学位論文要旨



No 214903
著者(漢字) 花田,淳成
著者(英字)
著者(カナ) ハナダ,アツナリ
標題(和) シガレット用巻紙計測システムの構築と巻紙物性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214903
報告番号 乙14903
学位授与日 2001.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14903号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
内容要旨 要旨を表示する

1.序 論

 拡大する喫煙者のニーズに対応するシガレット開発などにおいて重要なことは、巻紙の基本的機能(刻みの保持、シガレット外観、燃焼性と煙成分の制御、香喫味など)を確保することであり、巻紙に関する知見の集積が急がれている。そこで、巻紙のネットワーク構造に着目した巻紙物性、および熱による巻紙の物性・紙層構造変化の把握について従来法と異なる革新的なアプローチにより研究を行った。

 巻紙の力学物性に関する研究では引張り応力下における紙の歪挙動と紙の不均一性の関係に着目し、歪分布測定法として「レーザーホログラフィー干渉法」を提案し、紙の変形挙動と歪分布を検討した。また、熱分解過程における巻紙の変化についての総括的な研究を目的として、「シガレット用巻紙計測システム」構築し、巻紙の熱的な物性などの変化を検討した。

2.本論I レーザーホログラフィー干渉法による紙の物性解析

§1 紙の歪分布挙動測定システムの構築

 紙の二次元的な不均一性により引張り応力下の紙の弱い部分に応力集中が生じる現象を、紙の歪分布という観点から解析した例は無い。一方、非接触かつ直接的に材料表面の変位分布を測定する方法として、レーザーホログラフィーの干渉縞による測定が挙げられるが、紙の計測に応用した研究は殆どない。そこで「レーザーホログラフィー歪分布測定システム」を構築し、変形挙動の異なる材料および地合が異なる紙の変形挙動を検討した。

○まとめ

1.「レーザーホログラフィー歪分布測定システム」を構築し、従来法では不可能な引張り変形における紙の微視的歪分布の可視化が可能となった。

2.弾性変形するゴム板と塑性変形するポリエステルフィルムでは引張り変形において出現するモアレ縞のパターンが異なる。

3.紙の不均一性の違いは引張り変形における紙の変形挙動に影響を与える。

§2 引張り過程における紙の歪分布挙動の可視化

 紙の引張り過程において変形初期では弾性的な変形が生じ、変形量を増すに従い塑性的な変形が生じる現象を「レーザーホログラフィー歪分布測定システム」を用いて解析した。また、変形挙動に対する繊維配向の影響とモアレ縞画像からの歪の数値化を検討した。

○まとめ

1.繊維配向に起因する紙物性値の異方性がモアレ縞のパターンの違いとなって現れる。

2.引張り過程における紙の歪分布の変化より、引張り過程初期では弾性的変形が、変形が進むと塑性的変形が変形挙動を支配し破断に至る。

3.モアレ縞画像データを演算処理することで、歪の定量が可能となった。

3.本論II 熱分解過程におけるシガレット用巻紙の研究

§3 シガレット用巻紙計測システムの構築

 巻紙の評価は常温の物性値に基づくが、燃焼時のシガレットを想定すると巻紙の物性および紙層構造は熱により変化すると考えられる。そこで、熱による巻紙の物性変化の把握を目的とした「シガレット用巻紙計測システム」を構築し、巻紙物性の変化を検討した。

○まとめ

1.燃焼時のシガレットを想定した巻紙の熱的変化を計測する「シガレット用巻紙計測システム」を構築した。

2.熱分解過程における巻紙物性変化を測定し、次の結果を得た。

(1)巻紙の重量減少、収縮、厚さ、みかけ密度、および通気度はTGと同様の傾向で変化する。

(2)光学物性、色差、および通気特性はTGの変化温度より低温側で変化し、通気特性は叩解により異なる挙動を示す。

(3)動的ヤング率は150〜250℃の範囲で若干増加し、300℃を超える範囲で著しく減少する。

§4 熱分解過程におけるシガレット用巻紙の紙層構造

 熱による紙層構造の変化の把握を目的とし、加熱処理巻紙の紙層構造、および細孔比表面積を測定し、熱分解過程における巻紙の物性変化との関係を検討した。

○まとめ

1.全細孔容積は巻紙の加熱温度の上昇に伴い増加する。

2.ミクロポア容積と比表面積は巻紙の加熱温度の上昇に伴い常温〜300℃の範囲で緩やかに上昇し、300〜320℃の範囲で若干減少し、320℃を超える範囲で著しく増加する。

