学位論文要旨



No 214887
著者(漢字) 西村,誠一
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,セイイチ
標題(和) イネ群落内の個葉の光量子密度および光合成速度の時間的・空間的変動に関する研究
標題(洋)
報告番号 214887
報告番号 乙14887
学位授与日 2000.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14887号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 秋田,重誠
 東京大学 教授 坂,齊
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 助教授 山岸,徹
内容要旨 要旨を表示する

 イネ群落内における光量子密度(PFD)の分布,および群落内個葉の光合成速度(CER)の変異については,イネ群落の乾物生産効率との関係で数多くの研究が行われてきた。しかしながら,イネの個葉は傾斜している上,常に振動しているため,その葉面PFDを立毛状態で測定することはほとんど行われてこなかった。本研究は,イネ群落内における葉面PFDとそれにともなった個葉CERの経時変化および個葉間での不均一さを明らかにしようとしたものである。

 本研究では,まず最初に,群落内の個葉の葉面PFDを直接計測する手法の開発に取り組んだ。次に,自ら開発したPFDの測定法を用いて,イネ群落内で方位角の異なる個葉の葉面PFDを測定し,その実態および特徴を明らかにした。また,異なる方位角を持つ個葉でCERおよび蒸散速度(T)の日変化を測定し,その差異を明らかにした。さらに,強光・弱光を繰り返すPFD条件下における個葉CERおよびTの測定を行い,個葉の葉面が日向・日陰を繰り返す状況におかれたときの個葉CERの反応を明らかにした。研究結果の概要は,以下のとおりである。

1. 小型・軽量のガリウム砒素リン(GaAsP)型光フォトダイオード(G1118)を個葉の表面に直接取り付けることによって,葉面PFDを連続して測定する方法を開発し,その有効性の確認および問題点の検討を行い,以下の結果を得た。

(1)G1118は,受光部面積は小さいながらも,抵抗と並列に電圧計に接続することによって,PFDの検出が可能なレベルの出力電圧を得ることができた。

(2)G1118よる出力電圧は,市販のPFDセンサーによる測定値と高い相関関係を示し,この方法によるPFD測定の有効性が確認された。

(3)G1118を利用した葉面PFDの測定に際しては,以下の点に留意する必要があることが判った。

 1) G1118は,波長500〜600nmの光に高い相対感度を持つので,群落下層でのPFDの測定に際しては,PFDの過大評価になる可能性があることが判った。

 2) A/D変換速度が短い電圧計を用いて測定を行うと,周囲の環境から混入する電気的なノイズの影響を受けて出力電圧が乱れる場合がある。この場合には,コンデンサーを並列に接続して測定を行うとともに,出力電圧の移動平均を算出して利用することによって,ノイズの影響の軽減が図られることが判った。

2. イネ群落内の葉面PFDの経時変化および個葉間での不均一さの実態を解明するため,異なる高さ,および方位角のイネ個葉において,葉面PFDを測定し,以下の結果を得た。

(1)晴天日には,群落内個葉の葉面PFDの日変化と全天PFDの日変化との間には,有意な相関関係は認められなかった。

(2)晴天日には,群落内の同一の高さにおいても,葉面PFDの日変化の様相,および葉面PFDが最大値に達する時刻は,方位角の異なる個葉間で異なっていた。

(3)晴天日の葉面PFDの日変化には,直射光の入射角度が大きく関係しており,全天PFDの日変化から,様々な傾角・方位角を持つ個葉での葉面PFDの日変化の様相を推定することが可能であった。

(4)晴天日には,風による個葉の振動,および隣接する茎葉による間欠的な直射光の遮断により,短い時間間隔(数sec,以内)で,葉面PFDが不規則に大きく変動していることが明らかになった。

(4)曇天日には,葉面PFDの日変化と全天PFDの日変化との間には,高い相関関係が認められた。しかしながら,同一の高さでの葉面PFDの不均一さは,群落上層においては晴天日に劣らず大きいものであった。また,この不均一さは,全天PFDの散乱光の角度分布が不均一であることによって生じるものと考えられた。

3. イネの個葉は傾斜しているため,個葉の方位角が異なれば葉面PFDの日変化も異なる。そこで,葉面PFDの日変化の差異が個葉CERに及ぼす影響を明らかにするために,携帯型光合成蒸散測定装置を用いて,晴天日におけるイネ群落内の個葉CERおよびTの日変化を,方位角の異なる4枚の個葉(東,南,西,北向き)において測定し,以下の結果を得た。

(1)個葉CERの日変化は,たとえ同一の高さであっても,個葉の方位角によって異なっていた。

(2)個葉CERの日変化の違いは,各々の個葉での葉面PFDの日変化の違いによって生じていた。

(3)気孔伝導度(gsw)は,いずれの方位角の個葉においても午前から正午にかけて徐々に低下し,測定日によっては午後に再び上昇する日変化を示した。個葉の方位角の違いによるgswの日変化の差は認められなかった。また,葉温(T1)についても,個葉の方位角の違いによる日変化の差は認められなかった。

(4)個葉の光一光合成曲線についても,個葉の方位角の違いによる差は認められなかった。

(5)これらの結果から,イネ群落内の個葉CERは,各々の個葉の葉面PFDにしたがって日変化するが,gsw,およびT1については,各々の個葉がおかれている葉面PFDの日変化の違いにはあまり影響されず,群落内の同一の高さにおいてはほぼ均一に保たれていることが明らかになった。

