学位論文要旨



No 214906
著者(漢字) 古山,直樹
著者(英字)
著者(カナ) フルヤマ,ナオキ
標題(和) 破骨細胞由来I型コラーゲン分解性カテプシンの骨吸収作用とc-Src活性を介した産生・分泌調節機序
標題(洋)
報告番号 214906
報告番号 乙14906
学位授与日 2001.01.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14906号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 助教授 田中,智
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
内容要旨 要旨を表示する

 破骨細胞の骨吸収能は、破骨細胞の形態学的な分化促進因子のほとんどが骨吸収活性を促進することから、破骨細胞の分化により時系列的に発現するものと考えられており、「破骨細胞の骨吸収能の発現・亢進=破骨細胞の形態学的な分化の促進」と認識されている。しかし、分化促進による骨吸収能発現の機序には未解明な点が多く、また、形態学的に終末分化を遂げた後も骨吸収能を欠失した破骨細胞の存在も知られている。すなわち、破骨細胞の分化過程において、形態学的な分化とは別に機能発現を独立して調節する機序の存在が予想された。実際、チロシンキナーゼpp60c-grcは、その欠損の影響が骨に限局し、破骨細胞の形態学的な分化には影響を与えずに、骨吸収能の欠失のみをもたらす事実が判明した。そこで、本研究では、pp60c-grcに焦点を当て、該キナーゼの破骨細胞の骨吸収作用発揮における役割の解明を目的とした。すなわち、該キナーゼによる破骨細胞の骨吸収能発現の機序を、I型コラーゲン分解性システインプロテアーゼの産生・分泌に対する作用を明らかにすることにより、解明することを試みた。

 破骨細胞の骨吸収活性は、破骨細胞膜の波状縁から分泌され、骨有機質の主成分であるI型コラーゲンを分解するシステインプロテアーゼの活性に大きく依存すると考えられており、カテプシンK、LおよびBの関与が有力視されているものの明確ではなかった。そこで、これら3種類のカテプシンの破骨細胞における産生・分泌動態を調べることにより骨吸収への関与を比較検討した結果、以下の知見を得た。(1)破骨細胞における各カテプシンの産生・分泌量は、各種骨吸収刺激因子の有無に無関係にカテプシンKが最大であるのに対し、カテプシンBは痕跡程度であり、いずれも骨吸収刺激因子によってその産生・分泌量は影響を受けなかった。一方、骨吸収刺激因子の添加によって、カテプシンLの分泌量のみ増大したが、その総分泌量はカテプシンKより少なかった。(2)カテプシンKおよびカテプシンLの産生あるいは酵素活性の阻害によって骨吸収が抑制された。以上の結果より、破骨細胞から分泌され、骨吸収作用を発揮するI型コラーゲン分解性のカテプシン様システインプロテアーゼとしては、カテプシンKおよびカテプシンLが主体であると考えられた。そして、骨吸収が病的に亢進した場合は、カテプシンLが亢進分のI型コラーゲン分解増大の主役であり、カテプシンKは、正常骨代謝回転時における骨吸収に主要な役割を果たし、異なる役割を担うことが示唆された。骨吸収亢進時においてもカテプシンLの産生量はカテプシンKに比べて少なく、骨吸収における量的な主役はあくまでもカテプシンKであると推定された。

 該カテプシンが、実際の病態の発症や維持に関与しているかを、閉経後骨粗鬆症のモデルマウスを用いて検証した。その結果、卵巣摘出によって破骨細胞におけるカテプシンKおよびカテプシンLの産生量が増大し、この増大は両者ともにエストロゲンの投与によって抑制された。エストロゲンは、破骨細胞におけるカテプシンの産生をmRNAレベルで抑制することにより、骨吸収の亢進を抑制することが示唆された。カテプシンBは、いずれの条件においてもほとんど検出されず、in vivoにおいても骨吸収への関与は低いと考えられた。以上の結果より、カテプシンKおよびカテプシンLの産生はエストロゲンによって抑制的な調節を受けており、卵巣の摘出によるエストロゲン欠乏が、該カテプシンの産生増大をもたらすことが示された。この結果は、閉経後の女性の骨量減少の顕在化および骨粗鬆症に対するエストロゲン補充療法の有効性の一端を説明し得るとともに、該カテプシンの骨吸収亢進性疾患の発症・増悪への関与を示唆するものと考えられた。

 次に、カテプシンKおよびカテプシンLの産生・分泌と該酵素の分泌に必須と考えられる波状縁の形成にpp60c-grcが関与するかを検討し、以下の知見を得た。(1)骨吸収刺激時および非刺激時のいずれにおいても、pp60c-grc阻害化合物であるgenistein、pp60c-grcのセカンドメッセンジャーの一つであり細胞骨格の調節に関与することが知られているPI3-kinaseの阻害化合物であるwortmanninおよび、アクチンの重合阻害化合物であるcytochalasin Bはいずれも、破骨細胞におけるカテプシンの産生には影響を与えず、カテプシンLおよびカテプシンKの分泌を抑制した。一方、いずれの処置によってもカテプシンBは影響を受けず、検出量もわずかであった。(2)genistein、cytochalasin Bあるいはwortmanninは、破骨細胞のF-actin ringの形成を抑制し、また、I型コラーゲンの分解を抑制した。以上の結果から、PP60c-grc活性の阻害は、カテプシンの産生には影響を与えずに、PI3-kinaseを介する経路で破骨細胞の細胞骨格の形成不全をきたし、その結果、カテプシンKおよびカテプシンLの分泌が抑制されることによって骨吸収の抑制をもたらすことが示唆された。この結果は、c-srcの欠損が破骨細胞の分化には影響を与えずに、その骨吸収能の欠失のみが発現形質として観察される結果と符合すると考えられた。

 上記知見に基づきpp60c-grc活性の制御が骨粗鬆症治療薬の創製に結びつくかを、既存の骨粗鬆症治療薬の一つであるイプリフラボンの骨吸収抑制作用の機序に検討を加えることにより考察し、以下の知見を得た。(1)イプリフラポンはpp60c-grcのキナーゼ活性を阻害し、該阻害作用は破骨細胞に同様に存在するpp56c-fynに対する阻害よりも強力であった。すなわち、イプリフラボンのキナーゼ阻害作用はpp60c-grcに対する優先性が比較的高く、c-srcファミリーのredundancyを考慮した場合、破骨細胞に優先的に作用し得る可能性が示唆された。(2)成熟破骨細胞へのイプリフラボンの添加によって該細胞内のpp60c-grcキナーゼ活性は阻害され、また、破骨細胞におけるアクチンの重合が抑制された結果、F-actin ringの形成不全がもたらされた。以上の結果から、イプリフラボンは破骨細胞のpp60c-grcのキナーゼ活性の阻害を介して細胞骨格構築を抑制しカテプシンの分泌を抑制することにより、骨吸収を抑制すると考えられた。本結果は、イプリフラボンによる骨吸収抑制の機序に関して、その作用点を分子レベルで解明した最初の例であるとともに、c-Src阻害薬の骨粗鬆症治療薬としての有効性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は破骨細胞の機能制御機構の解明を目的に、骨粗鬆症治療薬の一つであるイプリフラボンの骨吸収抑制作用機構の解析を中心に論じたもので、五章より構成されており、要約すれば以下のようになる。

 第一章では、骨代謝研究の背景と課題について概説している。特に破骨紬胞の骨吸収作用発揮における役割の解明には、I型コラーゲン分解性システインプロテアーゼの産生・分泌に対するpp60c-src活性の関与を明らかにすることの必要性を論じている。

