学位論文要旨



No 214891
著者(漢字) 山本,欣也
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,キンヤ
標題(和) 豚丹毒菌のテトラサイクリン耐性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214891
報告番号 乙14891
学位授与日 2000.12.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14891号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
内容要旨 要旨を表示する

 豚丹毒菌(Erysipelothrix rhusiopathiae)は、養豚業界に多大な経済的損失を与えている豚丹毒の原因菌としてよく知られている。豚丹毒菌の薬剤感受性については、サルファ剤及び一部のアミノグリコシド系薬剤を除くほとんどの化学療法剤に対して高い感受性を持つことが知られており、永年の間、薬剤耐性株の出現は報告されてこなかった。ところが、近年、豚丹毒菌において数種類の薬剤に対する耐性株が出現し、その増加傾向が報告されてきた。このような耐性株の出現・増加は、養豚業界における化学療法剤の使用頻度の増加と深い関連があると考えられている。しかしながら、豚丹毒菌の薬剤耐性の本質についてはほとんど解明されていない。そこで、本研究においては、我が国において最近分離された病豚由来豚丹毒菌株について、養豚業界で使用されている近年開発された化学療法剤を含む各種化学療法剤に対する薬剤感受性を調べるとともに、最近、特用家畜として重要な役割を担うイノシシ由来豚丹毒菌株についても薬剤感受性を含む各種性状を調べ、その病因学的意義についても検討した。さらに、最も高率に耐性株が出現していたテトラサイクリンに対する豚丹毒菌の薬剤耐性機構の解明を試みるとともに、テトラサイクリン耐性株の病因学的意義についても検討を加えた。

第1章 豚丹毒菌野外分離株の薬剤感受性

 1988年から1998年の間に豚丹毒に罹患した豚から分離された豚丹毒菌214株について、近年開発された化学療法剤を含む21種類の薬剤に対する薬剤感受性を調べた結果、すべての株は、ペニシリン系薬剤、ニューキノロン系薬剤及びタイロシンに対して最も高い感受性を示した。また、セファゾリン、バージニアマイシン、チアムリン、クロラムフェニコール、フロルフェニコール及びオキソリン酸に対しては中等度の感受性を示した。カナマイシンとスルファジメトキシンに対しては感受性が極めて低くかった。ジヒドロストレプトマイシン、エリスロマイシン、クリンダマイシン、リンコマイシン、オキシテトラサイクリン及びドキシサイクリンに対する耐性株が確認された。ジヒドロストレプトマイシン及びオキシテトラサイクリンに関しては、耐性率が顕著に増加し、特にオキシテトラサイクリンについては、50%以上の株が耐性であった。さらに、これらの薬剤に対する血清型、由来、分離年度、分離地域による豚丹毒菌の薬剤感受性の差異を検討した結果、ジヒドロストレプトマイシン耐性株は、血清型1a型の敗血症例由来株において最も高頻度に検出された。エリスロマイシン耐性株のほとんどは、血清型2型であった。オキシテトラサイクリン耐性株は、全ての血清型と由来から検出された。さらに、ジヒドロストレプトマイシン耐性株とオキシテトラサイクリン耐性株は、本州の東側と北海道に分布していることが示唆された。

 また、特用家畜として飼育されているイノシシの敗血症例から分離された豚丹毒菌6株について、21種類の化学療法剤に対する薬剤感受性、病原性及び血清型を調べた。薬剤感受性については病豚由来株と同様の傾向を示し、ジヒドロストレプトマイシン、リンコマイシン、オキシテトラサイクリン及びドキシサイクリンに対する耐性株が確認された。また、その血清型は通常病豚から分離される1a型と2型であり、マウス及び豚に対して病原性を示したことから、飼育イノシシ由来豚丹毒菌が、豚における豚丹毒において病因学的意義を持つことが示唆された。

 以上の成績から、豚丹毒菌の野外分離株において、薬剤耐性株が高率に存在することが明らかとなった。特に病豚由来株豚丹毒菌の50%以上がオキシテトラサイクリンのような豚丹毒の治療にも応用されているような化学療法剤に対して耐性であることから、未だに全く知られていない豚丹毒菌における薬剤耐性機構及び薬剤耐性菌の病因学的意義を明らかにすることが、豚丹毒の防疫上極めて重要であると考えられた。

第2章 豚丹毒菌のテトラサイクリン耐性機構

 豚丹毒菌において最も高率に耐性株が出現しているテトラサイクリンに対する耐性機構の解明を試みた。

 テトラサイクリンからリボソームを保護するribosomal protection proteinをコードしている遺伝子を検出するPCRをもとに、豚丹毒菌KY-5-42株のテトラサイクリン耐性遺伝子の解明を進めた結果、1920bpからなるテトラサイクリン耐性遺伝子の全塩基配列を決定した。この遺伝子の塩基配列と既知のribosomal protection proteinをコードする遺伝子の塩基配列とを比較した結果、E.faecalis由来のtet(M)の遺伝子と99%の相同性であり、その塩基配列から予想されるアミノ酸配列においても、E.faecalis由来のTet(M)タンパク質のアミノ酸配列と99%の相同性であった。これらの解析の結果、豚丹毒菌のテトラサイクリン耐性タンパク質は、Tet(M)タンパク質に分類され、その遺伝子はtet(M)遺伝子に分類された。また、この遺伝子を大腸菌において発現させた結果、大腸菌にテトラサイクリン耐性を賦与できることが確認されたことから、豚丹毒菌においても、この遺伝子によりテトラサイクリン耐性が賦与されたことが示唆された。

 さらに、テトラサイクリン耐性の114株におけるtet(M)の遺伝子の保有状況をtet(M)、の遺伝子を検出するPCRにより調べた結果、すべての株から特異的なPCR産物が検出され、この遺伝子が既に野外の豚丹毒菌株に広く分布していることが示唆された。

 以上の成績から、豚丹毒菌における主要なテトラサイクリン耐性機構がtet(M)の遺伝子の産物による、テトラサイクリンからリボソームを保護する機構によるものであることが世界で初めて明らかにされた。

第3章 豚丹毒菌テトラサイクリン耐性株の病因学的意義

 野外において懸念されている、豚丹毒菌のテトラサイクリン耐性株の病因学的意義について検討するとともに、飼料に添加された抗生物質による豚丹毒生ワクチンの免疫効果に及ぼす影響について検討するため、エンラマイシン、バージニアマイシン、オキシテトラサイクリン、タイロシン及びアビラマイシンをそれぞれ飼料添加物(成長促進等を主目的とした添加物)として指定されている最高濃度で添加した5種類の飼料、OTCを飼料添加剤(治療効果を主目的とした動物用医薬品)として指定されている最高濃度で添加した飼料及び抗生物質無添加飼料を給餌した豚における、豚丹毒生ワクチンによる免疫効果を調べるとともに、強毒のテトラサイクリン耐性株及び感受性株による攻撃を実施した。

 5種類の抗生物質を飼料添加物として指定されている濃度で添加した飼料を給餌した豚における豚丹毒生ワクチンの免疫効果は、無添加飼料を給餌した豚のそれと差が認められず、飼料添加物としての濃度で抗生物質を飼料に添加しても豚丹毒生ワクチンの効果に影響を及ぼさないことが示唆された。一方、オキシテトラサイクリンを飼料添加剤としての濃度で添加した飼料を豚に給餌した場合、豚丹毒生ワクチン接種により強毒株からの感染防御は成立した。しかしながら、ワクチン効果の指標の1つであるワクチン接種局所の発疹の発現が遅延し、その持続期間も短縮された。さらに、ワクチン接種前後に休薬期間を設定しなかった場合は、抗体応答も抑制されたことから、オキシテトラサイクリンを飼料添加剤としての濃度で添加した飼料を豚に給餌した場合、ワクチンの免疫効果が抑制されることが示唆された。また、オキシテトラサイクリンを飼料添加剤としての濃度で添加した飼料を給餌したワクチン無接種豚に対して、強毒のテトラサイクリン感受性株の病原性は低下したが、強毒のテトラサイクリン耐性株は急性経過で豚を死亡させたことから、テトラサイクリン耐性株は、テトラサイクリンを恒常的に摂取している豚の体内においても発育が阻害されず、その病原性を発揮できることが示唆された。

 以上の成績から、ワクチンの免疫効果を抑制させることが示唆されたテトラサイクリンを恒常的に大量に使用している現在の豚の飼養形態において、テトラサイクリン耐性株が重要な病因学的意義を持つことが示唆された。

 以上、本研究においては、豚丹毒菌野外分離株の薬剤感受性を疫学的観点から検討し、テトラサイクリン耐性株が高率に出現し、増加傾向にあることが明らかとなったことから、その耐性機構の解明を試み、豚丹毒菌のテトラサイクリン耐性機構がtet(M)遺伝子によることを世界で初めて明らかにするとともに、テトラサイクリンが広汎に使用されている野外において、テトラサイクリン耐性株が重要な病因学的意義を持つことを示した。

