学位論文要旨



No 214886
著者(漢字) 古家,加夫留
著者(英字)
著者(カナ) フルヤ,カオル
標題(和) ダウノルビシン生合成に関わるDnrN及びDrrC蛋白質の機能解析
標題(洋)
報告番号 214886
報告番号 乙14886
学位授与日 2000.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14886号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 西山,真
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

 放線菌は気菌糸や胞子形成を含む独特な形態分化と多種多様の二次代謝を特徴とする興味深いグラム陽性細菌である。この様な複雑な形質を制御するために放線菌は各種多様の制御機構を融合し、進化してきたと考えられる。制御機構の中には、真核生物に特徴的と思われていたセリン、スレオニンキナーゼやホルモン様物質を介したものや、放線菌特異的な機構も発見されている。

 また、原核生物が一般に持つ制御機構も当然備えており、その中でもいわゆる2成分制御系の遺伝子の存在が近年相次いで報告されている。

 放線菌で2成分制御系応答因子と相同性を持つ遺伝子が報告され、その遺伝子産物の結合標的が明らかとなった最初の例はStreptomyces peucetius由来のdaunorubicin生合成系遺伝子群内のdnrN遺伝子である。daunorubicinとその14位の水酸化体であるdoxorubicinは有用なanthracycline系の化学療法剤であり、S. peucetiusにおいては40Kbにわたる生合成遺伝子群の塩基配列が決定されている。その中のひとつであるdnrN遺伝子産物は2成分制御系応答因子、特にFixJサブファミリーと非常に高い相同性を示し、さらに同生合成遺伝子群の他の調節遺伝子durlの転写に必須であることが判明している。dnrN遺伝子産物はAfsR等の放線菌の調節タンパク質と相同性を持ち、daunorubicinの構造遺伝子や自己耐性遺伝子の活性化に直接作用する。

 一方、上記生合成遺伝子群に存在し、daunorubicinの自己耐性に関与する遺伝子のひとつであるdrrC遺伝子産物は興味深いことに、紫外線損傷の除去修復に関わるDNA結合タンパク質UvrAと全域にわたって相同性がある。daunorubicinはDNAに結合あるいは損傷することが知られていることから、DrrCタンパク質はUvrAタンパク質と同様な作用により自己耐性を付与する新しい耐性機構の例である可能性が考えられる。

 この様に興味深い、二つのDNA結合性タンパク質と推定されるDnrNとDrrCの機能と制御機構の解明を目的として、本研究を行った。

 大腸菌に発現させたDnrNタンパク質を用いてゲル・リーターデーション・アッセイを行い、このタンパク質がdnrl遺伝子のプロモーター部分に高い親和性(Kd=50nM)で特異的に結合するタンパク質であることを証明した。DNase lフット・プリンティング・アッセイの結果、本タンパク質はdnrl遺伝子の転写開始点の37塩基から55塩基上流の部分と、62塩基から100塩基上流の二つの部分に特異的に結合する事が判明したが、この部分には、daunorubicin結合性が高いと報告されている3塩基の配列(5'-A/TGC,5'A/TCG,5-A/TCA/T)が重なり合いながら、繰り返し存在した。この事とゲル・リーターデーション・アッセイでdaunorubicinがDnrNタンパク質とdnrl遺伝子のプロモーター部分の結合を阻害する事を考え合わせると、daunorubicinが制御機構の中のこの段階でフィードバック阻害因子として働いているというモデルが提唱される。放線菌の2成分制御系応答因子に相同性を持つ遺伝子の報告は多数あるが、タンパク質レベルでの解明が行われたのは、本研究が今のところ、唯一である。

 2成分制御系応答因子はリン酸化によりその活性が制御されるが、DnrNタンパク質の場合、菌体抽出液あるいは低分子リン酸基供与体であるacetyl phosphateを用いてもリン酸化は検出できず、リン酸化を受けると推定される55番目のアスパラギン酸をアスパラギンに変換したタンパク質もゲル・リーターデーション・アッセイで同等の結合能を示したことから、本タンパク質はリン酸化の影響を受けない事が明確となった。その後、DnrNタンパク質と高い相同性を示すStreptomyces coelicolor由来の転写制御因子RedZや胞子形成に関わるWhiKやWhilタンパク質でも、リン酸化を受ける可能性が低いことが相次いで報告され、本研究は2成分制御系応答因子と高い相同性を持ちながら実際にはリン酸化による活性調節を受けない独立の転写制御因子であるタンパク質としての、放線菌における先駆例であった。

