学位論文要旨



No 214889
著者(漢字) 石川,清康
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,キヨヤス
標題(和) 動物用ワクチンの品質管理へのPCR法の応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214889
報告番号 乙14889
学位授与日 2000.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14889号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 大野,耕一
内容要旨 要旨を表示する

 ワクチンはその種類ごとにその製法、性状、品質、貯蔵法等に関する必要な基準が規定されており、この基準に基づいて製造されたワクチンはロットごとに動物用生物学的製剤検定基準に基づく国家検定を行うことで有効性及び安全性の確保が図られているが、その検定方法には科学技術の進展に応じた高精度、高感度なものが要求される。

 近年、遺伝子工学技術の進展に伴って幅広く用いられている技術の一つとしてPCR法が挙げられ、本法は迅速かつ高感度な技術であり、また、高度な知識、手技、設備等を必要とせず一般実験室レベルで実施可能な技術であることから、医学、獣医学、生物学等の広範な分野への応用が行われている。また、PCR法は、動物用生物学的製剤の品質管理を行う上でも迅速かつ高感度な技術として期待されており、その導入に関する検討は重要な研究課題の一つとなっている。

 そこで、現在実施されている国家検定の検査項目を踏まえて、特に、マーカー試験、迷入ウイルス否定試験及び同定試験へのPCR法の応用について研究を行った。

第1章 gC遺伝子欠損オーエスキー病生ワクチンのマーカー試験への応用

 現在国家検定で行われているオーエスキー病生ワクチンのマーカー試験は動物接種法や培養細胞を用いた間接蛍光抗体法によって行われているため、結果を得るまでに長時間を要するといった問題点がある。そこで、PCR法によってgC遺伝子欠損オーエスキー病ワクチン株(dlgg92/dltk株。以下「gC欠損ワクチン株」という。)の遺伝子欠損を確認することによるマーカー試験への応用の可能性について検討した。

 gC欠損ワクチン株の遺伝子欠損領域を挟み込むようにプライマーを設定した1st-PCRでは、完全長gC遺伝子を持つYamagata-S81株を用いた場合、1,409bpのフラグメントが増幅された。一方、gC欠損ワクチン株を用いた場合、増幅されるフラグメントの大きさは完全長gC遺伝子を持つ株に比べて1,171bp小さく238bpであり、増幅フラグメントの塩基配列を決定したところgC遺伝子の一部が欠損していることが確認された。遺伝子欠損領域内にプライマーを設定した2nd-PCRでは、Yamagata-S81株を用いた場合、1,091bpのフラグメントが増幅され、一方、gC欠損ワクチン株を用いた場合、フラグメントの増幅はみられなかった。また、1st-PCR及び2nd-PCRにおけるYamagata-S81株の検出感度はそれぞれ103TCID50/assay、101TCID50/assayであった。

 gC欠損ワクチン株(105TCID5/assay)に10倍階段希釈したYamagata-S81株(105〜100TCID50/assay)を混合させた試料を用いた場合、1st-PCR及び2nd-PCRにおけるYamagata-S81株の検出感度はそれぞれ105TCID50/assay、102TCID50/assayであった。この検出感度は、現在国家検定のマーカー試験法として実施されている間接蛍光抗体法の検出感度とほぼ同等であった。

 以上の結果より、今回検討したPCR法によって迅速かつ高感度にgC欠損ワクチン株の遺伝子欠損の有無を直接確認することが可能であり、gC遺伝子欠損オーエスキー病生ワクチンのマーカー試験に応用可能であると考えられた。

第2章 豚流行性下痢ウイルス及び鶏細網内皮症ウイルスの迷入ウイルス否定試験への応用

 豚用ワクチンの迷入ウイルス否定試験には豚腎培養細胞及び豚精巣培養細胞が用いられているが、これまでに報告されている豚流行性下痢ウイルス(PEDV)の細胞感受性や培養条件等を考慮すると、現行の試験法では万一ワクチン中に迷入したPEDVを検出することは困難であると考えられる。また、鶏細網内皮症ウイルス(REV)否定試験は鶏胎児繊維芽細胞を用いた3代継代培養による間接蛍光抗体法によって行われているため、判定までに少なくとも3週間を要するといった問題点がある。そこで、PEDVまたはREVのワクチン中への迷入の有無を確認するための迅速かつ高感度な試験法として、PEDVのM蛋白遺伝子またはREVのenv遺伝子を検出するRT-PCR法について検討した。

