学位論文要旨



No 214900
著者(漢字) 堀金,明美
著者(英字)
著者(カナ) ホリガネ,アケミ
標題(和) MRI法による炊飯および登熟過程の米粒内部構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 214900
報告番号 乙14900
学位授与日 2001.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14900号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 助教授 大久保,明
内容要旨 要旨を表示する

 序論-米は、世界の人口の60%の人々が、様々に調理して主食とする重要な食品である。その調理の基本は、精白米に適量の水を加えて加熱するという単純なものであるが,素材としての米の良否が食味に大きく影響を及ぼす。また近年我が国では、食生活の多様化や高級化にともなって多くの品種が作出され,米の品質や食味についての客観的かつ簡易迅速な評価法、米の品種特性を評価するための精度の高い分析法の開発が求められている。

 炊飯米の食味には,米の主成分である澱粉の物理化学的な特性,品種,および調理条件が影響し,その評価は官能検査や様々な機器分析によって行われている。化学成分,澱粉の糊化特性あるいは物性などの試験は,官能検査との相関も高く,客観的な評価を与える方法として広く認められている。これらの試験は米粉あるいは炊飯米を用いて行われ,澱粉の糊化特性は,一般に米粉を用いて試験される。しかし,米は粒として食されること,そして澱粉貯蔵細胞が密に配列した組織構造を持つことから,糊化特性については粒としての評価,検討が不可欠である。

 炊飯米内部の澱粉の糊化については,澱粉を対象とした組織学的研究が多数報告されているが,澱粉糊化反応に不可欠な水の吸収動態やその分布を明確にしたものはなかった。そこで,飯粒を無浸襲かつ非破壊で分析し,形態情報と水の分布や運動性に関する情報が同時に得られるNMRマイクロイメージング法(MRI法)を用いて,炊飯過程における飯粒内部の水分分布と形態変化を調査した。これにより,炊飯米内部には空洞があることが初めて非破壊で明らかにされ,空洞の形成過程と品種間差異を検討した。炊飯過程における飯粒の解析は,低水分の穀粒に対するMRI法の応用の可能性を示した。そこで,登熟過程における頴果(Caryopsis)の形態形成と水分分布の変化を経時的に調査し,従来の形態学的な知見に水の分布に関する情報を加えるとともに,登熟過程における頴果と炊飯過程における飯粒の水分分布との関連について検討した。

 実験材料-炊飯過程における飯粒内部の水分分布の調査には,ヒビ割れや心白,腹白のない透明度の均質な精白米に1.5倍重量の水を加え,洗米せずに室温で1時間浸漬し,昇温速度を正確に制御できる少量炊飯装置で調製した炊飯米を用いた。登熟過程における頴果内部の水分分布の調査には,コシヒカリのイネを屋外のポットで栽培し,開花日をマークした小穂を含む穂を刈り取り,その中から正常に発育した小穂を選び,直ちに測定に供した。

 MRI法-米粒の1粒分析または8〜10粒の同時分析を,磁場強度7.1Tesla,プロトン(1H)の共鳴周波数300MHzのNMRスペクトロメータ(DRX300WB,Bruker)を用いて,Spin-echo法により行った。複数粒の同時分析には,特製の多点同時分析用サンプルホルダーを用いた。2次元(MSME法)または3次元測定(SE-3D法)により得られたデータから画像処理により,2次元のスライス画像,3次元の表面投影(Surface projection)画像,あるいはMIP(Maximum intensity projection)画像を再構成した。3次元画像は,炊飯米の内部構造,登熟過程の頴果の水分分布を理解する上で,極めて有効であった。2次元測定のMSME法は,炊飯初期の低水分の飯粒は検出できないが,高水分となる炊飯後期の飯粒の迅速測定に適していた。3次元測定のSE-3D法は,乾燥した精白米を除き,炊飯全過程の飯粒および登熟過程の頴果を調査するに充分な測定感度と空間分解能を示した。

 炊飯米の空洞形成-コシヒカリの炊飯米内部の水分分布を調査したところ,炊飯米の内部にはNMRのプロトン(1H)信号が検出されない無信号領域が存在した。炊飯米の表面に亀裂などの異常はなく,外観から空洞の存在を予測することはできなかった。特製のナイフで炊飯米を切断し,その断面を実体顕微鏡により観察した結果,無信号領域は糊化した澱粉貯蔵組織に囲まれた開口部のない「空洞」であった。この空洞は,多点同時分析においても全てのコシヒカリの炊飯米に観察され、炊飯により生じる普遍的な現象と考えられた。

 そこで,空洞がどのようにして形成されるかを明らかにするため,MRI法により飯粒を経時的に調査した。試料となる飯粒は,炊飯過程を9段階に分け,設定温度または100℃保持時間に到達した後,直ちに全量を炊飯装置から取り出し,必要があれば炊飯残余水を除去し,調製した。