 また、DnrNタンパク質を構成的プロモーターを用いて高発現させると、気菌糸形成が抑制されるという現象が見られたことより、Streptomyces coelicolor由来のRamRやStreptomyces geiseus由来のAmfRといった2成分制御系応答因子相同タンパク質と同様に形態形成制御にも本タンパク質は関与している可能性が示唆された。

 さらに、DnrNタンパク質に対する抗体を作成してDnrNタンパク質の細胞内量を解析した結果、daunorubicin系化合物を生産しない株では量が低下していたことから、daunorubicinあるいはその前駆体がDnrNタンパク質の発現誘導に関与していると考えられた。また、DrrCタンパク質およびDrrAタンパク質の細胞内量を解析した結果からは、これら耐性タンパク質の発現誘導にはDnrN/DnrI制御系に加えて、daunorubicinが直接必要であることが判明した。

 これらの知見をまとめると、daunorubicinの生合成の制御機構として以下のような様式が提唱される。daunorubicinが合成される以前の初期の増殖段階では、dnrN遺伝子はほとんど発現しておらず、DnrNタンパク質の制御下にあるdnrl遺伝子、ひいてはDnrlタンパク質の制御下にあるdaunorubicinの生合成酵素遺伝子および耐性遺伝子も低い発現レベルにある。daunorubicinあるいはその前駆体の菌体内濃度が高まるとdnrN遺伝子の発現を引き起こし、dnrl遺伝子の発現上昇を介して生合成酵素遺伝子および耐性遺伝子の十分な発現がおきる。daunorubicinは発現されたDrrAタンパク質及びDrrBタンパク質よって常に汲み出されるので、daunorubicinの生産量が低下すると菌体内のdaunorubicin量も低くなり、dnrN遺伝子の発現が維持されず、生合成系全体が抑制される。逆に何らかの理由で菌体内のdaunorubicin量が上昇し過ぎて、DnrNタンパク質のdnrl遺伝子プロモーターへの結合を阻害する濃度に達した場合、dnrl遺伝子の発現がフィードバック阻害され生合成系全体が抑制される。dnrl遺伝子のプロモーター部分はdaunorubicinに対する結合性が染色体の他の部分に比べ高く、センサーの役目を果たしているとも考えられる。また、上述の様にdaunorubicinは耐性遺伝子の発現段階に直接関わっており、計3段階でdaunorubicin系化合物が制御因子として働いていることになる。

 DrrCタンパク質に関しては、本遺伝子が放線菌のみならず、大腸菌においても、daunorubicin耐性遺伝子として作用することを確認し、その遺伝子産物が直接に耐性に関与していることの一つの証拠を示した。また、本遺伝子はuvrA欠損株の紫外線耐性を相補する事はできず、DrrCタンパク質がUvrAタンパク質の機能をそのまま、代替できるものではない。しかし、一方、uvrA+の大腸菌にdrrC遺伝子を導入すると明らかな紫外線照射に対する耐性を付与した。このことからDrrCタンパク質は何らかの機構でUvrABC除去修復機能を増強しており、しかも、その機構はUvrAタンパク質を介していると思われる。

 次に大腸菌中で発現させた組換えタンパク質を用いて、DrrCタンパク質はDNA結合性タンパク質である事を示した。さらに、この結合性はATPが必須である点と、DNAにインターカレートする薬剤(本実験ではdaunorubicin)が結合を増強する点でUvrAタンパク質の結合性と類似した性質を示した。これらの特徴からDrrCタンパク質の耐性付与機能として、DrrCタンパク質はdaunorubicinがインターカレートしたDNA領域に結合することによって、 1)daunorubicinをDNAから遊離させ、転写やDNA複製に対する毒性を軽減する 2)daunorubicinの引き起こすフリーラジカルによるDNAの損傷を防止するといったことが考えられ、同様な機構がUvrA-UvrBタンパク質複合体とanthramycinが結合したDNAに関して提唱されている。あるいは、UvrAタンパク質のように、UvrBC複合体をdaunorubicinが結合した部位に呼び寄せ、損傷を除去修復を促進している可能性も考えられる。いずれにせよ、抗生物質の自己耐性遺伝子がこのような機構を持つ例の報告はこれが最初であった。また、精製したDrrCタンパク質に対する抗体を作成し、本タンパク質は細胞質タンパク質である事を示し、この点でもDrrCタンパク質はABC型の膜タンパク質であるDrrAタンパク質やDrrBタンパク質とは別のメカニズムで働いている事が確認された。

 daunorubicin生産菌において、遺伝子レベルで長年蓄積されてきた知見に、本研究ではタンパク質レベルでの解析を加えることによって、この菌における制御機構及び耐性機構をより詳細に浮かび上がらせた。この知見はdaunorubicinの生産性の上昇に応用可能であるとともに、抗生物質生合成系において普遍性を持つ新たな耐性機構、制御機構のモデルの提唱にもつながったと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 放線菌Streptomyces peucetiusが生産するポリケタイド類の1つであるdaunorubicinは、DNA結合性を有し、抗がん剤として利用されている。Daunorubicinの全生合成遺伝子クラスターの塩基配列が明らかにされ、その中に二成分制御系応答因子と相同な蛋白をコードするdnrN遺伝子および紫外線損傷の除去修復に関わるUvrAと相同性を有する蛋白をコードするdrrC遺伝子が同定された。本論文は、daunorubicin生合成におけるDnrN制御蛋白とDrrC耐性蛋白の機能についてまとめたものである。

 大腸菌に発現させたDnrNタンパク質を用いてゲル・リターデーション・アッセイを行い、このタンパク質がdnrI遺伝子のプロモーター部分に高い親和性(Kd=50nM)で特異的に結合することを証明した。DnrI蛋白は、クラスター内の他の生合成酵素遺伝子に対する転写アクチベーターである。DNase Iフット・プリンティング・アッセイの結果、本タンパク質はdnrI遺伝子の転写開始点の37塩基から55塩基上流の部分と、62塩基から100塩基上流の二つの部分に特異的に結合する事が判明したが、この部分には、daunorubicin結合性が高いと報告されている3塩基の配列(5'-A/TGC,5'-A/TCG,5'-A/TCA/T)が重なり合いながら、繰り返し存在した。このこととdaunorubicinがDnrNタンパク質とdnrI遺伝子のプロモーター部分の結合を阻害する事を考え合わせて、daunorubicinが生合成制御のこの段階でフィードバック阻害因子として働いているというモデルを提唱した。一方、二成分制御系応答因子はリン酸化によりその活性が制御されるが、本タンパク質の場合、菌体抽出液あるいは低分子リン酸基供与体であるacetyl phosphateを用いてもリン酸化は検出できず、リン酸化を受けると推定される55番目のアスパラギン酸をアスパラギンに変換したタンパク質もゲル・リターデーション・アッセイで同等の結合能を示したことから、DnrNは二成分制御系応答因子と高い相同性を持ちながら実際にはリン酸化による活性調節を受けない独立の転写制御因子であるタンパク質として、放線菌における先駆例となった。また、RamRやAmfRといった放線菌由来の二成分制御系応答因子相同タンパク質と同様に形態形成制御にも本タンパク質は関与している可能性が示唆された。さらに、DnrNタンパク質に対する抗体を作成してDnrNタンパク質の細胞内量を解析した結果、daunorubicinあるいはその前駆体がDnrNタンパク質の発現誘導に関与していると考えられた。Daunorubicin耐性酵素であるDrrAタンパク質およびDrrCタンパク質の細胞内量を解析した結果からは、これら耐性タンパク質の発現誘導にはDnrN/DnrI制御系に加えて、daunorubicinが直接必要であることが判明した。

 DrrCタンパク質に関しては、本遺伝子が放線菌のみならず大腸菌においても、daunorubicin耐性遺伝子として機能することを確認し、その遺伝子産物が直接に耐性に関与していることの一つの証拠を示した。次に大腸菌中で発現させた組換えタンパク質を用いて、DrrCタンパク質は一般的にDNAに結合するタンパク質である事を示した。さらに、この結合性はATPが必須である点と、DNAにインターカレートする薬剤(本実験ではdaunorubicin)が結合を増強する点でUvrAタンパク質のDNAへの結合性と類似した性質を示した。これらの特徴からDrrCタンパク質の耐性付与機能として、DrrCタンパク質はdaunorubicinがインターカレートしたDNA領域に結合することによって、1)daunorubicinをDNAから遊離させ、転写やDNA複製に対する毒性を軽減する、2)daunorubicinの引き起こすフリーラジカルによるDNAの損傷を防止するといったことが推定された。あるいはUvrAタンパク質のように、UvrBC複合体をdaunorubicinが結合した部位に呼び寄せ、DNA損傷の除去修複を促進している可能性も考えられる。DNA結合性を有する抗生物質の自己耐性遺伝子が自身の生産物による自殺を防ぐ手段として、このような機構を持つ例としてこれが最初の報告であった。

 以上、本論文は抗ガン剤として実用化されている薬剤daunorubicinの生合成におけるDnrN制御蛋白の機能および自己耐性に関わるDrrC蛋白の機能を述べたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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