 ウイルス培養上清を用いた場合のPEDVの検出感度は101TCID50/assayであったが、小腸乳剤または糞便乳剤と混合した場合には検出感度が10倍程度低下し、102TCID50/assayであった。野外材料11検体(小腸8検体及び糞便3検体)を用いた場合、小腸4検体の乳剤から抽出されたRNAにおいてのみ目的とする大きさのフラグメントが増幅された。この小腸4検体についてはVero細胞によるPEDV分離及びストレプロアビジンービオチン法(SAB法)による小腸粘膜上皮細胞内のPEDV抗原検出はいずれも陽性であった。なお、フラグメントが増幅されなかった残りの小腸4検体及び糞便3検体についてはVero細胞による連続3代継代培養を行ったがウイルスは分離されず、また、3代継代後の培養上清を用いたRT-PCR法でもPEDV遺伝子は検出されなかった。

 ウイルス培養上清を用いた場合のREVの検出感度は1st-PCRで103FAID50/assay、2nd-PCRで101FAID50/assayであった。マレック病生ワクチンにREVのT株を添加した材料を用いた添加回収試験では、鶏胎児繊維芽細胞に1代継代した後の培養上清を用いたRT-PCR法の結果と国家検定で実施されている3代継代培養後の間接蛍光抗体法の結果は一致した。

 以上の結果より、RT-PCR法によってPEDVのM蛋白遺伝子またはREVのenv遺伝子を検出可能であること、その検出感度は、PEDVの場合、Vero細胞によるウイルス分離法及びSAB法と同等であり、また、REVの場合、間接蛍光抗体法と同等であることから、本法はワクチン中へのPEDV及びREVの迷入ウイルス否定試験に応用可能であると考えられた。

第3章 豚コレラウイルスの同定試験への応用

 現在我が国で豚コレラ生ワクチンの製造に用いられているGPE-株とその親株であるALD株のin vivoにおける病原性の相違やin vitroにおける性状の相違等を規定している遺伝子領域を同定することは動物や培養細胞を用いない新たな同定試験への開発につながると考えられる。そこで、両株の全長遺伝子を17分割し、RT-PCR法によって増幅されたそれぞれのフラグメントの塩基配列をダイレクトシークエンスにより決定した。

 両株ともゲノムRNAは12,298塩基から構成されており、373塩基の5'末端非翻訳領域、11,697塩基の単一の翻訳領域及び228塩基の3'末端非翻訳領域を有していた。5'及び3'末端非翻訳領域は既報告の塩基配列よりも長く、それぞれ13塩基、2塩基の挿入が認められた。ゲノムRNA全長にわたる両株間の相同性は、塩基レベルで98.2%であり(225塩基の置換があり、うち6塩基は非翻訳領域に存在)、これまでに全塩基配列が決定されているAlfort株(GPE-株との相同性は85.6%)、Brescia株(同94.1%)よりも高い相同性を示した。塩基及びアミノ酸置換はゲノムRNA全域にランダムに認められたが、5'及び3'末端非翻訳領域の塩基配列は高度に保存されていた。

 ALD株で認められた31カ所のN-glycosylation部位のうちGPE-株ではErnsに位置する1カ所のN-glycosylation部位が消失し、また、GPE-株の2,414番目のアミノ酸がセリンからシスチンに置換していたものを除けばシステイン残基の数及びその位置は高度に保存されていた。

 GPE-株、ALD株、Alfort株及びBrescia株間の比較においてアミノ酸レベルで高度に保存されている領域はNS3及びNS4A領域であり、その相同性はそれぞれ98.7%〜99.7%、98.4%〜100%であった。一方、NPpro及びE2領域はアミノ酸置換の頻度が高く、その相同性はそれぞれ88.1%〜95.8%、90.6%〜97.9%であった。

 以上の結果より、今回得られたデータは、今後、GPE-株とALD株の生物学的性状の相違等を規定する遺伝子領域を解明する上で重要であり、多くの豚や培養細胞等を用いてワクチン製造用株の性状を確認してきたこれまでの試験法に代わる迅速かつ高感度な新たな同定試験法の開発の際に有用な資料となり得るものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、遺伝子工学皮術の進展に伴って幅広く用いられている技術の一つとしてPCR法が挙げられ、本法は、動物用生物学的製剤の品質管理を行う上でも迅速かつ高感度な技術として期待されており、その導入に関する検討は重要な研究課題の一つとなっている。

 そこで、現在実施されている国家検定の検査項目を踏まえて、特に、マーカー試験、迷入ウイルス否定試験及び同定試験へのPCR法の応用について研究を行った。

第1章 gC遺伝子欠損オーエスキー病生ワクチンのマーカー試験への応用

 PCR法によってgC遺伝子欠損オーエスキー病ワクチン株(dlg92/dltk株。以下「gC欠損ワクチン株」という。)の遺伝子欠損を確認することによるマーカー試験への応用の可能性について検討した。

 gC欠損ワクチン株の遺伝子欠損領域を挟み込むようにプライマーを設定した1st-PCRでは、完全長gC遺伝子を持つYamagata-S81株を用いた場合、1,409bpのフラグメントが増幅され、一方、gC欠損ワクチン株を用いた場合、238bpであり、増幅フラグメントの塩基配列を決定したところgC遺伝子の一部が欠損していることが確認された。遺伝子欠損領域内にプライマーを設定した2nd-PCRでは、Yamagata-S81株を用いた場合、1,091bpのフラグメントが増幅され、一方、gC欠損ワクチン株を用いた場合、フラグメントの増幅はみられなかった。

 gC欠損ワクチン株に10倍階段希釈したYamagata-S81株を混合させた試料を用いた場合、1st-PCR及び2nd-PCRにおけるYamagata-S81株の検出感度はそれぞれ105TCID50/assay、102TCID50/assayであった。この検出感度は、現在国家検定のマーカー試験法として実施されている間接蛍光抗体法の検出感度とほぼ同等であった。

 以上の結果より、PCR法は、gC遺伝子欠損オーエスキー病生ワクチンのマーカー試験に応用可能であると考えられた。

第2章 豚流行性下痢ウイルス及び鶏細網内皮症ウイルスの迷入ウイルス否定試験への応用

 豚流行性下痢ウイルス(PEDV)または鶏細網内皮症ウイルス(REV)のワクチン中への迷入の有無を確認するためのRT-PCR法について検討した。

 野外材料11検体(小腸8検体及び糞便3検体)を用いた場合、小腸4検体の乳剤から抽出されたRNAにおいてのみ目的とする大きさのフラグメントか増幅された。この小腸4検体についてはVero細胞によるPEDV分離及びストレプトアビジンービオチン法(SAB法)による小腸粘膜上皮細胞内のPEDV抗原検出はいずれも陽性であった。なお、その他の7検体についてはVero細胞による連続3代継代培養を行ったがウイルスは分離されず、また、3代継代後の培養上清を用いたRT-PCR法でもPEDV遺伝子は検出されなかった。

 マレック病生ワクチンにREVのT株を添加した材料を用いた添加回収試験では、鶏胎児繊維芽細胞に1代継代した後の培養上清を用いたRT-PCR法の結果と国家検定で実施されている3代継代培養後の間接蛍光抗体法の結果は一致した。

 以上の結果より、RT-PCR法は、PEDVの場合、Vero細胞によるウイルス分離法及びSAB法と同等であり、また、REVの場合、間接蛍光抗体法と同等であることから、本法はワクチン中へのPEDV及びREVの迷入ウイルス否定試験に応用可能であると考えられた。

第3章 豚コレラウイルスの同定試験への応用

 豚コレラ生ワクチン株のGPE-株とその親株であるALD株の全塩基配列をRT-PCR法によって増幅されたフラグメントを用いて決定し、動物や培養細胞を用いない新たな同定試験の開発の可能性を検討した。

 両株ともゲノムRNAは12,298塩基から構成されており、373塩基の5'末端非翻訳領域、11,697塩基の単一の翻訳領域及び228塩基の3'末端非翻訳領域を有していた。5'及び3'末端非翻訳領域は既報告の塩基配列よりも長く、それぞれ13塩基、2塩基の挿入が認められた。ゲノムRNA全長にわたる両株間の相同性は、塩基レベルで98.2%であった。塩基及びアミノ酸置換はゲノムRNA全域にランダムに認められたが、5'及び3'末端非翻訳領域の塩基配列は高度に保存されていた。アミノ酸レベルで高度に保存されている領域はNS3及びNS4A領域であり、一方、Npro及びE2領域はアミノ酸置換の頻度が高かった。

 以上本論文は多くの豚や培養細胞等を用いてワクチン製造用株の性状を確認してきたこれまでの試験法に代わる迅速かつ高感度な新たな同定試験法の開発を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の論文として価値あるものと認めた。

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