学位論文要旨



No 214898
著者(漢字) 永渕,真也
著者(英字)
著者(カナ) ナガフチ,シンヤ
標題(和) ヌクレオチドの免疫系に対する影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 214898
報告番号 乙14898
学位授与日 2001.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14898号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 生体の免疫系が、本来無害である外来抗原に対して過敏な反応を示し、自己の組織を傷害することがあるが、これをアレルギーという。喘息や花粉症などのI型アレルギーは近年その患者数が急速に増大し、社会問題となっている。

 ヘルパーT細胞にはサイトカイン産生パターンが異なる1型(Th1)と2型(Th2)があり、Th1-Th2バランスが均衡することで、生体内の免疫系は正常に保たれる。Th1-Th2バランスがTh2優位の状態は、I型アレルギーの発症を引き起こしやすくなる。また、腸管の免疫系(特にIgA)もアレルギーの抑制に重要である。腸管は常に外来の抗原に曝されている。腸管中のIgAにより抗原が生体内に入るのを防ぐことで、生体がアレルギーになるのを防いでいる。

 ところで、ヌクレオチドや核酸(ヌクレオチドが重合したもの)は生体内で合成されるため、成人には必須でない。しかし、急速に成長する新生児の場合や感染症などの生体がストレス下にある場合、ヌクレオチドは、生体内の合成だけでは必要量に満たない。実際、母乳は、ヌクレオチドや核酸を多く含み、乳児の必要量を満たしている。このヌクレオチドや核酸の生理作用には、免疫賦活作用、感染防御効果、腸管上皮の活性促進などがある。

 免疫賦活作用に関して、ヌクレオチドや核酸は、B細胞よりもT細胞、特にヘルパーT細胞の活性を高めることが示唆されている。しかし、ヌクレオチドがTh1-Th2バランスに与える影響は明らかでない。そこで、本研究では、ヌクレオチドがアレルギーを抑制する可能性を調べるため、ヌクレオチドがTh1とTh2のバランスに与える影響とその機構を検討した。

 また、ヌクレオチドは腸管上皮の活性の促進を通して、腸管免疫系にも影響を与える可能性が考えられる。腸管のIgAもアレルギーの抑制に重要であることから、ヌクレオチドが腸管の免疫系に与える影響も検討した。

1.経口摂取されたヌクレオチドがIgE産生およびヘルパーT細胞のサイトカイン産生バランスに与える影響

 Th1は、インターフェロン-γ(IFN-γ)、インターロイキン-2(IL-2)を産生し、B細胞のIgG2aの産生を誘導する。一方、Th2はIL-4を産生し、B細胞のIgE、IgG1の産生を誘導する。これらのサイトカインが相互に作用して、Th1とTh2のバランスが均衡する。本研究では、ヌクレオチドの経口摂取が生体のTh1-Th2バランスに与える影響を、血清中の各クラス・サブクラスの抗体量および脾臓細胞のサイトカイン産生の観点から調べた。

 2世代にわたって、母乳とほぼ同じ組成のヌクレオチドを0.4%添加した飼料(NT(+)食)または無添加の飼料(NT(-)食)をBALB/cマウスに摂取させ、血清抗体濃度を酵素免疫測定法(ELISA)で測定した。その結果、NT(+)食の2代目のマウスは、NT(-)食群より、4〜7週齢で血清総IgE濃度が有意に低下した。また、NT(+)食群の方が、6週齢で総IgG2a濃度が高くなる傾向が見られ、6と7週齢で総IgG1と総IgG2aの比(IgG1/IgG2a)が有意に低下した。

 3週齢のマウスに4週間上述の食餌を自由摂取させ、マイトジェン刺激下で培養した脾臓細胞のIFN-γとIL-4産生を測定した。この結果、NT(+)食群で、IFN-γ産生が有意に上昇し、有意差はないもののIL-4産生が低下した。

 アレルギーの発症には、抗原特異的なIgEが深く関与する。そこで、アジュバント(水酸化アルミニウム)とともにオボアルブミン(OVA)を3週齢のBALB/cマウスに腹腔投与することによって誘導される抗原特異的なIgEに対して、ヌクレオチドが与える影響を検討した。この結果、ヌクレオチドの経口投与で、血清中のOVA特異的なIgEが有意に低下した。

 以上より、ヌクレオチドの経口投与は、Th1-Th2バランスをTh1優位にすることが明らかとなった。

2.ヌクレオチドが経口摂取された抗原に対するTh1、Th2型応答に与える影響とその機構

 アジュバントは人為的に免疫応答を活性化するために用いられる。しかし、食物アレルギーはアジュバント無しで食物アレルゲンを摂取した場合に誘発される。そこで、この状態に近い実験系として、OVA特異的なT細胞レセプター遺伝子を導入したトランスジェニック(OVA-TCR Tg)マウスを用いて、ヌクレオチドが、抗原刺激下で誘導されるサイトカイン産生や経口摂取された抗原で誘導される血清中の抗原特異的な抗体に与える影響を検討した。

