学位論文要旨



No 214904
著者(漢字) 福住,昌司
著者(英字)
著者(カナ) フクスミ,ショウジ
標題(和) 神経内分泌に関与する生理活性ペプチドとその受容体の遺伝子に関する研究
標題(洋)
報告番号 214904
報告番号 乙14904
学位授与日 2001.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14904号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

 生理活性ペプチドは生体内において種々の生理現象の調節因子として重要な役割を果たしている。生理活性ペプチドの多くは細胞膜に存在する特異的な受容体に結合することによって情報を細胞へ伝えている。受容体はその共通構造からいくつかのタイプに分類されるが、これらの中にはG蛋白質に共役して細胞内にシグナルを伝えていることからG蛋白質共役型受容体(GPCR)と呼ばれている受容体ファミリーがある。生理活性ペプチドの受容体の多くはGPCRである。近年のゲノムやcDNAの大量配列解析の進展に伴い、GPCRの相同性を利用してDNA配列情報から新しいGPCR遺伝子が次々と見つかるようになってきた。GPCRの大半を占めるのは匂いや味覚などの知覚に関連する受容体であるが、残りは生理現象の調節に重要な役割を果たしていると推定されている。GPCRのリガンドとして機能する物質はペプチド以外にアミンなどの低分子化合物、蛋白質、イオンなど多岐にわたるが、DNA配列からGPCR遺伝子が直接同定できることが出来るようになった結果、リガンドが不明なGPCR遺伝子が数多く見つかってきた。これらのリガンドが未知なGPCRはオーファンGPCRと呼ばれている。オーファンGPCRのリガンドの同定は現在重要な研究課題になっている。一方、GPCRは近代の医薬の重要な標的であった。現在世界で市販されている医薬の半数近くがGPCRに作用することにより薬効を示す物質である。従って、生理活性ペプチドとその受容体であるGPCRに関する研究は基礎研究ばかりでなく応用研究としても極めて重要である。本学位論文では神経内分泌に関与する生理活性ペプチドとその受容体に関する以下の研究を行った。

 (1)視床下部ホルモンとして見いだされたThyrotropine-releasing hormone(TRH)は下垂体前葉からの甲状腺刺激ホルモンの分泌の調節に中心的な役割を果たしているが、それ以外にも多様な生理活性を有するペプチドである。本研究ではReverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)とNorthern blot解析を用いてラットの末梢組織でのTRH受容体(TRH-R)mRNAの発現分布を調べた。TRH-R mRNAは、発現量は異なるが調べた全ての末梢組織で検出されたが、子宮、胸腺、卵巣、精巣で比較的発現が高かった。これらの結果からTRHとその受容体は下垂体や中枢神経系と同様に末梢組織でも何らかの機能を持っている可能性が示唆された。

 (2)データベースの検索によりヒト胎児脳のcDNAライブラリーからラットのコルチスタチン(CST)に相同性を持つExpressed Sequence Tag(EST)を見出した。このEST配列情報に基づいて取得したヒトcDNAにコードされていたタンパク質はアミノ酸レベルでラットのCST前駆体に55%の相同性を示した。またヒトcDNAによってコードされている蛋白質のC末端側の部分から、ラットCSTの場合と同様に、29残基と17残基から成る2種のペプチドが生成することが予想された。実際に17残基のペプチドhCS-17を合成し生理活性を調べた結果、hCS-17はソマトスタチン受容体に結合し、細胞のcAMPの産生を抑制することが分かった。hCS-17の脳室内投与により海馬と大脳皮質の脳波は平坦化し、睡眠調節機能を有することが確認された。これらの結果から単離されたヒトcDNAにコードされている生理活性ペプチドはヒト型CSTであることが明らかになった。

 (3)ヒト下垂体よりRT-PCRを利用して下垂体に特異的に発現している新規オーファンGPCRのhGR3を単離した。次いでhGR3のリガンドの探索を行った。オーファンGPCRを発現させた細胞に対する特異的なシグナル伝達を調べることにより検体中に含まれているリガンドを検出する方法を考案確立し、動物組織抽出物中にhGR3に対するリガンドが含まれているかどうかを調べたところ、ウシ視床下部組織の抽出物中にhGR3発現細胞を特異的に刺激する活性を見いだした。この活性を指標に組織抽出物の精製を進めた結果、内因性リガンドとして機能する新規生理活性ペプチドを単離同定するこのとに成功した。このペプチドをコードする遺伝子を明らかにするとともにこのペプチドがラットの下垂体前葉細胞に対してプロラクチンの分泌を促進する作用があることを見出しProlactin-releasing peptide(PrRP)と命名した。このようなオーファンGPCR遺伝子から出発してリガンドを同定し、その生理機能を解析する研究方法は従来の研究の流れとは逆の研究なので、Reverse pharmacologyと呼ばれている。