4. 個葉のCERは,PFDの絶対値のみならず,その変動周期によっても影響を受けて変化する。そこで,変動する葉面PFD条件に対する個葉CERの反応を明らかにするために,実験室内において,高PFDおよび低PFDとを周期的に繰り返す条件下でイネ個葉のCERおよびTを測定し,以下の結果を得た。

(1)葉面PFDの変動周期が長いときには,個葉のCERおよびTは,PFD値の高・低の切り替えに伴って上昇・低下を繰り返す経時変化を示した。一方,葉面PFDの変動周期が短いときには,個葉CER,Tともに経時変化は観測されず,一定の値を示した。

(2)葉面PFDの変動周期が20sec.よりも長いとき,個葉の平均CERは葉面PFDの変動周期によらずほぼ一定の値を示した。ただし,相対湿度が50%未満のときには,個葉CERは時間の経過とともに低下していった。

(3)葉面PFDの変動周期が20sec.よりも短いとき,個葉の平均CERは葉面PFDの変動周期が短くなるにしたがって高くなった。また,相対湿度が50%未満のときにも,時間の経過にともなう個葉CERの低下は観測されなくなった。

(4)以上のことから,変動する葉面PFD条件に対するイネ個葉光合成の反応は,葉面PFDの変動周期および湿度条件の双方に影響を受けて変化していることが明らかになった。

 以上のとおり,本研究によって,従来ほとんど実態が解明されていなかった,イネ群落内における立毛状態での葉面PFDの経時変化および個葉間での不均一さ,および,イネ群落内における立毛状態での個葉CERの経時変化および個葉間での不均一さについての知見を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

 イネ群落を構成する個々の葉が、どのような強度の光(光量子密度、PFD)を受け、それに対応してどのような速度で光合成をしているのか、すなわち、PFDと個葉光合成速度(CER)の群落内分布はどうなっているのかは、イネ群落の乾物生産効率の解析に重要な情報を提供する。この問題に関する従来の研究の多くは、モデルによる推定、あるいは群落内における層別分布の測定にとどまり、葉面PFDの分布を立毛状態で個葉単位に実測したデータはまだ得られていない。それは、イネの葉身が傾斜している上、風によって常時振動するため、葉面PFDを測定することが困難であることに起因している。本研究は、イネ群落を構成する個葉のPFDを実測するとともに、CERの個葉間不均一性が何によって起こるのかを解明しようとしたものである。研究結果の概要は以下のとおりである。

1) まず最初に、群落内の個葉の葉面PFDを実測するために、小型・軽量のガリウム砒素リン型フォトダイオード(G1118)を個葉の表面に直接取り付け、抵抗と並列に電圧計に接続することによって葉面PFDを連続して測定することができる系を作り上げた。そしてこの方法によるPFD測定の有効性を確認した。

2) 次に、イネ群落内の葉面PFDの経時変化および個葉間での不均一さの実態を解明するために、異なる高さおよび方位角のイネ個葉の葉面PFDを測定した。晴天日には、葉面PFDは個葉の方位角に大きく依存した日変化を示し、群落内の同一の高さにおいても、方位角の異なる個葉では、葉面PFDの日変化のパターン、および葉面PFDが最大値に達する時刻は異なっていた。同時に、風による個葉の振動、および隣接する茎葉による間欠的な直射光の遮断により、数秒以内の短い時間内でも、葉面PFDが不規則的に大きく変動していることが明らかになった。一方、曇天日には、葉面PFDの日変化は方位角とはなく、全天PFDの日変化と関係していた。

3) 葉面PFDの日変化の差異がCERに及ぼす影響を明らかにするために、晴天日におけるイネ群落内の個葉CERおよび蒸散速度の日変化を、群落内の同一の高さにある方位角の異なる個葉において測定した。各々の個葉での葉面PFDとCERとは同じパターンの日変化を示した。また、その日変化は、異なる方位角の個葉においては顕著に異なるものであった。一方、気孔伝導度、葉温、および個葉の光一光合成曲線については、個葉の方位角の違いによる日変化の差は観測されなかった。このことから、イネ群落内のCERは、各々の個葉の葉面PFDにしたがって日変化するが、気孔伝導度、葉温、および個葉の光一光合成曲線については、各々の個葉がおかれている葉面PFDの日変化の違いにはあまり影響を受けないことが明らかになった。

4)さらに、強光・弱光を繰り返すPFD条件下における個葉CERおよびTの反応を明らかにするために、高PFDおよび低PFDとを周期的に繰り返す条件下で、イネ個葉のCERおよびTを測定した。個葉の平均CERは、葉面PFDの変動周期が20秒よりも長いときには、葉面PFDの変動周期によらずほぼ一定の値を示した。ただし、相対湿度が50%未満のときにはこの限りでなく、個葉CERは時間の経過とともに低下していった。一方、葉面PFDの変動周期が20秒よりも短いとき、個葉の平均CERは葉面PFDの変動周期が短くなるにしたがって高くなった。このように、変動する葉面PFD条件に対するイネ個葉光合成の反応は、葉面PFDの変動周期および湿度条件の双方に影響を受けて変化していることが明らかになった。

 以上、本論文は、従来ほとんど実態が解明されていなかった、イネ群落内における立毛状態での葉面PFDの不均一性の実態を明らかにし、不均一性をもたらす要因の解析と不均一なPFDに対するCERの応答について調べたものであり、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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