 2%OVA水溶液投与下で、3週齢のOVA-TCR TgマウスにNT(-)食またはNT(+)食を摂取させ、血清中のOVA特異的な抗体(IgE、IgG1、IgG2a)と脾臓細胞のサイトカイン(IFN-γ、IL-4)産生をELISAで調べた。その結果、NT(+)食群で、OVA特異的なIgEとIgG1が低下し、IgG2aが上昇する傾向が見られた。また、NT(+)食群で、IFN-γ産生が有意に高くなった。

 一方、Th1-Th2バランスの制御機構については多数の報告がある。抗原提示細胞上のCD80とT細胞との結合はTh1の方向に、CD86との結合はTh2の方向に傾ける。また、マクロファージなどの産生するIL-12は、Th1の分化を誘導する。そこで、OVA-TCR Tgマウスの脾臓細胞や腹腔マクロファージのIL-12産生や抗原提示細胞のCD80とCD86の発現を調べた。この結果、IL-12産生は、NT(+)食群の方が有意に高かった。一方、抗原提示細胞のCD80とCD86の発現は両群間でほとんど差は見られなかった。

 従って、ヌクレオチドの摂取は、IL-12産生の上昇を通して、経口摂取された抗原に対してもTh1-Th2バランスをTh1優位にすることが示された。

3.経口摂取されたヌクレオチドが腸管免疫系に与える影響

 腸管のIgAはアレルギーの抑制に関与する。そこで、2%OVA水溶液を自由摂取させるとともにヌクレオチドを3週齢のOVA-TCR Tgマウスに自由摂取させ、糞中の抗原特異的なIgAを測定した。その結果、ヌクレオチドの経口摂取により、OVA特異的なIgAは、8週齢で有意に上昇した。従って、ヌクレオチドは、抗原特異的なIgA産生を高めることが明らかとなった。

 腸管には、腸管上皮にもリンパ球が存在し、これを腸管上皮間リンパ球(IEL)という。IELには、TCRγδ陽性T細胞が多く存在する。TCRγδ陽性T細胞の生理機能はいまだ明らかでないが、抗原特異的なIgE産生の制御、Th1とTh2細胞の分化への関与、IgA産生の促進などが報告されている。IELと腸管上皮細胞は分化や増殖を相互に制御する。上皮細胞はIL-7を発現し、IL-7はIELのTCRγδ陽性T細胞の発達を促す。また、上皮細胞はTGF-βも産生し、TGF-βはIgAへのクラススイッチを誘導する。一方、ヌクレオチドは腸管上皮細胞の消化酵素の活性を高める。従って、ヌクレオチドが、上皮細胞の活性の促進を通して、IELや腸管のIgA産生に影響を与える可能性がある。そこで、ヌクレオチドが、離乳直後のマウスの腸管のIELや腸管上皮細胞に与える影響を検討した。

 NT(-)食またはNT(+)食をOVA-TCR TgマウスまたはBALB/cマウスに3週齢から摂取させ、IELのサブセットおよび小腸上皮細胞のサイトカイン産生を調べた。その結果、BALB/cマウスおよびOVA-TCR Tgマウスともに、NT(-)食群よりNT(+)食群の方が、IELのTCRγδ陽性T細胞の比率が有意に上昇し、TCRαβ陽性T細胞の比率が有意に低下した。このTCRαβとTCRγδのサブセットの相違は、CD8αα陽性T細胞で見られた。また、上皮細胞のIL-7産生およびTGF-β産生は、NT(+)食群の方が有意に上昇した。

 以上より、ヌクレオチドは、小腸上皮細胞のIL-7産生の促進により、IELのTCRγδ陽性T細胞の割合を高くすると考えられた。また、上皮細胞のTGF-β産生を高めた。これらがIgA産生の促進に関与する可能性が考えられた。

まとめ

 本研究により、成長期におけるヌクレオチドの経口摂取は、Th1-Th2のバランスをTh1優位にすること、および、腸管のIgA産生を促進することにより、アレルギーの抑制に働く可能性が示唆された。

 一般に、病原微生物の侵入に対する感染防御機構は、感染後数時間以内に働く自然免疫(上皮細胞とマクロファージが関与)、感染後数時間後に誘導される早期誘導反応(NK細胞、TCRγδ陽性T細胞、NKT細胞とIELが関与)、感染数日後から働く獲得免疫(抗原特異的なT細胞とB細胞が関与)に分類される。ヘルパーT細胞は、獲得免疫の中心的役割を担う。