 本研究ではTRH-R mRNAの発現分布の解析から始まって、データベースを利用してヒト型CST遺伝子を同定し、次いでオーファンGPCRのリガンド探索方法を確立して新規生理活性ペプチドPrRPの同定に成功した。本研究は、生理活性ペプチドとその受容体について、データベースの利用やオーファンGPCR遺伝子を利用したReverse pharmacologyの手法など新しい研究方法を導入確立し、新知見をもたらした先駆的な研究として意義があるものと確信している。

審査要旨 要旨を表示する

 生理活性ペプチドは多くの場合、細胞膜に存在する特異的な受容体に結合することによって情報を細胞内へ伝え、種々の生理現象の調節因子として重要な役割を果たしている。受容体はその共通構造からいくつかのタイプに分類されるが、これらの中にはG蛋白質に共役して細胞内にシグナルを伝えていることからG蛋白質共役型受容体(GPCR)と呼ばれている受容体ファミリーがある。GPCRの大半を占めるのは匂いや味覚などの知覚に関連する受容体であるが、残りは生理現象の調節に重要な役割を果たしていると推定されている。GPCRのリガンドは、ペプチド以外にアミンなどの低分子化合物、蛋白質、イオンなど多岐にわたる。DNA配列からGPCR遺伝子が直接同定できることが出来るようになった結果、リガンドが不明なGPCR遺伝子が数多く見つかってきた。リガンドが未知なオーファンGPCRのリガンドの同定は現在重要な研究課題になっている。一方、GPCRは近代の医薬の重要な標的であり、現在世界で市販されている医薬の半数近くがGPCRに作用することにより薬効を示す物質である。従って、生理活性ペプチドとその受容体であるGPCRに関する研究は基礎研究ばかりでなく応用研究としても極めて重要である。本論文では、神経内分泌に関与する生理活性ペプチドとその受容体について述べている。

(1)視床下部ホルモンとして見いだされたThyrotropine-releasing hormone(TRH)は、下垂体前葉からの甲状腺刺激ホルモンの分泌の調節に中心的な役割を果たしているが、また多様な生理活性を有するペプチドでもある。本研究ではReverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)とNorthern blot解析を用いてラットの末梢組織でのTRH受容体(TRH-R)mRNAの発現分布を調べた。TRH-R mRNAは、発現量は異なるが調べた全ての末梢組織で検出されたが、子宮、胸腺、卵巣、精巣で比較的発現が高かった。これらの結果からTRHとその受容体は下垂体や中枢神経系と同様に末梢組織でも何らかの機能を持っている可能性が示唆された。

(2)データベースの検索によりヒト胎児脳のcDNAライブラリーからラットのコルチスタチン(CST)に相同性を持つExpressed Sequence Tag(EST)を見出した。このEST配列情報に基づいて取得したヒトcDNAにコードされていたタンパク質はアミノ酸レベルでラットのCST前駆体に55%の相同性を示した。またヒトcDNAによってコードされている蛋白質のC末端側の部分から、ラットCSTの場合と同様に、29残基と17残基から成る2種のペプチドが生成することが予想された。実際に17残基のペプチドhCS-17を合成し生理活性を調べた結果、hCS-17はソマトスタチン受容体に結合し、細胞のcAMPの産生を抑制することが分かった。hCS-17の脳室内投与により海馬と大脳皮質の脳波は平坦化し、睡眠調節機能を有することが確認された。これらの結果から単離されたヒトcDNAにコードされている生理活性ペプチドはヒト型CSTであることが明らかになった。

(3)ヒト下垂体よりRT-PCRを利用して下垂体に特異的に発現している新規オーファンGPCRのhGR3を単離した。次いでhGR3のリガンドの探索を行った。オーファンGPCRを発現させた細胞に対する特異的なシグナル伝達を調べることにより検体中に含まれているリガンドを検出する方法を考案確立し、動物組織抽出物中にhGR3に対するリガンドが含まれているかどうかを調べたところ、ウシ視床下部組織の抽出物中にhGR3発現細胞を特異的に刺激する活性を見いだした。この活性を指標に組織抽出物の精製を進めた結果、内因性リガンドとして機能する新規生理活性ペプチドを単離同定することに成功した。このペプチドをコードする遺伝子を明らかにするとともにこのペプチドがラットの下垂体前葉細胞に対してプロラクチンの分泌を促進する作用があることを見出しProlactin-releasing peptide(PrRP)と命名した。このようなオーファンGPCR遺伝子から出発してリガンドを同定し、その生理機能を解析する研究方法は従来の研究の流れとは逆の研究なので、Reverse pharmacologyと呼ばれている。

 本研究ではTRH-R mRNAの発現分布の解析から始まって、データベースを利用してヒト型CST遺伝子を同定し、次いでオーファンGPCRのリガンド探索方法を確立して新規生理活性ペプチドPrRPの同定に成功している。本研究は、神経内分泌に関与する生理活性ペプチドとその受容体について、データベースの利用やオーファンGPCR遺伝子を利用したReverse pharmacologyの手法など新しい研究方法を導入確立し、新知見をもたらした先駆的な研究として意義がある。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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