3.水銀圧入退出比は巻紙の加熱温度の上昇に伴い叩解の進行していない巻紙では270〜350℃の範囲で低下し、350〜400℃の範囲で若干上昇し、叩解の著しく進行した巻紙では常温〜150℃の範囲で上昇し、270〜350℃の範囲で低下する。密度は巻紙の加熱温度の上昇に伴い常温〜200℃の範囲で上昇し、200℃以上の温度領域で密度は低下する。

4.平均細孔径は巻紙の加熱温度の上昇に伴い増大する。細孔分布は巻紙の加熱温度の上昇に伴い空隙量は増加し、320℃を超える範囲で15〜20μmの細孔が著しく発達する。

§5 シガレット用巻紙の加熱による収縮と表面変化

 熱分解に伴う巻紙物性や紙層構造の変化は熱による巻紙の収縮挙動として現れることが予測される。そこで、「シガレット用巻紙計測システム」に熱機械特性(TMA)を導入し、熱重量測定(TG)、示差熱分析(DTA)の熱分析測定結果を併せて検討した。また、加熱による巻紙の変形は表面性状の変化として現れることが予測されるので、加熱処理を行った巻紙表面を観察し、物性変化因子との関連づけを試みた。さらに、製品シガレット用巻紙には有機酸塩が塗布されているので、有機酸塩の影響についても検討を行った。

○まとめ

1.巻紙は常温〜100℃の範囲で加熱温度の上昇に伴い収縮し、200℃〜300℃の範囲で伸長し、300℃以上の温度で急激に収縮する。

2.巻紙の有機酸塩塗布量の増加に伴い、300℃付近のTMAの収縮開始温度は低下し、収縮の変化が緩やかになる。また、320℃における収縮率は有機酸塩塗布量4.2%までは増加し、8.3%では低下する。

3.巻紙の加熱に伴い320℃でフィブリルの変質と繊維間空隙の増加が開始し、さらに高い温度で、繊維の幅方向の収縮と繊維間の空隙の増加と繊維表面やフィブリルの著しい分解が生じる。

4.総括

 本論Iでは「レーザーホログラフィー歪分布測定システム」による紙の変形に関する新たな研究法を提案し、地合や繊維配向性などの繊維ネットワーク構造の違いが引張り応力下における紙の変形挙動に影響を与えること、紙が引張り応力を受けて破断に至る過程の変形挙動が異なることを明らかにした。また、本論IIでは熱分解過程における巻紙物性を検討し、紙層内部の空隙が加熱に伴う巻紙の収縮挙動に影響を与え、物性や紙層構造も連動して変化すること、巻紙の加熱によりフィブリルの変質と繊維間の空隙が増加し単繊維の幅方向が収縮することを明らかにした。

 以上、本研究の検討を遂行した結果、巻紙の繊維ネットワーク構造が引張り応力下における紙の変形挙動、および加熱に伴う巻紙の収縮等の物性や紙層構造の変化に関与することが明らかになり、巻紙の繊維ネットワーク構造をコントロールすることで基本的機能とバランスを損なわない巻紙の機能向上が可能であることが示唆された。また、たばこに対する多様な考え方や嗜好がある中で、本研究の科学的な検討や知見は21世紀の新たなたばこ文化の創造に繋がる一つの柱となりうる確信が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

 喫煙は世界の多様な民族が固有の歴史と伝統の中で現在まで持ち続けている慣習であるが、社会的には健康に対する影響の指摘や嫌煙権の主張が強くなる方向にあり、将来が不透明な課題である。本研究はタバコの製造者側が社会的な調和を目指しながら喫煙者の二一ズに対応し、新たな製品を開発する際に考慮すべき基本的な問題を把握する目的で行われた。