 MR画像は,炊飯の進行による飯粒内の水分分布や飯粒形態の変化を明確に示した。これらの画像から,空洞は,浸漬時に存在するヒビ割れが原因で,表層の糊化によってヒビ割れの傷口が塞がれ,中の水がなくなると同時に,飯粒が長軸方向へ急激に伸び,ヒビ割れの隙間が拡大して形成されることが明かとなった。また,糊化開始から沸騰までは,炊飯過程の中では短い時間であるが,飯粒内部の水分分布や飯粒の形態が急激に変化し,空洞が形成され,炊飯米の粒形や大きさが決定される重要な段階であることが示された。空洞の形状や大きさは,胚乳の組織構造や,飯粒の長軸方向への伸長が要因となって決定されると推測された。

 空洞の品種間差異-コシヒカリ以外の品種でも空洞が存在するかどうかを,糯米(コガネモチとモチミノリ)とインディカ米(LPT123)により試験した。糯米では空洞が全くないか,あっても泡程度に小さく,インディカ米ではヒビ割れが多いだけでなく,ヒビ割れの傷口が塞がらず,空洞とならない部分があった。このように,炊飯米内部は品種により異なることから,空洞容積を定量し,品種間差異を調査した。

 澱粉の糊化特性はアミロース含量の違いにより影響を受けるといわれていることから,アミロース含量の異なるジャポニカ米の5品種-モチミノリ(アミロース含量,0%),ミルキークィーン(10.0%),コシヒカリ(16.1%),関東181号(30.4%),ホシユタカ(27.3%)-を用いた。炊飯米の空洞容積は,MRI法による3次元測定データセットからVolume rendering法により算出した。空洞の抽出方法と空洞容積の測定精度は,ジルコニウムビーズと寒天ゲルにより作製した空洞模擬ファントムにより検証した。炊飯米の空洞は,糊化澱粉により完全に囲まれたもののみが的確に抽出され,その容積が定量された。空洞容積の品種間差異は,分散分析および比較検定により解析した。

 空洞はいずれの品種でも前述したコシヒカリと同様の経過をたどって形成された。また,空洞容積率(飯粒内総空洞容積/飯粒の体積)も5品種全てにおいて,沸騰開始前後で最大となり,沸騰の継続により次第に小さくなった。しかし,空洞形成の開始時期や形成される空洞の大きさは品種によって異なった。すなわち,糯米のモチミノリは粳米よりも早く空洞が形成され,沸騰時の空洞容積は5品種の中で最も大きかったが,炊飯終了時には最小となった。コシヒカリは,炊飯終了時には最も大きな空洞容積率を保持した。モチミノリ(糯米)とホシユタカ(高アミロース米)の炊飯過程における空洞容積率の変動パターンが酷似しており,アミロース含量との明瞭な関係は得られなかった。

 空洞形成は糊化開始温度の低い品種で早く,沸騰時の空洞容積率はヒビ割れの多い品種で大きくなった。空洞容積率の品種間差異には,空洞の数,飯粒の膨張率や伸長率,糊化特性が関与し,炊飯終了時の空洞の大きさは,飯粒中心部の澱粉の膨潤と飯粒の体積膨張や伸長によって決定されると推測した。

 登熟過程の頴果-コシヒカリのイネをポットで栽培し,登熟過程における小穂(spikelet)をMRI法により調査した。小穂のMIP画像は,頴果の発達と小穂内での頴果の空間配置を明確に示し,2次元MR画像は頴果の形態形成のみならず,胚乳の登熟に伴う貯蔵澱粉の液相から固相への質的変化をも示した。

 また,登熟過程における頴果のMR画像は,開花後20〜25日において,胚乳の中心線に水が存在し,それが胚に達していることを初めて明らかにした。中心線はこれまで注目される組織構造ではなかったが,胚への水の移動経路としての重要な生理的機能を持つ可能性を示唆した。また,開花後15〜20日のMIP画像は背部維管束から胚乳表面に沿って流れるスジ状の水の分布を明示していた。このスジ状の水の分布は,組織学において推測されていた水の移動経路を、3次元画像で初めて実証した。

 登熟後期に水は,頴果の背部維管束から背腹経線を通り,中心線を経て胚に達することを示したが,炊飯時には,この経路を逆にたどって水が浸透した。これらの成果は,低水分の穀粒にもMRI法の応用が可能であることを示した。

 総括-本研究から炊飯米内部には空洞が存在すること,空洞は浸漬時に存在するヒビ割れが原因となって,加熱中の糊化の進行と形態の変化によって形成されること,空洞はいずれの品種においても同じ経過をたどって形成されるが,その大きさは品種によって異なることが明かとなった。また,登熟過程における頴果内部の水分分布から,水の浸透しやすい部位や水の移動経路が示唆された。これらの成果は、炊飯米のテクスチャーなど食味の研究にとって重要な情報となり,米の品種特性あるいは加工適性の評価における応用が期待される。また,登熟過程における頴果の3次元画像などは、形態学、生理学への応用によるMRI法の新たな展開の可能性を示している。