 第二章では、3種類のカテプシン(カテプシンK、LおよびB)の破骨細胞における産生・分泌動態とそれらの骨吸収への関与が解析された。その結果、各種骨吸収刺激因子の有無に無関係にカテプシンKの分泌が最大であった。カテプシンBは痕跡程度であり、骨吸収刺激因子によってその産生・分泌量は影響を受けなかった。一方、骨吸収刺激因子の添加によって、カテプシンLの分泌量は増大したが、その総分泌量はカテプシンKより少なかった。そして、カテプシンKおよびカテプシンLの産生あるいは酵素活性の阻害によって骨吸収が抑制されることが明らかにされた。以上の結果より、破骨細胞から分泌され、骨吸収作用を発揮するI型コラーゲン分解性のカテプシン様システインプロテアーゼとしては、カテプシンKおよびカテプシンLが主体であると考えられた。

 第三章では、閉経後骨粗鬆症のモデルマウスを用いてカテプシンの関与が解析された。卵巣摘出によって、破骨細胞におけるカテプシンKおよびカテプシンLの産生量が増大し、この増大は両者ともにエストロゲンの投与によって抑制された。しかし、カテプシンBは、いずれの条件においてもほとんど検出されず、in vivoにおいても骨吸収への関与は低いと考えられた。以上の結果より、カテプシンKおよびカテプシンLの産生はエストロゲンによって抑制的な調節を受けており、卵巣の摘出によるエストロゲン欠乏が、該カテプシンの産生増大をもたらすことが示された。

 第四章では、カテプシンKおよびカテプシンLの産生・分泌と、これらの分泌に必須と考えられる波状縁の形成にpp60c-srcが関与するかが検討された。その結果、骨吸収刺激時および非刺激時のいずれにおいても、pp60c-src阻害化合物であるgenistein、pp60c-srcのセカンドメッセンジャーの一つであり細胞骨格の調節に関与することが知られているPI3-kinaseの阻害化合物であるwortmanninおよび、アクチンの重合阻害化合物であるcytochalasin Bは、いずれも破骨細胞におけるカテプシンの産生には影響を与えず、カテプシンLおよびカテプシンKの分泌を抑制することが明らかになった。また、genistein、cytochalasin Bあるいはwortmanninは、破骨細胞のF-actin ringの形成を抑制し、また、I型コラーゲンの分解を抑制した。以上の結果から、pp60c-src活性の阻害は、カテプシンの産生には影響を与えずに、PI3-kinaseを介する経路で破骨細胞の細胞骨格の形成不全をきたし、その結果、カテプシンKおよびカテプシンLの分泌が抑制されることによって骨吸収の抑制をもたらすことが示された。

 第五章では、既存の骨粗鬆症治療薬の一つであるイプリフラボンの骨吸収抑制作用について、pp60c-src活性の制御を中心に解析した結果が記されている。すなわち、成熟破骨細胞へのイプリフラボンの添加によって該細胞内のpp60c-srcのキナーゼ活性は阻害され、また、破骨細胞におけるアクチンの重合が抑制された結果、F-actin ringの形成不全がもたらされた。これらの結果から、イプリフラボンは破骨細胞のpp60c-srcのキナーゼ活生の阻害を介して細胞骨格構築を抑制しカテプシンの分泌を抑制することにより、骨吸収を抑制すると考えられた。

 以上の結果より、破骨細胞におけるc-Src活性を介したカテプシンの産生・分泌調節機序、および、カテプシンの骨吸収作用機構を中心とした骨代謝機構が明らかになった。従来、破骨細胞の形態学的な分化促進因子のほとんどが骨吸収活性を促進することから、破骨細胞の骨吸収能は破骨細胞の分化により時系列的に発現するものと考えられてきた。しかし、本論又は破骨細胞の分化過程において、形態学的な分化とは別に機能発現を独立して調節する機序が存在することを証明している。これらの発見は骨代謝機構を理解する上で重要な知見で、獣医学領域に貢献しているところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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