 高機能なシガレットやシガレットの製造の効率化のための巻紙の開発において重要なことは巻紙の基本的な機能(刻みの保持、シガレット外観、燃焼性と煙成分の制御、香喫味など)を確保することであるが、そのための巻紙の基本的な機能に関する体系的な知識の集積を目指して、本研究では新たな先端的な手法を用いて研究を行った。

 本論文では巻紙の力学物性についてはレーザーホログラフィー干渉法を、燃焼時の熱物性については熱機械特性の計測を行うという新たな計測システムを構築することにより、従来得られなかったシガレットの喫煙時の巻紙の歪分布や熱による巻紙の紙層構造の変化に関する詳細なデータが得られた。次に論文内容の概要を示す。

 第1章は序論であり、シガレット用巻紙に関する従来の知見、その研究の歴史、更に本研究の目的を総括している。

 第2章(本論I)は巻紙物性の力学物性を中心とする解析を扱っており、<レーザーホログラフィー干渉法による紙の物性解析>という表題で、2部より構成されている。

 第1部は<紙の歪み分布挙動測定システムの構築>について記述しており、紙の不均一性が紙の変形挙動に与える影響の解明を主目的として実験を行い、モアレ縞の解析から従来の方法では不可能であった引張り変形における紙表面の微視的歪み分布の非接触的な手法による可視化が可能となり、紙の変形に関する新たな研究法の開発の可能性が示唆された。また弾性変形するゴム板と塑性変形するポリエステルフィルムでは引張り変形において出現するモアレ縞のパターンが異なる異なることが示唆され、さらに紙の不均一性の違いは引張り変形における紙の変形挙動に影響を与えること認められた。

 第2部は<引張り過程における紙の歪分布挙動の可視化>について記述しており、紙の引張りの初期から破断に至る過程における歪分布を可視化し、得られたモアレ縞のパターンの比較検討から、引張り過程における紙の変形挙動の解析の新たなる手法となることが分かった。すなわち繊維配向に起因する紙物性値の異方性がモアレ縞のパターンの違いとなって現れ、引張り過程の初期では弾性的変形が、変形が進むと塑性的変形が変形挙動を支配し、破断に至ることが認められた。更にモアレ縞の画像データの演算処理から歪みの定量が可能となった。

 第3章(本論II)は巻紙の熱的変化を扱っており、<熱分解過程におけるシガレット用巻紙の研究>という表題で、3部より構成されている。

 第1部は<シガレット用巻紙計測システムの構築>について記述しており、加熱処理過程での巻紙の紙層構造変化および巻紙の熱的変化を測定し、加熱温度との関係では特に重量減少、収縮、厚さ、みかけ密度、通気度、TG(ガラス転移点)が300℃〜350℃で大きな変化をすることが明かとなった。さらに光学物性や叩解度、動的ヤング率と加熱温度との関係が明らかになった。

 第2部は<熱分解過程におけるシガレット用巻紙の紙層構造>について記述しており、加熱温度の上昇に伴う空隙構造に関係した因子、すなわち全細孔容積、ミクロポア容積、比表面積、平均細孔径などの変化を明らかにした。

 第3部は<シガレット用巻紙の加熱による収縮と表面変化>について記述しており、熱機械特性の計測法として熱重量測定および示差熱分析を行い、巻紙は常温から100℃の範囲で加熱温度の上昇に伴い収縮し、200℃〜300℃の範囲で伸張し、300℃以上の温度で急激に収縮することが分かった。さらに収縮に対する有機酸添加の効果、巻紙表面特性の変化、フィブリルの分解などを明らかにした。

 以上本論文は巻紙の引張り応力下における変形挙動、および熱による物性・紙層構造の変化の解析から巻紙の基本物性を明かにし、巻紙の繊維ネットワーク構造をコントロールすることにより、たばこの基本的機能を維持しながら新たな機能を付与するために条件、さらに社会と調和させたたばこ開発のための基本的条件を明らかにしたので、たばこの設計のための科学的な知見の集積と同時に社会的な意義も大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

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