 本研究では、ヌクレオチドの投与が、小腸上皮細胞のIL-7産生を高めることで、IELのTCRγδ陽性T細胞の割合を変える可能性を示した。また、ヌクレオチドはマクロファージのIL-12産生を高め、Th1優位にすることを示唆した。以上より、ヌクレオチドの投与が、自然免疫である上皮細胞やマクロファージのサイトカイン産生を高め、早期誘導反応のIELのTCRγδ陽性T細胞に影響を与えることで、獲得免疫であるヘルパーT細胞のバランスをTh1型にし、腸管のIgA産生に影響を与える可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 アレルギーは近年その患者数が急速に増大し、大きな社会問題となっている。このアレルギーは、免疫反応のバランスが崩れた場合に発症することが知られている。特に免疫反応に関与するヘルパーT細胞のタイプ(Th1とTh2)のバランスがTh2に傾いたときに発症する。

 一方、ヌクレオチドや核酸には免疫調節作用があるが、これはヘルパーT細胞の活性の促進によって誘導される。しかし、ヌクレオチドがTh1-Th2バランスに与える影響は明らかではない。本論文では、ヌクレオチドがアレルギーを抑制する可能性を調べるため、ヌクレオチドがTh1とTh2のバランスに与える影響を検討した。さらに腸管のIgAがアレルギーの抑制に重要であることから、ヌクレオチドが腸管の免疫系に与える影響を検討した。

 Th1はインターフェロン-γ(IFN-γ)を産生し、B細胞のIgG2aの産生を誘導する。一方Th2はIL-4を産生し、B細胞のIgEの産生を誘導する。これらのサイトカインが相互に作用して、Th1とTh2のバランスが均衡する。第1章および第2章においては、ヌクレオチドの経口摂取が生体のTh1-Th2バランスに与える影響を調べ、さらにその機構を解析した。

 成長期のBALB/cマウスあるいはOVA特異的なT細胞レセプター遺伝子を導入したトランスジェニック(OVA-TCR Tg)マウスに、母乳とほぼ同じ組成のヌクレオチドを添加した飼料(NT(+)食)または無添加の飼料(NT(-)食)を自由摂取させ、血清抗体濃度、脾臓細胞のサイトカイン産生能を酵素免疫測定法(ELISA)で測定した。その結果、NT(+)食群は、NT(-)食群より血清中の総IgE濃度や抗原特異的なIgE抗体価が有意に低下する一方、総IgG2a濃度や抗原特異的なIgG2a抗体価が高くなった。また、NT(+)食群の方がIFN-γ産生が有意に上昇し、IL-4産生が低下した。この結果、ヌクレオチドの経口投与はTh1-Th2バランスをTh1優位にすることが明らかとなった。マクロファージなどの産生するIL-12は、Th1の分化を誘導する。OVA-TR Tgマウスの脾臓細胞や腹腔マクロファージのIL-12産生を調べた結果、NT(+)食群の方が有意に高くなった。従って、ヌクレオチドの摂取はIL-12産生の上昇を通して、Th1-Th2バランスをTh1優位にすることが示された。

 第3章ではヌクレオチドが腸管のIgA産生に与える影響を検討し、その機構を解析した。成長期のOVA-TCR Tgマウスにヌクレオチドを自由摂取させると、腸管のOVA特異的なIgA産生が上昇した。腸管には腸管上皮細胞の間隙にリンパ球が存在し、これを腸管上皮間リンパ球(IEL)と呼んでいる。成長期のOVA-TCR TgマウスまたはBALB/cマウスにヌクレオチドを摂取させると、IEL中のTCRγδ陽性T細胞の比率が有意に上昇した。このとき、上皮細胞のIL-7産生およびTGF-β産生はNT(+)食群の方が有意に上昇した。腸管上皮細胞が産生するTGF-βおよびIEL中のTCRγδ陽性T細胞はIgAの産生を促進することが報告されている。また、腸管上皮細胞が産生するIL-7はIELのTCRγδ陽性T細胞の発達を促進することが知られている。以上のことから、ヌクレオチドは小腸上皮細胞のIL-7産生を促進することにより、IELのTCRγδ陽性T細胞の割合を高くすると考えられた。従って、ヌクレオチドの経口投与は、IELのTCRγδ陽性T細胞の割合および小腸上皮細胞のTGF-β産生の上昇を通して、IgA産生を促進すると考えられた。

 一般に、病原微生物が感染すると、生体の免疫系は自然免疫(上皮細胞とマクロファージが関与)、早期誘導反応(IELが関与)、獲得免疫(抗原特異的なT細胞とB細胞が関与)の順に働く。本研究では、ヌクレオチドの投与が自然免疫を担うマクロファージのIL-12産生を高めることで、獲得免疫のヘルパーT細胞のバランスをTh1優位にすることを示した。またヌクレオチドの投与が、自然免疫を担う上皮細胞のサイトカイン産生を高めることで、IELのTCRγδ陽性T細胞の割合を変え、腸管のIgA産生を促進する可能性が考えられた。以上、成長期におけるヌクレオチドの摂取はアレルギーの抑制に働く可能性が示唆され、アレルギー予防治療への貢献が期待される。したがって本論文で得られた知見は学術上、応用上重要である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク