学位論文要旨



No 214896
著者(漢字) 柳田,友隆
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギダ,トモタカ
標題(和) 水質浄化用高性能吸着材の合成と利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214896
報告番号 乙14896
学位授与日 2001.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14896号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 西山,雅也
内容要旨 要旨を表示する

 環境問題の重要な一側面である水域の富栄養化がリン過剰の水に由来するとの判断に基づいて、リンを効率よく除去する吸着材(高性能吸着材)を合成し、それを用いて水質浄化を容易、安価、効率的に行えるようにして、循環型社会の構築ないしは環境問題の解決に寄与することを本研究の主目的とした。

 まず、土壌を主原料として高性能吸着材を合成するに必要な知見を得るために、火山灰土、褐色森林土、赤色土のそれぞれから採取した土壌を、造粒、加熱して、リン酸吸収係数とそれに関与する諸性質が変化する状況を調べ、次の結果を得た。(1)主原料としては玄武岩質の火山灰土が最も適している。(2)加熱温度に伴って、焼成物のリン酸吸収係数とそれに関与する諸性質が大きく変動するが、リン酸吸収係数が最も高くなる加熱条件は500℃、15分間である。(3)硫酸第1鉄の添加は、土壌焼成物のリン酸吸収係数を高める。硫酸第1鉄添加量は、20%程度で良い。この結果火山灰土に硫酸第1鉄を20%添加し、混和造粒後、500℃、15分間加熱して作られた、粒状の焼成物の吸着性能が高いことを見出した。

 原料の範囲を広げるとともに、循環型の生産をするため、土壌類似の各種廃棄物を主原料として、高性能吸着材を合成した。原料として浄水ケーキ、トンネル等を掘削する際に発生する泥土(以下トンネル汚泥という)、浚渫汚泥を用いた。浄水ケーキは重金属含量が低いが、有機物含量が高いので、有機物を分解除去し、土壌に準じて処理すれば、高性能吸着材の主原料になると判断した。そこで、有機物分解と加熱条件を調べ、浄水ケーキに過酸化水素を1%添加し、600℃、15分間加熱すれば、高性能吸着材が得られることを明らかにした。

 トンネル汚泥や浚渫汚泥のなかには重金属含量の高いものがあるので、この点に注意すれば、これらも高性能吸着材の主原料として使用できると判断した。事実、硫酸第1鉄を汚泥に10%添加し500℃、15分間加熱すれば、高性能吸着材が得られた。

 ついで、火山灰土から合成された高性能吸着材を検討した。本試料の主要構成成分は酸化アルミニウム、酸化鉄、酸化カルシウムであった。また、この高性能吸着材のリン吸着特性として、次のことを明らかにした。(1)高性能吸着材は多孔質で、透水性がよく、しかも、水質浄化用吸着ろ過材として十分な機械的強度を持っていた。(2)リン酸イオンの吸着は、初期短期間に急速に、その後長時間かけてFreundlich型の等温吸着平衡を維持しながら、徐々に進行して、多量のリン酸を吸着保持し、平衡溶液のリン酸濃度を著しく低く保つ。例えば、平衡溶液のリン濃度が0.02mgPL-1の場合には、リン酸吸着量が10mgPL-1以上に達した。

(3)高性能吸着材による各種リン酸の被吸着能は、リン酸>トリポリリン酸>亜リン酸≫次亜リン酸の順であった。(4)pH5-9の範囲では、pHが低いほどリン酸が吸着され易い。(5)リン酸溶液に高性能吸着材を加えると、溶液が酸性側、アルカリ性側のいずれの場合も、時間の経過とともに中性に近付いた。(6)水中に通常共存している物質は、リン酸吸着を殆ど妨害しない。

 多孔質で、透水性に優れ、機械的強度が高い高性能吸着材は、優れた(逆洗可能な)水質浄化用ろ過材であることを示すデータが得られた。例えば、高性能吸着材を詰めたカラムに、リン酸濃度0.12mgPL-1の溶液を空間速度(SV)1.8hr-1、5.0hr-1で通すと、リン除去率が50%以下になるまでの日数が63日あるいは16日であって、それぞれの日までの平均リン除去率が80%以上であった。

 高性能吸着材のリン酸吸着機構を次のように推論した。(1)リン酸の吸収が見かけの等温吸着平衡を維持しながら、時間の経過と共に吸収量が増大した。これは、リン酸の吸収過程が2段階から成ることを示唆している。その一つは速やかな表面反応であり、他の一つは粒子内での緩徐な拡散過程である。粒状の高性能吸収剤がリン酸を含む溶液に触れると、先ず、粒子外表面で表面反応が起こり、ついで粒子内の微細孔隙内を拡散で運ばれた物質が微細孔隙表面で反応が起こる。高性能吸着材粒子が多孔質であり、走査型電子顕微鏡写真が示すように微粒子の集合体である事実は、粒子内での遅い拡散過程があるとする推定を支持している。

