアルデヒドができるときに生成すると考えられる硫酸、亜硫酸、メタンスルホン酸などを硫黄源として生育しているものと推察している。

 第4章では、海洋性メタン資化性菌によるDMSの変換について述べている。メタン資化性菌の持つメタンモノオキシゲナーゼは、幅広い基質に対して酸化能力を持つが、可溶型のものと膜結合形のものがあることから、その型について考慮しDMSに対しての酸化反応の検討を行った。沿岸の試料から20株を越えるメタン資化性菌を分離した中で、ナフタレン酸化能を指標とした可溶型メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)の検出で陽性だったものは1株だけであった、その株について、sMMO遺伝子の保存配列をプライマーとして用いたPCR解析により、sMMOの存在を確認するとともに、Methylomicrobium属の細菌であると同定した。トリクロロエチレンの分解を指標としてこの菌におけるsMMO発現条件の検討を行い、sMMOの発現の如何に拘わらずDMSをDMSOに変換しうることを示した。また、sMMOの検出反応で陰性であった他のメタン資化性菌の分離株と比較することにより、メタン資化性菌がsMMOを持っているかどうかに拘わらず、DMSをDMSOに変換しうることを示した。

 総括と展望においては、以上の結果を総括すると共に、海洋におけるこれらの反応の意義を指摘し、今後の課題について述べている。

 以上本論文は、海洋におけるDMSの変換・分解について、光化学反応や共酸化反応を行う新たな微生物の関与を示したものであり、学術上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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