 以上のように本研究は,米粒の形態や水の状態をMRI法によりに解析した基礎研究であり,食品加工学や調理学、作物生理学の分野への応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 米は食生活の多様化や高級化にともなって多くの品種が作出され,その食味や品質特性を評価するための簡易・迅速あるいは高精度な分析法が求められている。炊飯米の食味に影響を与える要因の一つに米澱粉の糊化特性があり,米粉を用いた試験が行われている。しかし,米は粒で食され,かつ,澱粉貯蔵細胞が密に配列した組織構造を持つことから,その糊化特性は,米粉だけでなく粒で評価,検討する必要がある。本論文は,医療分野で発展したNMRマイクロイメージング法(MRI法)を,炊飯過程あるいは登熟過程における米粒の非破壊分析に応用した。炊飯過程の飯粒については,澱粉糊化反応に不可欠な水の吸収動態や飯粒内部における水分分布を明らかにするとともに,炊飯による糊化の進行により,飯粒内部に形成される空洞について論じている。さらに,登熟過程における米粒については,穎果内部の水分分布を明らかにし,胚乳表面あるいは胚乳内部における水の移動経路や,炊飯過程における飯粒内部の水分分布との関連について論じている。

 第1章において,研究の背景と意義を概説した後,第2章において,実験材料と実験方法について述べている。サンプルホルダの作成により,MRI法における多点同時分析を可能にし,測定の効率化を図った。また,3次元MR画像からVolume rendering法により,飯粒や空洞容積の測定方法を検討し,画像情報の定量化を図った。

 第3章において,コシヒカリの炊飯過程における飯粒内部の水分分布と飯粒の形態変化について述べている。コシヒカリの炊飯米の内部には,NMRのプロトン(1H)信号が検出されない無信号領域が数力所存在することを示した。実体顕微鏡による観察から,この領域が空洞であることを明らかにした。炊飯過程をMRI法により経時的に調査し,飯粒の形態や水分分布の変化から空洞の形成過程を明かにした。空洞は,浸漬時に存在するヒビ割れが原因となり,表層の澱粉の糊化によってヒビ割れの傷口が塞がれ,中の水がなくなると同時に,飯粒が長軸方向へ急激に伸び,ヒビ割れの隙間が拡大することによって形成されることを示した。

 第4章においては,空洞形成の品種間差異について述べている。糯米では空洞がほとんどなく,インディカ米では空洞の数が多いだけでなく,ヒビ割れの傷口が塞がらず,空洞を形成しない部分があることを示した。アミロース含量の異なるジャポニカ米の5品種(モチミノリ,ミルキークィーン,コシヒカリ,関東181号,ホシユタカ)では,空洞はいずれの品種でもコシヒカリと同様の経過をたどって形成されることを明らかにした。また,空洞容積率(飯粒内総空洞容積/飯粒の体積)は5品種全てにおいて,沸騰開始前後で最大となり,沸騰の継続により次第に小さくなるが,空洞形成の開始時期や形成される空洞の大きさは品種によって異なることを明らかにした。空洞容積率の品種間差異には,空洞の数,飯粒の膨張率や伸長率,糊化特性が複雑に関与し,炊飯終了時の空洞の大きさは,飯粒中心部の澱粉の膨潤と飯粒の体積膨張や伸長とのバランスによって決定されることが示唆された。

 第5章においては,登熟過程における頴果の発達と水分分布の変化について述べている。小穂のMIP(Maximum intensity projection)画像により,小穂内での頴果の発達を3次元画像で示した。開花後15〜20日では,背部維管束から胚乳表面に沿って流れるスジ状の水の存在を明らかにした。このスジ状の水の分布は,組織学において推測され,概略図のみが提示されていた水の移動経路を、3次元画像として初めて実証したものである。

 頴果の縦断あるいは横断画像により,穎果の発達のみならず胚乳澱粉の液相から固相への質的変化を示した。開花後20〜25日では,胚乳の中心線に沿って水が存在し,それが胚に達していることを初めて明らかにした。中心線はこれまで注目される組織構造ではなかったが,胚への水の移動経路としての重要な生理的機能を持つ可能性を示唆した。

 登熟後期には,水は背部維管束から背腹経線に沿って移動し,中心線を経て胚に至ったが,炊飯時にはこの経路を逆にたどって,胚芽除去部から胚乳中心部に水が浸透することを明らかにした。

 以上,本論文は,MRI法による米粒内部の水分分布の解析を通して,炊飯過程における飯粒では,澱粉の糊化による形態変化の結果として飯粒内部に空洞が形成され,品種によってその容積が異なることを明らかにし,登熟過程の頴果では,登熟中期の胚乳表層部における水の移動経路を,登熟後期の胚乳中心線から胚に至る水の移動経路を明らかにしたもので,学術上・応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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