審査要旨 要旨を表示する

 豚丹毒菌は、養豚業界に多大な経済的損失を与えている豚丹毒の原因菌である。本菌の薬剤感受性については、サルファ剤及び一部のアミノグリコシド系薬剤を除くほとんどの化学療法剤に対して高い感受性を持つことが知られおり、近年、数種類の薬剤に対する耐性株の出現が報告されてきている。しかしながら、本菌の薬剤耐性機構については未だ解明されていない。

 そこで、本研究では、豚丹毒菌野外株の薬剤感受性を疫学的観点から検討を行い、最も高率に耐性株が出現していたテトラサイクリンに対する豚丹毒菌の薬剤耐性機構の解明を試みた。さらに、テトラサイクリン耐性株の病因学的意義についても検討を加えた。

第1章 豚丹毒菌野外分離株の薬剤感受性

 1988年から1998年の間に豚丹毒に罹患した豚から分離された豚丹毒菌214株の薬剤感受性を調べた結果、ペニシリン系薬剤、ニューキノロン系薬剤及びタイロシンに対して極めて高い感受性が認められた。また、既に耐性株の出現が報告されているジヒドロストレプトマイシン(DSM)、エリスロマイシン(EM)及びオキシテトラサイクリン(OTC)に対する耐性株の他に、クリンダマイシン(CLDM)、リンコマイシン(LCM)及びドキシサイクリン(DOXY)に対する耐性株の出現が確認された。特にOTCに対しては50%以上の114株が耐注株であり、血清型、由来及び分離年度に関わらず高率に分離された。

 また、飼育イノシシの敗血症例から分離された豚丹毒菌の薬剤感受性を調べた結果、豚由来株と同様に、DSM、LCM、OTC及びDOXYに対する耐性株が確認された。また、その血清型は通常病豚から分離される1a型と2型であり、マウス及び豚に対して病原性を示したことから、飼育イノシシ由来豚丹毒菌が、豚における豚丹毒において病因学的意義を持つことが示唆された。

第2章 豚丹毒菌のテトラサイクリン耐性機構

 豚丹毒菌において最も高率に耐性株が出現しているテトラサイクリン(TC)に対する耐性機構の解明を試みた。

 TCからリボソームを保護するribosomal protection proteins(RPPs)の遺伝子を検出するPCRをもとに、豚丹毒菌KY-5-42株のTC耐性遺伝子の解明を試みた結果、1920塩基対からなるTC耐性遺伝子の全塩基配列を決定した。この遺伝子の塩基配列及び予想されるアミノ酸配列と既知のRPPsのそれらとを比較した結果、Enterococcus faecalis由来のtet(M)遺伝子と99%の相同性を示し、豚丹毒菌のTC耐性遺伝子はtet(M)遺伝子に分類された。また、この遺伝子を大腸菌において発現させた結果、大腸菌にTC耐性を賦与できることが確認されたことから、豚丹毒菌においても、この遺伝子によりTC耐性が賦与されたことが示唆された。

 さらに、TC耐性の豚丹毒菌野外分離株114株におけるtet(M)遺伝子の保有状況をPCRにより調べた結果、全ての株から特異的なPCR産物が検出され、この遺伝子が既に野外の豚丹毒菌株に広く分布していることが示唆された。

第3章 豚丹毒菌テトラサイクリン耐性株の病因学的意義

 オキシテトラサイクリン(OTC)を含む5種類の抗生物質を飼料添加物(成長促進目的)または飼料添加剤(治療目的)として規定されている濃度で添加した飼料を給餌した豚における、豚丹毒生ワクチンの免疫効果を調べるとともに、テトラサイクリン(TC)耐性豚丹毒菌株の病因学的意義について検討した。

 5種類の抗生物質を飼料添加物としての濃度で添加した飼料を豚に給餌した場合、ワクチンの効果に影響は認められなかった。一方、OTCを飼料添加剤としての濃度で添加した飼料を豚に給餌した場合、ワクチン接種により強毒株からの感染防御は成立したが、ワクチン効果の指標であるワクチン接種局所の発疹の発現が遅延し、その持続期間も短縮され、さらに抗体応答も抑制されたことから、ワクチンの免疫効果が抑制されることが示唆された。また、OTCを飼料添加剤としての濃度で添加した飼料を給餌したワクチン無接種豚に対して、強毒のTC感受性株の病原性は低下したが、強毒のTC耐性株は急性経過で豚を死亡させたことから、TC耐性株は、TCを恒常的に摂取している豚の体内においても発育が阻害されず、その病原性を発揮することが示唆された。

 以上本論文は、ワクチンの免疫効果を抑制させることが示唆されたTCを恒常的に大量に使用している現在の豚の飼養形態において、TC耐性株が重要な病因学的意義を持つことを明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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