 (2)見かけの等温吸着平衡曲線が定数nが等しく、定数kが時間と共に増大するFreundlich式で表された。この事実は、表面反応が粒子外表面と粒子内表面とでほぼ同一であることを示唆している。高性能吸着材のリン酸吸着過程のうちの表面反応は、主としてFeやAl(特にFe)に配位しているOH、O-、OH2+などの配位子とリン酸などの物質との間で生じる配位子交換と推定される。言い換えれば、表面反応の主要なサイトは、表面に露出しているFeやAlに配位しているOH、O-、OH2+などの活性の高い配位子である可能性が高い。ただし、この配位子の一部はケイ酸である。

 リン酸吸着は、粒子の外表面と粒子内の微細孔隙表面で起こる速い表面反応と、これら表面にリン酸が運ばれる遅い拡散反応から成る。

 次に、高性能吸着材による水質浄化を下記5分野で実証した。

 (1)富栄養化した池から採取した試料を円筒に詰め、ヘドロ層と水槽に分離した後にヘドロ層を高性能吸着材で覆ったところ、水層中のリンが95%除去され、水の透明度が顕著に高まった。

 (2)給餌しながら金魚を飼育している水槽実験では、水量の0.2%相当量の高性能吸着材を詰めたカラムを通して水を循環させた区は、対照区に比べて、オルトリン酸、硝酸態窒素、アンモニア態窒素の濃度、濁度が、それぞれ98.7%、59.4%、99.5%、82.3%低下し、金魚の生育が良好だった。

 (3)富栄養化した修景池で、水量の0.5%相当量の高性能吸着材カラムを通して水を循環させたところ、良好な水質(濁度:2、透明度:50cm以上、リン酸濃度0.016PmgL-1)が4ヶ月間維持された。

 (4)富栄養化した河川に、高性能吸着材カラムを設置し、空間通水速度(SV)3.5hr-1で水を通したところ、全リン、オルトリン酸態リン、SSが効率よく除去された(それぞれの平均除去率は66%、76%、73%。)。

 (5)合併浄化糟から排出されるリン濃度が高い排水を高性能吸着材カラムで処理(SV1.1hr-1)したところ、1ヶ月程度、排水のリン濃度を1.0mgPL-1以下に抑えることができた。

 また、使用済み高性能吸着材の再生法ないしは有効利用法に関して調べ、次の結果を得た。使用済み(リン酸でほぼ飽和された)高性能吸着材は、10倍量の0.5molL-1硫酸溶液で15分間処理すれば、吸着されていたリンが殆ど完全に脱着され、吸着材のリン吸着能もほぼ完全に回復した。この方法で再生して、高性能吸着材が8回繰り返し水浄化を行っても吸着性能は未使用のもの80%以上を維持した。

 使用済み高性能吸着材は、黒ボク土に約20%混ぜると、黒ボク土で栽培した二十日大根の生育収量を著しく増大させた。

 さらに、砒素とフッ素はリンと類似の機構で土壌や鉱物に吸着されることが知られていたので、高性能吸着材も砒素やフッ素で汚染された水の浄化に有効と予想された。実験結果は予想を上回るものであった。例えば、吸着が著しく困難とされていた亜砒酸も酸化剤添加等の酸化工程を経ることなく直接高性能吸着材に吸着された。また、亜砒酸や砒酸濃度が高い水を高性能吸着材カラムで処理すると、既存の方法では到達困難な新水質基準値(0.01mgAsL-1)以下に砒素濃度を容易に下げることができた。

 フッ素イオンはリン酸よりも強く、多量に吸着された。例えば、13.6mgFL-1含む液に高性能吸着材を液量の1%相当量加えると、フッ素イオンの平衡濃度が水質基準値(0.8mgFL-1)になり、フッ素イオン吸着量が20gFkg-1になった。

 上記のように本研究で新たに開発された高性能吸着材は、土壌だけでなく、浄水ケーキ、トンネル汚泥、浚渫汚泥などの処理・処分が困難な産業廃棄物からも容易に合成でき、リン除去はもとより、砒素、フッ素などの有害元素の除去を、汚泥の発生なしに、安価、容易、高効率に実施でき、しかも使用後には再生や土壌改良材として利用も可能など、循環型社会の構築や環境問題の解決に有用な幾多の特質を備えている。

 なお、見方を変えれば、高性能吸着材は高性能土壌の具体例と言うことができる。すなわち、高性能土壌は土壌が持つさまざまな特性を活用し、多様な環境上の要求を満足させるため、要求の種類に応じて土壌の性能を強化したものである。

 土壌の吸着機能を極限にまで高めた高性能吸着材は、土壌に期待される要求の一つである水質浄化機能が極めて高い高性能土壌の具体的資材の1つであると言える。

審査要旨 要旨を表示する

 生活様式の多様化、大量の食・飼料の輸入が主因となって、わが国の水圏の富栄養化による水質汚濁は大都市周辺は勿論、農村地域においても深刻な状況下にある。水圏の富栄養化をもたらす窒素ならびにリンについては、脱窒反応による窒素の揮散など種々の有効な方法が実用化されているが、リンについては効率的な除去方法はいまだに開発されておらず、しかも、アメリカではすでにリン資材の全面輸出を禁止しているように、リンの資源枯渇化が危倶されている。このような背景から、本研究では排水ならびに環境中からリンを効率的に回収し、回収したリンの再利用が可能である実用的方法を開発したもので、8章から構成されている。

 リン除去技術の処理限界濃度は現在0.5mg-P/L程度であり、0.2mg-p/L以下を要求している現状には対応できないことを趣旨とした第1章の序文に続いて、第2章では士壌を主原料として安価で、高性能なリン吸着材を合成することに成功したことを述べている。火山灰土など3種土壌を供試して造粒し、加熱処理後のリン吸着能とそれに関わる性質を調べた結果、リン吸着能は玄武岩質の火山灰土を造粒後500℃で、15分間加熱すると最高値に達し、造粒前の火山灰土に重量比で20%の硫酸第一鉄を予め添加しておくと、リン吸着能はさらに向上することを見いだした。

 第3章では浄水ケーキ(排出量はわが国で年間16万トン)、トンネルおよび浚渫汚泥(同2000万トン)など膨大な量に上る排土を主原料として、高性能吸着材の合成方法を述べている。浄水ケーキには、過酸化水素水(30%液)を重量比で1%加え、600℃、15分間加熱することにより、また、トンネルおよび浚渫汚泥を主原料とするものでは、前述の方法で、火山灰の場合と同様の高性能リン吸着材が得られた。

 第4章では火山灰土から合成された高性能吸着材のリン吸着機構ならびに吸着特性について述べている。本高性能吸着材の主要成分は二酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化鉄から構成されており、リンは中性付近でこれらの成分に対して、短期間に急速に吸着する過程と、その後長時間をかけて徐々に吸着して行く過程の二つから構成されており、全体の吸着パターンはFreundlichの吸着等温式で表された。吸着反応の速い過程は吸着サイトである鉄やアルミニウムの反応性に富んだ配位子とリンならびに一部ケイ酸とが配位子交換で起こること、また、遅い反応は吸着サイトへのリン分子の拡散で起こることを推定した。このような2段階で起こる吸着反応による吸着リンの総量は、平衡溶液のリン濃度が0.02mg-P/Lの場合、10〜20mg-P/gと著しく高濃度になり、少量の吸着材で低濃度のリンをきわめて効率よく吸着できることを示した。

 第5章は現場で採取した種々の試料に対する本吸着材の浄化効果について述べている。富栄養化した河川水、同じく湖水やヘドロ、観賞用魚類の水槽、合併浄化槽の排水などを供試してカラムによる通水試験や吸着実験を行った結果、何れも高い浄化効果が確認され、本吸着材が富栄養化した現場の水圏域に対してそのまま適用できることを示した。

 第6章では使用済み高性能吸着材の再生法および有効利用法について述べている。リンでほぼ飽和された高性能吸着材は、10倍量の0.5mol/L硫酸溶液を加え、常温で15分間振盪抽出することにより、吸着されていたリンの全量が脱着し、吸着材のリン吸着能も完全に回復することがわかった。また、リン吸着反応-硫酸溶液による脱着反応の吸着・脱着の繰り返しを行った結果、11回の反復によっても、リン吸着能は最初の吸着能の78〜100%がつねに維持されており、リン吸着能の反復使用による劣化は低く、実用性がきわめて高いと判断された。さらに、リンで飽和された使用済み高性能吸着材を黒ぼく土の未耕土に施用して作物の栽培試験を行った結果、黒ぼく土に対して重量比で20%を添加すると、ハツカダイコンの草丈、地上部ならびに地下部の乾物重はいずれも無添加の対照区に比べると210〜290%と著しい増加率を示し、リン酸資材として有効であることがわかった。

 第7章では本吸着材によるヒ素とフッ素の吸着特性について検討している。ヒ素はリンと同様、本吸着材とは配位子交換で安定的に吸着されたが、吸着パターンはLangmuirの吸着等温式で表現された。吸着量は、平衡濃度0.01mg/Lのヒ素溶液に対してヒ素の吸着量は2.5g/kgにのぼり、実用化するに十分な吸着能を示した。さらに、従来吸着による除去が困難であった亜ヒ酸に対しても、吸着反応は緩慢ではあるが、安定した吸着特性を示すことを見い出している。一方、フッ素に対してはリンやヒ素に比べて、吸着が強く、本吸着材は20g-F/kgという高い吸着能を有し、リン、ヒ素とともに実用性の高い吸着材であることを示した。

 以上を要するに本論文は土壌の吸着能を最大限に発揮させる新たな合成法を考案し、その実用性がきわめて高いことを実証したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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