学位論文要旨



No 214908
著者(漢字) 津吉,毅
著者(英字)
著者(カナ) ツヨシ,タケシ
標題(和) 補強鉄筋を柱外周に配置する既設RC柱の耐震補強工法の開発
標題(洋)
報告番号 214908
報告番号 乙14908
学位授与日 2001.01.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14908号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 助教授 安,雪暉
内容要旨 要旨を表示する

 1995年1月17日の阪神淡路大震災では,山陽新幹線,東海道本線などの鉄道構造物も,RCラーメン高架橋の柱のせん断破壊による崩壊など大きな被害を受けた.その被害をうけ,運輸省から各鉄道事業者に,同省「鉄道施設耐震構造検討委員会(委員長:松本嘉司東京理科大学教授)」で策定された「既存の鉄道構造物に係る耐震補強の緊急措置」に基づき,鉄道構造物の耐震補強に関する通達が出され,平成8年度以降,緊急耐震補強工事が鋭意進められている.

 緊急耐震補強の一項目として,鉄道のRCラーメン高架橋柱,RCラーメン橋台の柱で,せん断先行破壊となる柱が対象とされており,主として鋼板巻き補強工法により,柱のせん断補強,変形性能の向上が図られている.一方,鉄道高架橋では,特に都市部ではその高架下を店舗,事務所等として利用している箇所が多い.また,鋼板巻き工法では一般的にはクレーンによる架設を行うがクレーンが進入できないような狭隘箇所も存在する.そのような箇所においては,鋼板巻き工法を採用するためには,支障物の移転や店舗等の休業補償の問題もあり,非常に多くの労力とコストを必要とするため,耐震補強を進めるにあたり大きなネックとなっている.平成11年度末現在,JR,私鉄等を含め補強の終了した柱約43,000本に対して,高架下を利用している箇所で補強が必要にもかかわらず未施工となっている柱が約30,000本存在する.そのため,そのような高架下を利用している箇所でも,人力で,比較的容易に施工できる新しい耐震補強工法の開発が,鉄道構造物全体の耐震性能を確保するために非常に重要な課題となっていた.

 そこで,狭隘箇所でも容易に施工できることを目的とした図-1に示すような新しい耐震補強工法を開発することとした.この工法は,補強鉄筋を柱の外周に配置し,柱の四隅で定着するものであり,材料が鉄筋と山形鋼等のみであるため,人力施工が可能なものである.新しい耐震補強工法に必要となる,「大地震に対して崩壊しない」性能として,具体的には,部材じん性率を10程度以上確保できることとした.これは,既設構造物の降伏震度,阪神淡路大震災の被害解析結果,新設構造物設計標準との整合性を考慮し定めたものである.

 次に,耐震補強工法による補強効果を確認するために,写真-1,2に示すような補強試験体を用いて静的正負交番載荷試験を行った.図-2は,曲げ・せん断耐力比(Vyd/Vmu)とじん性率(μ)の実験結果である.図-2に示すように,せん断先行破壊となる柱が,本工法による補強により,耐力比(Vyd/Vmu)を1.0以上とするとじん性率10以上,また,耐力比(Vyd/Vmu)を1.4以上とすると破壊性状が安定した曲げ破壊となり,じん性率15以上の大きな変形性能が得られる結果となった.また,施工の簡便性を考え,定着部を軸方向に分割した場合,補強鉄筋と柱面に隙間がある場合(いずれも写真-2)の実験も行い,いずれも補強効果にはほとんど影響がないことを示した.次に,本工法では補強鉄筋を柱外周に配置しているが,その効果について検討するため,通常の断面内に帯鉄筋を配置したRC柱の実験結果と比較検討を行った.図-2には,RCの試験結果を合わせて示した.このように,新しい工法によれば,通常のRC柱よりも少ない鉄筋量で,同等以上の変形性能が確保できることを示した.これは,補強鉄筋を柱の外周に配置する今回の補強方法によると,せん断抵抗側の補強鉄筋のひずみが斜めひび割れ位置で局所化しないために,くり返し載荷によるひび割れの閉合をせん断補強鉄筋が妨げにくいため,コアコンクリートの劣化が少なく,結果的に通常のRCよりも少ない補強鉄筋量で同等の変形性能を得ることができるものと推察された.

 次に,本工法の実構造物への適用とその評価について述べる。本工法を実構造物に適用するにあたり,その設計は簡便であることが望ましい.したがって,死荷重時の軸圧縮応力度を2.94(N/mm2)以下という適用範囲を示したうえで,塑性ヒンジ区間の必要耐力比(Vyd/Vmu)を1.5以上とすることで,部材じん性率が10以上確保でき,大規模地震に対しても崩壊しない性能を得られるという簡易は設計手法を示した.すなわち,耐力比(Vyd/Vmu)を1.5以上とする条件のみから簡易に補強鉄筋量を算出できる設計手法を示し,それに基づき設計施工の手引きを作成した.写真-3,4は,実構造物への適用例である.写真-3は高架下を信号機器室として利用しているため,鋼板巻き施工を採用するためには膨大な移設費用が必要となること,写真-4は同じく鋼板巻き補強を実施するためには柱と接合しているRC壁を全面撤去する必要があることから新しい工法を用いた.これらの施工実績を既往の工法と比較すると,クレーン作業の可能な通常の条件下での鋼板巻き工法と比較した場合には,若干工事費は高めとなる.ただし,店舗のリニューアルにあわせて行った,通常のクレーン架設を行えなかった鋼板巻き補強工事の実績と比較すると,工事費のみでも今回の新しい方法のほうが安価であり,耐震補強工事のための支障物撤去・復旧等を考慮すると約5割程度のコストダウンが達成できた.また,施工性については,プレキャスト製の定着部を用いた場合(写真-3)には,通常の条件下での鋼板巻き工法と同等以上の施工スピードを確保することができた.ただし,場所打ち工法を用いる場合(写真-4)には,定着部モルタル注入のための型枠設置等に多大な時間を要しており,今後とも施工性向上のための改善が必要である.

 平成11年末現在,この新しい耐震補強工法により14本の柱の補強を終了しており,平成12年度には42本の柱で補強を計画している.高架下利用箇所は,耐震補強工事のネックとなっていたが、本工法の開発により徐々にその補強が進み,結果として鉄道高架橋の耐震安全性の向上に大きく寄与できるものと確信するものである.

図-1新しい耐震補強工法概要図

図-2耐力比とじん性率の関係

写真-1 実験状況(その1)

写真-2 実験状況(その2)

写真-3 実施工例(その1)

写真-4 実施工例(その2)

審査要旨 要旨を表示する

 国民生活の交通基盤として不可欠な鉄道構造物の耐震補強は,緊急を要する社会事業であり,事業者の負担のもとに進められている。1980年以前に設計施工された鉄筋コンクリートラーメン高架橋の中には,巨大地震に対する耐震性能に劣る構造が含まれており,新幹線などの主要ルートの補強工事は,特に急がれる。この中で,桁下空間を既に商業活動等で利用している個所は都市部を中心に多数あり,現実問題として補強工事に伴う立ち退きや一時退避を求めることが極めて難しい。このような状況下の補強対象高架橋は3万本を超えるが,その殆どは,重機を伴う既往の耐震補強工法では補強できないのである。本研究は,桁下空間が既に商業利用されている状況下でも,重機類を使用せず,限定された空間で少人数により柱を補強できる新工法を発明するとともに,もたらされる耐震性能向上の定量評価と補強設計法を開発し,施工技術指針を通じてこれを実用化する貢献を果たしたものである。

 第一章は序論であり,鉄道構造物の耐震性能の現状分析と補強の緊急性について概括し,桁下空間を既に供用している個所の耐震補強工法に求められる要件と,目標補強水準についてまとめている。そして,補強鉄筋を柱外周に配置する既設鉄筋コンクリート柱の耐震補強工法の考案に至った経緯と,この工法の耐震構造工学の観点からみた評価と,設計法の構築に関する基本的な開発戦略について,まとめている。

 第二章では,補強鉄筋を外周に配置した柱部材の変形性能に関する実験的検討を行っている。補強鋼材を部材内部に埋め込まない方式(即ち,狭い空間で重機を使用しないでも配置が可能)が本工法の最大の特徴であるが,同時に部材と補強鋼材との間に付着機構が介在しない点が,構造力学上の論点となる。鋼材量と鋼材配置間隔,並びに定着法の詳細を変えた実験を実施し,補強された柱が有するに至った最大変形能を,静的繰り返し載荷実験によって模擬することで,明らかにした。外周部に配置された鋼材は,部材最小寸法の配分程度の配置間隔であっても,有効にせん断破壊を防止できることが明らかとなった。補強鉄筋と既設柱とが直接,接触していないために,既設柱の主鉄筋の横方向へのはらみ出し区間が既往の補強方法よりも長くなる。これは部材の損傷塑性領域を拡大することになるが,同時に損傷が局所化しないために部材のエネルギー吸収能が高まる効果を得ることにも成功している。

 第三章は,第二章で実験的に得られた部材補強性能の機構分析を,主として補強鋼材に発生する応力の観点から検討したものである。一般の埋め込み鉄筋を用いた部材では,ひび割れと鋼材が交差する領域で,鋼材の塑性変形が局所化する。しかし,本論文の工法ではコンクリートと鋼材との接触が切れているので,鋼材応力は補強鋼材全域にわたってほぼ一様となる。その結果,最大鋼材応力は,降伏強度まで至ることは稀であることを示している。一方,補強鋼材が塑性化しないために,繰り返し荷重下でのコンクリートひび割れ面の再接触を阻害することがなくなり,鋼材を埋め込んだ柱と比較して、繰り返し作用に伴うコンクリート側の損傷の蓄積が少なくなるといった,効果が発揮されることが解明された。

 第四章では,第二,三章の検討を構造工学の観点から一般化して,実用化に結びつけるための技術的課題の解決を論じている。補強効果を達成される変形能で定量化する方法を提示し,任意の既設鉄筋コンクリート柱の諸元と境界条件に対応した補強設計・計画法(補強材の間隔,直径,鋼材強度の選定,工事手順)を提案している。これを複数の既設鉄筋コンクリート鉄道高架橋に適用し,設計段階から耐震補強の実施工までの一連のプロセスを,コストの観点も含めて分析した。開発目標として設定した商業利用空間での耐震補強工事の実現を,本設計法と工法が果たし得ることを実証した。

 第5章は結論であり,本研究の成果を総括・取りまとめ,適用範囲を明確に示した上で,今後の技術開発項目と改良点について言及している。

 交通基盤の安全性向上の重要性と緊急度は,1995年の阪神淡路大震災の被災経験で社会的にも再認識された。国税の投入を受けて,道路交通基盤の多くが補強工事を完了しつつある反面,鉄道交通基盤の耐震補強は,民間事業者の責任の元に行われている。厳しい制約条件の元に,低コストで必要にして十分な既設構造の耐震補強を与える工法としては,本論文による補強鋼材の外周配置の方法が,現時点では唯一に近い工法となっている。本研究の成果は,構造部材の新たな補強システムの一端を開くものであるとともに,緊急の社会的要請に応えるものであり,社会基盤工学の発展に寄与すること大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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